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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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贖罪の形

SIDE:ウルカルム





侵入者たちが去り、一人残された私は虚空に視線を彷徨わせ、思案にふける。

父の冤罪を晴らすことを胸に秘めて国を出て長い時間を過ごしてきた。

その間に憎んでいた相手が死んで、憎悪の矛先を残された血縁者に対して向けたが、全て明らかになってみると自分の命で贖うには過ぎるほどの罪を犯してしまっていた。


生きて償えと言われた時には、衝撃が走ったな。

まだ年端も行かない少女の言葉に生きて償うことの大きさに気付かされるとは、私も老いたということか。

兄を殺したも同然の男を前にして刃を引くのはどれほどの苦悩があったかと思うと、これからのうのうと生きていくのに抵抗がある。


それにしても、あの少年からもらった一撃も堪えた。

痛みは確かにあったが、それ以上に一人の父親から託された一撃だと思うと、なんだか死んだ父に殴られたような気分になる。

とてつもなく重い、心に響くような拳だった。

妙にすっきりした気持ちになり、思い残すことも無い。


部屋を出て鈴を鳴らして人を呼ぶと、階段の方を上ってくる気配が徐々にこちらに近付いて来た。

「テスカドさん、お呼びですか」

鎧を身に纏っていた男は階段下で見張りをしていたはずだが、かなりの酒の匂いがしたことから恐らく見張りをせずに飲んでいたのだろうと予想できる。

見張りとしては失格だったが、今回に限っては侵入者の存在に助けられたため不問としよう。


「誰か早馬で使いに出してほしい。最寄りの騎士駐屯地へ行って、ヒュプリオスの町へと同行してもらってくれ。できれば聖鈴騎士を連れてきてくれるように頼んでな」

「わかりました。同行の理由は何と?」

「罪人の裁判と処刑の可能性ありと伝えればいい」

それだけを聞いて目の前の男がその場を足早に立ち去っていく。


再び部屋に戻り、椅子に深く腰掛けると背もたれによりかかって目を閉じる。

当事者ともいえる者達に諭されたとはいえ、罪を犯した以上は正しく裁かれねばならない。

たとえ彼らの思いを踏みにじることになろうとも、けじめだけはつけたいという自己満足だ。


残される店はゴグルに全て任せればいいだろう。

酒癖以外は人間的に問題は無いし、店の者も納得してくれるはずだ。

そうと決まれば早速引継ぎに関することをまとめておこう。


背もたれから身を起こし、机の上にあった紙に店の権利を譲渡する旨と残される私の財産の処分を書き記していくだけでこの日は更けていった。






ティシュルドの屋敷を離れ、ヒュプリオスの町で騎士の到着を待つ日々を送る。

ゴグルはなぜか町の端にあった地下室で監禁されていたのを発見され、私が町に着いた時には犯人探しを声高に叫んでいたが、その犯人になんとなく心当たりがあった私はゴグルに店の譲渡の話をしてそのことを忘れさせることに成功する。

最初は私の突然の提案に驚き、固辞する姿勢を示していたが、自分の罪をゴグルだけに明かし、そのことをもって丸一日説得を続けてなんとか納得してもらった。


だがここでゴグルの義理堅い性格が顔を出し、私が罪を償う間だけ店を管理すると言い、戻って来た時に改めて店の主を決めることを約束させられてしまった。

私が生きて戻らないことを説明したが、それでも待つことが義理だと言い、最後まで譲ることは無かった。


どうも監禁されていた時に私の情報を漏らしてしまったことを気にしているようだったが、冒険者や兵士でもないただの人間が陥る状況としてはかなり最悪に近い状況だったらしいので、それも仕方なかったと私は思うし、結果的にその情報で私の所にきた彼らによって晴れた想いもある。

