243話 オバケ
高速移動しながら範囲攻撃と突進を繰り返すようになったアメメメンボだったが、その厄介さは想像以上だった。
速いせいでこちらの攻撃が当たりづらいだけではなく、高速でスライドすることが可能なので盾役のオルトたちを避けて後衛を攻撃してくるのだ。
「やば! アクア・ヒール!」
「フムム~!」
俺とルフレはもはやヒールマシーンだ。攻撃などしている暇がない。オルトとサクラが頑張ってくれているんだが、ボスは上手くダメージを飛ばしてくる。
俺とサクラが攻撃できないとなると、ダメージディーラーが足らない。ドリモとリックだけなのだ。ドリモの攻撃は回避されまくっているしな。
「このままじゃじり貧だな……よし! ここは一気に攻勢に出るぞ! サクラは攻撃だ! 動きを阻害して、ドリモの攻撃の命中率を上げろ!」
「――!」
「そして、リックを送還して、クママを召喚だ!」
「クックマー!」
リックの姿が消え、クママが召喚される。
「よし! 狙い通り!」
クママが出現したのはリックが今まで張り付いていた場所。つまり巨大なボスの背中の上であった。召喚にはこういった使い方もあるってことだな!
「クママー! 全力で攻撃しろ!」
「クマー!」
クママは激しく動くボスの上から振り下ろされまいと、片膝をついて左腕でその背にしがみ付く。そして、鋭い爪がシャキーンと生えた右のヌイグルミハンドを突き上げるように掲げると、その場で動きを止めた。力溜めスキルを使っているのだ。右腕に力溜めのエフェクトである赤いオーラが揺らめく。クママ、かっちょいいな。まるで主人公みたいだ。
「ク~マ~……!」
「俺の右手が真紅に光る……」
「ク~マ~クマクマ!」
「敵を倒せと激しく唸る!」
思わずアテレコしちゃったよ。
「クックマクマママママー!」
「クママモフモフ上級爪撃ぃぃ!」
そして赤いエフェクトを放ちながら輝く爪を、クママがボスの背に叩き込んだ。
あのタイミング、完全に俺のアテレコに合わせてくれてるよな。ノリのいいところはクママの長所だと思う。
まあ、それで撃破とはいかなかったけどね! だが、羽が破壊されたらしく、ボスはその動きを鈍らせていた。
「よし! これなら当たる! 総攻撃だ! ドリモは竜血覚醒を使え! ただし、強撃は使うなよ!」
「――!」
「アクアボール!」
「モグモ!」
やはりドリモのドラゴンモードはカッコイイ! そして強い! 追い風によって加速したドリモの鋭い角が、アメメメンボのHPを大きく削る。最後はクママの本日2発目の力溜め攻撃がボスの頭部に炸裂し、ついにその巨体が沈んだのであった。
「なんとか勝ったか……。みんな良くやった!」
「クマー」
「モグ」
みんなレベルが上がったな。リックはレベル30で迷彩というスキルを覚えた。敵から発見される確率を下げるスキルであるらしい。探索時にリックが先頭の場合も多いから、意外に嬉しいスキルだった。
ボスドロップは素材系ばかりだ。外に出たらシュエラかルインのところに持ち込んでみよう。
「じゃあ、回復をしたら先に進もう。本当は進みたくないけど」
ボスを倒したのに、鉄格子は解除されなかった。かわりに部屋の反対側の壁がスライドし、新たな通路が出現している。先に進めってことなんだろう。
もし苦労して倒したアメメメンボが中ボスだったら最悪だ。死に戻りも覚悟せねばならないだろう。
だが、俺たちの覚悟は無駄なものであったらしい。通路にモンスターは出現せず、その先には小部屋があるだけだったのだ。
足を踏み入れても、ボス戦が開始されるようなこともない。ただ、その部屋の中央に何かが横たわっていた。
何かと言ったのは暗くて見えないからではない。部屋の四隅には強い光を放つ四角形の行灯のような物が吊るされており、光源は十分だった。
何かと曖昧に表現した理由は、一見しただけではそれの正体が理解できなかったからだ。
「白い……布?」
床に白い布が適当に置いてあるようにしか見えない。だが、これが単なる布でないことは、マーカーの色が教えてくれていた。どうやらNPCであるようだ。
鑑定すると『オバケ』というなんの捻りもない名前が表示された。なるほど、お化けか。この白い布のような物がそのまま体って事らしい。幽霊ではなく、お化け。たらこ唇のQちゃんや、何故か配管工が姫を救う国民的アクションゲームに登場する白いやつと同類だ。
よく見れば布の中央に顔らしきものがあった。まあ、布にマジックで落書きしたと言われたらそうとしか思えない感じだが。糸目と思われる2本の横線と、底辺を下にした三角形の口っぽい物が一応確認できる。
フォルム的には、ボウリングの球に白い布をかぶせて、指のない三角の手を左右に付ければ完成である。足はない。ただ、布の中は覗くことが出来ず、真っ暗な闇が広がっていた。
NPCということは敵ではないようだが……。
「バケー……」
近づくと、床に仰向けに寝そべっていたオバケが目を開いた。糸目なのかと思っていたら、単に目を瞑っていただけらしい。糸目が黒い丸になった。どちらにせよ落書き風なことに変わりはないが。
にしても、妙に弱々しい声じゃないか?
「バ、バケー……」
再びか細い声をあげるオバケ。
グギュルルルル~!
「な、何の音だ?」
まるで巨大なカエルの鳴き声のような。もしくは南国の鳥の威嚇の声だろうか。こちらを威圧しているかのような重低音が、どこからともなく聞こえてきた。
もしかしてオバケが弱っているように見えるのは、この音の発し主に襲われたからか? くそ、ボス連戦か? ド〇クエⅢのラストかよ!
「みんな! 警戒しろ! 何かいる!」
「ムム?」
「フム?」
「ヤー?」
あっれー? 俺がやる気満々で真面目な顔で指示を出したのに、うちの子たちは何故か首を傾げてその場に立ったままだ。
「ええ? み、みんな? 戦闘準備は?」
「クマ?」
「モグ?」
「――?」
サクラたちまで! 敵の姿が見えないからか? 仕方ない。俺だけでも警戒するぞ!
俺は身構えたまま、音の発生源を探った。
グギュルルル~!
謎の重低音は、前方から聞こえてくる。オバケの向こう側か? 壁の向こうに、何かいるのか?
グギュルル~!
いや、違うな。もっと近くだ。そう、オバケの辺りから聞こえてきた。というか、オバケから聞こえている?
「バ、バケー……」
「……もしかして」
俺はオバケに近づき、片膝をついてその様子を観察した。よく見たら頬がこけているようにも見える。
グギュルルル~!
うん。敵とかいませんでした。みんなが戦闘準備をしない訳も分かった。
謎の音の正体は、オバケの腹の音だったのだ。弱って見えたのは、単に空腹だったかららしい。寝ていたのではなく、腹を減らして行き倒れていたようだ。
「バ、バケケ~……」




