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早朝のギルドは王都だけあってなかなか賑わっていた。
朝一で依頼を受けに来た者のほかに、今朝依頼から帰って報告に来た者もいるらしく、喧騒の中に怒号が混じっているぐらいには活気がある。
早速掲示板を見てみるが、どれもピンとくるものが無く、特に依頼を受ける気にはならずどうしようかと思っていると、ふと思い出したことがあった。
それは以前、ヘスニルのギルドでイムルにランクアップ試験を受けることを勧められていたが、中々に忙しい日々を送っていたため、今の今まで頭に浮かぶことすらなかった。
だがそろそろランクアップをして依頼のレベルを上げた方がいいかと思い、早速受付に向かった。
「おはようございます。少し聞きたいんですが、昇格試験はどういう手順で受けるんでしょうか?」
とりあえず目についた受付嬢にそう声を掛けると、俺が子供であることに一瞬訝しむが、ギルドカードを見せると既に黒1級であることに驚き、次いで態度を改めて丁寧な態度で接して来た。
「それではギルドカードを拝見します。…アンディ様は受験資格を満たしておりますし、黒1級としての活動期間も十分であると判断します。今でしたらランクアップ試験はこちらの重要書類の運搬依頼が充てられます」
そう言って差し出された依頼書には王都から他の町にあるギルドに書類を届けるという内容が書かれていた。
届け先の町の名前に聞き覚えは無いが、ルーキーが最初に受ける試験が難易度が高いものだとは思えないので、多分王都の近くにあるんだろう。
「この町はどこにあるんです?」
「少々お待ちください。…ここですね。王都からでしたら一度街道を北へ進んで、しばらくして見えてくる森を西へ迂回するとあとはまっすぐ進むだけです」
カウンターに広げられた地図を指さしてルートを教えてもらい、手持ちの地図とも照らし合わせて場所を覚えた。
「ちなみに期限とかはありますか?」
「こちらの依頼書には5日以内に届けることと書かれてますね。目的の町の位置的に今日これから出発すると明日の夕方には着くかと」
1日半は軽くかかるということか。
多分これは徒歩で移動した場合の計算なので、バイクで移動するともっと早く着けるはず。
それこそ1日かからずに往復できそうだ。
だが今日はこれからルドラマにチャーハンを振る舞う予定があるので、とりあえず受けるだけ受けて明日にでも出発すればいいだろう。
昇格試験の申請をし、送り届ける荷物を受け取ってギルドを後にした。
屋敷に戻ると料理長が出迎えてくれて、荷物を部屋に置く間もなく厨房へと連行されてしまった。
なんでもルドラマが既に食堂に来ており、チャーハンはまだかと何度も尋ねてくるので料理長が玄関先で待つ始末となっていたのだそうだ。
そんなに楽しみにしていたのかと嬉しい気持ちになるが、それはそれとしていい年をした男がご飯を待ち切れずにいる姿は少し、いやかなり大人げなく感じる。
騒いでいる家主を早々に黙らせるためにもちゃっちゃと調理をしてしまおう。
今日は事前に料理長に米を炊いてもらっていたので、炊き具合を見てからチャーハンを作っていく。
「言われた通りに水分少な目でやってみたが、少し固くないか?」
「いやいやこんなもんでいいんですよ。この後も火が通りますから」
傍で見ている料理長に作り方を指導しながらの調理となる。
ルドラマは確実にチャーハンを気に入るだろうから料理長に作り方を教えておいた方がいいだろう。
鍋で卵を炒め、半熟程度で米を投入して解すように炒めていく。
いい具合にパラパラ感が出てきたら、細かく切った葉野菜とネギと肉を投入する。
小さじ1程度の油を鍋肌に沿わせて回し入れ、塩と香辛料で味付けをしたら一気に混ぜ合わせながら焼いていく。
あっと言う間に出来上がったチャーハンを用意していた皿に盛り付け、レンゲ替わりの木匙を添えて完成だ。
「ほぉー。えらく早い完成だな。豪快な作り方にも驚いたが、一品がこの早さで作れるのは凄いぞ」
「簡単・早い・うまいの三拍子揃ってこそのチャーハンですから。どうぞ、小皿に分けてあるので食べてみて下さい」
ルドラマに出す分のほかに、僅かだが別のさらに取り分けておいた分を料理長に手渡す。
既にオムライスの一件で味の心配はしていないようで、躊躇いなく木匙で掬ったチャーハンを口に運ぶ。
「こりゃあうまい。米が油を纏っているおかげで口の中でパラパラと解けていくのが楽しめる。具材を変えればいろいろ違う味が作れそうだな」
「そうですね。野菜も色々変えたり、肉のほかに魚介類を使うのもありますから、その辺りは色々試してみて下さい」
「おう。腕がなるぜ」
本職の料理人から味の太鼓判を貰ったことで、安心してルドラマに出すことが出来る。
