175話 アミミンさんとマッツンさん
「いやいや」
「いえいえ」
「おい」
俺とアミミンさんが互いに頭を下げ合っていたら、背後から呆れた様な声が聞こえた。西部劇に出てくるガンマンの様な装備に身を包んだ、長身のカッコイイ系女性プレイヤーだ。その肌は艶やかなカカオ色をしている。どうやら種族はダークエルフであるらしい。
手入れをしていない感じの無造作な黒灰色の長髪と、長い前髪の間からのぞくアーモンド形の緑の瞳が、彼女の持つ野性味をより引き立たせていた。
「何やってんだあんたら?」
アミミンさんと一緒に門を潜って来た人らしい。アミミンさんのリアルフレンドで、サモナーのマッツンさんというプレイヤーさんだった。男言葉と咥えタバコが格好いい。そう、タバコだ。まさかゲーム内にもあったとはね。
「ああ、これ? 自作なんだ。どうしても我慢できなくってね」
「す、凄いですね」
まさか吸いたい一心でタバコを作り上げてしまうとは。愛煙家の執念恐るべし。
「お近づきの印に、一本いっとく?」
「いえ、俺は吸わないので。それにうちの子たちがどうなるかもわからないし」
「ああ、テイマーさんか。そうだな。一応、無毒無臭だし、アミミンのモンスも嫌がってはいないけど、念には念を入れた方がいいかもしれないな。もし吸いたくなったその時はぜひ。まあ今は品薄だからあまり多くは譲ってやれないけど」
リアルと違ってニコチンは含まれていないらしいが、ヘビースモーカーたちには気分が味わえると好評なんだとか。アミミンさんが言うには、愛煙家プレイヤーの間ではマッツンさんは超有名人で、煙の女神とかタバコ神様とか言われているらしい。俺よりも恥ずかしい二つ名の人を久しぶりに見たな。
因みに20歳未満のプレイヤーが吸おうとしたら、一瞬で消滅する上に地獄の様に咽せてしまうらしかった。酒と同じで、法律順守ってことなんだろう。
「俺はテイマーのユートです。一応、白銀とか呼ばれてます」
俺も自己紹介すると、マッツンさんが目を見開いて驚きの声を上げる。
「おお! 本物の白銀さんだったのか? これは凄い場面に出くわしたんじゃないか? アミミン、白銀という、トップテイマー同士の出会いの場面じゃないか!」
トップテイマー同士って……大げさな人だな。いや、アミミンさんをからかっているのだろう。友人同士って言ってるしね。
「何バカなこと言ってるの。私なんて全然トップでも何でもないよ。ログインも不定期だし、攻略の最前線にいるわけじゃないもの」
「そうですよ。俺もちょっと普通のテイマーさんとは違う、変わったプレイをしてるだけですから。しかも最初から狙ってた訳じゃなくて、偶然そうなっちゃっただけだし」
「あ、あんたらそれ本気で――いや、だからこそなのか?」
「急に1人で納得してどうしたの?」
「気にしないでくれ。ゲーム内で活躍する秘訣が分かっただけだから」
俺たちを交互に見て何やら頷いている。変な人だな。まあ、そんな事よりも今はアミミンさんだ! この機会を逃さず、できればフ、フレンドになっちゃったり?