いつまでも後悔に縛られてほしくはないが、そこはゴグルの性格にもよるので、時間が解決してくれると思うしかない。


身辺整理を行い、後は裁きの日を待つのみとなった私の元へ、遂に騎士到着の知らせが届く。

ただ報告に来た者の話では少し予想とは違った規模での来訪だった。


流石に町中での裁判は私亡きあとの店の今後に響くと判断し、店の倉庫代わりに使っている屋敷に招くことにする。

「わざわざ足を運んでいただき、誠に恐縮にございます。司祭様」

屋敷の入り口前でそう出迎えたのは、ヤゼス教の司祭の位階者が身に纏う衣服に身を包んだ初老の男性で、その後ろには10人近い修道騎士が控えていた。

正直、地方で裁判を行うのであればこれ以上ないほどに完璧な権限を持った相手の登場に、かなり驚いている。

「いやいや、そちらの意向に沿うのであれば聖鈴騎士を派遣したかったんじゃが、生憎手隙の者がおらんでの。聞けば裁判の必要性を危惧しての聖鈴騎士の要請とのこと。それならわしが出向くのが必要かもしれんと判断したのじゃよ。…ついでにわし自身も暇しておったしの」

朗らかに笑いながら私の案内についてくる司祭の言葉を背に受けながら廊下を抜けて中庭に出る。


「それで、裁判を受ける者はどこに?簡易ではあるが裁判が行えるように整えていても、罪人がおらんではないか」

裁判と処刑を簡易的に行うためのテーブルと椅子に、少し土を盛っただけの簡易の処刑台の準備をすでに終えていたその場所で、今私の罪を告白しよう。

「罪人は私、テスカドでございます。…騎士の方々には私の身柄を拘束していただけませんか?」

「…今口にした言葉の意味、そのままと受け取ってよいのだな?…そうか、テスカド殿を証言台へ」

私の目から意思を汲み取った司祭の言葉を受け、両脇を固めた騎士につれられる形で裁判場へと向かう。


司祭が数人の騎士を連れてテーブルに付き、その前に置かれた椅子に私が座り、その周りを騎士が取り囲んで裁判が始まった。

国を出て商人として生きた日々から始まり、アシャドル王国のバスラン男爵家に所縁ある者を扇動して罪も無い商人の兄妹を襲わせて兄の方の命を奪ったこと、これら全てを明かし判決を待つ。


全て話し終える頃には司祭の顔は険しいものに変わっており、しばしの重い沈黙を破ってその口が開かれた。

「…他国の貴族を巻き込んでの策謀に殺人となれば恐らく処刑以外の結末は望めぬだろう。テスカド殿の商人としてなした功績を踏まえ、それなりの弁明があれば減刑も可能だが?」

「全て覚悟の上のこと。厳正な判決を下して頂きたい」

今更命を惜しんで言葉を弄するなどと見苦しいことはせずに、ただ粛々と裁かれるに任せるだけだ。


司祭が少しの時間、逡巡していたが、再び私と目が合った時には判決が口に出された。

「判決を言い渡す。罪人、テスカドを斬首刑に処する。ただし、執行は主都マルスベーラにて行い、執行人も現地にて改めて選定する。明朝をもってマルスベーラへと向けて連行。なお、罪人に逃亡の意思はないものと判断し、拘束はせずに監視するのみに留めること」

死刑が決まったことは覚悟の上だったために衝撃は少なかったのだが、それよりも他のことが予想外過ぎた。

すぐさまこの場で処刑が行われるとばかり思っていたのだが、まさか主都まで連行しての執行とは一体なぜなのか。


「お待ちください司祭様!斬首ならばこの場でも出来るはずです。なぜわざわざ執行を伸ばしてまで主都へとむかうのですか」

「まあ確かにこの場で刑の執行も可能じゃが、今回は少し事情があっての。他国の貴族が口出すことも考慮して、刑の執行は権威ある場所と人で行わねば後々に関わってくる恐れもある。よって、わしの手では余ると判断して主都への連行が妥当と判断したまでじゃよ」

