223話 火霊門
日付が変わろうとしている10数分前。俺たちは大松明の前に到着していた。
「うげ。メッチャ混んでる」
「ムー」
オルトもその混雑具合に目を丸くしているな。
先日のオークションで属性結晶が出回った結果なのだろう。俺たちのように日付変更とともに精霊門を開こうというプレイヤーたちが大挙して押し寄せたらしい。
50人以上はいる。そして松明の前には10人程のプレイヤーが列を作っていた。他のプレイヤーたちはそれぞれが松明の周辺でいくつかのグループを作り、だべったり休憩したりしてしている。
これはどんな状況なんだろう? とりあえず最後尾のプレイヤーに声をかけてみようかね。
松明前にできた列の最後尾は、岩石巨人の素材で作った重鎧を着込んだ男性プレイヤーだ。典型的な重戦士タイプだろう。ただ、背にはクワを背負っている。もしかしてファーマーなんだろうか?
岩でできた兜の間から見える顔に見覚えがある気がするけど、どこで見たんだっけな? それとも気のせいか?
岩をそのまま削り出して身に着けたかのような、威圧感たっぷりの外見をしているプレイヤーに、少しだけ勇気を振り絞って話しかけてみる。
「あのー、この列って、精霊門に入る順番待ちですか?」
「ああ、そうだ――あ、白銀さん!」
思いの外優しげな声でちょっと安心した。振り返ったプレイヤーが俺を見て驚いている。やっぱり知り合いか? それとも、もう本人に確認するまでもなく、見た目だけで俺が白銀だと認識できるほど認知されて来たって事?
そう思ったら違っていた。
「お花見の時は世話になったな」
「あ! あの時にいたのか!」
「おう。花見の最中は挨拶したくらいだったな。俺はファーマーのつがるん。よろしくな」
タゴサックと一緒に花見に参加したファーマー軍団の1人であったらしい。あの時は初対面のプレイヤーがたくさんいたからな~。正直、1人1人はそこまで覚えていなかった。
それに、花見の時は農業用の布装備だったらしいし、覚えていなかったのは仕方ないだろう。うん。仕方ないのだ。だから、怒ってないよね?
軽くつがるんの表情をうかがうと、普通に笑っている。彼もあの1回だけで自分の顔を覚えられているとは思っていなかったらしい。よかった、外見と違って常識人っぽい。
「それで、この列は何なんだ? 並んでる人と、並んでない人がいるけど」
「ああ、それはな――」
この列は、周辺で待っているパーティの代表者の列であるようだ。確かに、全員で並んだらわちゃわちゃしそうだしね。
時間が来たら前のプレイヤーから順番に仲間を呼んで、精霊門に入る形らしい。
そんなことをつがるんに教えてもらっていたら、もう日付が変わったようだ。
「お。始まったみたいだな」
つがるんが言った通り、前方で強い光の柱が立ち昇るのが見えた。精霊門の解放エフェクトに間違いない。
「じゃあ、俺が並んでるから、みんなはどっかで待っててくれ」
「いいの?」
「私たちが並びますよ?」
「いや、いいよ。俺が声かけたんだし」
実は俺は1人ではなかった。うちの子たちと一緒にいるという意味ではない。むしろ、今はオルトしか連れてきていない。
今俺がパーティを組んでいるのは、アメリア、ウルスラ、イワン、オイレンシュピーゲルという土霊門を案内して上げた時の面子に、オイレンの友人である赤星ニャーという名前のこれまたテイマーのプレイヤーを加えた一行であった。
なんと、彼は数少ない樹精のテイム成功者であるらしい。ぜひ彼の樹精を見てみたいんだが、今はパーティの人数制限の関係で連れて来てはいない。その内会えたらいいな。
水霊門、土霊門は俺だけで解放しちゃったけど、属性結晶の貴重さを考えたら勿体ないからね。今度は最初から他のプレイヤーに声をかけてみたのだ。
すると、最初に連絡をしたアメリアが同行を了承してくれたのである。他のメンバーも探してくれると言っていたのですべて任せたんだが、彼女が連れてきたのがテイマー仲間たちであった。
一応、アメリアたちからは俺に対して1人3万Gが支払われている。俺一人じゃ枠が勿体ないと思ったから有効利用しただけだし、別にいらないと思ったんだけどね。それじゃあ、彼らの気が済まないということで、代金はもらっておくことにした。
本当は3万Gでも安いということだったんだが、そこはフレンド価格ということで押し通しておいた。
「じゃあ、向こうで待ってましょうか? いこうオルトちゃん」
「ムッムー」
「あーアメリアズルい!」
相変わらずオルトは人気が凄いね。アメリアとウルスラだけではなく、周囲の女性プレイヤーが明らかにオルトを見ている。しかも羨まし気に。
オイレンたちはそれぞれ知り合いでもいたのか、他のプレイヤーたちと会話している。俺も、順番が来るまでつがるんと話をしながら時間を潰した。
つがるんの目標は林檎園を作り、究極の林檎を生み出すことらしい。なんでそんなことをしたいのかと聞いたら、彼は林檎が大好物なのに、リアルだと林檎アレルギーであるらしい。
ただ、猫アレルギーの人が思う存分猫を愛でるためにテイマーになったという話も聞いたことがあるので、意外とそう言う理由でゲームをやっている人は多いのかもしれないな。
「ぜひ林檎の苗木を見つけたら教えてくれ」
「ああ、真っ先に連絡するよ」
つがるんと情報交換をしていたら、あっという間だった。まあ、属性結晶を捧げて、門を潜るだけだからね。
最初の方が皆が演出にいちいち感動していたけど、4人目、5人目になってくるともう特にリアクションもなく、スムーズに進むようになったのだ。どれだけ綺麗な光景でも、全く同じものを何度も見ていれば飽きてしまうのだろう。
「あ、白銀さんじゃん」
「こんちわーっす」
つがるんのパーティは皆見覚えがあった。どうやらファーマーの皆さんであるらしい。全員フレンドだった。お花見参加者だったか。これは今後も覚えてないけど実はフレンドでしたっていう人に出会う機会があるかもね。
実際、フレンドリストの半分以上、顔と名前が一致しないし。
そして、俺たちの番が回って来た。アメリアたちを呼び戻して、アナウンスの指示通りに火結晶を大松明に捧げる。出現した火霊門は、燃え盛る火の渦の姿をしていた。中々に迫力のある光景だ。
これに飛び込むのは、普通であればかなりの勇気がいるだろう。だが、俺は何十人ものプレイヤーがこの火の渦を潜っていったのを見ている。もう何の感慨も恐怖もなく、ササッと門を潜ることができてしまった。
なんか、逆に損した気分だ。もう少しスリルを味わってみたかった。
「よくぞ参った、解放者よ」
出迎えてくれたのはサラマンダーの長だ。やはり火霊門の精霊はサラマンダーだったか。赤髪赤目、赤銅肌のややオリエンタルな容姿の男性の姿をしている。
そう、完全に男性型だ。いや、少年型と言った方がいいかな? 身長は150センチ程で、その顔にはまだあどけなさが残る。ただ、雰囲気が落ち着いているので、成人のようにも見えるから不思議だね。
上半身は体にピッチリフィットする赤いカンフーシャツ。下半身はややゆったり目のカンフーズボンだ。
サラマンダーが男性。ウンディーネが女性。ノームは――どっちだろう? 中性的で、少年少女どっちにも見えるが……。俺のイメージとしては少年であるし、他のノームもどちらかと言えば少年ぽく見える。となると、風の精霊は少女型なんだろうか? 今から楽しみだぜ。




