16話 メイプルの道具屋
6/7に14話を一部書き直しました。
農業ギルドに戻って野菜の種が買えないか聞いたが、それもランクが足りないという事だった。買えるのは傷薬草や食用草の種だけだ。
仕方ないので俺は万屋へ向かう。期待通り、万屋には複数の種が置いてあった。
「ホレン草、青ニンジン、橙カボチャの3種類か」
「値段は100G、200G、250Gとなります」
「うーん。どうするか」
待てよ、わざわざ種を買わなくても、店で野菜を買って株分したらいいんじゃないか? 万屋には成長した野菜も置いてある。ホレン草なら50Gだ。だが万屋のおばさんに株分できるか聞いてみると無理という返答だった。
「冒険者やギルドが売ってるやつなら株分できるらしいけどね。私たちのお店にある野菜は、株分できないよ」
どうも、NPCショップで売っている野菜や草類は株分できないらしい。
「やっぱり種を買うしかないのか」
一番安い奴にしておくかね。俺は100Gのホレン草の種5粒入りを買った。あとはこれをオルトに渡せばいい。
「肥料も買っておこうかな」
新しい畑に撒く分だ。腐葉土も欲しいところだが、そちらを自力で手に入れるのは難しい。どこかで買えればいいんだけど。
「畑に戻る前に、アリッサさんの店に行ってみるか」
プレイヤーズショップなら腐葉土があるかもしれないし。小広場の他の露店をのぞいてみてもいい。
「地図も色がついてきてるな」
地図を見ると、歩いた場所に色が付く。農業ギルドから万屋、そこから南の小広場へと続く道が青く変色していた。しかし、その範囲は地図上で見るとほんの一部でしかない。これを全て埋めるとなると、時間がかかりそうだった。
「どうも」
「いらっしゃい。毎度どーも!」
「毎度っていうほど、常連じゃないですよ」
「いやいや、1日3回も来てくれたら、もう常連だよ」
言われて気づいたがここにくるのも本日3回目だ。多すぎだな。いや、だって便利だからさ。
「大丈夫だった? なんか口論になったって聞いたけど」
どうやら昼間の顛末は既に知っているらしい。結構大勢のプレイヤーに見られてたからな。ミレイがBANされた瞬間を見てるんだし、あんな風に俺の情報を広めるプレイヤーは少ないだろう。アリッサさんも、軽い噂話程度しか知らないみたいだし。
「大丈夫ですよ。なんか誰かがすでにGMコールしててくれたみたいで。途中で運営の介入もありましたから。調査から一時間くらいでアカウント削除まで行ったみたいです」
さらに詳しいことを聞かせると、アリッサさんは感心するように頷いているな。
「へー。やっぱり対応が早いのね」
「ええ。実際、丁寧に謝られました」
「でも、結構ユート君の情報広まっちゃったでしょ? スクショも見せてたってことは、ある程度顔も知られちゃったじゃない?」
「そこはもう気にしても仕方ないですよ。まあ、ミレイがBANされた事が知れれば、面と向かって何か言われることもないだろうし。噂が消えるのを待ちます」
「ふうん。ユートくんがあまり気にしてないみたいで良かったわ。私もミレイがアカウント削除されたって広めてあげる。そうしたら下らない真似するプレイヤーも減るでしょ?」
「いいんですか?」
「うん。今回はGMコールが間に合わなかったしね。称号情報を売ってるうちとしても、全く関係ない話じゃないし」
「ありがとうございます」
有り難い事だ。これで妙な輩に絡まれるような事態は避けられそうだな。
「それで、また情報が欲しいの?」
「いえ、いくつか買いたいものがあって。畑で栽培できそうな草類。あとは腐葉土なんかありませんかね?」
「いやー、うちにはないかな。さっき売れちゃってさ。素材類はもともと少なかったし。生産系のプレイヤーが、根こそぎね~」
「そうですか……」
「そういうのが欲しいなら、南門前の小広場にあるメイプルの道具屋に行くと良いよ。元ファーマーの商人だから、そういう系の道具を揃えてるし」
「へー。面白そうですね」
そこなら腐葉土なんかも手に入りそうだ。
「うんうん。行ってみて」
「そこも、早耳猫のクランメンバーの店なんですね?」
「わかる?」
「情報料取られませんでしたからね」
「まあまあ、品ぞろえが良いのは確かだから!」
「いや、行きますけどね」
「メイプルによろしくー」
地図もあるので南門前の小広場には迷わず行くことができた。NPCの露店が3つに、プレイヤーの露店は1つか。農業区なせいかプレイヤー商人の人気が今一つなようだった。あれがメイプルの道具屋だろう。
