155話 さらば杖
ログインしました。
「あー、失敗した!」
実は明け方に溜まったゴミを捨てに行ったんだが……。そこで知らないオバサンに捕まってしまったのだ。
なんでも、朝6時前のゴミ捨てはマナー違反だから止めろという。別に禁止されている訳ではないが、早過ぎる時間にゴミを捨てると狸や猫が集まって来る可能性があるそうだ。だから朝8時前後に捨てるようにしろと偉そうに言われた。
ただ、このマンションのゴミ捨て場は鉄製の扉が付いているし、野生動物が荒らすことはできないようになっている。利用規約にだって、深夜に捨てるなとも記されていないし。どうやら、このオバサンが自らの勝手な正義感に基づいて、自主的に行っているパトロールであるらしかった。
そこで「わかりました」とか適当に言って、逃げてくればよかったんだけどね。偉そうな態度にカチンときて、思わず「禁止されてませんよね?」って言い返してしまったのだ。
明け方から物陰に隠れてゴミ捨て場を見張るような、ちょっとおかしな相手に話が通じる訳がない。早くその事に気づかねばいけなかった。オバサンは、まるで俺が犯罪者であるかのように非難し始めたのだ。
これ以上言い合いしても時間の浪費だと気づいた俺は、ただ無心で「はい、はい」と頷き続け、解放された時には1時間近く経ってしまっていた。ゲームのプレイ時間を4時間も無駄にしたことになる。
しかもムシャクシャしていたせいでその後も上手く寝付けず、仮眠のつもりが大幅に寝坊してしまっていた。ログインした時には、すでに昼である。
次出会ったらどうしてくれようか! いや、別に無視して逃げるくらいだけどね。俺は事なかれ主義なのだ。ただ、ムシャクシャする!
「あー、嫌なことはうちの子たちを愛でて忘れよう! 皆、集合!」
「ムム?」
「フム?」
「よーしよし、こっちこーい」
「キュッッキュ~!」
「クマクマ~!」
オルト達の頭をナデナデし、リックとクママをモフリ、ファウの音楽を聞く。そうしていると、ささくれだった気分があっと言う間に癒されて行くのが分かった。
俺の気持ちが伝わっているのか、リックは自ら尻尾を差し出してくるし、クママはゴロンと横になって「さあ好きにするがいい」ポーズである。ファウもゆったりとした音楽を奏でてくれるし、サクラはそっとハーブティーを差し出してくれた。
ハーブティーを飲みながら、みなを順番に撫でて行くと、完全に嫌な気分は消え去ってくれていた。
「ふぅ。癒された―」
「――♪」
「ランラ~ラ~♪」
「さてこの後は……。ちょっとだけダンジョンに行ってみようか?」
水霊の街の宿屋にログインした俺は、東の町に戻る前に水霊の試練を探索することにした。最悪、脱出の玉を使えば帰って来られるからな。
今日は非常に運が良く、出現する敵が単体ばかりで、俺は昨日発見した水樹の部屋まで到達する。しかも狂った水霊からは水結晶をゲットできたし。3日で2つは悪くないペースなんじゃないか? きっと嫌な事があった俺に対する神様のご褒美に違いない。
ただ、喜んでばかりもいられなかった。まさか最後にこんな事になるなんて……。最悪の事態が発生してしまった。さすがにこの状態で狩りは続けられないだろう。
「うーん……まさか杖が折れちゃうとは思わんかった」
やはりまだ少しムシャクシャしてたらしい。ファング・グルーパーの顔が妙にあのババアに似てたもんで、ムカついて杖で魚を殴ってしまったのだ。その時に硬い部分にあたって、ポッキリである。
何よりも、耐久値の管理が全然できてないんだよな。戦闘を積極的にし始めたのが最近だし、仕方ないけどさ。いやー、高い杖が折れるなんて……。
「へこむわー」
耐久値が1でも残っていれば修復可能だが、一度破壊されてしまった武器はもう直らない。
水霊の街の鍛冶屋で買う事も考えたが、どうせだから新しく作ってしまう事にした。色々な素材も手に入ったしね。
「水霊の街で仕入れたポーションもちょうど無くなったし、今日はここで切り上げよう」
杖が無くても戦闘は出来るが、防御は出来ないし、魔術の威力も大幅に下がってしまう。さすがにこのままダンジョンでの戦闘を続けるのは怖かった。
俺はそのまま水霊の街を出て、始まりの町へと向かう事にした。道中の敵はうちの子たちが居れば何とかなるので、問題はない。
殲滅速度が落ちたので多少時間はかかったが、ほとんど苦戦することなく始まりの町へと戻って来れた。
「さて、ルインに会いに行こう」
俺たちが水霊門から近い東の町ではなく、わざわざ始まりの町に戻ってきたのには訳がある。ルインが始まりの町にいるのだ。フレンドコールで確認したから間違いない。
「こんばんは」
「おう、久しぶりだな。杖が壊れたって?」
「はい……。これを見てください」
「こりゃあ、またボッキリいったな。既製品か? それとも作るか?」
「できれば作りたいんです。材料持ち込みで」
「ほう。何がある?」
「えーっと、これですね」
俺は持っている素材のほとんどをルインに見せた。水樹などを含めた木材、水鉱石や錫鉱石、水霊の試練でゲットしたモンスター素材。それ以外の素材も全てだ。
リストを見ていたルインの顔が何故か険しい。こうも見事な眉間の皺は初めて見た。
「おい」
「はい?」
「これは、お前が獲って来たのか?」
やっぱ聞かれるよね。まあ、早耳猫には情報を売るつもりだったから、ちょうどいいか。俺はこの場でルインに情報を売ることにした。
「これの入手場所も含めて、色々と売りたい情報があるんですが」
「まて。俺は早耳猫の所属だが、情報屋じゃない」
「え? そうなんですか?」
「ああ。俺は早耳猫のサポート部隊でな。早耳猫に集まって来た情報を優先的に教えてもらう代わりに、俺は優先的に早耳猫の奴らに武具を作ってやったり、検証を手伝うっていう関係だ。だから、俺は情報の売り買いはしない」
早耳猫は全員が情報屋だと思ってた。こういう人もいるんだな。
「他のクランメンバーを紹介するぞ?」
「いや、急いでいるわけじゃないんで。アリッサさんはいつログインするかわかります?」
「明日の朝一だな」
「わかりました。じゃあ、明日また来ます」
「この素材はどうする? 余った分は売ってくれるのか?」
「そうですね……。良いですよ。また手に入るし」
「よし! じゃあ杖に使わなかった分は買取で、杖の作製代金はそっから引いておく。それでいいか?」
「お願いします」
その後、俺はルインと杖の詳細について相談した。
「メインは水魔術の強化で良いのか? 他の属性は使ってないのか?」
「メインは水で、今は樹魔術も使いますね。あと、打撃には使いませんが、受けることは有ります」
「なるほど。樹魔術か……。ハーフリングは覚えられる種族だったな」
「どうです?」
「ふむ……。正直分からんな。樹魔術はレアなもんで、強化したことが無い。一応、試してみよう。ただ、期待はするな」
「分かりました。それでお願いします」
「おう。承った。こいつを貸しておいてやるから、今日はそれで我慢しろ」
「ありがとうございます」
ルインが樫の杖を貸してくれた。弱いが、間に合わせならこれで十分か。杖はこれでいい。後は畑仕事や料理をして過ごそう。水霊の街で再び魚介類を結構な量、手に入れたからな。
次回は29日更新予定です。




