伯爵一家のお帰りでぃ
エイントリア一家の旅に同行して数日が経つ。
ルドラマがこの旅で自分用のバイクで移動すると言いだした時は家臣たちと一緒になって止めたが、それでも渋るルドラマに俺のバイクを貸すことを提案してなんとか場を収めた。
当初の予定では俺がバイクで車列に随伴する形で同行するつもりだったが、ルドラマにバイクを貸すことになって俺はマクシムと一緒の馬車に乗るという、以前ヘスニルから王都へ向かった時と同じ状況での移動となった。
さすがに伯爵を一人でバイクに乗せて走らせるのはまずいため、バイクの速度は馬と同等に抑え、さらに後部座席に護衛隊長を乗せたうえで、周りを数人の騎乗した騎士達で取り囲んで走ることになる。
初めはそれすら渋っていたルドラマだったが、家臣たちの真剣な態度からこれが精一杯の譲歩だと理解したようで、この条件を呑んでくれることとなった。
ルドラマは既に何度かバイクを乗り回していたようで、しっかりと倒れることなく走ることが出来る姿には不安を覚えることも無く、王都を出る際には伯爵自ら門番に通過の声かけをしたことに恐縮しきりだったが、特に問題なく門を通過して街道へ出た。
若干ドヤ顔のルドラマはバイクを自慢しているようだが、向けられる視線の殆どは伯爵が珍しい乗り物に乗って門を通るという光景に興味を覚えたものだったということに気付いていない。
そのルドラマは今も、俺達が乗る馬車の列の先頭を走っている。
時折先行して駆けていくことで吹き抜ける風を楽しんでいるようで、馬車の横を追従している騎士が乗った馬の馬蹄が通り過ぎることが多々あった。
一応言いつけ通りに馬がついてこれる程度の速さに抑えてはいるようだが、小回りの差でバイクの方が圧倒的に上なので、どうしてもバイクを追いかける馬の疲労が増えてしまう。
随伴する騎士は一応交代で馬を休めてはいるが、それでも無駄に馬を疲れさせることに頭を悩ませているようだ。
しばらく街道を進むと、脇に逸れた先の広場となっている場所に馬車が停まり、休憩の時間となる。
ルドラマもバイクで広場へと乗り付け、ツヤのいい顔で使用人が用意するお茶を乾いた喉へと流し込んでいた。
満足そうな様子のルドラマだったが、そこへ現れたセレンが何やらルドラマへと声をかけた瞬間、顔を青ざめさせて地面に正座し、セレンによる説教が始まった。
好き勝手にバイクを動かしたせいで馬にも護衛の騎士にも負担をかけたことを説教しているのだが、途中から普段のことに関する小言も加わり、ルドラマの背中はドンドン小さくなっている。
伯爵ともあろうものが叱られてシュンとしている姿は侘しいものだな。
「父上があんなにはしゃぐところなんて初めて見たよ。…あと母上にあんな風に説教されてるところも」
説教を受けているルドラマを見ずに、俺とサティウとお茶を飲みながらそういうマクシムは、初めて見た父親の一面に驚いているようだ。
「仕方ありません。ここ最近は机仕事が多い日が続きましたから。旦那様は気分転換にとバイクを乗り回していましたけど、それでも王都の外へ出れませんでした。その反動もあってのことでしょう」
説教されているルドラマを遠くに眺めながらそう口にするサティウ。
しかしルドラマの情けない姿に関して一言も言わないのは果たして忠誠心からだろうか。
「というか、何気にサティウさんは付いて来てますけど、王都の屋敷を離れちゃっていいんですか?」
ごく自然に会話を交わしているが、サティウがついてきていることを俺はこの時初めて知った為、内心では結構驚いている。
「本来紋章官は当主について回るのが普通なのです。なので私が旦那様が領地へ戻るのに同行するのは何らおかしくありませんよ」
そうは言うが先程から俺の肩を抱く手はしっかりと力が入っており、まるで逃がすまいとしているかのようだ。
「そういうことならルドラマ様と一緒…は無理か。せめてセレン様と一緒の馬車に乗ったらどうです?」
その方が俺の精神衛生上じつによろしいので。
「ははははっ。何をおっしゃるかと思えば。私が少年の乗った馬車を前に見逃すわけがないでしょう。密室の中で少年と密着…うぇへへ…」
何を想像したのか急に気持ち悪い顔で笑うサティウの様子から背筋に寒気を覚え、セレンに助けを求めて目線を送るが、ルドラマを説教するのに意識が向いているために俺の願いは届かない。
休憩が終わって出発する段になって、セレンにサティウを引き取ってもらおうと思ったのだが、パーラと一緒の空間を邪魔されたくないらしく、断固として拒否された。
