239話 西の町で
「よし、とりあえず第3エリアを歩き回ってみるか」
「ムッムー!」
実験を終えた後、俺たちは第3エリアである西の町へとやってきていた。粘土の採取できる廃棄坑道の場所を確認するためだ。あと、後々風霊門を開く時のためにも、西の町に到達しておいて損はないからね。
本当はその前にアリッサさんのところに行って進化を果たしたルフレとファウの情報を売ろうかと思ったんだが、今はログアウト中で連絡が取れなかった。なので、先に西の町にやってきたのだ。
フィールドボス? あいつらなら俺がワンパンで沈めてやったよ。
「モグ?」
「――?」
嘘っす。サクラの麻痺と、ドリモの竜化+必殺コンボでようやっと倒したのだ。西の森のフィールドボスも、その先の爪の樹海のフィールドボスも、状態異常が効くタイプのボスだったのでうちのパーティなら戦い易かった。しかも今やうちの子たちは進化して戦闘力も上がっているし。
貧弱なのは俺だけだ。つまり、俺が皆の後ろに隠れて死に戻りしないように気を付けていれば、あとはそう苦戦することはなかった。攻略情報も出そろっているしね。
「とは言え、意外と時間がかかったな……」
「ムー」
もう夜である。さすがにこの時間から初見のダンジョンに潜るのは難しいだろう。今日は西の町を歩き回ってみることにした。
「フムー!」
「ヒムー!」
「ムムー!」
ルフレとヒムカ、オルトが先頭だ。ルフレとヒムカは水と火の精霊なのだが、特に仲が悪いとかはないらしい。むしろ性格が似ている同士、仲が良いように見えるな。オルトも交えて3人で手を繋いで、スキップしていた。
「ラランラ~♪」
「モグ」
その後ろに、頭の上にファウを載せたドリモが続く。リックといいファウといい、ドリモのヘルメットの上が座りやすいのかね? 頭上でリュートをジャカジャカとかき鳴らされていても、ドリモは相変わらずクールだ。気にならないんだろうか?
「――♪」
俺と腕を組んで歩いているのはサクラである。楽し気に歩いているな。手を繋ぐくらいならともかく、腕を組むとなるとちょっと恥ずかしいんだが……。火霊の試練では悲しい思いをさせたし、今日は好きにさせてやろうと思う。
「西の町は緑がイメージカラーかー。綺麗だな」
「――♪」
元々、屋根や壁が緑系統に塗られている町が、薄緑の街灯に照らされ、全体が緑色に包まれている。まるで深い森の中にいるかのような、心安らぐ色であった。
まだ夜になったばかりなので、道には人々の往来がある。というか、今が最も町が賑わう時間かもな。
プレイヤーにNPCが騒ぎながら道を行き来している。俺たちも屋台で食べ物を買ったりしながら、町を歩いてみた。地図も埋まるし楽しいし、一石二鳥だね。
「おい、あれ――」
「まじか――」
「お、俺も――」
ただ、めっちゃ見られているな。まあ、分からなくもない。その視線はほぼ全てがファウに向いていた。俺だって、自分以外にフェアリーを連れているプレイヤーがいたら羨ましくなるだろうし、ガン見してしまうだろう。
ファウの羽が動く度に、「おお~」というどよめきが上がる。
ふふん。ちょっとサービスしてやるか。いや、俺がファウを自慢したいというか、優越感に浸りたいだけだけどさ。
「ファウ、こっち来い」
「ヤー?」
「よしよし、俺の肩に乗っていいぞ~」
「ヤー!」
ファウが飛んだだけで、凄い歓声が上がったぞ。やはり妖精の破壊力は凄まじいということか。ただ、ちょっとサービスし過ぎたかもしれない。
周囲のプレイヤーの目が怖い。そして人の輪が狭まってきた気がする。より近くでファウを見たいんだろう。ファウは小さいから、近づかないと良く見えないのだ。
