286話 マナーって大事ですね
「その人は白銀さん本人だよ?」
「ああ? 何を馬鹿――って、お前、もしかして赤牛か?」
「アニキ、あっちにいるのボマーっすよ!」
「え、じゃあ、まじで白銀さん?」
俺が本物の白銀だと知って、すっごい狼狽し始めたんだけど。まあ、本人に対して「白銀さんの真似かよ! ぎゃはは」って言っちゃったからねぇ。俺だったら死にたくなるくらい恥ずかしいだろう。
それにしても、クルミは有名人なんだな。
「あれってあの赤牛? 確かに噂通り目立つ外見だな」
「噂?」
「巨大ハンマーを背負ったちびっ子レッドアフロ。あの赤いアフロの中には、実は色々と隠し武器が仕込んであるっていう噂だぞ」
「俺は飴ちゃんって聞いた」
「私は赤いエナジードリンクを飲んだら1000万パワーを発揮するって聞いたけど」
「え? 俺はあのアフロ実はヅラで、パカッて取れるって聞いたけど?」
周囲の目がクルミに向いているのが分かる。男たちもクルミが有名人だと分かって、ちょっと怯んだ様子だ。ただ、これで引き下がるようなまともな相手じゃないだろう。実際、すぐに俺たちを睨んできたし。
いつもだったらこういう奴らは適当に宥めつつその場を立ち去るんだが、ここではそうもいかない。日付が変わるまで、こいつらの相手をしないといけないだろう。面倒だな……。
そんな風に思っていたら、因縁を付けていたパーティとは別のパーティが近づいてきた。もしかしてクレーマーが増えるか?
だが、そんな様子でもない。
「やあ、白銀さんたちは5人なのかい?」
先頭にいるリーダーっぽいエルフは、多少馴れ馴れしい感じだが顔は友好的に笑っている。
「え? そうみたいですねぇ。風結晶は俺が用意したんじゃないので分からないけど。アメリア、どうなんだ?」
「★5の風結晶だから」
オークションなどでNPCから出品されていた属性結晶は、品質が一定していなかったらしい。多分、イベント報酬の場合は★6以上なのだろう。
「だったら提案なんだが、僕たちの持っている★6の風結晶を使わないか?」
「どういうことだ?」
「いや、君たちは★5を使うつもりだったから、5人しかいないだろ? そこで★6を使えばパーティ枠が1つ空くだろう? そこに僕を入れてくれないかと思ってね」
「なるほど」
面白い提案だな。確かにそれは可能だろう。べつに俺たちに損はない。そう思ったんだが、クレーマー男が騒ぎ始めた。
「ざけんな! てめーも横入りする気か!」
「さっきから聞いてると、横入りだ何だと騒いでるけどね。君の言葉はほとんどが的外れで聞くに堪えん。いい加減、諦めたらどうだい?」
「ざけんな! 横入り野郎が!」
「同じセリフを繰り返すところも、頭が悪い証拠だね」
「てめっ……! だいたいな! こいつをパーティに入れるくらいなら、俺を入れろよ! それが当たり前だろ!」
「はあ? 何を言い出すのかと思えば。白銀さんたちに暴言を吐いている分際で、そんなことできるはずないだろ? 本当に馬鹿だな」
俺たちに友好的なのは有り難いんだけど、ちょっと言い過ぎじゃないか? クレーマー男みたいなタイプが嫌いなのかもしれないけど、完全に火に油を注いでいる。暴言を吐くのは自由だが、俺たちを巻き込まないでほしかった……。
まあ、エルフっぽいと言えばエルフっぽいけど。もしかして高慢ちきなエルフのロールプレイ? いや、さすがにそれはないか……。
「ねえ、どうだい白銀さん?」
「俺たちを無視すんじゃねー!」
「なにしたって君たちが白銀さんたちよりも先に入れるわけないんだし、もう黙ったらどうだい?」
「そもそも、先に並んでるやつが優先て言うルールがおかしいんだよ! 運営が決めたわけでもねールールに、何で従わなきゃいけないんだ!」
「それがマナーってものだろう?」
「そんなもん! 守らなきゃいけないルール、どこにあるんだよ!」
なら最初になんでアメリアに声をかけたのかと思うが、今のは売り言葉に買い言葉で、ヒートアップし過ぎて思わず口に出してしまっただけなのだろう。
それに、クレーマー男の言うことも一理あるんだよね。先に並んだアメリアが風霊門を一番に開く権利があるていうのは、あくまでもマナーの問題というか、プレイヤー間で勝手に決められた暗黙の了解ってやつだ。LJOではその辺のプレイヤー間ルールが短い間にしっかりとでき上がっていた。だが、守らなきゃいけない法律があるわけじゃない。
他のゲームで似たようなイベントダンジョンがある場合、入り口前にプレイヤーが集結してイベント開始とともに鍵アイテムを皆で一斉に使用。最も早く認識された奴が一番乗りっていう場合も少なくはない。もしくはPK合戦が始まって、生き残ったパーティが一番乗りかな?
