194話 アース・ドラゴン?
光が収まった時、桜の樹の前には1匹の茶色いモンスターが立っていた。大きさは120センチくらい。手には鋭い爪を備え、どんな相手も一撃で倒せそうだ。腕も中々逞しいし、面構えもふてぶてしい。
周囲を見回すその様子からは、怯えや困惑は一切なかった。生まれながらにして、もう一人前の風格があった。
「カッコイイな!」
そう、凄く格好いい。カッコイイ――モグラだ。茶色いモフモフの毛を備えた、二足歩行のモグラであった。
「カッコイイモグラダナー」
頭には「日光上等」と書かれた黄色い作業用ヘルメットを被り、目の部分が小さくて丸いサングラスを鼻頭に乗せている。さらには紺色のオーバーオールに、背中にはでっかいツルハシを背負っていた。アメリカの作業員スタイルってやつだろうか?
「やっぱり! さすが白銀さん!」
「期待を裏切らないな!」
「誰だ、ミミズとか言ってたやつは!」
「モ、モグラもいいかも。あの尖った鼻を触りたい」
周りのテイマーたちが何やら騒いでいるが、呆然としている俺の耳には入ってこない。
「え? なんで? ドラゴンは? いやいや、一見モグラに見えるけど、実はアース・ドラゴンだよな?」
「モグ?」
「はいモグラ決定!」
モグラ以外が「モグ」とは鳴かないだろう! というか、俺が許さん!
モグラはゴツイ爪の生えた指で、器用にサングラスの中央をクイッと上げて、妙にニヒルな笑いを浮かべている。
「ええー? 何で?」
「モグ?」
「いや、土竜は土竜だけどさ……」
「モグ……」
あ、やべ。モグラが妙に煤けた感じで俯いてしまった。そりゃあ、生まれたばかりでハズレ扱いされたら悲しいよな。
「すまん! 別にお前がいらない訳じゃないぞ? ちょっと予想外で驚いちゃっただけだ」
「モグ」
俺が肩に置いた手を、パシッと軽く払いのけるモグラ。
「そうふて腐れるなって。な?」
「モグ?」
グラサンをかけているので気付かなかったが、近くで見つめ合うと意外と目が円らだな。少し潤んだ大き目の丸い瞳は、かなりの破壊力があった。装備を全部外したら、かなり可愛いモグラさんが現れるんじゃなかろうか?
「本当だぞ?」
「モグ……」
「むしろ、お前みたいな強そうな仲間が増えて嬉しい限りだ」
「モグ……?」
この言葉に嘘はない。なにせデカイつるはしを背負っていて、攻撃力は十分に高そうなのだ。
疑惑の目で俺を見つめるモグラの前にしゃがみ込んで目線を合わせると、俺は少し強引に握手した。よかった、振り払われない。
「これからよろしく頼む。な?」
「モグモ」
良かった、機嫌を直してくれたらしい。軽くため息をはくと、ヤレヤレって感じの態度で肩をすくめながら首を振った。そして、俺の肩をポンポンと叩く。仕方ない、ゆるしてやるよ的な感じだった。やっぱニヒルだわ~。タバコとか似あいそうだ。今までうちにいなかったタイプだな。
それにモフモフだ。これは重要なことである。ドラゴンじゃなかったのは残念だが、また新たなモフモフが増えたのは嬉しくもある。頭にはヘルメットを被っているので、その少し下あたりを撫でてみる。
「おお、いい毛触りだ」
「モグ」
いわゆる短毛なんだが、凄く柔らかい。それでいて密度も高いので、フワフワだった。産毛で作ったフェルトがあったらこんな感じかもしれないな。とにかく、リックともクママとも違う、新たなモフモフだった。
「さて、ステータスは」
名前:未定 種族:ドリモール 基礎Lv1
契約者:ユート
HP:30/30 MP:20/20
腕力11 体力10 敏捷4
器用10 知力5 精神7
スキル:追い風、風耐性、強撃、掘削、採掘、重棒術、土耐性、土魔術、夜目、竜血覚醒
装備:土竜のツルハシ、土竜の作業着、土竜のヘルメット、土竜の黒メガネ
種族はドリモール。名前が決まってないので、ユニーク個体ではないらしい。だが、スキルに無視できないスキルがあるぞ?
「竜血覚醒? めっちゃ厳つい名前だな!」
他にも未見のスキルが幾つかある。調べてみよう。
追い風:背後に風を発生させて、移動速度を瞬間的に上昇させる
強撃:全力を込めた一撃。命中率は下がる
掘削:穴を掘ることが上手になる
竜血覚醒:その身に眠る竜の力を目覚めさせる
追い風は後ろから背に風を受けて速く動くスキルか。風属性付加の影響で身に付いたスキルだろうな。で、強撃が戦闘技能になるのだろう。掘削はそのまま穴掘りだが、採掘だけではなく農業でも使えるかな? あとで試してみよう。
ただ、竜血覚醒はなんだ? 土竜だからなのか? まあ、イベント報酬だし、特殊な技能が身に付いていてもおかしくはないけど。今一意味が分からない。ステータスが上昇するのだろうか?
「おっと、検証は後にして、名前を付けてやらないとな」
アース・ドラゴン用に考えていた勇壮な名前の類は封印だ。むしろモグラっぽい、名前でなくては。
「モグラ……モグラか――よし、お前の名前はドリモだ!」
「モグモグ~♪」
ドリモールのドリモ。分かりやすくていいだろう。俺が満足して1人で頷いていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、ウルスラだ。
「ね、ねえ。撫でていい?」
「ドリモか?」
「ドリモちゃんていうのね! それで、撫でていいかしら?」
「いいぞ」
「キャー! ありがとう! じゃあ早速――」
「モグ」
ウルスラが伸ばした手が、ドリモの手によってパシッと叩かれる。
「え? なんで?」
「モグ」
ウルスラがさらに手を伸ばすも、やはりドリモに叩かれてしまった。どうやら撫でられたくないらしい。
「あれ?」
「モグー」
俺は平気だ。むしろ目を細めて、喜んでくれているのが分かる。
「次わたし!」
「モグ」
「俺も!」
「モグモ」
やはりダメだな。どうもドリモは俺以外には撫でさせないらしい。皆には気の毒だが、俺にしか懐かないって言うところに、ちょっとだけ優越感を覚えたのは内緒だ。まあ主の特権ってことで、皆には諦めてもらいましょう。
「はいはい、ドリモが嫌がってるからそこまでー」
「えー! なんでー!」
「くぅ、ツンデレモグラ、いいわ!」
ウルスラだけは何故か喜んでいるけどね。




