表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
62/456

話をしよう

ゴグル達二人の尋問を開始してどれくらいの時間が経っただろうか。

聞き出せたことはゴグルの見張り兼護衛の男の名前がタウと言うことぐらいで、聞き出そうとするこちらから逆に情報を引き出そうとするゴグルの老練な交渉術に困らされる。


「テスカドが何かを秘密裏に探しているとかは聞いたことはありませんか?例えば指輪とか」

縛り付けている二人の前に俺も椅子を置いて尋問をする。

「さあな。俺もテスカドさんにずっと張り付いてるわけじゃない。それよりもここは随分温かいな。近くに鍛冶場でもあるのか?」

俺の質問にははっきりとは答えず、何気ない風を装って自分たちのいる場所を探ろうとするゴグルの手口は先ほどから何度も会話の中で繰り広げられている。

ただそういうゴグルも微かな脚の震えは抑えることが出来ていないようで、若干の強がりで交渉を進めようとしている考えは簡単に推測できた。


この季節でも温かいのは地中に作った部屋であることと、周りの土壁もしっかりと固めて作ってあるので、小さな焚火だけでも空間に十分な熱を蓄えることが出来ているからだ。


「さて、鍛冶場かどうかは分かりませんが、温かいのはいいことではないですか」

お互いにのらりくらりと探りの手を躱し合う尋問は全く進展が無く、このままでは時間がかかりすぎてしまう。

ゴグルとタウを監禁していられるリミットは休みの終わる明後日の朝まで。

それ以上はゴグルの捜索が始まるかもしれないので、あまりゆっくりとしていられない。


本当はもっと穏便に情報を引き出したかったのだが、仕方ない。

ユックリと立ち上がって、腰の剣を引き抜く。

それを見たゴグルとタウは身を強張らせるが、タウの方は荒事にも慣れているのか、すぐに鋭い目で睨んでくるが、ゴグルは商人として生きてきただけの人間であるため、体を拘束された状態で刃物を見せられては様々な想像が膨らんでしまって恐怖心が煽られていることだろう。


「ここからは個人面談と行きましょう。知り合いがいては話し辛いこともあるでしょうし。まずは、あなたからです」

そう言ってタウを剣先で指示し、パーラに目線で合図をして手以外の拘束を解いて立ち上がらせる。

自分が選ばれなかったことに安心したのか、露骨に安堵のため息を吐くゴグルだが、これからすることのターゲットはむしろゴグルの方にある。

自分が何をされるのかわからないというのに、表情に恐れの感情が浮かばないタウは中々の胆力だと称賛したい。


ゴグルだけを残して俺達は別の部屋に移動し、ドアを閉めた瞬間にタウに電撃を当てて気絶させる。

倒れる物音を聞かれないようにしっかりと抱きとめて部屋の隅の地面に横たわらせたところで、仮面を外す。

俺が外したのを見てパーラも仮面を外して大きく息を吐く。

「まずは第一段階終了だ。パーラ、タウの声を再現できそうか?」

「大丈夫、こんな感じ」

先程タウが名乗った時の声を聴いたパーラは耳コピは出来ていたようで、タウの声で返事をしてきた。

完全に同じとは言い難いが、かなり似ている声は壁越しに聞くと本人と間違えそうなぐらいのクオリティだ。


今回の本命のターゲットであるゴグルを崩すのに必要なのは心理的な圧迫感で、恐怖から解放されることに希望を持たせたうえで情報を吐かせることが俺達の狙いとなる。

その下準備にまずはパーラに風魔術の応用で声帯模写を試してもらった。

音は空気の振動で聞こえるため、振動数を変えることで音の高低を操作するというのを長い時間をかけて説明し、何とか理解してもらったところで実験を行った。

風魔術でこの変化を引き起こすのは完全にパーラの感覚頼みであるため、俺からは科学的なアプローチからの助言しか出来ず、今思うとよくあんな説明でやれるようになったなとパーラの適応能力の高さは脱帽ものだ。


宿屋で練習したときはシペアの声やべスネー村の村長の声などの再現に成功し、あとは実践するのみとなった所で今回の監禁部屋でタウの声を覚えてもらうために同席してもらっていたのだ。