食堂ではまだルドラマしかいないが、この後昼食をとるセレンとマクシムとパーラの分は料理長に頼むとして、まずは完成した品を腹ペコ伯爵に届けることにした。
「おぉ!やっと来たか!それがチャーハンだな?」
食堂に入ると喜色を隠そうとしないルドラマから声がかかる。
尻尾があったら振りまくってそうな喜び方だな。
「お待たせしました。アンディ特製、五目チャーハンでございます」
ルドラマの前にチャーハンの盛られた皿を置き、一歩下がる。
新しい料理に目を輝かせているルドラマは早速一口頬張る。
たちまち笑顔になるのを見ると今回も気に入ってもらえたようで、チャーハンを口に運ぶ手が止まることは無かった。
ルドラマが食べている途中で、パーラとマクシムを連れて食堂に来たセレンがその姿を見て呆れたような表情を浮かべたが、マクシムはまた新しい料理が出てくると理解したようで、期待に胸を膨らましているように見受けられた。
パーラは既にチャーハンを食べたことがあるので落ち着いているが、それでも楽しみにしている空気は感じられる。
席に着いて少しすると全員の元へとチャーハンが運ばれて来たが、その用意の早さにセレンとマクシム2人が驚く。
一品だけとはいえ10分もせずに出てきたのだからその反応は正常だろう。
味の方もセレンには少し油が強いようだったが、十分に満足してくれたようで、また作ってほしいと言われた。
次からは料理長が作ってくれるので俺がやらなくてもいいだろう。
食後の時間を利用して、パーラに明日の予定を話しておく。
「長くても2日で済むだろうから、それまではセレン様達と一緒に過ごしてくれ」
「それはいいんだけど、大丈夫なの?私も付いて行こうか?」
「なんだよ、心配してくれてんのか?」
「アンディが何かしでかさないかって意味では心配してる」
なぜそんな心配をする?
パーラの言葉に他の面々が吹き出すのを不機嫌に思いながら、同行はやんわりと断っておく。
別に付いて来てもらってもいいんだが、先ほどからセレンがパーラとの椅子の距離を詰め出したので何となく一緒に居させた方がいいような気がしていた。
現にやっぱり一人で行くと告げた時には若干の安堵の顔を浮かべていた。
そんなにパーラのことを気に入ってるのかとある意味でマクシムが可哀相な気がしているが、パーラを構っているセレンをニコニコしながら見ているので、本人は特に気にはしてないようだ。
そんなわけで次の日には久々の一人旅となり、目的地であるプアロの町に向けてバイクを走らせていた。
街道にはまだ雪が残っているが、以前見た時よりもかなり減ってきていて、道端の土もいくらか顔をのぞかせている風景は、もうじき訪れる春の予感を感じさせる。
冬の間は商品の流通は減っている物だが、それでも王都周辺は流石にまだまだ物の行き来が活発だ。
今も目の前を走る馬車は大量の荷物を積んでおり、これから向かう先がどこかは分からないが、商売人としての意欲が満ちているかのようだ。
馬車を追い抜く際に向こうがバイクの存在に一瞬驚くが、笑顔で手を振って来たので振り返しながら先へと進む。
道中は特に問題も無く、順調に走り続けて昼を少し過ぎた頃にはプアロへと到着していた。
町中のギルドに荷物を届けると、今度は王都のギルドに届ける荷物を預かった。
何でも今回の依頼は往復分ではないのだが、昇格試験を兼ねているのを知るとどうせならということで追加の依頼を課せられてしまった。
まあどうせ王都に戻るからいいんだけどね。
多分これから町を出ても夜になる頃には王都へ着くとは思うが、安全をとって今日はプアロで宿を取ることにした。
あまり高い宿ではないので部屋はそれほどではないが、気密性がしっかりと保たれているようで、隙間風といったものが無く、風邪をひく心配をせずに眠ることが出来るのがありがたい。
バイクを置く場所に少し困ったが、宿に併設されている馬車置き場の一角が空いていたので、そこを借りれたのは幸いだった。
ここまでバイクを移動させてきて、やはり物珍しさから多くの人の注目を集めているのが分かる。
今も馬車置き場にバイクを牽いて行く俺の姿を遠巻きに見ている人達が確認できた。
しっかりとキーを抜いて盗難の心配も無くなったところで早速町へと繰り出す。
といってもさほど大きな町でもないので特に見どころといったものはない。
ただ、その土地の風土や暮らしに触れて新しい発見に出会うのが旅の醍醐味だと俺は思っている。
夕方には少し早いが、それでも買い物に来たであろう人達で商店が立ち並ぶ通りは賑わい始めている。
自分が知っている物から初めて見る物まで色々と眺めて歩いていると、ある一角で足が止まる。
他の商店に比べて粗末な作りの小屋といった趣だが、商品はちゃんと並べていることから商店なのだろうと思う。
並べられている物は果物だと思うのだが、見た目はアボカドのような質感で形がバナナのような細長く房になっているのでアボバナという名前だったりするのだろうか?
