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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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異世界にハンバーグを登場させるのは合っているだろうか

ヘスニルの街が俄かに賑わいだしてから少し経った頃、俺は遂に完成を迎えた新居の前で大工の棟梁から引き渡しと設備の説明を受けていた。

本当はもっと前に完成していたのだが、完成後も色々と追加の注文やそれに合わせた調整もあって今日まで伸びていたのだ。

ついに自分の物となった家は、完成予定の形から若干の変更はされたものの、概ねは俺の求める形に出来上がっている。


棟梁を見送った足でそのまま門を潜り、我が家の顔ともいえる玄関へと足を向ける。

入り口の幅は2メートルほどの広さを取ってあり、人が2人並んだ状態で入れる余裕があった。

室内には家具職人に特注で作ってもらった、大人4人が余裕を持って使える大きさの丸テーブルが8つ置いてある。


カウンターテーブルの向こうには2階へと上がる階段が隠されるように配置されている。

2階に上がってすぐの所には扉があり、その向こうは一応ダイニングという扱いのスペースとなっている。

そのダイニングを抜けた先には廊下があり、廊下の左右には2つずつの計4部屋の扉が等間隔に並んでいるが、それぞれが6畳間程度の広さの個室となっており、今のところは俺とパーラが1つずつ使う予定だ。


家具は大工に頼んで既に搬入と設置が完了しており、後は寝具を用意すればすぐにでも生活は可能だが、寝具の手配は少々の手違いで一日遅れてしまっているので、実際は明日から住めるという状態だ。

俺とパーラの荷物は既に運び込んでおり、バイクは家の脇に俺が土魔術で車庫を作ったのでそっちに置いてある。



今回家を建てるにあたり、パーラからの要望もあって1階で食べ物屋をやろうという話になったのだが、そもそも俺もパーラも店の経営経験がないため、何を用意したらいいのかわからなかった。

だがトレント変異種の討伐の報酬としてギルドマスターから開店のためのアドバイザーと備品の供与を得ることが出来た。

店の運営のやり方は俺とパーラがしっかりと叩き込まれ、新築で作っていた家も1階を店舗として使えるように、途中から手を入れてもらった。

厨房をカウンターのすぐ内側に設置したラーメン屋のような形で、人を雇う余裕のないうちは俺とパーラで店を回すことを考えると自然とこうなった。


おおよそ店の形は出来上がったわけだが、次に考えるのは店で出す品物についてだ。

これにはパーラが激しく食いつき、米を使った料理を強く推してきたのだが、現状では米の安定供給にはほど遠く、店で売るには数が用意できないという理由から却下した。

確かにこの辺りではまだない米を使った料理は目玉になると思うが、明らかにパーラは米料理を自分が食いたいだけで言ったのは見え見えで、口の端に滲む涎が光を反射している。


米料理を却下されて落ち込むパーラを横目に、目玉とするメニューを考えていく。

新規で食べ物系の店を始める場合、まずは食材の仕入れ先を見つけるところから始めなくてはならない。

普通は商人ギルドからの伝手や自分の足で仕入れ先を見つけるのだが、俺の場合はギルドマスターが手を回してくれていたので、特に困ることは無かったのは実にありがたい。


とはいえ、後発である俺達が先に店をやっていた人たちに本来納品されるはずだった品をかすめ取るような真似をしては反感を買いかねない。

そこでどこの店にも卸せないようないわゆる訳アリ品を使ってみようと思いつく。

この世界での肉料理はステーキのような一定以上の大きさを使ったものが主流なのだが、端切れのような細かい肉というのは食いでがないため有り難がられず、せいぜいがスープの具材に使うぐらいで、あまり有効な使い道をしているとは思えない。


そこで俺はこの売り物としての価値が低い細切れ肉を使い、ハンバーグを世に送り出そうと試みた。

ハンバーグはミンチにした肉を成形して焼くため塊の肉を必要とせず、しかもサイズの調整が比較的容易なところが大衆食堂では重宝される。

必要なのは肉と玉ねぎと塩コショウと、単純なのもまたいい。

早速材料を買い集め、試作してみようという話になり、パーラと一緒に街に繰り出した。


丁度朝と昼の中間といったこの時間は朝の喧騒が落ち着いた頃で、街に漂う空気はどこかまったりとしたものに変わっており、次の昼間の忙しい時間に備えて街が英気を養っているようにも感じる。

