23話 称号の価値
俺はクエストの達成報告の前に、南の小広場にやってきていた。称号の情報が売れるかどうか確認するためだ。すでにアリッサさんがこの称号の情報を持っていても、損はしない訳だしね。
相変わらず賑わっているな。夜の広場に屋台が出ている風景は、まるでお祭りみたいだ。
すでにサービス開始からゲーム内で5日目だし、プレイヤーの数も増えてきている気がする。特に、初日から遅れてログインしてくるプレイヤーの中には初心者も多く、始まりの町に留まるプレイヤーの割合も増えているんだろう。これからどんどん次の町へ向かう奴らが増えるだろうし、今が一番プレイヤー数が多いかもな。
「アリッサさん、どうも」
「おや、この時間に来るのは珍しいね」
「実はですね、買ってもらいたい情報がありまして」
「ほほう? 聞こうじゃない。ユートくんは、私の予想を裏切ってくれるからねー。楽しみだよ」
ハードルが上がってしまった。大した情報じゃないかもしれないんだけど。
「いや、もう持ってたら申し訳ないんですが、称号に関する情報なんです」
その言葉に、アリッサさんはピクッと震えた。そして、急に真顔になる。
「も、もしかして、また称号を手に入れたの?」
辺りに誰もいないことを確認すると、すごい小声で聞いてきた。こちらがちょっと引いてしまう真剣さだ。これでもう知ってる情報だったら申し訳ないな。というか、知ってると思うんだが……。俺はアリッサさんに釣られて、小声になりながら頷き返した。
「はい、実はそうなんです」
「それは単に獲得しただけなの? それとも、取得条件まできちんと把握できてるの?」
「俺の予想ですけど、取得条件の情報もあります」
「ほ、本当に?」
「はい」
「ちょっと待った」
「はい?」
「少し落ち着かせて。思わぬ大きな情報に、ちょっとテンパってるから」
アリッサさんは大きく深呼吸をする。なんか大ごとになってないか?
「いや、もう知ってるかもしれませんよ?」
「ちなみに、その称号は、この中にある?」
どうやら、早耳猫が情報を売っている称号のリストの様だった。全部で11。結構少ないな。しかも、白銀の先駆者などの、2日目に与えられたユニーク3称号の名前も合わせての11個だ。俺にとっては幸運なことに、不殺の名前は載っていない。
「これしかないんですか?」
「少ないと思う?」
「はい」
「それくらい、称号の取得は難しいってことよ。あなたが思っている以上にね」
「そうなんですか」
「で、どう? このリストに、載ってる?」
「載ってませんね」
「本当? すごいわね!」
アリッサさんの興奮が頂点に達したようだ。その猫耳がピンと立っている。へえ、こういう演出は細かいな。
「最初にあなたに声をかけた自分を褒めてあげたいわ! 分かってないみたいだけど、これは凄いことなのよ?」
「はあ」
正直、自分との温度差に、戸惑いが大きい。
「それって、他の人が取得可能かしら? それとも先着でユートくんだけしか取れない?」
「いえ、他の人でも取れると思いますけど」
「本当なの?」
「え、ええ」
アリッサさんが身を乗り出して顔を近づけてくる。
「良いわ。3000G出しましょう」
「ええ?」
「それくらい価値がある情報よ。いえ、取得条件の情報の精度や、その有用性によっては、10000G出してもいい」
「ええええ?」
ようやく、自分の情報がかなり貴重だと言うのが分かってきた。ちょっとドキドキしてきたぞ。
「それで? どんな称号なの? できればステータスを見せてほしいんだけど」
「良いですよ。これです。名前は不殺」
俺は称号の項目を見せながら、知っている情報を語る。スキル取得時のログも見せて、取得条件に関する俺なりの考察も聞かせた。そうして称号の情報を語り終えた時、アリッサさんが思わずといった様子で叫ぶ。
「ちょっと待って!」
「どうしました?」
「このスキル」
彼女が指差しているのは、不殺によって得られる効果の欄だ。なんか、指先がプルプル震えているぞ。
「これ、手加減攻撃じゃなくて、手加減?」
「そうですけど……」
手加減攻撃は聞いたことがある。杖とかメイス系のアーツで、どんな場合でも相手を殺さずにHPが1残ると言う、手加減に似たアーツだ。手加減は道具や魔術でも使えるから、こっちの方がより上位なんだろうか。
「……新スキルだわ」
「え?」
「だから、新スキルなのよ!」
「新スキルって?」
「……βテストでも確認されなかった、未だに誰も獲得していなかった全く新しいスキルのことよ!」
それって、俺しか取得者がいない、レアスキルってことか?