まさかタウがほとんどしゃべらずゴグルが話し続けるというのは予想外だったが、最初に聞いた声だけで見事に再現できたパーラは流石である。


部屋の中に置いてある樽へ向かい蓋を開けると、中からは血と臓物の匂いが立ち上って室内に充満した。

あまりいい匂いとは言えず、パーラは顔を顰めて鼻を抑えている。

これは肉屋で手に入れた動物の内臓と血を樽に詰めて、地下の部屋の中に置いておいたものだ。

それと併せて大き目の肉の塊も買っておいたので、それを部屋の中央にある台の上に置いて準備完了だ。


尋問をしているとゴグルに思い込ませるために、しばし時間を置く。

酷い匂いの中で待つこと数十分、そろそろ頃合いかと判断し、パーラに目線を向けると、向こうもさすがにこの環境の中に長い時間はいたくないようで、早く始めようという気が込められた目で見返された。

「んじゃ始めようか」

「ん、叫ぶだけでいいんでしょ?」

「ああ、なるべく大きな声で頼むぞ」

頷いたパーラの準備が出来たのを確認して、俺は部屋の中央にある肉の塊の前に立って剣を抜いて待機する。


「があぁぁああああ!!」

肉塊に剣を思いっきり突き立てる俺の動きを合図に、タウの声を再現したパーラの絶叫が響き渡る。

ドチャっという音が思いのほか大きく響き渡り、念の為にもう一度力強く肉塊に切りつけてから、血の詰まった樽に近付く。

そこに剣を浸けて血を滴らせ、臓物の幾つかを剣先に差した状態で部屋のドアを開けてゴグルの元へと向かう。

タウの声での絶叫が聞こえたゴグルの顔は明らかに青ざめており、さらには血と臓物の付いた剣を持った俺が現れてはタウがどうなったのかを想像するのは容易いだろう。


一歩一歩ゴグルに近付くたびに、動けない足を必死に動かしてその場から逃げようとする姿はいっそ哀れな物だが、同情をする暇はない俺としては早々に情報を吐き出してもらうために演技を続ける。

「いやぁ参りました。まさかあんなに口が堅いなんて。私なら命を粗末にするなんてとてもとても」

暗に口を割らなかったタウを殺したことを肯定し、ゴグルの前にある椅子に腰かける。

その際に手に持っていた剣は椅子の背もたれに立て掛け、血がしたたり落ちる音と匂いでゴグルに命の危機を演出をする。


密室での出来事を音でしか知ることのできないゴグルには、目の前の俺はさぞ酷薄な殺人者といった風に映っているはずだ。

あえて軽い調子で話すことで、俺が殺しを気軽な物と捉える狂気性を持っていると感じるのを助長し、精神的に追い詰めるのがはかどる。


「さて、次はあなたの番ですが、できれば協力的な態度をお願いしたいですね。次の誘拐相手を探すのも楽ではないのでね」

苦笑を漏らしながらゴグルを見ると、先ほどまでの老練な交渉手腕を見せていた人物とは思えないほどに恐怖に引き攣った顔を隠せないまま長い沈黙がこの場を支配する。

そうしていると先程の打ち合わせ通りに、パーラが小さめのタライを抱えて部屋から出てきて、監禁部屋の隅にある穴に中身を捨て始める。

中には血と臓物が詰まっていたため、辺りには酷い匂いが立ち込め、ゴグルの視界に入った赤黒い色が更なる恐怖心を高める。


人間はほとんどの情報を視界に頼っているのだが、意外と耳と鼻から齎される情報は無意識下に働きかけることが多く、ゴグルが想像するのは自分が辿る末路がどれだけ悲惨なものなのかという一点に集約される。

