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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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結局討伐する羽目になる

ビカード村の住民がヘスニルへと避難してきてから1週間が経った。

住む家があるだけで人は気持ちに余裕が持てるもので、この場所に到着した次の日にはもう自分たちの生活基盤を作り上げるために活動を始めていた。


村では畑をやっていた人間はヘスニル近郊の開墾済みの農地を借り受け、猟師や腕っぷしのいい若者などはギルドで依頼を受けたりと、たくましく動いている。

そんな中、避難所内にある大浴場がヘスニルの住民にも開放され、入浴料は成人を迎えていない子供は無料、大人一人大銅貨1枚が徴収され、風呂の管理維持費に充てられる。

有料ではあるが気軽に風呂に入れるということでヘスニルの街中では評判が広まり、日々風呂目当てで避難所を訪れる人で大賑わいだ。


そうなるとビカード村の村人達も強かなもので、風呂上がりの一杯や食事を提供する目的で大浴場の近くに食堂を開設し、そこから得る収入をビカード村復興にと、商売に力が入っているのがわかる。

ここでは風呂のお湯を沸かすのに焼き石を使っているのだが、せっかく火を使うのだからついでに調理もしようとしたのが始まりで、風呂に入っている人達の元へと美味しそうな匂いが届くと、風呂上がりに空腹を覚えた客が食事を欲しがったことが大浴場併設食堂の始まりだった。


自分でお湯を用意する手間を考えると割安で風呂に入れるので、頻繁に足を運ぶことが出来るし、風呂から上がって家族での食事を取るのもよし、火照った体にエールを入れるのもよしと、さながら日本であった食事も温泉も楽しめるスーパー銭湯のような様相を成しており、入浴が娯楽としての地位を築こうとしていた。


俺は一日おきに避難所に顔を出しており、仮設住宅の不具合が無いかを調べたり、必要な施設の要望を聞いたりしていた。

とはいえ作ってから数日で問題が出るようなやわな作りはしておらず、村人から出てくる要望もあまりないため、もっぱら大浴場のお湯を沸かすためだけに通っているようなものだ。

俺が来ると薪が節約できるので毎日でも来てほしいと言われているが、こっちも生活があるのでそうしょっちゅう来ることは出来ない。


一応この避難所の窓口役を任されている俺にはルドラマから手当てが支給はされているのだが、今のヘスニルの財政的にあまり大きな金額は出せないようで、それだけを頼りに生活するのは難しく、冒険者としての仕事も併せてこなす必要がある。

こうして避難所に足を運んでいるのはあくまでも俺個人の仕事であるため、パーラは俺とは別に仕事をしている。


風魔術が使えるパーラは最近めっきり腕を上げ、効果的な使い方を俺と研究した結果、つい先日空気の流れを使ったレーダーのような魔術が使えるようにまでなっていた。

そのおかげで狩りの獲物を見つけるのが普通の人に比べて圧倒的に有利になり、大量の獲物を狩ってくるパーラの収入は黒ランクの冒険者としてはかなりの高額を叩き出している。


そんなパーラと比べると俺の現在の収入はずっと低く、なんだかパーラのヒモになった気分で少し心苦しい。

勿論パーラはそんなことは気にしないのだが、あくまでも俺の気持ちの問題なのだ。

湯船にお湯を張りながらそんなことを考えていると、ドタドタと足音を鳴らしながら男性が浴場へと入って来た。

「あぁいたいた。アンディ君、ギルドの職員が君を探しているぞ」

「俺を?…わかりました。その方はどちらに?」

「とりあえず食堂で待ってもらってる。俺達が呼びに行ってる間に動かれちゃ君が困るだろうと思ってな」

確かにお互いが入れ違いになる可能性を考慮すると、実に気配りが出来た対応をしてくれたものだと感心する。


礼を言って食堂へ向かうと、まだ昼前であるそこでは人の姿もほとんどなく、すぐにテーブルに座っている人影を見つけることが出来た。

後姿であったが、見覚えのある耳と尻尾でその正体を見抜けることが出来た。

「呼んでたのはイムルさんでしたか。俺に何か用でも?」

「あぁ、アンディ君。ここは凄いね。少し前まではタダの平地だったのに、あっという間にちょっとした町が出来上がってるんだから。君が凄い子だってのは知っていたけど、こんなことまで出来るなんて、お姉さん驚きすぎて―」