そんな中、目指していた店に到着し、早速店主に声をかける。


「どうも、こんにちは」

「らっしゃい。お?アンディじゃねーか。今日はどうした…って店に来てるのに聞くことじゃねーな。何が欲しい?今日は鹿系の肉でいいのが入ってるぞ」

店の奥で肉の塊に向かい作業をしていた男性が俺の声に気付き店先まで出てくる。

筋骨隆々の男丸出しといったその姿とは実は面識があり、以前アプロルダの解体を一緒にした仲で、いい肉を買うならこの店がまず名前が挙がるくらいにこの街では有名だ。


「それも悪くないんですが、今日は別の物を頂きたいんですよ。売り物にならないような細切れ肉ってありませんか?」

「細切れ…まあうちには山ほどあるけどよ。なんだ、スープ用か?」

そう言って店の奥に引っ込んでしばらくして、店主はちょっとしたバケツ程の大きさの入れ物に一杯の細肉を持って現れる。

バケツの中に入っていたのはほとんどミンチと言っていいほどの大きさの物ばかりで、これでは確かにスープにでも入れるぐらいしかないと思うのも仕方ないだろう。


「あぁいいですね。それ、全部下さい」

「あ?全部?…いや買うってんならとやかく言うつもりはねぇけどよ、本当にいいのか?」

「ええ。ちゃんと使い道はあるんで心配は要りませんから」

使い道がほぼないそれは、5kgほどの量で大銅貨2枚という破格の値段で売ってもらえた。

普段は店で買い物をしてくれた客におまけとして少量を包んでいたらしいのだが、直接売ってほしいと言われたことは無かったようで、初めは値段の設定に困っていたが、結局は仕入れ値とほとんど変わらない額に落ち着いたようだ。


肉を手に入れた俺達は他の材料も買い求めた。

調味料や野菜を買った中で、やはり香辛料の値段は結構高かった。

明らかに異常な高値というわけではないのだが、南方の国からの輸入品というだけあって贅沢品といっても過言ではないほどだ。

とはいえ、これから作る料理には必要なものではあるので、少量だけ買う。

その他にもいくつか気になったものも購入し、買い物を終えて我が家に帰ることにした。


帰りの道中のパーラは上機嫌で、鼻歌を歌いながら手に持った食材の入った籠をブンブン振り回す勢いで大手を振っており、正直見ているこっちはいつ落とすかと気が気ではない。

「パーラ、あんまり振り回すなって。そんなに楽しみか?」

「まぁね~。アンディが作るのは全部おいしいから」

これから試食することになるパーラはハンバーグの味に期待が膨らんでいるようだった。


新築の家というのは、とかく配置を体に馴染ませるのに時間がかかるものだが、それすらも楽しいと思えるのはやはり自分の城だという自覚があるからだろうか。

カウンターテーブルにパーラを座らせ、早速調理に取り掛かる。


作業台に乗せられた材料からまずは肉を手に取る。

既にある程度は細かくなっているが、ハンバーグに必要なのは挽肉なので、さらに包丁で細かくしていく。

想像していたよりも肉質がしっかりしており、脂よりも赤身が多いこれなら肉の旨味が強いハンバーグが出来る。



次にみじん切りにした玉ねぎを炒め、しばらく冷ましてから挽肉と混ぜる。

手間を惜しんで熱いままの玉ねぎを入れてしまうと、その熱で挽肉に微妙な熱が入ってしまい、後々焼きムラになるのでこの工程を疎かにしてはならない。


玉ねぎと挽肉に下味をつけ、繋ぎに卵と小麦粉を加えて捏ねるのだが、気を付けなければならないのは手でそのまま捏ねると肉の脂が人の手の温度で溶け出してしまい、焼いた時にジューシーさが減ってしまうことだ。

