314話 久々の労働
「ここだよな……?」
裏町の細い道を通り抜けて俺たちがたどり着いたのは、一軒の民家だった。外見は、左右に建っている普通の家と変わらない。
だが、地図のマーキングは確かにこの家を指し示していた。
「すいませーん」
呼びかけながら、軽くノックをしてみる。すると、すぐに扉が開いた。中から姿を現したのは、見覚えのあるヒョロ長の男性だ。
「おや、ユートさん。早速来てくれたんだね」
出迎えてくれたトーラウスに招かれて、家の中に足を踏み入れる。すると、そこには驚きの光景が広がっていた。
まず、部屋が広い。多分、壁をいくつか取っ払っているのだろう。20畳くらいはありそうだ。その部屋の中には所狭しと、大量の草花が置かれている。
いくつか置かれた木製の机の上は勿論のこと、壁や天井からもぶら下げられ、床のシートの上にもうず高く積まれている。
一応、入り口脇の壁際に置かれたソファ周りだけは無事なようだ。お客さん用なのだろう。というか、ソファ周辺以外は足の踏み場がない。
しかも、この部屋に置かれている草、その全てが雑草であるようだった。植物学者で、今は雑草の研究をしてるっていう話だったが、これは凄いな。
「ささ、座ってくれ」
「あ、ああ。うちの子たちも大丈夫か?」
「勿論さ。でも、イタズラ厳禁で頼むよ」
うむ、言い聞かせておいた方がいいだろう。うちの子たちは好奇心が強いやつばかりだし、放っておいたら何をするか分からない。
トーラウスは器用に雑草の間を抜けて、奥に消えていった。よくあの狭い場所を歩けるな。しかも雑草には一切触れず。何か特殊な歩き方でも習得してるのか?
「というか! 言ってるそばから!」
「ヤ?」
「キュ?」
俺はリックとファウを慌ててつまみ上げた。よりにもよって、一番不安定そうな、机の上に積み上げられた雑草の山に興味を示していたのだ。
リックはスンスンと匂いを嗅いでいたし、ファウにいたっては突っついたりしていた。これで雑草雪崩でも起こしたら、トーラウスの好感度は急降下だろう。下手したらそこでクエストが終了するかもしれん。
しかし事の重大さが分かっていないのか、俺に鷲掴みにされたチビーズは不思議そうに首を傾げている。右手のリックに至っては早く拘束を解いてくれと、俺の手をペチペチ叩いている始末だ。
これはヤバそうだ。
「いいか2人とも、ここではおふざけ禁止! 勝手に物に触るのも絶対にダメだ。もし守れないなら、他のやつと交代だからな?」
「キュ」
「ヤー」
「はははは、僕からも頼むよ。中には貴重なサンプルもあるからね」
笑いながら戻ってきたトーラウスが、俺にカップを渡してくれる。どうやらハーブティーであるらしい。さすが雑草博士。
「じゃあ、いただきます――えっ? これ、ハーブティーだよな?」
「ああ、僕の特製さ。どうだい?」
ハーブティーを口に含んだ俺は、驚きの余り思わず声を上げてしまっていた。
「メチャクチャ美味しいんだけど! この爽やかな香りはいったい……」
「ああ、レモンバームのフレッシュハーブティーなんだよ。乾燥させるよりも香りが楽しめるから、僕はフレッシュの方が好きなんだ」
なんだと? 今なんと言った? フレッシュの方が好き? 謎の爽やかさはレモンバームという未見のハーブだったとして、フレッシュハーブティー?
「つまり、フレッシュハーブティーが存在するんだな?」
「存在するねぇ」
「ど、どうやって作るんだ? 俺、何度やっても雑草水になっちまうんだが……」
「なるほどなるほど。そうだねぇ。僕の手伝いをしてくれたら、作れるようになるかもよ?」
トーラウスはそう言ってにっこりと微笑んだ。これは、クエストを引き受けて成功させたら教えてやるってことだろうな。
いいだろう。やってやろうじゃないか。その挑戦、受けて立つ!
「ぜひやらせてください。お願いします」
「うんうん。引き受けてくれて嬉しいよ。それじゃあ、最初の仕事だ。このテーブルの上に置いてある雑草を、仕分けてくれるかい?」
「……これ、全部?」
「ああ。採取場所から採ってきたんだけど、分別する時間がなくて。種類ごとに分けてもらえるとありがたいんだ」
「わかった」
さすが労働クエスト。地味でキツイね。だが、これもフレッシュハーブティーのためである。
「よーし、やってやるぞ!」
俺はうちの子たちと共に、早速鑑定を始めていく。とは言え、目の前にある草を無暗やたらに鑑定し、適当により分けても効率が悪い。
そこで、俺たちは分担して作業を効率化することにした。
ルフレ、ヒムカがテーブルの上から雑草の束を俺に手渡し、俺が鑑定した雑草をリックとファウが運び、それを受け取ったアイネとサクラが種別ごとに並べていく。
仕分けの仕事は、最初はそこそこ面白かった。俺が知らないハーブがたくさんあったのだ。それらを鑑定しながら分別するのは、単純に勉強になった。
だが、それも1時間も経過すれば飽きてくる。2時間たてば、最早仕分けマシーンと化すしかなかった。
そして3時間後。俺たちはようやくテーブルの上に積み上げられていた大量の雑草の分別作業を終わらせることに成功していた。
「お、終わった」
凝っているわけはないんだが、腰や肩を思わず解してしまう。しばらく内職系の仕事はしたくないぜ。
「フマー……」
「ヒム!」
「フムム」
うちの子たちも伸びをしたりして、解放感を味わっていた。やはりAIでも単純作業は飽きるのだろうか?
だが、俺は忘れていたのだ。労働クエストが、こんな短時間で終わるわけがないという事を。
トーラウスが嬉し気に笑いながら、俺たちが分別した雑草を手に取っている。
「いやー、凄い早かったね。じゃあ、次はこっちのテーブルを頼むよ」
「え?」
「最初は様子見で少ない仕事を割り振ったけど、あの素晴らしい仕事っぷりなら問題なさそうだね。ぜひ頑張ってくれよ」
最初は少ない仕事? あれで? そうか。忘れていたが、これでこそ労働クエストだよな!
「……いいぜ。やったろうじゃないか」




