花より団子
「17羽ぁ!?それはちょっと多すぎるわよ」
「やっぱりそうですよね。正直、黒ランクの依頼としては危険度が高すぎると思いましたよ」
ギルドに帰ってきてから受付にいたイムルの元へと向かい、木掻き鳥討伐の依頼完了を告げた。
その際に提出した袋一杯に詰まった木掻き鳥の嘴の数に驚いたイムルから事情を聞かれ、森の中で大量の木掻き鳥に襲われたことを話した結果が先程のやり取りにつながっていた。
「まあ元々今回の依頼は黒ランクの冒険者なら依頼を受けるときに引き留めてるわよ。白ランクでも実力が不足してると判断したらこっちで止めてるしね。それにしても予想外の数よ」
「俺の時は止めてくれませんでしたけど?」
「アンディ君は大丈夫でしょ。魔術が使えるし、ザラスバードとアプロルダを倒してる実績もあるから、下手な白ランク上位者よりもよっぽど信頼できるわね」
アプロルダに関しては俺は討伐に加わっただけなのであまり功績にカウントして欲しくないのだが、イムルが口にした俺が討伐した獲物を聞いたパーラが驚いた様子で俺を見てきた。
「なにそれ、初めて聞いたんだけど。アンディってアプロルダを倒したことあるの?」
「パーラちゃん知らなかったの?アンディ君は黒ランクの時にアプロルダ討伐に参加してるのよ。ヘスニルに迫ってるアプロルダを到達前に倒すっていうのだったんだけどね。んで、その時にアンディ君が策を練って、冒険者を統率して討伐したって言われてるみたいよ」
別に俺が統率したわけではないので、その説明は正確ではない。
策を出した俺が現場で一時的な指揮を執ったのは事実だが、それはあくまでも作戦を正確に理解していたのが俺だっただけであり、まるで俺が先頭に立って冒険者を率いていたようなイムルの言い方はとてつもない誤解だ。
イムルの話を聞いて俺を見ているパーラの目が呆れと驚きの混じったものに変わっており、その視線にさらされた俺は何とも居心地の悪い気分になる。
「…なんだよ、何か言いたいことでも?」
「別に。ただやっぱりアンディは普通じゃなかったってだけ」
若干不機嫌な調子の俺の言葉に返ってきたパーラの言葉はどこか諦めの色が滲んでいたように思えた。
解せぬ。
「ともかく、今回の依頼にあった木掻き鳥の数は普通じゃないのは確かだから、上の方に報告することになると思う。その際にもしかしたらアンディ君に話を聞くことになるかもしれないから、一応頭の隅に置いておいてね。はいこれ、報酬ね。木掻き鳥の情報料の分少し色を付けておいたから」
カウンター越しに手渡された金額は、大銀貨4枚と銀貨1枚の41万ルパの大幅な報酬の増額だ。
情報料がいくらかは分からないが、持ち込んだ討伐部位と尾羽の数も相当だったため、その分の加算でこれほどの大金となったのだろう。
とりあえず報酬の半分である20万ルパを共同口座へ入れ、残りを二人で山分けとする。
ギルドを後にして宿へ帰る道すがら、報酬の使い道についての話になった。
「もう決めてあるんだ。私はこれでとにかく美味しいものを食べる。片っ端からだ!」
グッと拳を握りながらそういうパーラの目は、既に美味しいものに対する期待に輝いており、本当に食い意地が張ったものだと少し心配になるくらいだ。
子供としては美味しい食べ物に夢中になるのは分かるが、年頃の女の子でもあるパーラにはもっとおしゃれなどに気を使ってもいいのではないだろうか。
「うん、まあ報酬を何に使うかは自由だけどな。食べ物以外にも何かあるだろ?例えば服とか」
「服なら持ってるよ?ちゃんと動きやすいのを選んでるし」
確かに冒険者としてはそういった服を選ぶのは当然だ。
スカートやドレスといったものは普通の冒険者は着たりはしないものだしな。
「いやそれはそうだけど。もっとこう…なんていうか…女の子らしい恰好?みたいな…」
「う~ん?よくわかんないけど、女の子らしい恰好をすればアンディは嬉しいの?」
「いや俺がどうこうじゃなくて、パーラはどうなんだ?今ぐらいの年頃はそういう格好に憧れたりするもんだろう」
