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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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今宵、雪の降る街角で

次の日は朝からウルカルムの経営する店舗を見に行った。

遠くから見える店構えは中々大店といったところだが、大都市を基準にすると中堅どころ程度だろう。

町の中心広場の西側にあるその店は、2つある入り口を東に向けて開いており、俺達から見えてる商品棚の中には品物が隙間なく詰められていた。


この時期は雪が積もるとはいえ、街道はまだ普通に通行が出来るもので、商品の運搬は可能なのだが、それでも輸送コストは高いままなので小規模の商店では冬の間は商品の追加は行われず、営業を制限するのが普通だった。


店舗の入り口が窺える距離で尚かつ店内から俺達の姿が見えない位置となると、自然と限られてきて、今俺達がいるのはウルカルムの店の向かいにある民家の屋根の上だ。

平屋建ての屋根に上るのはそれほど苦労はしないのだが、姿勢を低くしないと目立ってしまうため、腹這いの姿勢で屋根の縁から覗くようにしている。


「店の横合いに馬車が止まってるな。あれで冬の間も輸送が出来てるんだろう」

正面入り口から少し横にそれた所にある細い道はどうやら店の裏手に続いているらしく、馬の繋がれていない荷台だけの馬車がそこにあった。

「アンディ、あれ」

パーラの指さす先を見てみると、そこには商品のチェックをしていると思われる男性がいた。


寒さ対策にだろうと思われる毛皮の帽子をかぶっており、立派なひげを蓄えた顔はコサック兵のような厳めしさがある。

体型はでっぷりと太っているおかげで人物の特定は簡単に出来たのが幸いだった。

「あれがウルカルム?」

パーラはウルカルムの姿や特徴を知らなかったため、俺にそう尋ねてきた。

「いや違うな。ウルカルムはもっと細身で背が高いって聞いてるし、髭も生やしていない。聞いた特徴通りなら、奴がウルカルムの右腕のゴグルだろう」


ゴグルに関しての情報はウルカルムのものよりも多く手に入っている。

元は別の店で働いていたが、待遇の悪さにくすぶっていた所にウルカルムのスカウトを受け、雇われた先でめきめきと頭角を現して今の立場を手に入れた。

算術に長け、交渉もそつなくこなせるゴグルに店の者も信頼を寄せるが、ただ一つにして最大の欠点がある。

それはゴグルがとんでもない酒好きだということだった。


過去にも酔っぱらって暴力沙汰を起こしたこともあるくらいで、今はウルカルムに厳しく制限されたのだが、休みのある前日の晩だけは見張り役を一人同行させることで好きに飲むことが許されているらしい。

酒場の店主が言うには明後日の夜にゴグルが来るはずだという。

酔って判断力と動きが鈍っているところを見張り役諸共拉致する。

その後尋問を行って可能な限りの情報の引き出しを行う。

本人の人相も確認できたことだし、決行は明後日の夜と決めた。


その後も店の様子を窺い続けるが、普通の店舗の営業風景といったもので、特に得られる情報も無い。

ウルカルムの姿を一目拝んでおきたかったのだが、現れそうにもないのでこれ以上の張り込みの意味も無いだろうとその場を後にする。

宿の部屋に戻ってきてからパーラに計画の内容を説明して、明後日に備えて準備に動く。

必要な物を買い、決行場所の下見と尋問場所の選定と、やることはとにかく多い。


買い物はパーラに任せ、俺は尋問場所の選定に走り回った。

どこか空き家があればそこを使うのだが、生憎この町では空き家は見当たらず、次点として普段使われていない物置なども探してみたが充分なスペースの余裕があるとはいえず、どうしたもんかと悩んでいたら、買い物から戻ったパーラから名案が出された。

「無いなら作ったら?」

すっかり忘れていたが、この世界で培った俺の理念は、まさにパーラの言った言葉そのものだったはずだ。

土魔術で地下に空間を作れば人目にはつかないし、使い終わった後の処分も簡単だろう。


「ここがいいな。広さもあるし人目にも付きにくい」

空き家を探すのとは違い、地下空間へと続く入り口分だけの空いている土地というのはすぐに見つかった。

町の外壁の内側にあったそこは丁度人通りからの死角になっており、ここに監禁場所を作る。

土魔術で地下2メートルの位置に、高さ2メートル縦横10メートルの空間を生み出し、その空間をさらに4分割して小部屋を作る。

パーラが用意した道具類を早速この部屋の一つに運び込み、使うまで見つからないように下へ降りる階段の入り口は近くの廃材置き場で拾った木の板で蓋をし、土をかぶせてカモフラージュしておく。

