だいしゅきホールドを強要される女の子のお話
それはゴールデンウィーク前日。大学の講義を終えて、お部屋にて寛いでいた夕方の出来事だった。
「だいしゅきホールドされたい」
ソファーで隣り合う形で座っていたバカ……。じゃなかった。彼氏が意味のわからない単語を口走り始めた。
「だいしゅ……何?」
「だいしゅきホールド」
「……大好きじゃなくて?」
「うん、だいしゅきホールド」
……なんだそれ?
全く耳慣れない単語に、私は惰性で見ていた刑事ドラマから意識を外し、思わず首をかしげる。どうしてわざわざ滑舌が悪そうな感じで言うのだろう? 大好きとだいしゅきの何が違うのか。そもそも、それにホールドが繋がるってどういう事だ?
「……プロレス技か何かかしら?」
スリーパー・ホールドとか、フィニッシュ・ホールドみたいな? なんて私が問えば、何故か彼はたっぷり数十秒硬直してから、「流石は綾だ。格闘女子だね」と、どことなく微笑ましいものを見るように顔を綻ばせた。
その反応なんだかムカつく。だっておかしいじゃないか。極め技とか、関節技を大好きだからかけるなんて、中々に猟奇的だと思う。そう私が物申せば、彼はほっこりした顔で頷いた。
「うん。色んな意味でプロレス技だね。大好きだからかけるってのも間違ってない」
「色んな? てか、技かけられたいだなんて……貴方とうとうMに目覚めたの?」
「いや、僕ノーマルだから」
君のハイキックを受ける度につい「ありがとうございますっ!」って言いたくなるけどね。と、余計なものを付け加えながら、彼は首を横に振る。
「ノーマルだよ。健全だよ。だからこそ、だいしゅきホールドされたいんだ」
……いや、矛盾してない? それ。
ますます意味不明な事を口走るから、私の中で巻き起こる混乱が大きくなっていく。ホント何なの、だいしゅきホールド。
一応私は彼が先程評した通り、趣味の一貫で色んな格闘技を、嗜む程度には身に付けている。けど、そんな技は聞いたことがなかった。
「まぁ、知らない技だからやってみたくはあるけど……どんな技なの?」
「……え、やってくれるの?」
弾かれたようにこっちを見る彼に気圧されつつ、私ははっきりと頷く。単純な興味があった。あと、知らない技があるって、少し悔しいのもある。
「……っ! 是非! 是非に!」
「う、うん。でも掛け方が分からないわ。聞いたことない技だし」
「大丈夫! ちゃんと教えるから!」
何で鼻息荒くしてるんだコイツは。なんて思っていたら、彼は私をあれよという間に引き寄せて、そのままソファーに押し倒した。
……んん?
「何してるの?」
「え? 押し倒し」
「……? 技かけるの私でしょ? それとも寝技なの?」
「そうだね。プロレス技でもあり寝技だね」
……意味が分からない。
「……たいむあうと」
「認めない……っていいたいけど可愛いから認める」
「ありがと」
ソファー前のテーブルから、タブレットを引っ張り出す。そのまま彼が見守る前で、早速だいしゅきホールドで検索をかけてみる。これならやり方も手っ取り早く……。
数秒後。私は彼の顔面にタブレットを叩きつけていた。
「変態っ! この……! この変態!」
「悔いはないっ! 悪気もないっ! あるのは下心だよ!」
「ふ・ざ・け・る・な……!」
「何も知らない綾にだいしゅきホールドって言わせて、検索させる……。これがホントの羞恥プレ……いだだだだ!」
もうやだこの彼氏。という訳でアイアンクローをやってみた。ほら、だいしゅきだから貴方の頭蓋骨をホールドしましたよ? これがいいんでしょ?