俺の言葉を聞いて悩む仕草をするパーラ。
パーラ自身、長い時間をヘクターと一緒に行商人として過ごしていたため、こういった普通の女の子が持つ感覚というのが育ちにくい環境だったのかもしれない。
もちろんヘクターがパーラの女の子としての感性を押さえ付けていたわけではなく、単純に男であるためにそういったことに気が回らなかったというのが大きいだろう。
兄妹2人が暮らしていくのに必死だったのもあって、そういったものを後回しにしていたというのも有り得る。
だが今ならパーラも女の子としての普通の生き方を考える余裕のある暮らしを送れるはずだ。
「…いつかはそういうのも着る時が来るんだろうなって思う時はあるよ。でも今はそういうのに興味は無いから別に―」
「話は聞かせてもらったわ!」
「ぅわ!びっくりした~。…なんだ、マースかよ」
俺達の話に割り込むように声を張り上げたのは、今泊まっている宿の娘のマースだった。
歩いている内にいつのまにやら宿の前まで来ていたようで、そこで恐らく宿の入り口を掃除でもしていたマースが俺達の話を耳にしたのだろう。
「マースちゃん?どうしたの、そんなに興奮して」
「パーラちゃん、服を買いましょう。うんとお洒落なやつを」
鼻息荒い様子のマースがパーラの手を取って力説する。
この二人は年も近いせいか、よく一緒に話をしているのを見かけたが、随分仲よさげに感じる。
「いや、私は別に服に興味は「ダメよ」ア、ハイ」
色気より食い気のパーラはお洒落のための服を買いに行くのに抵抗があるようで、断ろうとするが、マースの有無を言わさぬ迫力で言いかけた言葉を切って捨てられては諦める他なかったのだろう。
「そんなわけでアンディ、パーラちゃんは私が連れてくから、部屋で大人しく待っててね」
「あぁ、まあいいけど、宿の仕事はいいのか?」
今は夕方に差し掛かったころで、宿は夕食の準備に動いているはずで、マースがいなくなってもいいのだろうか。
「大丈夫よ。仕込みは終わってるし、私はこの後休憩に入る予定だったから。それじゃあね!」
パーラの手を引いて駆けていくマースを見送り、俺は宿へと入っていく。
というか夕方のこの時間帯に服屋に行ってもすぐに閉店になってしまうのではないかと思ったが、流石にそれはマースもわかっているだろうから俺が心配する必要はないか。
カウンターにいた女将さんに一応マースの行方について教えておいたが、特に驚いている様子も無いことから本当に問題はないようだ。
預けていた鍵を受け取って2階の部屋に戻り、身に着けていた装備類を外して簡単に体の清掃をする。
本当はすぐにでも風呂に入りたいところだが、パーラがいない時に風呂を用意するのは効率が悪いので、とりあえず目立った汚れを取り除く程度で済ませた。
夕食まではまだ時間があるし、パーラがいないので話し相手も無く、暇つぶしを兼ねて内職に励むことにする。
部屋の隅に置かれた、中身がパンパンに詰まった麻袋の元へと向かう。
中には鍛冶屋から買った鉄鉱石がそのまま入っている。
本来ならこの鉄鉱石を熱して、融点の差で先に溶けてくる鉄を集めていくのだが、俺にはその工程を必要としない。
土魔術で鉄を抽出し、それを雷魔術で作ったプラズマで溶かしていく。
この際、溶けた鉄は土魔術である程度の操作が出来るため、別に用意した桶に張った水に落とし込んで一気に冷やす。
高温の鉄が水に触れると結構な水蒸気が発生するため、窓を開けていないと室内が酷いことになるので注意しなくてはならない。
こうして高純度の鉄の塊が出来上がる。
ただ元々の鉄の含有率が低いのか、麻袋一杯のおよそ50kgほどを消費して15kgほどの鉄しか抽出できないが、純度の高い鉄であることを考えれば仕方のない事だろう。
出来上がった鉄は鍛冶屋に持ち込むと中々良い値で買い取ってくれるのだが、純度の高さから出所を聞かれるのをなんとか躱し、不定期に持ち込むと約束するのが精一杯だった。
なにせ手間と労力がかかりすぎるものだから、そうポンポンと作るのは難しいのだ。
