272話 視聴者たち
アシハナの場合
「ちょっ! なにこの配信!」
そのメールの着信は、三〇分ほど前となっていた。珍しく、白銀さんからだ。もしかしたらメールは初めてかな?
メールはまとめて見る癖が付いちゃってるんだよね。そもそも私の場合、注文メールとかが多いからいちいち開いてられないし、着信もマナー設定にしてしまっている。
だが、そのせいで白銀さんのメールを開くのが遅れてしまったのだ。
白銀さんからのメールは、会議室の通知機能を使って送られているらしい。そして、そのメールに記されていたURLを開くと、衝撃的な映像が生配信されていたのだ。
「ク、クママちゃんとお茶会……。ああ! クママちゃんにハチミツ食べさせてる!」
クママちゃん以外のモンスちゃんたちも、参加者に可愛がられている。何この桃源郷は!
「ああっ! しょ、しょんにゃ! こんなことまで!」
うきゃーっ! ずるい! 私も! 私もこれやりたい!
「待たせたな。これが俺の畑で穫れた――って、おいアシハナ? 顔面崩壊しちまってるけど大丈夫か?」
「タゴサック? ごめん! ちょっと用事できた! また後で!」
「え? ちょ、どうしたんだよ!」
タゴサックに呼び止められるが、こうしちゃいられないのよ!
「これよ! これ!」
「えーっと、なんだこれ? ユートからのメール?」
「私もクママちゃんとお茶するの!」
「いや、だってお前、ほぼ毎晩ユートの従魔と遊んでるだろ?」
「それはそれ! これはこれよ! だってお茶会なのよ!」
「ああ、そうかい」
「そうなの!」
クママちゃん! 待っててね!
「おーい! ユートに迷惑かけるなよー」
アリッサとルインの場合
「むむー……」
「どうしたんだ?」
「ルイン。これよこれ!」
「ほう? なんだこれ? 生配信か?」
「うん。料理プレイヤーたちが定期的に開いてるお茶の品評会。まあ、実態はゆるいお茶会だけど」
「それがどうしたんだ?」
「今回はユート君が参加してるのよ!」
「あー、てことは平穏無事には終わらんな」
「そう! そうなのよ! くっ、知ってれば絶対に参加したのに! すでに色々爆弾落とされてるし……!」
「奴は天然で爆弾放りまくるからな~」
「あー! これ見てよ! 陶磁器よ! 物は普通っぽいけど、ユート君が作ったものだし……。何か凄い秘密が隠されているかも!」
「……気になるなら、今から行ってくりゃいいじゃねーか。店番なら他の奴に任せればいいしよ。クラマスも前線からこっちに戻ってきてるだろ?」
「無理よ……。今頃同じような問い合わせが殺到してる頃だし……。特例を認めてたら際限ないわ」
「なるほどなぁ」
「くぅ! あのボケが長々とゴネなければすぐにメールを確認できたのに! 下らない情報で値段交渉してくれちゃって~!」
「まあ、あとで話を聞きに行けばいいじゃねーか」
「……そうするわ」
ソーヤの場合
「くっ! 参加するべきだったっ!」
「ど、どうしたんですかふーかさん?」
「ソーヤ君! これを見て!」
ふーかさんがウィンドウを見せて何やら熱弁している。どうやら、白銀さんからのメールが問題だったらしい。
お茶の品評会だという。僕は普通に飲めればそれで十分だからあまり興味はなかったけど、料理人のふーかさんにとっては大問題であるようだった。
確かに、僕もこれが錬金アイテムの品評会とかだったら参加したいから、気持ちは分からなくもないけど。
「ど、どうすれば……」
「え? どうするって、今ダンジョンの中ですし、無理ですよ」
現在はセーフエリアで休憩中。アイテムを使えば脱出できるけど、もう少しでボスだし、ここまで来て引き返すなんてありえない。え? ありえないよね? 品評会より、ダンジョンの方が優先順位高いよね?
「どうにかならない?」
「なりませんね~」
「うう」
ふーかさんは行きたそうにしてるけど、さすがにここで回復役に抜けられたら困る。そもそも、今から戻っても間に合わないんじゃ……。
「ハーブティーのことはあとでユートさんに聞けばいいじゃないですか」
「ランタンカボチャもあるよ!」
「それもですよ」
「モンスちゃんとお茶会は?」
「いや、ふーかさん、いつも白銀さんの畑に遊びに行ってるでしょ?」
「お茶会ってところが重要なの! それに、これ見てよ! モンスに手ずからお茶を……。やばいでしょ?」
うーん。確かに白銀さんのモンスは可愛いと思うし、僕だってたまに遊びに行くことはある。でも、ファンと呼ばれる人たちほどの熱量はないので、ふーかさんの気持ちがいまいち分からなかった。
「うううー」
「唸ってもだめですよ」
「うわーん!」
「泣いてもダメです。ねえ、ウルスラさん?」
「……なんで私はここにいるのかしら?」
「こ、こっちもだった」
それにしてもこのメールって白銀さんのフレンド全員に送られているのかな? だとしたら暴走しそうな人たちに心当たりがあるんだけど……。
「ユートさん、大丈夫かな?」
コクテンたちの場合
「……ああっ!」
「うぉ。どうしましたコクテンさん。急に大声出して。仕事のミスでも思い出しました?」
「せっかく今日から有休なんですから、嫌なこと思い出させないでくださいよ」
「はは。すいません。でも、急に大きな声出してビックリするじゃないですか」
「ごめんごめん。ほら、これ見てくださいよ」
「うん? なんすかこれ? 配信映像?」
「お茶の品評会ですね」
「よくそんな地味動画見れますね」
「いや、私も興味があるわけじゃないんですが、白銀さんが参加してるみたいだったんで」
「ははー。それは確かに見る価値あるかもしれないっすね。それで、何かあったんですか?」
「これですよ。これ。ワインジャムですって」
「ワインのジャムですか? あまり美味そうではないですね」
「リアルだと結構美味しいですよ。前に同僚がどこかのお土産で買ってきてくれたのを食べたことがあります」
「コクテンさん、オサレな物食べてますね」
「はは、自分じゃ絶対に買いませんよ。まあ、リアルの話は良いです。それよりもゲーム内でのワインジャムです」
「なんかバフでも付いてるんですか?」
「HP微回復と、酩酊だそうです」
「え? まじで? それって凄いじゃないですか!」
「そう! 我々酔拳使いにとって、最高のアイテムとなり得ます! 絶対に手に入れないと」
「場所はどこなんです?」
「始まりの町でやっているみたいですね」
「もうすぐ第9エリアなんですけど……どうします?」
「……どうしましょう?」
「……でも、そのアイテムは欲しいっす」
「……戻りますか」
リキューの場合
「……ううー……グスン」




