277話 遠野の屋敷
転移先を確認すると、確かに見慣れない場所が増えていた。
「なあ、皆はどうだ? 俺は朽ちた遠野の屋敷っていう場所なんだけど」
「俺たちも同じですね」
エリンギたちも同じ場所か。朽ちた屋敷ならともかく、遠野?
「遠野って何だろうな?」
「わかりません」
「俺もダ」
ブランシュと冬将軍は全然分からないらしい。岩手に遠野市っていう場所があったはずだけど、そこに関係あるのか? すると、エリンギが何か思い当たることがあるらしい。
「遠野と言えば、遠野物語などが有名ですね。妖怪のメッカと言えるでしょう」
言われてみれば、聞いたことがあるかもしれない。柳田國男だっけ? 河童伝説特集をテレビで見た記憶が蘇る。
「つまり、妖怪関係のイベント?」
「そうですね……。その可能性は高いかと」
「ふーむ。パーティをどうしよう。戦闘になるかもしれないし……」
そこでアシハナに連絡を取ったんだがどうも取り込み中なのか、コールに出ない。
「仕方ないです。俺たちだけで行きましょうか」
「そうだな。とりあえず様子見で行ってみるか」
「賛成です」
「俺モ」
ということで、俺たちはその転移先を選んで、転移することにした。料金はかからない。無料で転移することが出来るようだ。
そして転移した先は――。
「朽ちた屋敷か……。確かにそんな感じだな」
そこにあったのは廃墟と化した日本家屋だった。俺たちが転移してきたのは、正門と屋敷の間の庭である。正門は閉じており、そこから高く長い壁が屋敷を囲っている。
この敷地から出られないって事かな?
「ファウ、壁を越えられるか?」
「ヤー!」
ファウが俺の言葉にうなずくと、勢いよく飛び出した。まるでスーパーマンみたいなポーズで、壁の上を目指す。
「ヤー?」
そして、いきなりボヨーンと跳ね返されてしまった。どうも見えない壁によって先に進めないようになっているらしい。その後はいろいろな場所に突撃して跳ね返され続けたファウは、結局空に張り巡らされた見えない壁を越えることはできず、肩を落として戻ってきたのだった。
「お疲れ」
「ヤー……」
「やっぱ、敷地の外には出られそうもないか」
「ヤー」
ションボリするファウを慰めつつ、俺は周囲を観察する。縁日のようなものが開かれていた。和風で平民のような格好をしたNPCたちが、楽し気に笑っている。
その中にプレイヤーがまばらにいるみたいだ。なにやら露店のような物に並んでいる。
「プレイヤーが意外と少ないな」
俺たちがいた東の町の広場だけでも1000人くらいはいたと思うが。
「たぶん、サーバー分けがされているのでは? イベントやオークションの時などもそうでしたし」
「なるほどね」
俺たちはそんな話をしながら、とりあえず日本家屋に向かってみる事にした。敷地の広さに対して、屋敷自体は普通の日本家屋である。木造の平屋だ。
江戸時代という程古くはなさそうだが、昭和初期とかそんな感じ? 非常にレトロな雰囲気がある。
ただ、窓ガラスなどは割れ、壁などは一部が崩れ落ち、中を覗くと埃や瓦礫で足の踏み場もない様子だ。
完全なる廃墟。妖怪探査などを発動してみるが、スキルには特に何も引っかからないな。
「えーっと、中は……あれ?」
「どうしたんですか白銀さん? 急に立ち止まって」
「立ち止まったというか、これ以上先に進めん」
「え?」
「本当ダ!」
「見えない壁があるようです」
ブランシュが言う通り、見えない壁のような物に阻まれて、一定以上屋敷に近づけないようになっていた。敷地の外にも出られず、屋敷にも近付けないと……。
この転移先で最も目立つ場所なんだがな。逆に、中に入るには何かのイベントやアイテムが必要っぽかった。
となると、鍵になるのは縁日だろう。そう思ったからこそ、他のプレイヤーたちも露店に並んでいるに違いない。
「その前に、この敷地内を一周してみませんか? 何か発見があるかもしれないし」
「えー? 先に祭りデいいんじゃないカ?」
「私も気になりますね」
どうやらブランシュと冬将軍の外国人コンビは、縁日が気になるらしい。
「白銀さん、どうします?」
「いや、何で俺に聞く?」
「だって、リーダーですし」
「いやいや! エリンギがリーダーだろ?」
「私はそんな柄じゃないです。知人にはトップに立つよりも、補佐する方が才能を発揮できると言われていますから」
俺はどんな分野においても才能があるなんて言われたことないが……。
「私はほら、外国人ですから」
「俺もダ」
あ、ずるいぞ。こんな時だけ外国人アピールするなんて!
「じゃあ、多数決をとりましょうか? 白銀さんがリーダーに相応しいと思う人?」
「はい!」
「はイ!」
「ヒム!」
「キュ!」
「ヤー!」
「クマー!」
「モグ!」
ヒムカが何故か嬉しそうに手を挙げているのを見て「ヒムカ、お前もか!」って叫びそうになったんだが、他の子たちも一斉に手を挙げていた。しかも嬉しそうに。
「ほら、白銀さん以外全員が手を挙げてますよ?」
「ぐぬぬ。分かった! 分かったよ!」
「おおー」
「ヨッ!」
「ヒムー!」
皆が拍手している。もう逃げられそうになかった。
「くくく。俺に権力を握らせたことを後悔させてやる!」
「それで、どうしますか?」
「冷静! エリンギ冷静! はぁ……。とりあえず敷地を探索してみようか」
「はーい」
「分かったヨ」
自分たちでリーダーを押し付けた手前、ブランシュたちも文句は言わんな。
「ほら。いくぞー」
書籍版の発売までもう少し!
興味がおありでしたらぜひよろしくお願い致します。
1話、155話を一部修正しました。どちらも本編には影響しないので、改めて読み返していただくレベルの修正ではありません。
1話に関しては、2次出荷分の発売が1週間後という表記を削除しました。
155話では、主人公がゴミ捨てに行った時間を明け方に変更しました。




