315話 クルミとリキューとフィルマ
トーラウスからのクエストを受けてから半日。
俺たちは、延々と続く雑草地獄に苦しめられていた。
仕分けても仕分けても、雑草が無くならない。というか、指示された分をどれだけ早く終わらせても、即座におかわりがくるのだ。
「キュ……」
「ヤー……」
「がんばれみんなー……」
肉体的な疲労はほとんどないはずなんだが、モンス達もぐったりしている。単に飽きただけではなく、精神的な疲労を感じているようだ。
これはそろそろ限界だろう。考えてみれば、労働クエストが1日で終わるわけもない。そろそろ夜になるし、一度切り上げるとしようか。
「トーラウス、今日はこのくらいにしたいんだが」
「分かったよ。次はいつにするかい?」
やっぱりクエストは続くよね。
「じゃあ、明日は朝からここに来る。それでいいか?」
「おお。やる気だね! 嬉しいよ」
面倒な仕事は早く終わらせたいだけである。俺は残りがどれくらいなのか、それとなく尋ねてみた。しかし返ってきた言葉は望んでいる物ではない。
「うーん、まだ結構あるかな」
「そ、そうか……」
やはりまだまだ先は長そうだった。
「ヒム……」
「フマ……」
トーラウスの言葉を聞いて、ヒムカとアイネが肩を落とす。これは気分転換が必要かもしれない。
「息抜きも兼ねて、地底湖に行くかね」
「フム!」
「――!」
水場が好きなルフレのテンションが上がっているな。実は、夜の地底湖は観光スポットとして人気である。
地底湖そのものは昼間から暗いのだが、夜になると特殊なフィールドエフェクトが発生するのだ。それにより彩られた地底湖は幻想的で、一見の価値ありと言われていた。
攻略するには準備が足りていないが、少し覗きに行くくらいなら大丈夫だろう。それにモンスターも増えるが、他のフィールド生物の活動も活発になる。
蟹や魚も、より釣り上げられる可能性が高いということであった。
「じゃ地底湖観光にいきますか! 蟹も確保できたらなおよし!」
「ヒム!」
「フマ!」
そうしてダンジョンに向かっていた俺たちは、すぐにその足を止めていた。背後から声をかけられたのである。
「白銀さーん!」
「くくく……お久しぶり……」
見覚えのあるコンビだった。こちらにブンブンと手を振っているのは、レッドアフロのちびっ子牛獣人クルミだ。その後ろで含み笑いをしているのが、赤紫髪和服美女で蛇獣人のリキューである。
いや、コンビじゃないな。今日はトリオだった。2人の後ろに、もう1人女性がいる。
「こ、こんばんは」
頭を下げてきたのは、群青色の髪の毛をショートカットにした、いかにも真面目そうな雰囲気の少女だった。
特に目立つのは、髪の毛の合間から飛び出す、魚のヒレのような物だろう。どうやら、魚の特徴を備えたネレイスという種族であるようだ。
耳の代わりに大きな魚のヒレのような物が付いており、首には鰓と思われる小さいスリットが入っている。
装備品は、水色の鱗を繋ぎ合わせたスケイルアーマーに、黒のボディスーツのような物を合わせた格好である。
ただ、鎧部分が非常に小さく、ビキニアーマー系統の形をしていた。まあ、鎧の下に上下セパレートタイプのボディスーツを着込んでいるので、腕と足以外はヘソしか露出していないが。
その唯一の露出であるヘソ出しも、むしろ健康的な魅力を引き出しており、嫌らしさは全く感じない。
「私たちの友達でフィルマって言うんだ! よろしくしてあげて!」
「くくく……いい子よ?」
「よろしくお願いします!」
再び頭を下げるフィルマ。そのお辞儀は非常に丁寧である。やはり真面目なタイプであるらしい。
「いつもはだいたいこの3人でパーティ組んでるんだ」
「私ゲームがあまり得意じゃないんで、2人の足を引っ張ってばかりで」
「そんなことないよ。むしろ初心者なのに、水中であれだけ動けるフィルマはチョー凄いよ!」
「くくく……いつも交渉助かってるわ……」
どうやらリキューが人見知りをしない、数少ない相手であるらしい。仲良く会話をしている。
「白銀さんは、地底湖に行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
「だったら、一緒に行かない? フィルマも白銀さんに会ってみたいって言ってたし!」
「そうなのか?」
「その、ウンディーネちゃんと一緒に泳いでみたいなって思ってて……」
「フィルマは、泳ぐためにこのゲームを始めたのよ?」
「は? 泳ぐため?」
詳しく話を聞くと、フィルマのリアルでの趣味はダイビングであるらしい。しかも、普段は水泳部。本当に泳ぐことが好きであるそうだ。
ただ、ダイビングはお金がかかる。特に、美しい景色や特別な場所に行こうとしたら、学生のお小遣いでは絶対に足りない。
そこでこのゲームだ。俺はあまり注目していなかったが、ゲーム発売前に公開されていたトレイラーに、美しい水中映像が映っていたらしい。しかもその中をネレイスが縦横に泳ぐ映像も含まれていたそうだ。
「それを見て、これだって思ったんです!」
ロールプレイとも違うが、特殊な目的を持っていると言うことだろう。実際、こういった攻略以外の目的でゲームをプレイしているプレイヤーは一定数存在する。
現実でペットが飼えないからゲーム内で思う存分モフモフを堪能したい。ダイエット中だから、思う存分美味しい食べ物を食べたい。等々、理由は様々である。
彼女はそのタイプであるのだろう。
「最近はクルミたちとゲームをするのが楽しいので、ちゃんと戦ってますよ?」
「種族特性もあって、水中じゃ無敵だよ?」
「それは凄いな。いや、地底湖に行こうとは思ってたけど、正直戦闘が心配でさ」
「ああ、もしかして観光目的?」
「あとは蟹がほしい」
「くくく……蟹、美味しい」
「だよなー。この前知り合いに食べさせてもらったんだが、メチャクチャ美味しくてさ。ぜひもう一度食べたいんだよ」
「白銀さん、料理持ちだよね?」
「ああ、テイマーの確定スキルだからな」
「じゃあさ、私たちが蟹集めも手伝うよ! その代わり、私たちの分も料理してくれないかな~? 実は誰も料理を持ってなくて」
「え? そうなのか? まあ、それくらいならお安い御用だが」
むしろクルミたちレベルの護衛を手にいれる対価が料理だなんて、お得過ぎないか?
「じゃあ、決まりね! フィルマ、リキュー。噂の白銀料理を目指して、頑張るよ!」
「う、うん!」
「くくく……蟹かま蟹せん蟹ラーメン……」
リキューよ、蟹料理でそのラインナップはどうなんだ?




