101話 洞窟への道中
豚汁を食べ終わったプレイヤーたちが口々にお礼を言ってくる。皆、満足してくれたらしい。
「美味かったー!」
「美味しかったです。ありがとうございました!」
ゲームの中とは言え、やはり日本人。豚汁を食べたら笑顔になるんだろう。そこかしこで、レシピを再現できないか話し合っている。
「私、明日から味噌汁つくる!」
「え、マジで? 俺にも作ってよ。この効果なら割高でも払うからさ」
「ゲームの話じゃなくて、リアルでってことよ!」
「それでも……いいぜ?」
「え? それって――」
「俺のために、毎朝――」
「う、うん、私で良ければ――」
なんか茶番が始まったんだけど? 俺の豚汁を切っ掛けにしないでほしいんだけど? けっ、お幸せそうで羨ましい事ですな! 爆発しろっ! どうせゲームの中で結ばれたカップルなんて、長続きしませんよっ!
そう思っていたのは俺だけではなかったらしい。俺以外にも11人の同志たちが、急にイチャイチャし始めた2人をジトーッとした目で睨んでいる。その中にはコクテンもいるぞ。うんうん、独身社会人仲間として、お前の気持ちはよーく分かるぞ! 俺も含めて、24のジト目だ。だが睨んでいるにもかかわらず、イチャイチャは止まらなかった。
「……はぁ。この後の流れを相談しておきましょうか?」
「そうだな……」
「やあ、ユートくん。豚汁美味しかったよ?」
ジークフリードはジト目ブラザーズに参加していない。むしろ、爽やかに微笑んでいる。なんか、他人の幸せを素直に祝福できない自分が惨めに思えてきた。
「どうしたんだい? コクテンくんも」
「なんでもない」
「私もです。気にしないでください」
コクテンと自然と目が合う。きっと俺と同じ気持ちなんだろう。深い悲しみと闇を抱えた目だ。俺たちはそっと頷き合い、これ以上この話題に触れないことにした。
なんか出発前から疲れちゃったな。精神的に。ただ、コクテンとの絆は深まった気がする。虚しい絆ではあるが。
そしてコクテンたちと打ち合わせをした結果、まずはガーディアン・ベアとの戦闘班が先に出発。その10分後に俺たちとマルカたちのパーティが出発し、洞窟に突入するという作戦となった。
あとは、戦闘班がガーディアン・ベアを引き付けてくれている間に、洞窟班が捜索を終えられるかどうかなのだ。
「いやー、オルトちゃん凄いですねー」
「本当に。土魔術ってこんなに便利なんだな」
「うちのパーティでも誰か取った方がいいかもしれん」
「そうだな。さすがにリスを従魔にはできないけど、土魔術だけでも十分役に立つ」
マルカたちと洞窟に向かっている最中、彼らは大岩を登る時にオルトが土魔術で足場を作る様や、リックが縄を咥えて木に登って枝に引っ掛ける様子を、感心したように見ていた。
特に感心したのは、サクラの鞭や樹魔術らしい。戦闘以外にも使える便利な術だしな。
「樹魔術は特殊系統だしねー。魔術師を育てていったら取れるかしら?」
「エルフとハーフリングは初期ボーナスに入ってるらしいよ?」
「あー、種族をエルフにしておけばよかった!」
褒められているのが分かっているんだろう。うちの子たちは張り切って岩を登っていく。オルトは無駄に足場を造りまくるし、サクラは低い岩でも鞭を垂らしてくれる。リックもいつも以上に張り切って補助していた。
ただ、クママだけは浮かない顔で、小石をコツンと蹴ったりしている。クママだけが道中で大して活躍できていないからだろう。仲間はずれの気分らしい。
うーむ、完全に拗ねているな。ちょっとかわいそうかね? マルカも俺の背中をツンツンとつついている。
「ねえねえ白銀さん」
「なんだよ?」
「何だよじゃなくて! クママちゃんのことよ! どうにかしてあげてよ!」
「どうにかと言われてもな」
仕事が無いんだよ。わざと登れないふりでもして、補助してもらうか? バレたら余計に拗ねちゃいそうだけど。
「もうあの後ろ姿……! 見てよあのプリッとしたお尻! 可愛すぎるわ! 鼻血出そう! 私を悶え死にさせる気?」
そういう意味で、どうにかしろって言ってるの?
俺が悩んでいたら、リックとサクラがクママに近寄って行った。慰めてくれるのか? だが、どうやら違っているらしい。
「――♪」
「キュ!」
「クマ?」
「――♪」
「キュキュー!」
「クックマ!」
何やら相談? をしていると思ったら、サクラが取り出した鞭をリックが咥え、そのリックをクママが抱えた。
何をする気だ?
疑問に思いながら見ていたら、クママが野球のピッチャーの様に大きく振りかぶった。その手には当然リックが乗っている。そして、思い切りリックをぶん投げたではないか。
「ええ?」
思わず驚きの声が出ちゃったよ。そんな俺の視線の先では、リックが大きな岩の上に危なげなくシュタッと着地する姿が見えていた。なるほど、リックでも登るのが難しい大きさの岩の上に、簡単に登る手段というわけか。
「クマー!」
クママも満足げに飛び跳ねている。
今回はクママのご機嫌取りのために無理やりやった感じだが、今後、高い場所や、離れた場所に縄を渡す時にも使える方法かもな。例えば崖の向う側とかね。
そんな感じで、多少の無駄は有りつつも、俺たちは問題なく洞窟に到着していた。道中の戦闘は楽な物だ。何せ、マルカたちのパーティが瞬殺するからね。俺たちは1度も戦闘に参加すらしていない。
「あれが洞窟?」
「ああ。この場所でガーディアン・ベアに襲われないってことは、コクテンやジークフリードが上手く引きつけてるんだろう」
「じゃあ、熊が戻って来る前に、さっさと洞窟を捜索しちゃいましょう?」
「そうだな」
そして、俺たちはシーフとリックを先頭に、洞窟へと突入するのだった。