「嘘だー」
「本当よ。なんなら、今朝送られてきた集計データを見てみなさい! 載ってないから」
確かに。あのデータはスキルやアーツの個別獲得者の数も掲載されていた。つまり、たった一人でも獲得できていれば、スキル、アーツの名前だけは載っているはずなのだ。
俺は大慌てで、集計データを見てみた。すると、アリッサさんが言った通り、手加減というアーツもスキルも掲載されていない。
「まじっすか?」
「手加減は、今現在あなただけのユニークスキルっていう訳ね」
話が大きくなりすぎて実感がない。そんな凄い称号だったのか? そもそもβテストで獲得者がいなかったのだろうか? 俺の疑問にアリッサさんが答えてくれた。
「それはね、初ログインした頃っていうのは、誰でもイケイケだし、多かれ少なかれ、戦闘をするでしょ? それにモンスターとの戦闘をしなくたって、釣りをしたり、狩りをしたりして、食料を得る場合もあるし。初ログインから4日間命を奪わないっていう条件は、前情報のない状態では難しいのよ。それこそ余程偏ったプレイをしてない限りはね。例えば、君みたいに」
「そういうことか」
俺だって、オルトが戦えればこの称号は得てなかっただろう。誰だって最初はモンスターと戦ってみるし、いきなり負けるやつは少ないはずだ。よしんばビルドに失敗していたって、その時ならまだキャラを作り直す余地がある。普通は、作り直すだろう。
「じゃあ、この情報、買ってもらえます?」
「25000Gで買うわ」
「10000Gなんじゃ……?」
「現段階では激レアなスキルの情報も合わせての値段よ。不殺の情報は、相当稼げるだろうしね」
「でも、一度ログインして、1回でもモンス倒してたら、獲得できないですよ?」
「大丈夫、これからまだ1万人近くがログインしてくるし。リアルで6日後には第2陣、3陣が10万人以上インしてくる。それに廃人プレイヤーじゃなければ、プレイ時間は精々リアルで半日だからね。中にはキャラクターを作り直そうか悩んでいるプレイヤーもいるのよ。そういう人にとっては、有用な情報だわ。なにせ、絶対に取得できる称号の情報だからね」
と、いうことで、俺は思いがけずに25000Gも手に入れてしまった。
これで何を買おうか。原木に、畑をもう一面買ったとしても、手持ちは30000G以上残る。うーん、夢が広がるな。早速農業ギルドに行って原木を買おう。
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、ちょっと待って。私とフレンドコード交換しない?」
「俺とですか?」
「うん。私とフレンドコード交換すると、良い情報を仕入れたらメールで知らせてあげるわよ。その代わり、また良い情報を入手したら売りに来て」
「なおさら、俺なんかでいいんですか?」
「うん。ぜひお願いしたいな」
「今回のはラッキーだっただけですよ? いや、本当に」
「今後もそのラッキーに期待だね」
まあ、いいか。向こうがそれで良いって言ってるんだし。βテスターの情報通とコード交換しておいて、損はないだろう。
「じゃあ、コード送りますね」
「ありがと」
アリッサさんからもコードが送られてきて、フレンドコードの交換が完了する。
「またいい情報待ってるね!」
「期待しないで待っててください」
アリッサさんに見送られ、俺はホクホク顔で小広場を後にした。
 




