325話 籾
俺やルフレ、フィルマたちが蟹料理を堪能している間、すでに食事を終えたオルトたちはセーフティーゾーンで遊ばせていたんだが、なぜかその姿が見えない。
「え? オルト? サクラ?」
セーフティーゾーンから出たのか?
慌てて皆を呼ぶ。もしかして安全地帯から外に出て死に戻った?
「み、みんなー!」
「ム?」
再びオルトたちに呼びかけると、「呼んだ?」って感じであっさりとオルトが戻ってきた。草むらをかき分け、なぜ俺が焦っているのか分からない様子で首を傾げている。
「あ、焦った……。どこに行ってたんだよ」
「ム!」
「うん? ああ、セーフティーゾーンの近くの採取ポイントか」
「ムム!」
暇になったため、採取を行っていたようだ。
「遠くにはいってないだろうな?」
「ム」
「ならいい」
他の子たちもすぐに戻ってきた。どうやらセーフティーゾーンのすぐ近くに、何ヶ所か採取ポイントがあったようだ。
背伸びをすれば、草の間にマーカーが見え隠れしているのが分かる。
「3ヶ所か……」
セーフティーゾーンから10メートルも離れていない。あそこならササッと採取して、すぐに戻ってこられそうだった。
3人娘――いや、ルフレを加えて4人娘は、未だに蟹に夢中だ。食事の手を止めてまで護衛を頼むのは気が引ける姿であった。
「よし!」
俺は意を決して、採取可能マーカーの出ている場所に向かう。
今思えば、オルトたちが入手した採取物を確認してから行けばよかったんだが……。この時はセーフティーゾーンの外に出るという緊張感のせいで、完全に忘れていた。
「よーし、もうちょっと……ええ? こ、これってもしかして……!」
葦をかき分け、採取ポイントに手を伸ばした俺は、そこに生えていた植物を見て思わず手を止めてしまっていた。
それほど衝撃だったのだ。何度見返しても、そこに生えているのはあの植物にしか見えない。
「おいおい……。まさかこんなところに?」
俺は震える手で植物を掴むと、そのまま引き抜いた。植物がインベントリに収納される。俺は待ちきれずにその場でウィンドウを開いて、採取したアイテムを確認した。
名称:籾
レア度:4 品質:★1
効果:素材・食用可能
やっぱりだ! どう見てもイネ科だったが、採取できたのは籾だった。俺も詳しいわけじゃないが、籾の殻を剥いたら玄米になり、それを精米すると白米になるはずだ。
「これで日本食が……。今まで諦めていたたくさんの料理が作れるぞ!」
大発見だ! 俺がゲームを始めて以来、最大の発見かも知れん。
醤油や米、スイーツに一喜一憂するプレイヤーたちを見て、「なんでゲームの中でそこまで米が食いたいの? リアルで食べればいいじゃん」と言い放つプレイヤーがたまにいるが、そいつは普段一切の節制をしていないか、どれだけ食べても太らない特異体質なのだろう。
人々がゲームの中で日本食の再現にこだわる最大の理由は「どれだけ食べても太らないから」である。
現実でダイエットをしていたり、健康診断で引っかかって好きなものが食べられない人間はそれなりにいる。そこまで切羽詰まった理由はなくとも、健康を気にして暴飲暴食は控えているという人間も多い。
そんなプレイヤーたちにとって、ゲーム内で好きなものが食べられるというのは、かなり重要なことであった。
因みに、LJOでは満腹度に関係なく無限に食事を摂ることができる。効果などは無駄になるけどね。これは意外と大きなウリとなっているそうだ。
ゲームの攻略が進んで、現実の料理がほとんど再現できるようになったら、それを目当てのプレイヤーも増えるかもしれない。
「これで丼ものが好きなだけ食える!」
大量生産だ! オルトに栽培してもらわねば!
「って、オルト! オルトはこれの栽培、できるよな?」
「ム」
「よっしゃ!」
さすがうちのオルト!
「す、水耕用のプールをもっと買わないと……。やべー、絶対に畑が足りない。いや、サウスゲートで畑を買おう。まだ所持上限に達してないはずだ」
ギルドランクが上昇したおかげで、また畑を買えるからな。
「あとはホームの庭を使えばいいか。あそこはまだ拡張できる。それに、雑草の畑も少し狭くして……」
興奮しながら今後のことを考えていたら、背中に衝撃が走り、数メートル前方に吹き飛ばされた。
「え?」
「ゲゴゴ!」
セーフティーゾーンの外だって言うことを忘れてた! 今の一撃でHPが半減したし!
しかもカエル野郎は追撃の構えである。
「や、やばい! 助けてー!」
そう叫んだ瞬間、小さな影が2つ、草むらから飛び出してきた。
「キキュー!」
「フマー!」
「ゲゴ?」
あ、危なかった。リックとアイネがカエルの注意を引いてくれていなかったら死に戻っていただろう。
命からがらセーフティーゾーンに逃げ戻ると、さすがに3人娘も俺の様子に気付いたらしい。
「白銀さん、なんかダメージ受けてるけど、どしたの?」
「大発見に気を取られて、接敵に気付かなかった……」
「くくく……白銀さんの大発見? ドラゴンでもテイムした?」
「馬鹿野郎リキュー、そんなちんけな発見じゃない!」
「ええ? ドラゴンがちんけ? どんな凄い発見をしたんですか?」
「ふふふ。これを見ろ!」
「「?」」
俺がジャーンと取り出した籾を見て、クルミとフィルマがポカーンとした顔をした。どうやら籾を見せただけじゃ意味が分からないらしい。
「もみ? ってなんだっけ?」
「授業で習ったかも?」
「く、くくく! 凄いわ! 確かに大発見!」
リキューだけは籾が何なのか分かってくれたか。そして、彼女がクルミとフィルマに説明をしてくれる。
「ええ! これってお米なの?」
「すごいじゃないですか!」
「だから言っただろう? 大発見だって」
彼女たちもようやく事の重大さに気付いたらしい。なにせ米があれば、レシピが倍増すると言ってもいいからな。
「この情報の扱いとか、栽培できるかとか、色々と考えなきゃいけないことはあるけど……。まずはこれを集めましょう!」
「了解だ」
もう帰るつもりだったが、全員のやる気に火が点いていた。ギリギリまで採取しまくるぞ!