出来れば肉だねに氷を混ぜたいところだが、この世界では氷が潤沢に使えるというわけではないので、包丁とまな板を水で十分に冷やし、さらには俺自身の手も水に浸して冷やすことで、調理の過程で肉の脂が溶けるのを出来る限り防ぐ。


かじかむ手でしかめっ面になる俺を見て、パーラも誘われるようにしかめっ面になる。

火にかけたフライパンに獣脂の欠片を落とし、十分に熱したところに楕円形に成形した肉だねをそっと置く。

途端にジュという音と共に肉の焼けるいい匂いが立ち上り、カウンター越しにパーラが目一杯に首を伸ばしてきて、その匂いを全て吸いつくす勢いで深呼吸をしだした。


強火で表面を焼いたら、次は弱火でじっくりと中まで火を通す。

一応石で組んだオーブンはあるのだが、まだ使う準備ができていなかったので、今回は竈の火加減を調整して仕上げる。

串を刺して何度か火の通りを確かめ、丁度いい具合になった所で温めておいた鉄板皿の上に移す。

この鉄板皿は完全に俺の自作で、持ち手を切り離した小さ目のフライパンを適当な木板にはめ込むことで、アツアツの状態で提供できるようになっている。


「お待たせ。試作ハンバーグ、特製トマトソース掛けだ。おあがりよ」

カウンターテーブルでソワソワと落ち着きのなかったパーラの前にジュウジュウと音を立ててハンバーグが置かれる。

立ち上る湯気の向こうでは目をキラキラと輝かせたパーラがフォークを手に取り、俺の言葉を受けて一気に貪るように食べ始めた。


一応ナイフも用意しておいたが、パーラはフォーク一本だけを使うつもりの様で、鉄板皿の上でふっくらとした楕円の肉の塊をフォークで切り分けた。

断面からは肉汁は多少は出るが、それほど大量に吹き出したりはしない。

これは肉の脂がちゃんと全体に適量に行きわたっているためで、よくテレビなどで演出で肉汁が溢れるのを見るが、あれは肉の旨味をこぼしてるようなもので、実際に旨いハンバーグというのは断面から肉汁が出過ぎないのが理想とされている。


一口大に切り分けたそれを口に運んだパーラは、一瞬目を見開きながらもすぐに次の一口を食べ始めた。

2口目からは驚きにも慣れたようで、満面の笑みで咀嚼しているその姿から、味の方は満足のいく出来に仕上がっていると確信した。

それにしてもパーラは本当に幸せそうに食べる。

そんな様子を見せられては作ったこっちも嬉しくなってしまう。


自分の分も追加で焼き始めた時、入り口のドアがユックリと軋む音と共に開き始めた。

本来であれば気にならないようなドアの音だが、なぜかこの時は思いの外大きな音に聞こえ、俺とパーラの目が入口へと吸い寄せられると、そこにいたのはエイントリア伯爵夫人であるセレネリルその人ではないか。

外出用と思われる比較的動きやすさを意識したようなドレス姿だが、笑みがたたえられている顔からは妙な凄みのような物が感じられる。

背後にゴゴゴという効果音が見えるみたいだ。


「新築のお祝いに立ち寄ってみたのだけれど、何やらいい匂いをさせているのね。よかったら私にも頂けるかしら?」

裾が長めのドレスのせいなのか、滑るようにして俺達の方へと近付いてくるセレンに、俺とパーラは硬直したままで反応できないでいた。

一応お供として執事のヤノスと、チラリとドアの向こうに見えた護衛だと思われる騎士の姿は確認できたが、それにしても伯爵夫人の外出にしては人数は少ないように感じられる。

まあヘスニルはエイントリア伯爵家のお膝元だし、そうそう危険な目には遭わないという自負もあるのだろうが。


「あ…よ、ようこそお越しくださいました。ただいま席のご用意を―」

「いいえ、ここで結構よ」

「は?いえ、しかしセレン様をこんなところに座らせるわけには…」

仮にも高貴なる身分にいる人間をカウンターテーブルに座らせるのは流石に無礼なのではないか?

