収穫と新しい価値
俺達がべスネー村に戻ってきてからしばらくして、初めての稲刈りが行われようとしていた。
あれから順調に生育が進み、晴天の今日、村中の人間が集まって米の収穫の準備が進められている。
この世界では稲刈り用の機械など存在しないため、すべて人間の手で行われる。
幸い、麦の収穫と似ている部分は多いため、参加する村人も勝手がわかっているらしく、それほど時間がかからず作業が始まった。
今回は最初に試験的に作った田んぼを刈るのだが、他の田んぼも遅れて植えた分は順調に進んでいるため、ここで手ごたえを感じてもらって次に生かしてもらいたい。
次々と刈り、積み上げられた穂の付いた稲を藁で結んで束にしていき、それを地上から1m半ほどの高さに渡した横木に逆さにして跨ぐように掛けていく。
こうして時間をかけて乾燥させるのがうまい米を作るコツだ。
一連のやり方を見学者たちにも聞こえるように説明しながら進めていき、それほど大きくなかった試験用の田んぼの刈りいれは1日で終わった。
稲の乾燥を待つ間、脱穀に使う道具を用意する。
トマや数人の若者の中で手先が器用なものを集めて、木を切ったり削ったりして形にしていく。
「アンディ、これは何をする道具なんだ?」
黙々と作業を続けている中で、疑問を最初に口にしたのはトマだった。
「これは千歯こきといいまして、この細い隙間に穂先の付いた稲を上から通します」
手本を見せるために木製の櫛形に稲替わりの雑草の束を乗せ、上から押し付けて歯の隙間に入れていく。
全て押し入ったのを確認してから、束の根元を持って一気に引き抜く。
「こうすると実の部分はこの歯で止まって、引き抜いた藁の部分だけがこのように手元に残るわけです」
後ろを振り返りながらそういうと、俺の目に飛び込んできたのは様々な顔をしている村人達だった。
感心する者に驚く者、胡散臭げな顔をする者に喜んでいる者まで実にバリエーションに富んだ顔がそこにはあった。
構造が単純なため、コピーも容易にできるし、何よりも米に限らず麦の脱穀にも使えるのだから、普及すれば随分と作業の負担は軽減されるだろう。
こういった便利な道具を作ってしまうと今までそれをやっていた人の仕事を奪うことになるのではないかという危惧を覚えるかもしれない。
だがこの世界ではとにかくやることが多いため、この作業分だけ浮いた人手を別の仕事に割り振ればいい。
むしろ千歯こきの整備をこの浮いた人手で賄うことも考えられるので、遠慮なく普及していきたい。
本当はこれ以外にもいくつか便利な道具はあるのだが、原理は分かっても構造までは覚えているものは少なく、あまり複雑なものは作るのも時間がないので今はこれが精一杯。
とりあえず6基ほど作ってこの日は終了とした。
稲穂の乾燥具合を見て、ついに脱穀の日を迎える。
村の広場に珍しい道具を並べている光景に村人も興味津々の様で、その正体を推理し合っていた。
そうしていると俺達の元へと乾燥の済んだ稲穂が次々と運ばれてくる。
それを両手で掴めるぐらいの太さにまとめて千歯こきにセットしていく。
6基全てにセットしたところで、遠巻きに見ている村人に声を掛けた。
「それではこれから脱穀を行います。今回はこの千歯こきという道具を使いますので、何人か手伝ってもらいます」
脱穀の作業の辛さを知っている者達は渋い顔を浮かべるが、その顔も今だけだ。
千歯こきの威力を知らしめるためには、なるべく脱穀の経験のない人間にやらせたい。
そこで俺が声を掛けたのは村の子供たちだった。
「そんなに心配そうな顔をするなって。なにも難しいことは無いんだ。全員配置についたな?」
選出した12人の子供たちを二人一組にして稲の根元を2人掛りで持たせる。
体の小さい子供たちでは稲を持つというよりも脇に抱えるという格好になってしまっている。
若干不安そうな顔をしているのは、未知の作業に対する緊張からだろう。
「3つ数えたら一気に引くんだぞ。…よし、3、2、1…引け!」
俺の掛け声で子供たちが千歯こきに通された稲を一気に引き抜く。
本当に思いっきり引いたようで、何組かは尻もちをつく子もいたが、ちゃんと穂先はしごかれて、敷かれていたゴザにパラパラと落ちていった。
「おぉ…凄いな、一気に取れたぞ!」
「これなら今までよりもずっと早く作業が終わるな」
「それに見ろ、よく取れてる」
脱穀という辛い作業を2人掛りとはいえ力のない子供があっさりとこなしたことと、子供たちの手に残された藁だけとなった稲を見て、ほとんど実が付いていないことを確認して千歯こきの威力に感嘆の声が上がる。
千歯こきを体験するために積み上げられていた稲穂は争うように村人たちの手によって次々と処理されていく。
(計画通り)
そんなセリフを頭の中でつぶやき、ニヤリと笑みを浮かべて広場での騒ぎを見る。
新しい道具が受け入れられるかどうかは実際に使ってみた人間の声の多さによって左右される。
この村の中に限るが、今ここに集まっている目の多さを考えると、どれだけの宣伝効果があるのか想像して笑みが浮かぶのも仕方のない事だろう。
おまけにそれなりの量がある稲の脱穀もこのペースならあっという間に終わるに違いない。
「アンディ、また悪い顔してる」
突然横から掛けられた声に振り向くと、そこにはバイクに跨ったパーラがいた。
「悪い顔とは何だ。俺はただ、便利な道具を教えてやっただけだよ」
「私はここ最近のアンディがどんなことをしてきたかを知ってるから、裏を読まないでいるのは無理」
いや、本当に裏は無いんだが。
ただ、そこは日頃の行いというのが災いしたのは理解している。
一緒に旅をして俺の性格を把握されて、しかも搦め手を使った場面を何度も見ているので、少々大袈裟に受け取られているのも仕方ない…のか?
