292話 養蚕箱
改めてアイネを加えた俺たちは、その能力の確認もしながら試練の入り口に戻っていた。ああ、一緒にオルトも召喚して、採掘も同時並行でお願いしている。
「アイネはやっぱ攻撃は無理か」
「フマ」
手には30センチ程の長さの針を持っているんだがな。いや、これだけ長いとレイピアにしか見えんけど、名前は風霊の針となっている。
これで突けばダメージを与えられそうなものだが、攻撃に使う様子はない。他の精霊たちと同じだった。
風魔術なども同様である。しかも小さいので盾役も難しい。これは4属性精霊の中で、最も戦闘が苦手かもしれんな。
その代わり、採集が優秀だった。浮遊スキルで飛ぶことができるため、リック以上に様々な場所からアイテムを拾ってこられるのだ。また、移動も意外と速いおかげで、戦闘では囮役を任せるくらいはできそうだ。
「浮遊に必要なMPの消費は少ないみたいだな。これはファウと一緒か」
常時飛行を続けていても、自然回復で相殺される程度の消費しかしない。戦闘でMPを使い果たさない限り、問題はないだろう。
よかった。何がよかったって、浮遊してないと長く白い髪の毛が地面に触れるのだ。いや、風霊門の入り口で出会ったシルフの長と比べると短いんだが、それでも自分の身長とほぼ同じくらいの長さがある。歩くと、先端が微妙に地面に擦れるくらいかね?
「お、今の戦いで杖のスキルレベルが上昇したな。新しいアーツはメディテーションか」
メディテーションはその場でジッと動かずに精神集中を続けると、MPをジワジワと回復させられるというアーツだった。
戦闘中でもMPを回復させる手段として利用できるため、俺のような後衛にはそこそこ有用なアーツだろう。まあ、回復量は微々たるものであるため、大技撃ち放題とはいかないけどね。せいぜい、アクアボールを数発撃つためのMPを何とかできる程度か。
「アイネの能力も分かったし、1度戻ろうかな」
「フーマー」
風霊の試練を抜けて畑に戻ってくる間に、養蚕についても軽く調べてある。ソーヤ君が結構詳しく知っていた。
当然、リアルの養蚕とは全く違うものだ。
まずは養蚕箱と餌が必要であるらしい。蚕はどうするのかと思ったら、養蚕スキル持ちが養蚕箱を使用すれば勝手に出現するという。養蜂の蜂と同じ原理である。
また、LJOの蚕は桑だけではなく、他の植物も食べるそうだ。その餌によって、品質や属性、糸の種類などが変わるらしかった。
「じゃあ、後は畑に設置するだけか」
「フマ!」
実は、養蚕箱と桑に関してはすでに入手済みだ。風霊の町で普通に売っていた。シルフの町だし、当然なのかもしれないが。
畑に戻った俺は、早速アイネに指示して、養蚕箱をどこに設置すればいいのか尋ねる。
「フーマー」
「ここか」
アイネが指差したのは、養蜂箱の置いてある区画の隣であった。
「もしかして日陰の方がいいってことか?」
「フマ!」
置く場所も品質などに関係してくるみたいだな。養蜂箱の近くなら管理するのが簡単でいいね。
アイネの場合、浮遊があるので踏み台も必要ないし、楽なものだ。畑に置いて、アイネがなにやらモニョモニョ念じたらそれで設置完了である。
「クママ、ここに養蚕箱を置いて問題ないか?」
「クックマ!」
養蜂箱への影響も特にはなさそうだった。
「じゃあ、お蚕様が糸を生み出してくれるのを待ちましょうか」
「フマ」
「クマ」
アイネの隣で、クママも養蚕箱を覗いている。興味があるらしい。それにしても、髪が長くて白いフワフワ浮く幼女と、黄色い熊が仲良く並んで箱を覗き込む絵は、メチャクチャファンタジー感が強かった。まるで絵本の世界である。
「クマ?」
「フマ!」
「クーマー」
因みに蚕が吐き出した糸は、蚕を殺さずとも繭として回収できるそうだ。そもそも蛹になったりもしないらしい。
ここまでくるともう蚕じゃないよな? まあ、ゲームだしね。
そうやって養蚕箱の中を覗いたりしていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ユートさーん!」
振り向くと、見覚えのある女性プレイヤーがこちらに駆け寄ってくるところだった。いや、その視線はクママの方しか見てないが。
「やーやー、おひさしぶりー」
「アシハナ、随分と早かったな」
「へへー、店売りの養蚕箱に興味があってさ。それに渡さなきゃいけないものもあったし」
養蚕箱に関してアドバイスをもらうために、アシハナにも連絡を取っておいたのだ。というか、ソーヤ君と一緒にいたため、向こうから首を突っ込んできた、
「これが養蚕箱?」
「今設置したばかりだけど、どうだ?」
「うーん、そうだね。多分、これよりいいやつが作れると思うよ。でも材料を揃えないといけないから、何日かもらうけど」
「それで構わない。お願いしていいか? 依頼料はどれくらいだ? 材料費は勿論払うけど」
「じゃあ、私もアメリアたちと同じじゃダメ?」
「アメリアたち?」
「うん!」
なんと、材料費だけでいいという。その代わり、アプデ後にうちの子を撫でる権利と、畑に入る権利が欲しいということだった。
俺がいない間に畑に入れても、今みたいな触れ合いはできないようになるんだが、本当にそれでいいのか? いや、トップ木工プレイヤーに特注でアイテムを優先的に作ってもらうのがその程度でいいなら、俺は全く構わんけどね。
「本当にいいのか?」
「勿論! 触れ合いが出来ずとも、生で見られるだけで価値があるもの!」
いいらしい。
「あ、あとね、これを渡さなきゃいけなかったんだ! はい!」
「いや、なんで俺が金を受け取るんだ? むしろ払う側だと思うんだが?」
「えー? 忘れちゃったの? フィギュアの代金だよ! 売り上げの20%支払うってことになってたじゃん」
「ああ、そういえば……。え? 20%でこんなにもらっていいの?」
「白銀さんの従魔シリーズは大人気だからね」
「いやで、でも、120万?」
アシハナ、いくらなんでも高過ぎじゃ? でも、売れてるんなら適正な価格ってことか? いや、何の効果もない木彫りの人形だぞ?
「第1弾から第3弾の売り上げを合わせた金額だから。それとこれ。約束してた、ユートさんに渡す分ね」
「あ、ああ」
驚く俺の前で、アシハナが木製フィギュアを取り出して並べていく。ちゃんと置くための台座付である。
「おー、やっぱりいい出来だな」
「でしょ? 自信作だからね!」
いつかホームをゲットしたら、是非飾らせてもらおう。アシハナはこのあとログアウトしないといけないと言うことで、足早に去っていった。
帰り際、次のフィギュアの参考にすると言ってアイネたちのスクショを撮影していったので、でき上がりが楽しみである。
「やっぱり、ちゃんとしたホームが欲しいよなぁ」
ピッポーン。
「お? 何の通知だ?」
ウィンドウを確認してみると、運営からの通知メールが届いたところであった。しかも2通。そのうちの1通のタイトルが目に入った。
「ホームエリアの開設と、マスコットシステムの導入について?」
なんとタイムリーな。
 