ちゃんとしたテーブルと椅子を用意するのが貴族への正しい対応だと思うのだが、セレンは知ったことかと言わんばかりにパーラの右隣の席に着いてしまった。


「いいのいいの。前々からこういう席で食事を摂ってみたかったのよね。普段の外出でも私が普通の食堂に出向くのも反対されるし」

若干の愚痴交じりの言葉に反応したのは、セレンの後ろに控えていたヤノスだった。

「当然です。セレネリル様はルドラマ・ギル・エイントリア伯爵の奥方であらせられます。相応の立場に見合った振る舞いというものがございます。そもそも奥様は日頃から―」

「それでなにを食べさせてもらえるの?」

ヤノスの言葉を受け流すセレンに、ヤノスもそれ以上は聞き入れてもらえないと判断したようで、寄せられた眉に今の気持ちを表しながらも特に何か言うこともせず、再びセレンの影としての立ち位置に戻っていった。


「あら、パーラちゃんが食べてるのがこの匂いの元ね?どれどれ―」

匂いの元を見つけたセレンはパーラの方へと首を伸ばすと、それにビクリと反応したパーラが急いでハンバーグをかき込んでいった。

多分取られると思っての行動だろうが、一瞬の行動にセレンは呆気にとられたが、すぐに微笑みを浮かべてパーラを見つめていた。

「パーラ、誰も取らないからゆっくり食べろ」

まだアツアツのハンバーグを一生懸命食べるパーラの姿は、まるで食事中の子犬の様な癒し効果を周囲に与える。


とりあえずセレンには俺の分として焼いていたものを提供し、ヤノスが毒見をしてからようやくセレンが口に運んだ。

普段からいい肉を食べなれているであろうセレンが、ハンバーグを食べてどんな感想を持つのか非常に気になっている俺は、その一挙手に注目していた。

「…うん、これおいしいわ!凄く柔らかいし、噛むと肉汁が染み出してくるのもいいわね。肉の臭みが殆どないのはハーブのおかげかしら?」

「はい。乾燥させたオレガノが露店で安く手に入ったので、混ぜ込んでみました」

「そう。少しだけ独特な脂の風味が残ってるけど、オレガノが上手く効いてるおかげで味にまとまりができてるわね。ハーブがいい仕事をしてる」


店で買った細肉は複数の種類の肉が混ざっていたので、それはそれで野趣あふれる肉の風味が悪いものではないのだが、合い挽肉として使うために少しハーブで匂いを抑え気味にして味をまとめたかった。

丁度露店で量り売りにされていたハーブにオレガノがあったため、いくらか購入して使ってみた。

あまり主張しすぎないように少量だけ入れたのだが、流石は舌の肥えた貴族であるセレンはすぐに気付いたようで、オレガノの存在を知ると2口目を食べて感心した様に頷いている。


その反応に満足した俺の目に飛び込んできたのは、セレンの手元をジッと見て、ピクリとも動かないパーラの姿だった。

「…パーラ、やめなさい。行儀が悪いぞ。涎も拭きなさい」

どうやら自分の分を食べ切ったことで、セレンの皿のハンバーグに視線が固定されているのだが、実に食い意地の張ったその姿に頭を抱えたくなる。

だがセレンはそんなパーラが可愛いのか、ニコニコと笑みを浮かべながら自分の皿から切り分けたハンバーグをパーラに差し出す。


「パーラちゃん、はいあーん」

「あー…むん」

差し出されたハンバーグの刺さったフォークに食らいつくパーラは、咀嚼すると満面の笑みになり、よっぽどハンバーグが気に入ったと見える。

次々とセレンから差し出されるハンバーグをついばむ姿は、まるで餌付けされている雛鳥のようだ。


2人の様子からハンバーグを店で出しても問題はないと判断し、これから始める店の目玉として売り出すために、木札に木炭でハンバーグと書いたものを壁に掛ける。

今はこの一つだけだが、まずはここから始めていき、追々メニューを追加していけばいい。

そもそも店として成功するかどうかも分からないのだから、まずは様子見の意味も込めて、ハンバーグ一本でやってみようと思う。

さしあたっては値段を設定したいのだが、まずは実食した人間からその辺りを聞きたいので、今目の前で行われている餌付けが早く終わるのを密かに願うことにした。

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