306話 先へ進む時?
「ユート!」
「お、タゴサック。今朝ぶりだな」
「ああ」
畑の外に出ると、ちょうどタゴサックが自分の畑から出てくるところだった。軽く挨拶をかわす。
互いの畑が隣り合っているうえに、ファーマーは朝にログインして畑の手入れをするのが常識だ。タゴサックとは2日に1度は顔を合わせている。
それでもタゴサックは俺の畑を見て、驚いているようだった。
「お前んところは、日に日に凄くなるよな。あと、急にちっこいのが増えたが……」
「マスコットだな」
「なるほど、大運動会だ……」
「ん? なんだって?」
「いや、掲示板の情報がな……。まあ、気にしないでくれ」
大運動会? ああ、確かにうちの子たちが追いかけっこをしている姿は運動会っぽく見えるな。夜の墓場でじゃなくて、昼の畑だけど。
「カパー」
「バケー」
「あいー」
「ポンポコー」
妖怪枠は結構いるんだけどね。
「ホームの調子はどうだ?」
「なかなかいいぞ。うちのモンス達も楽しそうだし、マスコットも可愛い。畑もあるし」
「畑? 庭付きを買ったのか? 成長に違いは?」
「今はオルトたちに耕してもらってる状況だから、まだ分からないな」
「そうか。良さそうだったら教えてくれよ。俺も購入を迷っててな」
ソロのファーマーの場合、ホームは絶対に必要ではないだろう。むしろ畑の拡張や整備にお金を使いたいだろうし。
そこでいくつか情報交換をして、俺は早耳猫に向かった。第7エリアで雇えるNPCに育樹持ちがいるっていうのは面白い情報だ。
これで一気に樹を育てるファーマーが増えそうだし、新しい素材なんかも出回るかもしれない。
「アリッサさん、どうも」
「え? ユートくん……。も、もしかしてまた情報を売りに……?」
なんでそんな怯えたような眼で見るんだ? 何かしたっけ?
「いえいえ、情報を買いに来たんですよ」
「ほっ。そういうこと。それで、どんな情報が知りたいの?」
「刻印スキルについて知りたいんです。取得情報と、使用方法について」
「ふむふむ。そう言えば刻印・風は持ってるんだったっけ?」
そうして刻印の取得情報を教えてもらったんだが、かなり難しそうだった。まず、彫刻、細工、石工、大工スキルのどれかがレベル20以上で、その属性に対応した魔術がレベル20以上であることが条件であるらしい。
想像以上に取得条件が厳しい。
「特に、刻印・風は取得者が少ないね~。今のスキルを積極的に使う職業だと、土と火が多いから」
「じゃあ、何か面白い刻印アイテムを作れば、売れますか?」
「ユート君のアイテムなら、面白くなくても売れると思うけど……」
「ははは、だと良いですけどね。あ、あとは刻印に関してもう1つなんですが……」
絵で描いても無駄なのかと聞いてみたら、描画で属性を付与するためには紋章というスキルが必要だと言われてしまった。
やはり刻印は彫るためのスキルであるらしい。因みに紋章は、描画や執筆を上昇させると覚えられるそうだ。こっちなら狙えるかもしれない。
「あ、そうだ。もう1つ面白い情報があるんだけど、買わない? 光胡桃みたいな、発光するアイテムに関する情報なんだけど」
「へえ。それは面白そうですね」
実は光胡桃がそこそこインベントリに溜まっているんだが、使い道がいまいち分かっていないのだ。リックの木実弾で使えば結構強いが、それくらい?
蛍光塗料とかにできるかもしれないけど、無駄にするには貴重過ぎるアイテムだし、実験が全然進んでいなかった。一応何度か実験してみたけど、光胡桃を無駄にしただけだ。
ヒカリゴケの方では色々試したけど、こっちでも蛍光塗料は作ることができなかった。おなじみの雑草水や、混ぜ込んだ塗料の品質が下がったり、ゴミに変わっただけである。
「蛍光塗料の作り方なんだけど、ヒカリ茸っていうキノコが必要らしいわ。これと、光胡桃を一緒に塗料に混ぜ込むと、蛍光塗料になるんだって」
「ヒカリ茸……。どこにあるんです?」
「地底湖で極稀に見付かるみたい。絶対にあるわけじゃなくて、非常に低確率で生えてるの」
「第5エリアですか……」
俺、まだ第3エリアまでしか到達してないんですけど? 無理じゃね?
「そう? ユート君なら行けなくもないと思うけど」
「うーん……。その茸、普通に買えないってことですか?」
「まだ希少だから、市場には出回ってないわね」
ヒカリ茸か。蛍光塗料以外にも、色々と面白そうだ。是非入手したいね。
「これは、いよいよ俺も先に進むべきなのか?」
明日には第2陣もくるし、この辺は混み合うだろう。だったら先のエリアを開拓するのもありだろう。
「じゃあ、第4、5エリアの情報を貰えますか?」
「毎度ありー」
うまく乗せられた気もするけど、まあいいか。いつまでも初期エリアだけにいたら、トッププレイヤーに引き離されるだけだしな。
そうやって先のエリアへの情熱を燃やしつつホームに戻ると、地下を利用しているのはヒムカだった。
「ヒムヒム!」
カーンカーンと小気味よい音を立てながら、銅のインゴットを叩いている。
万能工房を手に入れたことで、ヒムカも全ての能力を発揮できるようになったらしい。ガラス製品、銅製品、陶器がいくつか並べられている。
「ガラスと陶器は珍しいよな……。特に陶器」
「ヒム!」
「色々作ってくれよ。材料はいっぱい使っていいからな」
「ヒムム!」
笑顔で万歳しているヒムカ。やっぱり生産活動そのものが好きであるらしい。
「このグラスとかタンブラーで、炭酸とか飲んだら美味そうだよな~。縁側でサイダーとか、風呂上がりにビールとか……」
そんな事を考えていてふと思ったが、ヒムカの作品に刻印はできるか? 保冷機能の付いたタンブラーとか、最高じゃないか?
銅製品は薄い物が多く、これに彫刻刀を入れたら穴が開くだけだろう。
「ガラス製品も……あ」
刻印を発動はできたが、彫刻刀で削った直後にゴミ化してしまった。透明なガラスのコップが、いきなり黒い炭みたいな物質に変わる光景を見るのは心臓に悪いな。
「じゃあ、焼き上げる前の状態なら……?」
ヒムカがロクロで作り上げた、粘土の皿に刻印を施してみる。しかし、上手く行かなかった。皿もコップも、焼くことで僅かに形状が変化し、刻印の形も変わってしまったのだ。
「これは、なかなか難しそうだ」
「ヒムー」
もう少し実験が必要そうだな。失敗したやつも使えない訳じゃない。単に効果が付かなかっただけだ。刻印の試作品は、とりあえず無人販売所で売っちゃおうかな。
その後、リックの巣箱に刻印を施したら、防風・微っていう機能がついて、大層喜んでくれた。そのまま調子に乗って養蜂箱に刻印をしたら、劣化速度上昇の効果が付いて、クママにメッチャ怒られたけど。
どうやら内部に効果があるのではなく、養蜂箱の劣化速度自体が速くなってしまうという意味だったらしい。慌てて削ったら刻印の効果は消えたが、結局巣箱の耐久値が大きく下がってしまったのだった。
「あれ、もしかして発酵樽に付いた劣化速度上昇って……」
考えてみれば食品劣化速度上昇じゃなくて、単なる劣化速度上昇だったよな……?
「ま、まあ。経過を観察してみれば分かるか」
「クマ!」
「うお! すまんすまん。いや、まじで謝ってるから!」