少し興味が湧いたので商品に関する説明を店主に尋ねてみる。
「あのーこれっていったい何ですか?野菜なのか果物なのか…」
「なんだ坊主、見たことないのか。こいつはメジヤと言う果物だ。水分は少なめだがその分甘さが強いのが特徴でな。食べてみるか?」
「いいんですか?なら是非に」
そう言って店主は並べられていたメジヤを手に取り、房から一つもぎ取った物をテーブルの上に置いて輪切りにしていく。
てっきりバナナのような皮の剥き方をするものと思っていたが、皮がかなり固いようでかなり力を入れて切っている。
黒い皮の中身はほぼ真っ白で、これまたバナナとは違う色合いに更に興味が湧いた。
差し出された一つを受け取り食べてみると、確かに甘い。
どこかライチを彷彿とさせる上品な香りと甘さが実にいい。
これなら一房でも食べてしまえそうだ。
…いや、嘘だ。
水分が少ないから水なしでは恐らく一本が限界だろう。
「どうだ?旨いだろう。メジヤは日持ちもするしお土産には向いてるぞ。一つ買ってくか?」
「うーん、そうですねぇ…ちなみに一ついくらですか?」
「この一房で大銅貨5枚だ。一本だけなら大銅貨1枚ってとこだ」
普通に高いな。
一房に5、6本がついているから房ごとに買った方が多少はお得だが、それでもまだ高い。
メジヤ一本だけで他の果物が6個は買えてしまう。
「俺には少し高いですね。今回は止めときますよ」
「そうか。はぁ~やっぱダメかぁ…」
俺が断ると店主は溜息を吐いて落ち込んでしまった。
この反応を見ると、もしかしたら俺のほかにも売り込みをかけたが値段で断られたということだろうか。
「もしかして売れてないんですか?あんなに美味しいのに?」
「まあな。昨日から一つも売れてないんだ。確かに味はいいんだが、値段を聞くとどうしても、な。かといって俺の方もこれ以上値下げしたら商売にならないし、困ったもんだよ。…ってこんなこと坊主に話してもしょうがねーか。はぁ…」
再び深いため息とともに俯いてしまった店主を見て、少し考えてみる。
確かに商売である以上、物を売った際の利益は多い方がいい。
だが同時に可能な限り安くしなくては物は売れない。
そうなれば次の仕入れにも関わってくる。
つまるところ、商売というのは利益をどれだけ得るかよりも、買った相手にいかにお買い得感を持たせるかを考えた方が長持ちするのだ。
今このメジヤが売れない理由は何となく俺にも分かる。
単純に宣伝不足なのだ。
他の店舗は間口も広く、何を売っているのかわかる店構えなのに対し、この店はかなり古びた店構えと、暗い店内のおかげで商品が目につきにくいのが問題だ。
元々メジヤ自体はそれほどメジャーなものではない上に、他の果物に比べて見た目が地味だ。
一度味を知れば次も買う人は多いだろうが、まず最初に買わせないことには次は無いのだ。
なので大事なのはまず手に取ってもらうことで、そのためには変わったアプローチの仕方が必要だと考える。
「店主、もし仮にこのメジヤを俺が全部売り捌いたら一房を報酬でくれる気はありますか?」
「…そりゃ全部売れるならそれぐらい構わねーが。本当にできんのか?」
突然の提案に訝しげな表情だが、その気持ちは分かる。
だがこのままでは売れるような気配も無いので、俺の言葉に縋るのも一興だろう。
「まあいきなりの提案だとそう思いますよね。何とかやってみますよ。出来なかったら普通に買いますから。メジヤはここに並んでいるので全部ですか?」
「いや、ここに詰んである箱の分で全部だ」
そう言って店の壁際に積まれた4つの木箱を指さした。
店の前に並べられているのは20個ほどで、箱にはおよそ15個ほど入っているので、全部で80個ほどがこの店の全在庫となる。
とりあえず箱の中身も全部出して店の前に積み上げていってもらう。
俺はその間に少しその場を離れて別の準備をする。
これからすることにはこの下準備があるとないとでは効果は大違いだからな。
大量の商品が山積みになっている絵というのはインパクトが大きいものだ。
購買者は自分の分もちゃんと買えるという安心感を得る。
そうしていると店の前に人だかりができはじめる。
なにせこっちの世界ではこういう陳列方法はあまり一般的ではないからな。
「人が集まって来たな。それで、これからどうするんだ?」
「まあ見ててくださいよ」
山積みのメジヤの前に歩いて行くと、子供の俺の姿を見てその場にいた人間から発せられるざわめきが増す。