「すいません」
「はーい、いらっしゃいませー」
「あなたがメイプルさん?」
「そうですけどー。あなたは?」
「アリッサさんの紹介で来た、ユートと言います」
「アリッサちゃんの紹介ですかー。なら、頑張っちゃいますよー。説明とか」
「はあ」
独特の間の人だな。語尾が間延びしているのに、トロい印象はない。ふわふわとした印象の、優しげなお姉さんという感じだ。
「腐葉土ってあります?」
「ありますよー。もしかして、ファーマーさん? 農業系のジョブの人はまだあまり多くなくて、そうなら嬉しいわー」
「いや、違いますけど。訳あって畑を買いまして」
「へー、面白いわね。でも、農耕系職じゃないなら、畑の管理は大変よー? 大丈夫?」
まあ、その心配はもっともだよな。普通は耕したりするのにもスキルが必要なわけだし。俺の場合はオルトがいてくれるから心配ないけど。
「まあ、そこは何とかなってます」
「ふーん。アリッサちゃんに聞けば、事情は分かるかしらー?」
「たぶん」
「じゃあ、後で聞いてみようっと」
「それで、畑に撒く腐葉土が欲しいんですが」
「ええ置いてるわよ。と言っても低質の物しかないけど」
「十分ですよ。1つおいくらですか?」
「250Gよ」
「肥料よりも大分高いですね」
「まあ、肥料より効果も高いしね」
「そうなんですか?」
「β時代に検証したけど、高級肥料>腐葉土>肥料っていう順だったわねー」
しかも、肥料と腐葉土は効果が重複する。高いのもうなずけるな。
「あと、畑で栽培できる物ってあります?」
「それは色々あるわよ? この辺の草とか、野菜とか」
「野菜よりは草類がいいですね」
薬草、毒草、麻痺草、陽命草に、それぞれの低質品という、俺にとってもなじみのあるラインナップ。この辺が無難なのかね。
「あとは……乾燥薬草?」
「うん、この辺は私が乾燥させたんだー」
そういえば、NPCショップでは乾燥赤テング茸が売ってたな。もしかして効果が変わるのか?
名称:乾燥薬草
レア度:1 品質:★3
効果:HPを7回復させる。クーリングタイム、10分。株分けできないが、素材使用時の効果が上昇している
なるほど。調合時の効果が上がるのは凄いな。ただ、株分できないのは痛い。今はいいや。その内自分でも試してみよう。
それに、ここは早耳猫のメンバーのショップだ。下手に質問して情報を買えと言われても困るし。俺は素知らぬ顔で手に取った乾燥薬草を戻した。
「株分したいので、乾燥系の素材はあまり……」
「あ、そうかー。じゃあ、これはどうかな?」
「出血草? 初めて見たな」
名称:出血草
レア度:1 品質:★1
効果:使用者に低確率で出血効果
出血というのは状態異常の1つだ。このゲームはR12推奨のため、子供もプレイする可能性がある。なので、攻撃時に出血のエフェクトがない。しかし出血の状態異常を受けると、僅かに血糊が塗られたようなエフェクトが張り付く。効果は出血中の被ダメージの上昇だ。
「北の平原にたまに生えてるんだよ。数は少ないけどねー。第2エリアに行けば、どこにでもあるかな」
「いくらですか?」
「100Gになりまーす」
毒草などに比べるとやや高いな。でも第1エリアでは珍しいというのなら、その程度はするかもしれない。毒草や麻痺草と同じだと考えると、3つあれば出血薬が作れるはずだ。
「じゃあ、腐葉土と、出血草を3つ、毒草と麻痺草をください」
「じゃあ、530Gね」
残りは4690Gか。原木も買わなきゃいけないし、これ以上は節約して依頼を探そう。
「まったねー!」
「はい、また」
メイプルに見送られながら、南門前の小広場を後にする。メイプルの道具屋はこの先も利用することがあるだろう。
「戻ったぞー」
「ムッムー」
「ほい。またお土産な」
買ってきた草を渡すと、オルトは嬉しそうに飛び跳ねる。そして、早速株分で種にしていく。もう見慣れたものだ。
「ムムームームー」
鼻歌なのか? オルトはムームーと楽しそうに歌いながら、種や腐葉土、肥料を撒いていく。これで、第2畑も全部埋まったな。
今の畑の状態はこうだ。
第一畑
薬草★2×2、毒草★2×4、麻痺草★2×4、陽命草★2×2、傷薬草★2×6、食用草★2×1、
緑桃の苗木
第二畑
薬草×2、陽命草×2、食用草★2×1、出血草×6、毒草×2、麻痺草×2、ホレン草×5
「よしよし、明日の収穫が楽しみだぜ」
俺はワクワクしながら、水まきを手伝うべく井戸から水を汲み上げるのだった。