確かにバスラン男爵家の次男であるグエンを貶めたと話した以上は国としてのこういう対応もあり得るか。

そういうことならと納得し、私は屋敷内の一室にて出発の時まで大人しくしていることにした。

拘束されない身としてはある程度自由に過ごせるのだが、罪人が大手を振って歩くのは些か不謹慎であろうと思い、食事と用足し以外は部屋を一歩も出ることは無かった。




久しぶりに雪の降らない朝となった日にヒュプリオスの町を出立し、客車仕立ての馬車での移動という、罪人の護送にしては随分手厚いものとなった道行きを過ごしてマルスベーラへと到着する。

罪人の裁判と処刑を行うのは断罪執行官のいる法政庁と呼ばれる建物でとなっているのが普通なのは私も知っていたが、どうも今辿っている道では主都の中央にある城へと向かうことになりそうだ。

主都に入ってからは馬車には私一人となっているため誰かに尋ねる事も出来ず、ただ馬車に揺られる時間だけが過ぎていった。


荘厳で堅固な城門を潜ってから道を逸れるように馬車が進んでいった先は華やかとは程遠い石造りの壁に囲まれた刑場といった趣で、どうやらここで私の処刑が行われるようだった。

馬車から降ろされ、数名の兵士に周りを囲まれながら歩いて行った先では、司祭よりも高位と思われる凝った意匠のローブに身を包んだ老人が一人、通常の修道騎士よりも明らかに格の高い鎧を身にまとった騎士に囲まれて立っていた。


私を連行してきた兵士がそこにいる騎士に身柄の引き渡しをしてすぐにその場を離れていく。

その際に、老人に対してかなりの敬意を抱いているのが行動の端々から感じられ、よほどの地位にいる人物なのだろうと思わされる。

「よくぞ参ったテスカド、いや…パイマー元男爵家嫡男のウルカルムと言った方がいいかな?」

疑問形の形ではあるが断言する口調でもあることから私の正体はバレていると判断するが、浮かんでいる表情からは嘲りや怒りといった負の感情は感じられず、どちらかというと同情が含まれている目で見られた。

どうやらこの老人は父の死の真相も含めた全ての事情を知っているようだ。


「装束からかなりの高位の方とお見受けしますが、私の処刑はここで行われるのでしょうか?」

「はっはっは、生憎だが私は君の処刑を執り行う権限を持ち得ていない。…少し話をしようか」

老人は自らをペルケティア評議員だと明かし、ハリジャニアと名乗った。

ペルケティアという国を動かす評議員という思いがけない大物の登場に一瞬息を呑むが、すぐに気を取り直してジッと目を合わせて次の言葉を待つ。


「君を以前、ここマルスベーラで見かけた時は驚いた。なにせ、今は亡きパイマー男爵と瓜二つの男がいるのだからな。部下を使って少し調べるとすぐに君の正体がわかった。行方がわからなかった男爵家の長男の存在を思い出すとあとは簡単な推理だったよ。…そしてその君が今、罪人として私の目の前にいる。因果なものだ」

そういえば少し前にマルスベーラに訪れたことがあったなと思いだし、そのときに顔を見られていたのだろう。

自分ではわからなかったが、どうやら私の顔は父と瓜二つに見えるように成長をしていたようで、まさかその方向から探られるとは盲点だった。


「もしや私の主都への連行を決めた司祭様も私の正体を知っていたのですか?」

「いかにも。あの司祭殿も事情を知る一人だ。パイマー男爵家の嫡男であることも当然見抜いていたし、早馬で君のことを知らせてくれていたから私がこうして出向けたのだよ」

ただの商人のテスカドとしての死を望んでいたが、こうもあっさりと正体を看破されるとはな。


「まだ私が聖鈴騎士になりたての頃だが、とある事件で開戦寸前となったこの国は君の父上に救われたのだよ」

語られた内容はティシュルドの館で見つかった手記と書類で知ったことと大筋は同じだったが、その時の事情を知っている人物の口から聞かされると、その時の情景がかなり明瞭に想像できる。

「死の間際に残した男爵の言葉は今でも忘れない。『この命は戦争のためにではなく、後の世の平穏のために捧げるのだ』、と。…切り落とされた後の顔には涙も苦痛の跡も無く、綺麗な笑顔だった」

