303話 刻印の効果
「さてもう少しで強制ログアウトの時間だな」
明日は第二陣がログインしてくる。今日の夜にはその直前メンテが予定されていた。
「その前にやることやっちゃわないとね」
俺はホームの地下に設置した万能工房に向かった。
お金を使い果たしてしまった俺だったんだが、早耳猫に情報を売りに行ったら、凄い金額になってしまったのだ。
情報料の計算をしていたアリッサさんが「うみゃー! はさーん!」って叫んだ時には驚いた。まあ、破産は言い過ぎだろうけど、それくらい驚いたってことだろう。
いやー、俺だって驚いたよ。涙目のアリッサさんの前で、しばらくの間固まってしまったほどだ。
計算間違えてるんじゃないか何度も聞き返したんだけど、あっているらしい。
「400万Gって……」
まあ、日本家屋とかマスコットの情報を売ろうとしたら、遡ってマヨヒガの情報もうっかり話しちゃったせいだろう。
せっかくエリンギたちが座敷童の情報は売らないでいてくれたっていうのに……。何をやっているんだろうな。
慌ててエリンギに連絡して謝ったんだが、彼らは笑って許してくれた。いやー、いい奴らだ。今度分け前を渡すって約束したし、少し色を付けないといけないだろう。
分割で払いたいっていうので、4回に分けてもらうことにした。今日はとりあえず100万Gもらって、それでホームに工房を設置したのだ。
工房には色々な種類があった。錬金工房や木工工房といった特化型と、万能工房や総合工房といった広い範囲をカバーしているタイプだ。
俺が設置した万能工房・一型は、土地が2部屋分必要な代わりに、全ての生産に対応するというタイプである。その代わり、効果は低いが。
一型は万能工房でも最も低性能であるらしい。二型にするには、1000万Gを支払う必要があるそうなので、まだまだ先になるだろう。
「万能工房だよな? なんか、凄い殺風景なんだが」
「――?」
万能工房を設置した地下室は、殺風景な板の間に姿を変えていた。床、壁、天井。以上! そんな感じだ。
一緒に確認に来たサクラも首を捻っている。
よく見ると部屋の入り口横には、和風の部屋には似つかわしくないアクリルパネルのような物が張りつけられていた。サイズは大型テレビくらいだ。
俺がそれに触ってみると、ウィンドウが起動した。木工や鍛冶、料理など、色々な種類を選ぶことができる。
「試しに木工にしてみよう」
俺が木工をタッチする。すると、部屋の様子が一瞬で変化していた。
板の間であるのは同じだが、そこには大工道具や彫刻刀など、様々な道具が並べられている。部屋の奥にあるのは倉庫だろう。
「なるほど、その都度姿を変えるってことか。さすが万能!」
「――♪」
「お、早速何か作るか?」
サクラにはこの工房の使い道を色々と検証してもらうとしようか。俺もだけど。
試すのは刻印スキルだ。以前、サクラの作ってくれた木製湯呑を対象に発動できるということは分かったのだが、道具が不足していて使用できなかった。
「名前からして、刻んで印す。つまり、彫刻刀とかがあれば使えるんじゃないかと思うんだよ」
この工房にはおあつらえ向きに彫刻刀が置いてある。俺は一番オーソドックスなV型の彫刻刀を手に取ると、インベントリから取り出した湯呑に対して再度刻印を試みた。
「ビンゴ! 最初だからもちろんオートで」
すると、俺の目の前に小さめのウィンドウが起動した。そのウィンドウには風を印章化したようなマークが浮かんでいる。どうやら、このマークで、湯呑のどこに刻印を施すかを微調整するようだ。
湯呑の側面にマークが収まるように軽く調整すると、そのまま刻印を発動した。あとは簡単だ。湯呑の表面に浮かび上がった光に沿って、彫刻刀を動かしていく。
5分もかからず、俺の目の前には刻印を施された湯呑ができあがっていた。
名称:手製の湯呑・サクラ印
レア度:1 品質:★1
効果:温度低下速度上昇・微
品質が最低に下がってしまった。しかも、効果が……。多分、冷めるのが速いってことだと思われる。
湯呑にこの効果って、最低じゃない? まあ、風で冷ますってことなのだろうが。見た目は格好良くなったんだけど、使い辛くなってしまった。
「多分、火とか水の刻印なら、湯呑に適した効果が発揮されるんだろうな……」
「――」
「慰めてくれるのか? ありがとうな」
「――♪」
サクラが俺の肩に手を置いて、にっこり笑っている。おかげで元気出たぞ。最初から上手く行くはずがないのだ。
「練習のために、効果はあまり気にせずに幾つか刻印をしてみるか」
「――♪」
「お、お皿か? よし、刻印!」
いけるいける。やはり木工製品なら刻めるらしい。ただ、ついた効果は微妙だ。なんと食品劣化速度上昇・微である。上に乗せてある料理が、腐る速度が速いってことだろう。
利用方法さえ思いつかないダメアイテムだった。まあ、見た目はいいから、乗せてすぐ食べればいいんだろうが……。
その後、俺はカトラリーや食器を中心に刻印を試していった。その結果分かったことは、料理と風は相性があまり良くないということである。刻印のスキルレベルは上がったが、ろくな効果は付与できなかった。
唯一悪くない効果が付いたのがスープ皿だろう。香り拡散・微という効果だった。スープの香りをより広める効果だと思う。まあ、野外で使ったらモンスターを引き寄せてしまいそうだが。
「……他は……座椅子か」
だが俺は諦めないぞ。木工製品はまだまだたくさんある。そして、座椅子や普通の椅子に刻印を施した俺は、ようやくまともな製品を作り出すことに成功していた。
「微風効果……。なるほど、座ってみると少しだけ風を感じるぞ」
本当に微かではあるが、頬や腕に風の流れを感じた。暑い場所では、心地いいだろう。この座いすを縁側においたら、きっと涼し気で気持ちいいはずだ。
「あと、第5エリア以降は四季が固定されてるって話だし。夏のエリアだったら欲しがる人はいるかもしれん」
始まりの町は四季がない。いや、ないというよりは過ごしやすい温度になっている。秋口くらいかね? リアルだと炬燵に入ったらちょっと熱いかもしれないし、薄着だと寒いくらいだ。
ただ、プレイヤーは外部刺激にやや鈍い設定になっているので、炬燵に入っても暑いとは思わないし、庭で遊んでいても寒くもないのだった。むしろ、どちらでもちょうどいいと感じるのである。
「あとは武器とか……、鍛冶製品か? さすがに料理には刻めないっぽいし」
普通に考えたら、武器に属性を追加するためのスキルなんだろうしな。
「まあ、刻印はおいおい調べて行こう」
前話の掲示板回に、妖怪はアップデートで青マーカーに変更されたという一文を追加しました。