それが収まるのを待って声を張り上げた。
「さあさあ!お集りの皆々様方は実に運がいい!今ここにありしは遠く南より遥々運ばれてきたメジヤという果物!その甘さは貴族であろうとも唸らせるほどの上品な味わいだとか」
別にメジヤを食べた貴族の意見を聞いたわけではないが、貴族でも唸るほどの味なんじゃないかなという可能性を話しているだけなので嘘ではないが正確でもない。
「かつて天上の世界では神々の食した果物があったというが、このメジヤはその神の果実の流れを汲むと言われているものの一つという!」
これは適当に作った話だが、一応この世界に存在する神話の中には神々の果実というものは登場するので、それを想像した周りの人達からは感嘆の声が上がる。
ただ俺は別にメジヤが神々の果実だとは一言も言っていないし、この世界にある果実は広い目で見ればすべて神々の果実と起源を同じくするのも嘘ではないだろう。
あくまでも真実ではないだけだ。
「メジヤを一つ食べれば疲れはとび、明日の力となること請け合い!普段なら一房銀貨一枚の所を今日はなんと!大銅貨8枚でどうだ!」
甘いものを食べれば疲れは取れるのでこれも間違いではないし、別にメジヤに限らず、果物全般に言えることなので嘘も言っていない。
銀貨1枚から大銅貨2枚を割り引くというのはかなり大きいようで、何人かは既に財布の中身を確認しているのがわかる。
だが俺の攻撃はまだ続く。
「むむむ…どうやらまだ財布の紐は固いようで。これは参った。今日これを売り切るつもりでいただけにここで残っては次の仕入れはいつになるやら…。えぇーい大盤振る舞いだ!今日だけ一房大銅貨5枚だ!もってけ泥棒!」
若干わざとらしい俺の言葉が響き渡ると、そこかしこから声が上がる。
「俺は買うぞ!1つ…いや2つくれ!」
「なら俺も!こっちも2つだ!」
「私にもちょうだいな!」
我先にと詰めかけてきた民衆によって山と積まれていたメジヤは次々と買われていき、ものの10分もかからずに完売となってしまった。
あまりにもすぐに売れてしまった為に買えなかった人も出てきたが、それは次の仕入れの時に優先的に売ることを約束して帰ってもらった。
後に残ったのはすっかり在庫の捌けた店内に残された俺と店主だけだった。
「…坊主、お前いったい何者だ?あの語り口調と煽り方はどう見ても子供のもんじゃねーぞ」
「ただの冒険者ですよ。黒…あ、いやもう白になるか。別に商人でもないですから、ただ単に思い付きでやっただけのこと。次の時も真似するのは自由ですけど、ちゃんと考えて言葉を選ばないと効果は薄いですから。ではこれ、頂いて行きますね」
若干の畏怖の籠った視線を受け止め、俺の報酬であるメジヤ一房を手に取りその場をあとにした。
店から離れて少し行ったところにあるちょっとした広場になっている場所に俺の待ち人がいた。
「やあ先ほどはどうもありがとうございました。これ、約束の報酬です」
そこにいた2人の男性にそれぞれ大銅貨1枚を手渡す。
男性は先ほど店先でメジヤを買う時にもいた人物で、この町の住民だ。
「おう、ありがてぇ」
「けどいいのか?こんなに貰って。俺達はただ大声を上げただけだぜ」
「その大声が必要だったんですよ。それは正当な報酬です」
当の本人がそういうのならと納得し、男たちは報酬を手に町の雑踏に消えていった。
今回メジヤを売る際に俺は心理学のアンカリング効果を使っている。
先に高い値段を提示してから低い値段へと変えることで途端に安くなった気がしてお買い得感が増すというやつだ。
それと併せて店頭販売でサクラを用意したのも大きかった。
町中で暇そうな人を探して声をかけ、店の前で俺がキーワードである『もってけ泥棒』を言ったら買うことを宣言してもらうだけという役割を演じてもらったのだ。
そうすることで他の人には抜け駆けのように聞こえ、自分の分を確保しなくてはという気持ちが芽生えてしまい、一気に購入希望が殺到するということになった。
仕掛けを口にすると実に簡単なものだが、やはりこういうやり方に擦れていないこっちの世界の人達には恐ろしいほどはまる。
俺、商人としてもやっていけるんじゃね?
…いや、何となく詐欺師扱いで逮捕される未来が見えるな。
本来は大銅貨5枚の品を大銅貨2枚で手に入れた計算だが、元々土産としてメジヤを買うつもりはあったので、安く買えたと思えば上々の結果だろう。
明日には王都に戻るので、土産も出来たことで今日はもう宿に戻ることにした。