やはり父は国のために笑って死んでいったと聞かされると、その誇り高い死に私の心は歓喜に満たされていく。


「パイマー男爵の死は、この国の未来を繋いだ尊いものだとして、当時の教皇から尊号を与えられて丁重に遺体は葬られた。無論、このことを知っているのは私を含めた評議会の中でも一握りの人間だけだ」

そう口にするハリジャニアの目には、後悔と憧憬の入り混じった複雑なものが浮かんでおり、そのことからも彼は父のことを真に尊敬しているのだろうと私には感じられた。

「そうでしたか…父の死に当時の私は憤りを感じていましたが、真実を知った今となっては誇りに思っています」

しばし見つめ合う形になった私達だったが、その間にある空気は実に穏やかなもので、この邂逅によって私の心は最早何も揺らぐことは無いだろう。




それから刑の執行までの間、ハリジャニアから父のことを聞かせてもらい、穏やかな時間を過ごすことが出来た。

処刑の準備が出来たとして執行の場へと連れて行かれ、執行人の前へと跪いてハリジャニアによって罪状の読み上げが行われる。

「―以上をもって罪人テスカドを斬首刑に処す。執行人、前へ」

跪く私の横に大振りの剣を持った人間が立つ。

既に首を差し出す形で俯いている私にはその姿の全ては見えないが、微かに視界の端に映っている剣が持ち上がるのが分かると目を瞑る。

父の元へ行ったらなんと詫びようかとだけ考え、その瞬間を待つ。


頭上で重い風切り音がして地面に金属が叩き付けられる音が響きわたる。

だがいつまで経っても意識が途絶えることは無く、ゆっくりと目を開けると、最後に見た石畳が変わらずそこにあった。

どうやらまだ首は繋がっているようで、少し顔を持ち上げてみると目の前に地面にめり込む形で振り下ろされた剣が刺さっており、状況が飲み込めていないところにハリジャニアが口を開いた。

「これでテスカドは死んだ。ここにいるのはただのウルカルムであり、咎無きものとする」


どうやらこの筋書きは既に組まれていたものであり、執行人を含めて周りにいる人たちも用は済んだと言わんばかりに撤収を始めている。

「ハリジャニア様、私が罪人であることには変わりはないはず。なぜこのような裁きとなったのか説明していただけるのでしょうね?」

急な展開に呆けていたが、すぐに状況を把握し、自分の身に起きたことの説明を求める。

死を受け入れていた身としては若干不機嫌な問いかけになってしまうのは仕方ないだろう。

「なにも私が勝手に決めたわけではないぞ?このことは評議会の大半に承認されたことなのだからな。要するに、初めからウルカルムの処刑は行われることは無かったのだよ。死ぬのはテスカドという商人だけとなる筋書きだったというわけだ」


全ては私の父の忠義への報恩であるとハリジャニアは語った。

「あの出来事を知る者でパイマー男爵に恩義を感じていない者はいない。その子供である君に報恩が向かうのは当然の帰結だろう。…確かに罪は犯した。だが、許されることこそが贖罪の始まりだと私は思う。生かされた命で世の中に報いていくことを切に願う」

それだけを言い残してその場を去っていくハリジャニアの背中を、私は何故かただ見送ることしかできないでいた。


一度ならず二度までも死して償うことを阻止されては最早死ぬことなどできない。

諭すような言葉が胸にしみいるような気がして、不思議と活力が湧いてくる。

こうなっては生きて償うということの意味を噛み締めてとことんまでいってやろうという気持ちになるのだから現金な自分に少し呆れてしまう。

ただ、あくまでも生きて償うことを決めただけであり、自分の犯した罪を忘れたわけではない。

後悔を抱いて生きていく、まさにあの少女の言った通りになったわけだ。


まずは自分が今できることから始めるとしよう。

差し当たってはゴグルになんと説明したらいいのかが目下の悩みか。



SIDE:OUT

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかいい話的な終わり方にもっていかれようとしているみたいですが、死人が生き返ることはないので生きていることは償いにはなりませんよ。前途ある若者を無為に殺した以上老人は死して贖罪すべきでしょ…
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