317話 青い地底湖
知らない間に動画ランキングで1位になっていた衝撃から立ち直った俺は、無事に地底湖に到着していた。
「うおー! これは凄いな!」
「フムー!」
目の前に広がるのは、まさに幻想的という言葉が当てはまる、美しすぎる光景であった。
リアルであれば然う然うお目にかかれない、様々な形の鍾乳石が連なった大空洞。そして、底まで見通せる澄んだ水を湛えた湖。
ただでさえ美しいその2つが合わさることで、冒し難い神秘さがその場を支配している。
プレイヤーの掲げる明かりに照らされた地底湖は、見る者に深い感動を与える事だろう。
ただ、今の俺たちは自前の明かりを用意していなかった。全員が手ぶらである。だが、問題はない。全員がその場で地底湖を見つめ、神秘的なその姿を目に焼き付けている。
「本当に湖面が光ってるんだな」
「夜光虫とか、そういった生物が光ってるっていう設定らしいよ」
湖面が青白く輝いていた。これが地底湖で夜だけに発生するフィールドエフェクトだ。ゆらゆらと揺れる青白い光が鍾乳洞を照らし、浮かび上がらせている。
「白銀さん、お初が青とはついてるね」
「日によって光の色が違うんだっけか?」
「うん。黄と赤と青があるんだ。全部綺麗だけど、私は青が好きだなー」
「これのおかげで、夜の方が探索しやすいんですよね」
「そのかわり、敵が増えるけど……くく」
昼は暗く、夜は敵が強い。なるほど、人によってどちらが得意かは分かれるだろうな。
「さて、景色も堪能したし、スクショもバッチリ撮った。そろそろ進むか」
「うん!」
「あ、その前に罠篭を設置していいか? 帰りに回収すれば、蟹がゲットできてるかもしれん」
「おお、いいねぇ!」
釣りも試したいところだが、あれは時間がかかるからね。
「じゃあ、レッツゴー!」
「ヤヤー!」
頭の上にファウを乗せたクルミを先頭に、地底湖を進む。ファウはクルミの頭の上に寝そべりつつ、両角を掴んでいた。
あれじゃあ演奏はできそうもないが、楽しそうだからいいか。多分、巨人を操っている気分を味わっているんだろう。
地底湖は少々特殊なフィールドである。
まず、巨大な地底湖がドーンと中央に鎮座している。その地底湖に隣接するように、いくつか部屋があるのだ。部屋は洞窟で繋がっているが、地底湖を泳いで渡ることも可能であるらしい。
やり方次第では大幅なショートカットも可能である。
因みに、右回り左回り、どちらでも最終的にたどり着く場所は同じだった。
だが、分かっているのはそこまでだ。ここは未踏破のダンジョンなのである。第5エリアの中で、まだクリアされていないのはこの地底湖だけであった。
最初の頃は多くのプレイヤーたちが攻略を目指していたらしいが、今ではすっかり過疎ってしまった。
攻略の目途が立たないうえに戦闘がしづらいここよりも、踏破方法が解明された他のエリアから先に進んで戦う方が効率がいいからだ。
アミミンさんが隠し通路を見つけたと話題になっていたが、そこも結局は行き止まりで攻略には繋がらなかったらしい。
「絶対に何かを見落としているはずなんだけど、それが分からないのよね」
「くくく……ボスも出ないのよ」
敵は倒しづらいし、ボスもいないから経験値やレアドロップもショボい。そりゃあ、プレイヤーも寄り付かなくなるだろう。
それ故、この地底湖をメインに活動しているフィルマは、この場所に限って言えばトップのプレイヤーと言っても過言ではなかった。
現在判明している通路などは完璧に頭に入っているそうだし、モンスターの行動パターンも熟知している。しかも水中での動きもトップクラスだ。
実際、今も水中に潜って魚型のモンスターと戦闘を繰り広げている。お供はルフレだ。
水の透明度が高いおかげで俺たちにもその姿が鮮明に見えるのだが、フィルマの動きは確かに際立っている。
高速で泳ぐ魚の突進を銛で捌きながら、的確にダメージを与えていた。一度も被弾していない。
俺ではとてもじゃないが付いてはいけないだろう。完全に足手まといだ。
ノーダメージで魚を倒しきったフィルマが、水上に上がってきた。
「ぷはー。すごいですよ! 白銀さん!」
「うん? 何がだ?」
「ルフレちゃんです! 水中行軍スキルのおかげで、いつもより動けたんです!」
「フム!」
俺は役立たずでも、ルフレが役に立っているのであればよかった。褒められているルフレも、誇らしげだ。
「これなら、いつもよりも深い場所もいけそうです!」
地底湖の最も深い場所は魚型モンスターの巣窟になっており、なかなか落ち着いて探索ができないらしい。目視では何もないことは確認されているし、死に戻り覚悟で特攻したプレイヤーたちもいるそうだが、結局何も発見されてはいないという。
「でも、絶対に何かあると思うんですよね。もう、あそこしか残ってないし……」
ということで、湖底の探索をフィルマたちに任せることにした。俺たちはお留守番だ。だって、足手まといだし。
「じゃあ、釣りでもして待つか」
「うんうん。戻ってきたフィルマに、美味しい料理を食べさせてあげましょう!」
「くくく……料理をするのは白銀さんだけど」
クルミとリキューと並んで、釣り糸を垂らす。フィルマに付き合って地底湖によく来るため、2人とも水泳、釣りスキルは取得済みであるそうだ。
「なあ、そういえばアミミンさんの見つけた新しい通路って、どこなんだ?」
「こっからでも見えるよ。ほら、あそこ」
「どれだ?」
「あそこだよ。ほら、鍾乳石が少し途切れてる場所。あそこに小さい穴が開いてて、先に進むと小部屋みたいになってるんだ」
クルミが指出すのは、天井近くに口を開けた小さい横穴だった。俺には単なる窪みにしか見えない。他にも似たような穴はあるし、特別なものには思えない。
「あんなの、よく見付けたな」
「鳥モンスが見つけたって言ってたよ」
「なるほど。でも、あんな場所、どうやって登る?」
「アミミンさんは、飛べるモンスにロープを結んでもらって登ったってさ。普通のプレイヤーでも、壁を登れば行けるよ。一見すると無理そうだけど、ちゃんと登るためのルートがあるんだ」
俺たちなら、ファウがいればどうにかなるかもしれない。
「一時期は大勢のプレイヤーが押しかけて、他の穴も調べたんだけど、結局なにも見つからなかったんだよね」
いったい、プレイヤーたちは何を見逃しているんだろうな?