いや今回の場合だって、日付が変わった瞬間にアメリアを出し抜いて風石に駆け寄って、先に風結晶を捧げることは可能だろう。それをやったら、マナー違反と叩かれるだろうが、PKのないLJOなら大した報復はされないだろうしね。
「それに、後からきて横入りするのはマナー違反じゃないのかよ! マナー違反だろ!」
「さっきから自分勝手なことを……。そもそも大きな声で恫喝するしか能がないのか? それがマナー違反なんだよ!」
「うるせー! 黙れ! マナー違反はそっちだ!」
「自分たちのことは棚に上げて、本当に常識がないな。マナーも知らん馬鹿はこれだから」
「なんだと! この野郎!」
もう完全に口喧嘩のレベルだ。しかも、もう互いに引けないところまで熱くなってしまっている。相手が正しいとかどうでも良くて、言い負かされたくないだけなんだろう。
「白銀さんもそう思うだろう!」
「え?」
なんで俺に話を振る! 巻き込まないでくれ! しかし、マナーか。難しい問題だよね。
俺はつい最近、マナー違反で怒られたよなーとちょっと現実逃避気味に思い出していた。ゴミ出しの時間がなってないと俺に因縁を付けてきたおばさん。彼女からしたら、俺はマナーを知らないルール違反者だったのだろう。マンション住人の間ではゴミ出しのマナーは常識なのかもしれない。知らない俺は反発してしまったが。
つまり、マナー違反だと怒っていたおばさんが、エルフ男。まあ、俺もそっちサイドに含まれてしまうだろう。そして、反発して「そんなルール知らねーよ!」とムカついていたあの日の俺がクレーマー男という訳だ。なんだろう、そう考えたらどっちもどっちな気がする。
「そっちの女の子を脅すような真似しておいて、図々しいって言ってるんだよ!」
「図々しいのはテメーだろうが! 横入りしやがって! 殺すぞスカシ野郎!」
「はん! このゲームにPKはないことも分かってないのかい? だいたい、パーティメンバーを後から迎えるのなんて、横入りでも何でもないんだよ! ゲームシステムを理解できてないならプレイすんな低能!」
まあ、今やどちらも醜く罵り合っているマナー違反者だが。うむ、こいつらと同類か……。
決めた。今後、ゴミは明るくなってから出そう。そしてあのおばさんと顔を合わせたら謝る――のはまだ癪に障るが、挨拶くらいはすることにしよう。
マナーって重要だよね?
「この○×◇野郎!」
「なんだと! お前こそ△○□だろうが!」
「この事は掲示板に書くからな!」
「それはこっちのセリフだ!」
「てめ――」
「この――」
「え?」
何が起きた? 俺の前にいたプレイヤーたちが、突如消え失せた。綺麗さっぱりと、まるでテレポーテーションしてしまったかのように。
「え?」
残っているのは、俺たちと野次馬たち。あとは言い争っていたパーティの中から、数人だけであった。俺が見たところ、消えなかったのは言い争いを止めさせようとしていたプレイヤーたちだ。逆に、暴言を吐いていた奴らは全員消えてしまった。
「何が……?」
「うわー。最悪!」
どうやら残されたプレイヤーには何が起きたのか分かっているらしい。頭を抱えている。
「えっと、何があったんだ?」
「うちのリーダー、以前も似た騒動起こして運営から注意受けてたんだけど、今回の騒動で完全にペナ食らったみたい」
「うちもそうだな……」
「あー、なるほど」
つまり暴言やマナー違反の累積で、アカウント一時停止になったと。野次馬の誰かが通報したんだろうな。いや、アメリアがこっそり通報したっぽいか? まあ、どっちでもいいか。
残されたプレイヤーたちに、微妙な空気が漂っている。そりゃあ、そうだよな。もうすぐで風霊門に入れるってところでこの事態だ。
「えーっと、どうしよう? きみら、風結晶は?」
「リーダーだよ」
「私らもよ」
0時まではあと30分程だ。風結晶を今から入手するのは難しいだろう。
「……帰るわ」
「俺たちも」
「あ、そうだ! 俺たちもうクラン抜けるんで! 愛想が尽きたんで!」
「あ、私もです! 決して白銀さんに敵対したつもりじゃないんで! まじです!」
「え? はあ、分かりました」
そんな野次馬さんたちにも聞こえるような大声で言わんでも聞こえてますよ?