「いいんですか?マクシムが毒牙にかかるかもしれないんですよ?」
「大丈夫よ。サティウはマクシムが小さかった時から一緒だったんだから。今更心配することは無いわ。そうでしょ?」
「無論です。将来の主君になるかもしれないマクシム様に手を出すなどと、恐れ多い」
「その理屈なら俺はいいってことになりそうなんですが」
「さあさあ。早く馬車に乗りなさい。もう出発するわよ」
急かすようにいうセレンのそんな言葉はどこか白々しく、自分の息子が被害を被らないのならそれでいいという考えが透けて見えている。
とはいえ俺の意見を通すだけで旅の足を止めるわけにもいかず、止むを得ずサティウを含めた俺とマクシムの3人で馬車を使うことになった。
もともと小さめの馬車だとはいえ、サティウが妙に俺に密着しているのが何だか怖い。
あとこの女やけに体温が高いな。
俺達がヘスニルから王都へと向かった時はほぼ街道を直進し、尚且つルドラマもそれなりに急ぎの旅であったため、通過する領地の貴族に挨拶するのは省いても問題はないのだが、領地に戻るだけである今は時間の余裕もあるため、行きに出来なかった分もちゃんとした挨拶をするのが礼儀なのだそうだ。
そのため王都へ来る時よりもヘスニルへ戻る時の方が実は時間がかかってしまう。
当然、セレンやマクシムはエイントリア一家という括りでルドラマと一緒に挨拶に行くのだが、その間俺とパーラは暇になる。
なので待っている間にパーラのランク上げに付き合う形で依頼を受けて時間を潰した。
ルドラマ達が領地の通過の挨拶に行ってる間、俺とパーラが依頼に行くというのが普通になってきたある時、次の宿泊地へと街道を移動中のことだ。
前方を走っていたルドラマから馬車の停止が指示された。
「なんだろう?まさか敵襲とかじゃないよね?」
「貴族が護衛を連れてる隊列を襲うバカはいないだろう。少し見てくるから馬車から出るなよ。サティウさん、マクシムを頼みます」
2人を残して馬車を飛び出し、ルドラマがいる先頭集団へめがけて駆けていく。
「ルドラマ様、なにか問題が?」
現場に到着した俺は真っ先にバイクに跨っているルドラマに状況を尋ねる。
「アンディか。大丈夫だ、危険はない。行き倒れを見つけて介抱しているところだ」
ルドラマが顎でしゃくって見せた先では随伴の騎士がどこかの村人と思われる青年の容態を確認しており、漏れ聞こえてくる単語を聞く限りでは怪我はしていないが酷く衰弱しているようだ。
とりあえず少し先に進んでひらけた場所を見つけてそこで青年を休ませて、意識を取り戻してから事情を聞き出すことに決まった。
場所を移して青年の介抱をしているうちに陽が落ち始めたため、今日はここで野営をすることとなった。
ここしばらくは町や村のちゃんとした宿に泊まっていた俺達だが、予定通りに進めなかった場合のために野営道具はちゃんと用意している。
だが俺という存在のせいでテントの類は必要ない。
久々に俺のカマボコ兵舎の出番となったが、地面から建物が映えてくるという光景にすっかり慣れた面々が多い中、この場にはその光景を初めて見る人間が2人いた。
サティウとセレンが呆気にとられている姿を見た他の人達は、何故か一様に温かい目を浮かべて復帰するのを見守っていた。
既に自分たちが通過した驚きの境地にいる2人に対する同情のような諦めのような、そんな色んな思いが込められた空気がその場には満ちていた。
「はぁ~、魔術って凄いものなのね。あっと言う間に家が出来てしまうなんて」
「いえ奥様、魔術を使ってこんな真似が出来るとは私は寡聞にして覚えがありません。確か土魔術ではせいぜいが壁を作る程度だとか」
セレンの勘違いを多少は魔術を知るサティウが訂正するが、それでも土魔術で家が出来たのは事実なので、相変わらず感心しきりの2人だった。
野営と食事の準備に周りが動いている中、俺は拾った青年が意識を取り戻す瞬間に立ち会っていた。
「…アぁ…ここは……あんたらは…?」
少し気だるげにそういう青年は、最初に自分がいる場所を尋ね、次いで自分の周りを囲んでいる人間の多さに疑問を抱いているようだった。
「わしはルドラマ・ギル・エイントリア伯爵だ。君は街道に倒れていた所を我らが見つけ、保護した。今は野営地の中にいる」
「伯爵…。っ伯爵様!?ぅつうぅ…」
目の前の人物が貴族だとわかると跳ね起きる青年だが、いきなり起きたものだから頭痛が走ったようだ。
それでも体勢を変えてかしこまろうとする青年にルドラマが手で制してその身を横にさせる。