「イムルさん、要件は?」

放っておくといつまでもしゃべり続けそうなイムルの言葉を遮り、俺を呼びに来た理由を問う。


「おっと、そうだった。ギルドマスターがアンディ君をギルドの会議室へ連れてくるようにって。とりあえず暇だった私が呼びに遣わされたんだけど、とにかく付いて来てもらえるかな?」

「まあ構いませんけど、何で呼ばれたか聞いてもいいですか?」

「ごめんね~。私もわからないのよ。とにかく呼んで来いとしか言われてないの。まあ行って見ればわかるわよ。さ、行きましょ」

そう言って先導するイムルの後に続きながら、呼ばれた理由を考えてみる。


ギルドマスターが俺に用があるとすれば、まさしく今関わっている避難民に関することぐらいだろうが、特に問題も起きていないし、時々ルドラマの所の役人が顔を出しているので報告も上がっているはずだ。

となるとまた新たな問題が起きたというのだろうか。

ずんずん進んでいくイムルに置いて行かれないように速足気味で追従しつつ、色々と考えている内に冒険者ギルドへと到着した。

会議室へと続く階段の傍では、俺達の到着を待っていたであろうヘルガの姿があった。


「お待ちしておりましたアンディ様。ここからは私が案内を引き継ぎます。イムルは業務に戻って結構です」

わざわざ統括マネージャーであるヘルガが階段前で出迎えたのは、イムルが割って入ることが出来ない程度には重要な話し合いをしているということか。

今度はヘルガの後に続きながら会議室へと行くと、そこではギルドマスターとターバンが特徴的な後姿のコンウェルがソファに向かい合って何やら話をしていた。


「失礼します。アンディ様をお連れしました」

よほど集中していたのか、ヘルガの声でようやく顔を上げたギルドマスターとこちらを振り向いたコンウェルの2人分の鋭い視線にさらされた。

ヘルガはまったく意に介していないといった様子だが、目の前にいるのは紛れも無い強者の部類に入る人間であり、その視線の圧力に慣れていない俺は一瞬息が詰まる錯覚に襲われる。


「ご苦労じゃった。あとは我々だけで話をするから下がってよいぞ」

「はい、失礼します」

暗にヘルガに出ていけという意味の言葉を口にし、恐らくその意味を正しく理解しているヘルガも弁えているようで、特に何かを言うこともなくあっさりと出ていった。

ヘルガの退室でドアが閉められると、それを待っていたかのようにコンウェルが口を開いた。


「久しぶりだな。最後に会ったのは秋ぐらいだったから半年ぶりか?」

「ええそれぐらいですかね。俺はすぐに王都に行きましたけど、コンウェルさんはずっとヘスニルに?」

「いや、俺も別の土地に行ってたんだが、ヘスニルに来る護衛の依頼でこっちに戻ったんだ」

懐かしさに話も弾むが、途中でギルドマスターの咳払いで再会を喜ぶのも一旦収まる。


「そろそろ本題に入りたいんじゃが、よいかのぅ?」

その声を受けて佇まいを直し、話の先を促す。

「コンウェルには既に話したが、アンディにはまだ話しておらんのでもう一度話そう。前に話したトレント変異種を覚えとるな?その変異種の討伐に出ていた部隊が戻って来た。結果は失敗。トレント変異種は討伐できず、派遣した部隊にも死人が出ておる」

死人と口にするときに苦い顔を浮かべたギルドマスターは、恐らく変異種の危険度を低く見積もった自分を責めているのだろう。


「討伐隊の人員は白ランク上位者で構成されていたが、変異種の強さはそれ以上だったということになる。俺は討伐隊の何人かを知ってるが、いずれも黄ランクに届く実力を持っていると断言しよう。そんな奴らでもやられたんだ」