まあそれはともかくとして、パーラがバイクに乗っているのには理由がある。
「それで、運転には慣れたか?」
「うん。馬よりも揺れないし速いから快適だけどまだ思いっきり飛ばすのは怖いかな」
「まあその辺は慣れだよ。乗ってるうちに大丈夫になってくはずだから練習あるのみだ」
パーラには一緒に旅をする以上はバイクの扱いを知ってほしかったので、今のうちに練習するようにとバイクを貸して村の周囲の見回りという任務を与えていた。
急速に田んぼが広がった村の周りでは、作業中の村人が魔物に襲われる可能性も上がっているだろう。
そのため、簡単なものでもいいので田んぼとその先への境界線として囲いを作ること、いざという時に逃げ込める安全地帯の選定に、武装した村人による巡回等が急務となったのだが、全てが整うまでは時間がかかるので、その間は戦闘能力のある俺とパーラが見回りに出ることを申し出たのだ。
なにしろ広い範囲に田んぼが作られているため、何かあった時にはすぐに駆け付けられるようにとパーラにはバイクの操作法を教えて巡回がてらに慣れさせようとしている。
俺はここのところ田んぼの方にかかりきりだったので、最近はパーラが見回りに出ていた。
最初の2日程は二輪車ならではのバランスを取ることの難しさに走ることすら出来なかったのだが、今では最初の頃にあった危なっかしさは無くなり、随分と様になっていた。
「巡回してみてなにか問題は無かったか?」
「今のところは問題は無いと思う。魔物も動物も危なそうなのは見なかったし。一番外側の田んぼに沿って囲いを作ってる最中だったのを見てきたけど、順調に出来てたから1カ月もあれば完成しそうだね」
広場の喧騒を離れ、村長宅を目指す俺の横でバイクを押しながら付いてくるパーラから巡回の報告を聞く。
この後村長にもすると思うが、先に俺に話すことで情報の共有が出来るし、別の視点からのアドバイスも出せるとあって、自然とこうするようになっていた。
村長宅に着いた俺達は、テーブルで何やら作業をしていた村長に対面の席を勧められて、着席してから報告を行う。
まずはパーラが見回りの結果として異状なしを告げ、次いで俺が脱穀の進展を話していく。
「大凡ですけど、袋に換算して約120袋程が今回の試験栽培での全体収量かと」
麦袋で換算しているが、この袋が大体30キログラムほどの麦が入るやつなので、全体で約3600キログラムの米が今回の収穫となる。
満足そうに頷く村長は、紙に何やら書き記しながら思案にふけってから口を開いた。
「中々の量が出来たようだな。半分を村で消費するとして、残りの半分から幾らかを出して計画に使うとするか」
村長のそんな言葉に反応したのはパーラだった。
「計画って?…アンディ、答えて」
ジト目のままで俺の顔を覗き込むパーラの顔は、どういうわけか俺をロックオンしている。
「なぜ俺に聞く」
「計画なんて大袈裟な言葉を使うのはアンディの発案に決まってるもん」
酷い言い草だが実際パーラの言う通りなので反論は出来ない。
「…まあいいか。計画っていうのはこれだ」
テーブルの上にあった丸められていた羊皮紙を指さし、村長が頷いたのを見てパーラが開いて中を見る。
「米の代替税化計画?なにこれ」
字面だけで大凡は理解できると思うが、要は麦の代わりに米での納税を計画しているのだ。
農村での税の納め方は基本的に麦で行われるのだが、当然ながら麦が育たない土壌に村が存在するケースもある。
その場合は代替税としてその土地土地の特産品を収めることが許されているのだが、このべスネー村は周囲がほとんど湿地帯であったため、麦は育てられず、かといって特産品となるものを作る土地も多くなかった。
幸いにして村の近くには大きな川と豊かな森があったため、そこから得られるものを税に充ててきたのだが、それでも足りない分は労役で賄ってきた。
道中見かける橋なんかはこの労役で作られたものだと言う。
米作りが村の主要産業として根付けば、税として納めることが出来るし、しかも米が世界へと広まっていくだろう。
そうなれば俺も気軽に米を手に入れることができる。
「てなわけで世界は米という新しい味を知り、俺はいつでも米を手に入れることが出来るってわけだ」
そこまで語った所でこっちをジト目で見ているパーラと目があう。
「明らかに後半の方が主な理由でしょ」
「否定はしない。んで、新しく税として米を認めさせるために俺が動くことを前々から村長と話していたんだよ」
まだ米としての価値が正しく理解されていない現状では税として認められないだろう。
この辺りを治めているのは貴族ではなく、王都から派遣されている代官だ。
元々土地柄としてはあまり税収が見込めないため、貴族にはあまり人気が無く、そうなると治める者のいない土地は国が直轄地とする形に収まったというわけだ。
なので今回、米を税として認めさせるためにはこの代官に直接説明し、その価値を証明しなければならないのだが、人づてに聞いた代官の性格はよく言えば思慮深い、悪く言えば優柔不断と聞く。
そんな奴に一から説明するのは時間が勿体ないので、もっと上に掛け合うことにしたのだ。
幸い俺にはその上の人物とのつながりがある。
その伝手を辿って米の代替税への転化をプレゼンするというわけだ。
「まさかその上の人物って…」
「おう。ルドラマ様、つまりエイントリア伯爵だ」
コネは使っていかないとな。