186話 私のために争うのはやめて!
「ああああ!」
アシハナが、マルカに抱き付かれたクママを見て悲鳴を上げた。
「ク、クママちゃんでっけー! う、噂には聞いてたけど……。ラブリーすぎてツライ」
そっちか! だが、すぐにマルカの存在に気付いたようだ。つかつかとマルカに近寄って声を上げた。瞬時に互いが敵だと理解したのだろう、ガンを飛ばし合っている。
「ちょ、あんた何なのよ!」
「そっちこそ何よ! クママちゃんとのスキンシップを邪魔して!」
「きぃー! 誰に断ってクママちゃんに抱き付いてんのよ!」
「白銀さんですぅー」
マルカがイラッとする口調でアシハナに言い返す。俺を巻き込まないでくれよ! だが俺の祈りも虚しく、アシハナは凄まじい形相で振り返った。
「ユートさん! あの女なんなのよ!」
完全に主人の浮気現場を目撃した嫉妬深い妻の顔なんだけど。昼ドラの女優さんになれるかもよ? ただ、その顔を向けられる方は恐怖しかないけどね。
「あー、その、なんだ……。大きな声でクママが驚いてるぞ? それに、もっと仲良くできないのか? ほら、クママも仲良くしてほしいって言ってるぞ」
「ク、クママ?」
いやいや言ってませんからって感じで、クママが首と手を横に振っている。だが、苦し紛れに口をついて出た俺の言葉は、予想以上にアシハナたちには効果があったらしい。
「クママを悲しませるのか?」
「む……」
「く……」
2人が同時にクママを見た。そして、再び睨み合う。だが、もう声を張り上げるような事はなかった。
「クママちゃんを悲しませるわけにはいかないわ」
「分かってるわよ」
「交代でクママちゃんと遊びましょう?」
「そうね」
なんとか落ち着いたかな?
「クママちゃーん。驚かしてごめんねー」
「クマー」
「うふふふ」
「クマクマー」
「ねえ……もう交代してくれてもいいんじゃない?」
「ええー! もうちょっと」
「私が来る前にずっとクママちゃんと遊んでたんでしょ!」
「足りないの!」
「いいから替わりなさいよ!」
「やだー!」
落ち着いてなかった。マルカとアシハナがクママを左右から引っ張り出す。まるで大岡裁きの一場面のようだ。いや、クママが大きくなったから子供という感じでもないか。女性が男性を奪い合う図の方が近いかもしれんな。
「むー!」
「うー!」
ただ、クママのヌイグルミっぽい外見のせいで、裂けちゃいそうな気がしてハラハラする。助けた方が良さそうだ。俺がそう思って近寄ろうとしたら――。
「クックマー!」
「ぐぺ!」
「ぎょぼ!」
おおー、クママがついに実力行使に出たか。別にもっと早くやっても良かったのに。クママパンチを食らった女性二人は仲良く地面を転がっていった。だが、なんでパンチした後に手を胸の前で組んで内股なんだ? まるで「私のために争うのはやめて!」のポーズである。さてはクママ、実はノリノリだな。
「おーい、だいじょうぶか?」
「クママちゃんのモフモフパンチ。いい」
「もっとしてほしい」
色々な意味でダメだったか。また同じようなことを仕出かしかねないので、釘を刺しておかねば。
「おい、しつこくし過ぎて本当にクママに嫌われても知らないからな」
「やだ!」
「だめ!」
こいつら、本当は凄まじく気が合うんじゃないか?
「ともかく、クママだってちゃんと好き嫌いがあるんだ。このままだと嫌われるぞ。というか、もう嫌われたかも」
「しょ、しょんな!」
「ク、クママちゃん……?」
俺の言葉を聞いたアシハナたちが、まるで電流を流されたかのようにビクンと震えた。そして、恐る恐るクママを振り返る。
「クマクマ」
するとクママが二人の肩をポンポンと叩くと、その手をとって近づける。どうやら握手をさせようとしているらしい。
「仲直りして、クママにしつこくし過ぎなければ許すってよ」
「わかった! 仲直りする!」
「だから許して!」
まったく、楽しいお花見の前に疲れさせないでほしいよ。また喧嘩されても困るし、さらに強めに釘を刺しておこう。
「とにかく、これから花見なんだから。またいがみあって場の雰囲気を悪くしたら、帰ってもらうからな!」
「「は~い……」」
「不服そうだな。そんなんじゃクママに嫌われるぞ」
「クマー」
クママも空気を読んで、腕を組んだまま俺の言葉にうなずく。するとマルカとアシハナは一斉に立ち上がり、大きな声で頷いた。
「「わかりましたっ!」」
やっぱ気が合うだろう。この花見中に喧嘩しない程度に和解してほしいところだな。
「クママも、あまり酷いようなら、無視していいからな」
「クマッ!」
鉄拳制裁だとむしろご褒美っぽいからね。無視するのが一番の罰だろう。
その後、謝り続けるマルカのパーティメンバーと一緒に設営を続けた。この人たちも苦労してるようだ。
「いつもはもっと冷静なんですけどね……」
「リアルだとペット飼えないからな~」
「ほんとすんません」
クママはスキンシップ好きだし、あれも意外と嫌がってないと思うからいいけどさ。本当に嫌だったらもっと早く逃げてるはずだからな。