ギルドマスターの言葉を継ぐようにコンウェルが補足してくる。

それだけの実力者が揃って挑み、死人を出しながらなんとか命からがら撤退したというニュアンスに聞こえるが、2人の顔を見るにその認識にそれほど間違いはないようだ。


俺が知る限りではトレントは討伐に手間がかかるが、それほど難易度の高い魔物ではない。

確かに長い枝や根を鞭のように使った攻撃は脅威ではあるが、植物である以上は対処法は多く存在している。

その最たるものが火だ。

森の中に潜んでいることが多いトレントだが、その位置を絞り込めれば周りにある普通の木ごと火を放てば、多少被害の範囲は広くなるが討伐はできる。


次点としてトレント種に限った話ではないが、魔石を本体から切り離すことが出来れば魔物は瞬く間に衰弱して死に至るので、それが火を使わないで倒せる一番手っ取り早い方法だ。

これらの方法以外だと、トレント種に生命活動に関わる甚大な損傷を与えない限り、その高い生命力のせいで簡単には倒すことは出来ない。


「それだけの実力者揃いで、火を使っても倒せなかったんですか?」

「いや、今回は火を使わなかった。使えなかったといった方がいいか。ともかく、討伐隊はトレント種に有効な戦術を取ることなく敗れたらしい」

「場所が悪すぎたんじゃよ。トレントは森の中にいるもの、そう思い込んでいたのがまずかった。今回の変異種はビカード村の中心地に隠れもせずに堂々と陣取っておったのだ」

まじか。

トレント種は例外なく森に潜むと確かに本で読んだことがあるが、それが今回初めて覆されるケースとなったわけだ。


「ビカード村の中心地にいるせいで、周りの建物への延焼も気にして火は使えない、おまけにその建物が障害物となっているせいで遠距離から魔術で攻めるのも難しいときては、近接戦闘を挑まざるを得ないと討伐隊が判断したのも頷ける。俺だってそうしただろうな」

コンウェルは戦闘能力の高さもさることながら、あらゆる状況の対応力によって黄1級へと上り詰めたという側面もあるため、そのコンウェルをして他に手がないとなると、討伐隊の判断は妥当だったと言える。


「そんなわけで、トレント変異種の討伐失敗を受けて、今度は戦力を増強した討伐隊を編成することにしたのじゃ。ここにいるコンウェルが討伐隊に加わることになっとる」

「まさかそれに俺も参加しろと言うんじゃないでしょうね」

「そのまさかじゃよ」

正気か?この爺。

白ランク上位が揃ってやられた魔物に挑むのに黄1級であるコンウェルが向かうのはまだいい。

なぜ先日白3級に上がったばかりの俺を戦力に数えるのか。

そんな思いが顔に浮かんでいたのか、2人が俺を説得にかかる。


「まあ聞け。確かにお主は白3級ではあるが、戦闘に関しては黄ランク、状況が揃えば赤ランクに匹敵するとわしは思っておる」

「それは俺も同感だ。アプロルダの時もそうだったが、最近ヘスニル外壁に出来た避難所を見ても、正直魔術の腕前だけで見たら黄ランクに収まらないほどの実力だ。おまけにお前は頭も切れる。戦力としてはランク以上のものを持っていると俺が保証しよう」

確かな実力者2人からの太鼓判となると、実際にそうなのだろうと思えてくるのだから不思議なものだ。

どうも俺が参加するのは避けられそうにないが、もし行くとしても討伐隊の惨状を耳にした以上は万全に準備を整えて臨みたい。


「まあいいんですけどね。次の討伐隊には何人が同行するんです?」

「お主とコンウェルだけじゃよ」

「…はぃ?ちょっと何言ってるのかわかりませんね。コンウェルさん、ちょっとこの爺に水を掛けても?」

「現実を受け入れろ。俺とお前の2人だけだよ、討伐隊は」

いやいや、そんなの無茶苦茶だろう。

精鋭で揃えた討伐隊がやられてるんだぞ?