「横になったままで構わん。それよりもなぜあんなところに倒れていたのか理由を教えてもらえるか?」
ルドラマの言葉を受け、青年の口から事情が語られ始めた。
青年の名はルタと言い、街道を逸れた先にあるジカロ村という所に住んでいた。
いつものように村の近くにある森で狩りをして帰ろうとすると、村の方角から煙が上がっているのに気付く。
何かあったと思い駆けつけてみると、村の中に武装した集団がいるのが見えた。
ただ事ではないと判断したルタは身を潜め、見つからないようにしながら他の村人を探して回ると、広場に集められているのを見つけた。
その集団の中で一番地位の高そうな人物と村長が何やら話をしていたかと思うと、その男が突然抜き放った剣で村長を切り捨てた。
それを見て騒ぐ他の村人にも男達が次々と襲い掛かり、その場にいた村人は全員殺されてしまった。
ただ見ているだけしかできなかったルタは惨劇への恐怖と失われた命への悲しみに追われるようにして森の中へ逃げ込んだ。
もしあの武装した集団が森にまで入って来たらと考えると一つの場所に留まることが出来ず、森の中をひたすら駆け抜け、何とか街道に出ることが出来た所で安心して気を失ったようだった。
そしてそれをルドラマが見つけて今に至るというわけだ。
ここまで話してルタはその時のことを思い出して震えてしまって、少し休ませるために毛布を掛けなおしてやると、しばらくして眠ってしまった。
寝入ったルタを起こさないようにその場を離れ、俺達は今の話をまとめてみることにした。
まず先んじて俺が最初に疑問に思ったことを口にしてみる。
「村を襲った集団というのは山賊でしょうか?」
「いや、それはない。賊というのは村人がいない村からは略奪できないことを知っている。だから全員を殺すなどとまずやらないことだろう」
ルドラマが言うには村を亡ぼすというのはそれだけ賊にとっての収穫先の喪失なのだからせいぜい殺すとしても見せしめに一人か二人で、村人全員を殺すことは賊ではありえないのだそうだ。
「となれば賊に扮したどこかの兵という考えが強まりますね」
「かもしれぬ。だが、この辺りの領主達は領土的な野心は持つ人物ではないし、派閥争いに巻き込まれるほど王都には近くない」
俺には王宮のパワーバランスや領主たちの為人はわからないのでルドラマの言葉を信じるしかないが、そうなるとその集団は一体何者かという振り出しに戻ってしまう。
「逆に考えてみましょう。ジカロ村を襲って得をする人物は誰か」
「とはいってもわしはそのジカロ村を知らんし、どんな価値があるのかわからん以上は何ともいえん。…よし。アンディ、一っ走りして様子を見てくるのだ」
「…えぇ~?今からですか?もう夜になりますけど」
「バカモン。その怪しい輩共がどこかに移動したら追いかけることが出来んだろ。バイクなら偵察して帰ってくるのに時間はかからん。お前が行かずに誰が行くのだ」
まあルドラマの言うことは一理ある。
奴らの狙いが何か分からないが、わざわざ村人を排除するほどのなにかがあるとすれば、直接見に行く価値はある。
そんなわけで俺が単身、バイクでジカロ村へと向かうことになった。
パーラも付いて来ようとしたが、セレンが離そうとしてくれなかったので俺一人で行く。
まったく、伯爵様は人使いが荒いよ。
バイクに跨りいざ出発となった時、誰かが後部座席に座り込んできた。
「…なにしてんですか、サティウさん。俺はこれから偵察に行くんですけど」
振り向いた時に目に飛び込んできたのは闇に紛れやすいよう黒い服に着替えたサティウだった。
「相手がいずこの貴族の私兵とも限らないので、紋章官としての私が一緒に行くことは意味があると旦那様から言い渡されました。ご心配なく、自分の身を守る程度は出来ますので足手まといにはなりません。さあ行きましょう」
確かに相手の存在が不明瞭な現在では得られる情報は多い方がいいので、俺とは違う見方の出来るサティウの同行は必要に思えてきた。
正直実力の分からない同行者の存在は不安でしかないが、今回は偵察だけなので戦闘行為に発展しないように注意すれば問題ないだろう。
「わかりました。では出発しますからしっかり掴まって下さい。…太腿は触る必要ないでしょうがっ!」
「ごふぅー!…いい、肘撃ちです…」
俺の腰に掴まると見せかけて太腿をさすって来たサティウの鳩尾に向けて肘撃ちをかましておく。
全く油断も隙も無い。
同行者の存在にさらに不安を抱きながら、夜の帳の向こうへとバイクを走らせて行った。