「あ、もしよかったらこの街を案内しましょうか?」
まずは仲良くならないとね。下心を隠しつつ、案内をかってでる。すると、アミミンさんが嬉しそうに頷いてくれる。
「あ、それは助かるな~。でも、いいの?」
「いいですいいです。全然暇ですから!」
「じゃあ、お願いしようか?」
「うん。そうだね」
土霊の街の案内も3回目だし、動線も完璧に把握している。俺は非常にスムーズにアミミンさんたちの案内をこなした。道中に雑談をして、仲良くなることも忘れない。
そこで驚いたんだが、以前俺の情報を勝手に売っていたミレイというプレイヤーが、運営から制裁を受けた事件があったが、その時に通報してくれたのがアミミンさんだったのだ。マッツンさんが教えてくれた。
最初は広場でミレイから薬を買った時に、俺の話を教えてもらったんだとか。だがその時はマナー違反があからさま過ぎて、逆に俺の許可を取っているんだろうと考えたらしい。ただ、吹聴の仕方に悪意があったので、その時は運営にマナーが悪い人がいると連絡するにとどめたそうだ。
その後、偶然俺と出会い、噂の白銀の先駆者だと確信したアミミンさんは、テイマーだったこともあり俺に話しかけた。当然、俺の名前は知らないので、白銀の先駆者さんと話しかけたわけだ。
アミミンさんにとってユニーク称号というのは、不名誉称号でも嬉しいものだという認識だった。また、ミレイが堂々と人に情報を教えるのを許可しているんだから、本人もその称号を広めたがっているのではないかとも考えたらしい。
結果、俺が慌てて駆け去った姿を見て、ミレイが無許可だったと思い至る。そしてアミミンさんが改めて運営に違反の通報をすると、すでに先程の連絡によって運営が対応に乗り出しており、その後は俺の知る様にスムーズにミレイに制裁が下された訳である。
「じゃあ、恩人じゃないですか!」
「ううん。プレイヤーとして当然の事だから」
「でも。白銀さんがテイマー仲間じゃなかったら、あそこまで早く通報したかは分からんぞ? こいつは人見知りで、運営と会話するのでさえしどろもどろなんだからな」
俺のためにそこまで……! 良い人や! でも、人見知りって言ったか? とてもそうは見えないけどな。だが本当の事の様で、せっかく土結晶を使って土霊門を潜るのに2人しかいないのは、アミミンさんがかなりの人見知りであるせいらしい。テイマー仲間であれば親近感が湧くので普通に話せるが、それ以外のプレイヤーが相手だと上手く喋れなくなってしまうんだとか。
「だから数人のテイマー以外だと、私しかフレンドがいないんだよな」
「それでプレイできてるんだからいいじゃない」
口をとがらせて言い返すアミミンさん。うーむ、可愛い。ちょっと背が低めで、庇護欲を擽るタイプなのだ。女版ソーヤ君である。マッツンさんも、アミミンさんを放っておけないんだろう。というか、エルフってこんなんばっかりか?
「だったら、そのテイマー友人を誘えばよかったんじゃないですか?」
「連絡したら、アメリアもウルスラも、もう門を潜った後だった」
「門の前にいる様な奴らとこの子がまともに喋る訳ないしな。勿体ないけど私達だけで来たってわけだ。まったく、もっとフレンドを増やせばいいのに」
「マッツンも人のこと言えないじゃない」
「私は友人は多いぞ。ただ、お前が喋れなくなるから連絡を取らなかっただけだ」
「むー」
もしかして、これはフレンドになるチャンスじゃないか? 俺は出来るだけさり気ない風を装って、フレンドコードの交換を申し出てみた。
「じゃあ、俺ならテイマーだし、フレンドになってくれるんですか?」
「うん? いいよ~」
早! そして軽! 本当にテイマー以外には人見知りなのか? まあ、ともかくアミミンさんがオッケーしてくれたんだ。気が変わる前にフレンドコードを送ってしまおう。
そして、俺はアミミンさん、マッツンさんとフレンドになったのだった。いや、だからどうしたって言う話だが。ぶっちゃけて言うとミーハー心が満たされただけなんだ。でも、嬉しいのだから仕方がないじゃない!
「じゃあ、街もだいたい巡ったし、ダンジョンに行ってみます?」
「うん。ユートくんが一緒だと頼もしいよ」
「いやいや、こちらこそお2人が一緒だと心強いです」
「いえいえ」
「いやいや」
「また頭の下げ合いになってるぞ」
アミミンさん、確実に社会人だな。人見知りでやって行けるのかはわからんが。
肩の痛みが引かないので、今週も3日に1回投稿とさせていただきます。
申し訳ありません。