そこに高ランク者と魔術が得意な奴の2人だけで送り込むなんてどう考えてもおかしい。


「無茶を頼んどるのは承知の上じゃ。だが他に戦力の当てがない以上はこうするしかない」

「せめて他の所から助っ人を呼ぶとか、騎士団に協力を申し出るとかした方がよくないですか?」

「無理だ。騎士団は今最低限の人員以外は近くにいないし、他の所からの助っ人も時間がかかりすぎる」

時間がかかったとしても戦力が揃うのを待って臨む方がいいに決まっている。

だというのに何故か時間を気にするコンウェルが妙に思え、その原因に思い至った。


「そこまで急ぐということは、もしかして変異種が居座ってる場所は…」

「左様。ビカード村唯一の井戸の上じゃよ。わしらがこうも急ぐ理由が分かってもらえたようだの」

「ええ、まぁ…」

魔物とはいえ、トレントも植物である以上、生きるのに欠かせない水は当然どこかから手に入れなければならない。

そこに来て井戸と言う存在はまさに変異種にしてみれば僥倖だったといえる。

トレント種の巨体からすると一日に吸い上げられる水の量は相当なものになるはずだ。

そうすると時間が経つほどに井戸の水はどんどん消費されていき、いずれは枯れ井戸だけが残るのみだ。

村の復興をする段になって、井戸が枯れているというのは村人たちへ与える絶望としては相当なものになるだろう。


井戸が枯れるまでの猶予がどれだけあるのかわからないが、ゆっくりしていていいとは到底思えない。

「ではすぐにでも出発した方がよさそうですね」

「そうだな。今回はとにかく早さが重要だ。ギルド側から馬が貸与されるとして、明日の朝にヘスニルを発つ。しっかり準備をしておけ」

「変異種と直接交戦した人間で生き残っておる者は今もって意識が戻っておらん。よって変異種の情報はほとんど無い。そんな状況でお主らを送り込むなどわしも心苦しい。いいか、倒し切れないと思ったら躊躇わず撤退するのじゃぞ。…無駄に死ぬことは無いが、お主ら以外にやれるものでもないと思うし、お主らならやってくれるだろうと信じているぞ」

ギルドマスターからの信頼の籠った言葉をうけ、俺達は会議室を後にする。


正直な所、この依頼のやばさはかなりのものだ。

たった二人で強大な敵に挑む、なんて英雄譚だと頭を抱えたくなる。

しかも変異種とはいえ、トレントはあまり魔物としては格の高いものではないため、得られるのはせいぜい討伐隊の仇をとったという称賛だけだ。

無論、報酬が全くないわけではないが、内心では釣り合っていないと思っている。

もちろん悪い意味でだ。


だが俺は避難所で暮らすビカード村の人間の姿を知っている。

もう十分に情が移ってしまっている身としては、この依頼を断ることが出来ない気持ちがあった。

それにここで俺が依頼を断ったとして、別の人間が討伐に派遣された場合、果たしてその人は無事に帰って来れるだろうか?

多分、先の討伐隊と同じ結果になる可能性の方が高い。

それなら俺が知恵を絞って勝率を上げ、これ以上の被害を出さないよう努めるのが一番いいはずだ。

そう思うと俺の中にあったぼんやりとしたものが一気に固まるような感覚が湧き上がり、心の中には覚悟と言えるようなものが出来上がっていた。





とりあえず明日までにビカード村への道のりに必要な物資を揃えるのと、何かしらトレント種に有効な武器なり戦術なりを見つけておきたいところだ。

確か討伐隊で交戦した人は意識不明と言うことだったから、その他の同行者に話を聞いてみよう。

集められるだけの情報が、どこで役に立つかわからないのだ。

今のうちにやれるだけのことはやっておこう。

俺は決して慢心して生き残れるほどの強者ではないのだから。

そう気持ちを引き締め、受付へと討伐隊のメンバーの居場所を聞きに行った。

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