鉄の抽出から精製までを魔術だけで行うと莫大な魔力と集中力を必要とするのだが、これが中々魔術のいい訓練になるもので、魔術の発動の精密さと維持に関する技術はかなり上達するようだ。
魔術の技術向上と小金が手に入る、一石二鳥の仕事だが、森で一人暮らしをしていたころに比べて、冒険者としての活動もあるためあまりかかりきりになるわけにはいかず、暇な時の内職程度にこなすのが精々だろう。
内職をしつつ、そろそろ腹が減って来たなと思っていると、部屋のドアがノックされる。
宿の一室を使って内緒で製鉄を行っているのがバレたかと一瞬焦るが、ドアの向こうから聞こえてきた声でその心配は消えた。
「アンディー、今戻ったから開けて」
「別に鍵かけてないからそのまま入っていいぞ」
ドアの向こうからマースの声が聞こえ、そのまま入室を促す。
「まあいいから開けてよ。びっくりするから」
随分もったいぶるが、それだけパーラのおめかしによほどの自信があるのだろうと思わせた。
言われるがままにドアを開けると、そこには行きとは全く違う、着飾ったパーラの姿があった。
革鎧の上に外套を羽織る格好をしていたパーラは、薄黄色のワンピースのような服に変わっていた。
まだ寒さの残る時間帯だったこともあって、上には緑色のケープを羽織り、手と足はそれぞれ手袋とタイツのような物で覆われている。
さらに頭は白いリボンでアップにされて整えられており、パーラの黒髪に白が生えていいアクセントになっている。
元々容姿はかなり整っているパーラだったが、傭兵・冒険者として活動していたためにこういった格好はしていなかったのが悔やまれるぐらいに似合っていた。
意外な変身に見惚れていたようで、恥ずかしそうに俯いたままだったパーラはマースの背中に隠れてしまった。
「アンディったら見すぎ。どう?パーラちゃんったら素材はいいのに選ぶ服ったらどれも地味なのばっかりでね。だから私が一揃え選んだの。可愛いでしょうー」
ドヤ顔でそういうマースの背中に隠れていたパーラが少しだけのぞかせた表情を見て、俺からの言葉を期待しているのではないかと思った。
「似合ってるぞパーラ。せっかくだからよく見せてくれないか」
それを聞いたパーラの顔に一気に笑顔が咲き、おずおずとだが俺の前に来てその場で一回転したりしてお披露目をしてくれた。
なにこの可愛い生き物。
いつまでも宿の廊下にいるのも邪魔になるので、お披露目も早々に部屋に引っ込む。
マースは宿の手伝いに戻ると言って去っていった。
ただ去り際に残していった含みのある笑みは何を意味するのか分からなかったが、何となくイラっと来たのであとで女将さんにお客をからかったと告げ口をしておこう。
「とりあえず夕食にしようか。外で待ってるから早いとこ着替えてくれよ」
「え~。このまま食べちゃダメ?」
「ダメじゃないけど、汚れたら困るだろ?」
すっかりその服装が気に入ったようだが、そのままで食事をしては服に汚れが飛んでしまう可能性がある。
そうなればせっかくの新品の服が汚れたと落ち込みかねない。
「う゛っ…確かに。わかった、すぐに着替えるから待ってて」
部屋の外で待っていると、背を預けている壁の向こうからバタバタとした音が聞こえてくる。
どうにも服を脱ぐのに苦戦しているようで、時々呻き声が聞こえてきた。
ようやく準備を終えたパーラがドアを開けると、そこには普段着のパーラがおり、ドアの隙間から見えた室内では、パーラの使っているベッドの上に、さっきまで来ていた服が丁寧に折り畳まれて置かれている様子から、本当に大事にしたいと思っているのが伝わってくる。
階下への階段に向かうパーラの足取りは軽く、上機嫌といった様子はお洒落を覚えた女の子相応に見え、それを見ると俺も嬉しい気持ちになる。
「随分機嫌がいいな」
「うん。今日は穴猪の肉が手に入ったから、シチューなんだって。マースから聞いた」
どうやら、まだ色気より食い気、花より団子のパーラのままだ。
だが今日のことをきっかけに、女の子としての楽しみを覚えていくパーラを思うと、これも今だけかと感慨深いものを覚えた。