「あー、もっと向こうにいくか」
「ヤー?」
「ほ、ほら、ダンジョンの位置とかも確認しておきたいしな!」
「――?」
「い、いいから行くぞ!」
ということで、俺は皆を連れて足早に包囲網を脱出したのだった。さすがに追ってはこないかな? ふー、ちょっと調子に乗り過ぎたか。反省しよう。
「適当に逃げて来たから、町の中心からは大分外れちゃったな」
住宅街まできてしまったらしい。ただ、商店街に戻るのはもう少し時間が経ってからの方がいいだろう。この辺を散策してみるか。
「どこ行きたい?」
「ムー?」
横にいるオルトに話しかけるために、視線を落とした時だった。俺は、オルト越しに見た民家の壁に、違和感があった。
「……ああ、隙間がちょっと歪というか、下の方が少し隙間が大きいのか」
民家の壁と民家の壁の境目にある隙間なんだが、下に行くにつれて微妙に間が広がっているのだ。それが違和感の原因だろう。
隙間を軽く覗き込んでみると、オルトも真似して隙間の向こうを見始める。
「なんか、光ってるな……。向こう側から光が漏れてるだけか?」
「ム?」
「いや、違うか……?」
隙間の向こうから微妙に光が漏れているのが見えた。しかもよく見てみると、それが人工の光であることが分かる。
隙間の向こうに空間があるようだ。入り口部分は狭いものの、先に行くと横幅が広くなっているらしい。
「光ってる物の正体が分からないな……」
「ムム~」
隙間に体を入れようとしてみるんだが、さすがにこの隙間には入らない。さらに身をよじってみたが、無理だった。
「いや、下は少し広がってるし、四つん這いになればいけるか?」
夜で良かった。周囲を見回しても他のプレイヤーはいないし、間抜けな姿を目撃されることもないだろう。ちょっくらチャレンジしてみるか。それでダメだったら、ファウに偵察してきてもらおう。
「よっ……ほっ……そいやっ!」
よし、肩が通った! このまま行くぞ。
「ぐ、せめー」
「ヤー?」
俺の前を飛んで先導してくれているファウが心配そうな顔をして振り返る。
「だ、だいじょうぶだ」
そうやってハイハイで進むこと10メートル程。ようやく広い空間に出た。俺は立ち上がってグッと伸びをする。いやー、ゲームの中でもついついやっちゃうよね。
「えーっと、ここはなんだ?」
光の正体は、壁に埋め込まれた小さいランプのようなものだった。
「ヤー!」
「ありゃ、マンホール?」
ファウが指差しているのは、地面に設置された丸い蓋のようなものだ。マンホールっぽいが、取っ手のようなもの以外にその表面に模様などは一切ない。
「開くか……? くっ、だめだな」
マンホールの取っ手に手をかけて引いてみるが、ビクともしない。鍵がかかっているのか? それとも俺の腕力不足だろうか?
「ム?」
「モグ?」
「おお、お前たちも来たか」
うちの子たちは全員俺より小さいからね。俺が通り抜けられれば、問題ないのだ。
「今、一番腕力が高いのはオルトか? ちょっとこのマンホールを開けてみてくれ」
「ムム!」
オルトが腕まくりをしながら、マンホールの前でしゃがみ込む。頼もしいな! そして、オルトの頑張りによって、マンホールの蓋がジリジリと上がっていく。
「ヤー!」
オルトの上を飛び回りながら、ファウが応援している。その声援に引っ張られるかのように、マンホールの蓋が持ち上がっていった。
「ムムー!」
「よーし、良くやったぞオルト」
「ム!」
ドヤ顔のオルトの頭を撫でつつ、マンホールの中を覗き込む。その下には、降りるための梯子と、漆黒の闇が広がっていた。ちょっと怖い気もするが……。
「行ってみるか?」
「ム!」
オルトはやる気だね。