「違うよ! これじゃないよ! ちゃんとやってくださいっ! だいしゅきホールド!」
「こんな恥ずかしいの出来るかぁ!」
「いや、でも普段だって色んな夜のプロレス技やら寝技を……」
「だ・ま・れぇ……!」
同棲してるから、そりゃあそういう事も……多少はある。けど、未だに恥ずかしくて毎回毎回テンパり、彼にいいようにされちゃうのが悲しいところ。
肉弾戦なら負けないのに。
悔しい。何とかこのバカをギャフンと言わせられないものか……! 考えろ。考え……あ。
「君の美脚でホールドされたいんだっ! というか、しがみつかれた……」
「いいよ。やってあげる」
「い……へ?」
予想だにしないといった顔で、彼がこっちを見てくる。いざやると言ったらこんな反応する辺り、やっぱり私の反応を楽しんでいたのだろう。だからこそ、今のうちだ。
私はそのまま彼の首に腕を回し、彼にしがみつく。コアラみたいで少し恥ずかしいけれど、それ以上に彼が戸惑いながらも抱き返してくれたのが嬉しかった。
「あの……綾さん?」
首をかしげる彼を下から見上げる。驚いてる。驚いてる。これも私の作戦とは知らずに。
「ほら、やってあげたわよ? こうやってくっつくのもそう言うんでしょ?」
然り気無く、彼の両腕を拘束する。これで変な事は出来まい。
変態行為破れたり。そのうち彼だって疲れてくるだろうから、離れる事になる。これで「だいしゅきホールドやって」と言われても、もうやったと返せば……。
次の瞬間。はぷり。と、片耳をしゃぶられた。
身体に電流が走り、言葉で表すには恥ずかしくなるくらいの甘い声が、私の口から漏れる。
わけも分からず目を白黒させていると、いつの間にかリモコンで部屋の照明は落とされ。薄暗くなった部屋の中。私達は至近距離で見つめ合っていた。
「ねぇ、綾。逆効果とか、無意味って言葉知ってる?」
「……ふぇ?」
至近距離、威力高いなぁなんて思ってる場合じゃない。
コアラみたいにしがみついたのはユーカリの木じゃなくて……狼さんでした。
「ま、待って! 待って! シャワー! せめてシャワー!」
「問題ないっ!」
「ベッド! ベッドがいいの!」
「ソファーはソファーでいいでしょ?」
「そ、そりゃあ、床や玄関よりは……って違う!」
「実は最初は君をおちょくるだけのつもりでした……」
「それで……んっ! 終わってよぉ!」
でも鼓動が高鳴って、そこに情熱的なキスやら色々落ちてきたらもう……何かこう、私の方も無理でした。
「いただきますっ!」
「もうっ! ……もぉ……っ……ばかぁ」
結局。ギャフンと言わされたのは私。技をかけたのも私。
なのに攻められるのも私ってどういう事だ。ちくしょうめ。解せぬ。
我を忘れて色々恥ずかしいことも口走ったり、やっちゃったりしてしまった気がする。
とてもではないがここでは語れないので、封印しよう。その方が世のため……何より私のためだ。
※
ゴールデンウィーク前日がだいしゅきホールドで終わった翌日。
私と彼は例によって部屋にてのんびりと映画を見ていた。
大学生たる身分の私達。大型連休は嬉しいけど、わざわざどこへ行っても混んでいるであろう日に出掛ける気にもなれず。こんな過ごし方になっていた。
夏休みやら、冬休みやら。他にも時間はある。旅行とかはその時行けばいいだろう。モラトリウム万歳だ。
「暑い……」
「暑いわねぇ……」
今年の夏は、結構な猛暑らしい。春の時点でこれだから、これから恐ろしい事になりそうだ。
部屋だから、互いに格好は適当に。彼はズボンに半袖Yシャツなんて、ラフな服装。
私も簡単なポロシャツにホットパンツ。
色気も欠片もないわね。なんて私が述べたら、逆にエロくないかいこれ? 何てコメントが返ってきた。
もう訳分からん。私の彼氏、意味不明。
そんな事を思っていたら、不意にソファーで隣り合う形で座っていたバカ……。じゃなかった。彼氏が意味のわからない事を口走り始めた。
「四十八手……」
「……が、どうしたの? 貴方、お相撲なんて見てたっけ?」
「うん、まぁ……ある意味で攻防戦だよね」
……なんじゃそら?
再び彼の顔面が、タブレットとキスする羽目になるのは、数分後の話。
結局、ゴールデンウィークの大半が費やされましたとさ。
めでたしめでたし。
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