そこへ蜘蛛の糸のようにたらされる自白による救済が垣間見えることでゴグルの口は開かれることになるだろう。

「言う!何でも言うから命だけは…頼む!」

体が拘束されていなければ土下座をするのではないかと言うくらいに必死な様子のゴグルから、ようやく話が聞けそうだった。


極端におびえたゴグルから得られた情報によって分かったのはウルカルムの現在いる場所と、パーラ達が狙われた理由の一つである指輪の使い方だった。

ウルカルムは現在、ヒュプリオスの町から少し離れた場所にあるティシュルドの亡くなった屋敷の近くに滞在している。

屋敷の周りにはいくつか農家が住んでいるのだが、ウルカルムはその内の一つの家に世話になっていて、暫くは帰って来ないらしい。


指輪に関しては元々の持ち主はパーラの祖父であるティシュルドだが、彼が亡くなる際に残したとされる魔道具製の金庫があり、それを開ける鍵が件の指輪なのだそうだ。

金庫には特殊な模様のへこみがあり、それに対応した鍵が必要だと調査で発覚したときに、ティシュルドの残した手記に載っていた子に譲った指輪がそれだと突き止め、それを手に入れるためにパーラ達の両親を狙った今回の事件の発端があったとわかった。


細々とした情報も手に入れ、ゴグルは用済みとなった。

「重要な情報をありがとうございました。協力的な態度は非常に好感が持てましたよ」

「じゃ、あ解放して…くれる、よな?」

話を切り上げた俺の態度に解放されることを期待して希望の火が灯った眼をしているゴグルに俺は残酷な言葉を告げる。


「いえ、だめです。そんなことをしたら私たちのことが世間に広まってしまいますから」

「話が違う!素直に話したら助けると―」

「言ってませんね。大丈夫です、痛みはありませんから。…では、よい夢を」

椅子から立ち上がって剣を手にしてゴグルに近付く。

絶望と憤怒の混じった物凄い目で見られるが、それを気にせず剣を大きく振り上げる。

「あ…ぐくっ…くそっ…ちくしょうぉおおお!」

絶叫を合図に一気に剣を振り下ろす。


このままではゴグルの体を両断するという寸前で剣の勢いを止め、目を閉じているゴグルの肩に剣が触れた所で電撃を流して気絶させる。

元よりゴグルを殺すつもりはなかった俺としては、気絶させてタウと一緒の部屋に放り込んでおくだけでいいので、先程のやり取りは本来必要ないのだが、ギリギリまで情報を隠している場合を考慮して演技を続けたに過ぎない。

何か他に重要な情報があればあの時点で更に吐き出していただろうが、それも無かったのでそのまま気絶させた。


「アンディ酷い。あそこまで追い込む必要があったの?」

ゴグルの体を縛っていた紐を解いていると近付いてきたパーラから非難されるが、俺だって本当はこんなことはしたくなかったが、思いの外ゴグルに対する尋問が難しいと判断してのことなのだから仕方ないことだった。

「情報を得るためだよ。あれぐらいしないといつまで経ってもゴグルからまともな話を聞けなかったさ。…まあ、漏らすぐらいに驚かしたのはかわいそうだとは思うけど」

椅子から降ろしたゴグルの股間はぐっしょりと濡れており、死の恐怖に漏らしたのを見てしまうと少し同情してしまう。

後で部屋に着替えを置いておこう。


タウと一緒の部屋にゴグルを運び込み、当分の食料と水に暖房道具一式を部屋の隅に積み、トイレ替わりの穴を深く掘っておく。

気絶から回復したら暫くここで過ごしてもらうので、最低限の環境を整えておくのは拉致した側の義務だろう。


部屋から出たらドアの前の地面を盛り上げて、簡単には開かないようにする。

ウルカルムとの決着がつくまでの間は時間を稼ぐ必要はあるが、別に見つかったら困るというわけではなく、ウルカルムに俺達のことが知られるのを遅らせることが目的なので、偏執的に閉じ込めることを意識することは無い。


「ティシュルドの屋敷か。パーラにとっては祖父に当たるが、やっぱり感慨深いものがあるか?」

地下から出て宿への道を歩きながらパーラに聞いてみる。

「わからない。会ったこともないし、いることも知らなかったから」

確かにパーラにとっての家族は両親とヘクターだけだったし、いきなり身内の存在がわかったところですぐに実感を持つのは難しいだろう。

「でも兄さんの死の原因がそこにあるなら私が見届けなくちゃならない」

しっかりと前を見ながら歩くパーラの声には力がこもっており、自分たち兄妹の身に降りかかった不幸の始まりを知るための覚悟がそこにはあるように感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