これで決行までにするべき準備は一通り終えた。

後は宿でパーラと綿密なシミュレーションを行い、成功するイメージを高めておく。

準備にドタバタしていた時間から一転して、落ち着いた時間を過ごすことになった。









SIDE:ゴグル



「まいどありー」

酒場の店主の声を背に受けながら酒場を出て、小雪のちらつく夜の道を家へと向かって歩いて行く。

「あぁ~飲んだ~…っとと」

「大丈夫ですか?ゴグルさん」

酔いのせいで足がふらついたのを隣に並んで歩いていたタウが支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。

長身の体で力強く支えてくるタウは、俺と一緒に酒を飲んでいたというのにまったく酔いを感じさせないしっかりとした足取りで、こいつが一緒であれば安心して夜道を歩けるという頼もしさがある。

ヒュプリオスの町で暴漢に襲われることを気にしたことは無いのだが、この時期に外で夜を明かすのは命にかかわるため、タウの存在は非常にありがたい。


「大丈夫だって、ちょっと足を取られただけだよ。さっさと家に―」

言葉の途中でタウが突然一歩前に出て、俺をかばうように半身を盾にして立つ。

何事かとその背中越しに前方を見てみると、人影があるのがわかった。

僅かな月明りを背に受ける形で立つその人影は、纏っている防寒用のローブのフードを深くかぶっているせいで顔は見えないが、随分小柄だというのだけは分かる。


「私達に何か用か?」

タウの少し緊張が混じった声による誰何に応えず、ただその場に佇むだけの人影に薄気味悪さを感じていると、不意に後ろから声が掛けられた。

「こんばんは。いい夜ですね」

その声に反応して後ろを振り向くと、前方に立つ人影と似たような背格好でフードから僅かに覗く顔に真っ白な仮面をつけた怪しい人物が立っていた。


「何者―!?」

前方の人物よりも俺のすぐ後ろにいる仮面の人物の方に脅威を感じたタウが俺を引き倒すようにして後ろに下がらせて己は前に出た所で、パチンという何か弾けるような音がしたかと思うと、全身から力が抜けたようにその場に倒れ込んでしまった。


「タウ!?どうした!?貴様っ、何をした!」

「あぁご心配なく。ただ気絶しているだけですから。命に別状はない…と思いましょう」

緊迫した俺の声とは正反対の落ち着いた声色が仮面の人物に対する不気味さをさらに加速させ、今いるこの場所からどうやって逃げるべきかを考えていると、仮面の人物が右手をこちらに向けてきて、その手が光ったかと思ったら体が強張って縮むような感覚に襲われ、そのまま倒れ込んで意識が薄れていく中で、2人分の足が目の前に並んだのが最後の光景だった。




SIDE:OUT










首尾よくゴグルを捕獲することが出来た所で、付けていた仮面を外して腰に付けてあるバッグに押し込む。

俺の隣にはゴグルが倒れたと同時に近づいて来たパーラが同じように仮面を外して倒れている人達を見ている。

一応顔バレを警戒して遺跡で見つけた仮面を付けていたが、フードだけでも意外とバレなかったかもしれない。

「急いで運ぼう。夜とはいえ絶対に人が通らないわけじゃないからな」

「私、ソリを持ってくる」

パーラがその場を離れて近くに隠してあるソリを取りに行っている間に、万が一にも目が覚めた時に暴れないように手足を紐で縛っておく。

完全に縛り終える頃にはパーラがソリを牽いてこちらに来ており、気絶している2人を雑にソリに乗せると監禁用の隠れ家に向けて移動する。


さすがにパーラに大人の男2人分の重さのソリを牽かせるのは酷なので俺が牽いて行くが、パーラが手持無沙汰だろうと思い、先行して人が来ないかの確認をしてもらいながらの移動になった。

幸い誰にも見咎められることなく隠れ家に到着し、一人ずつ担いで地下への階段を下りていく。

用意してあった椅子に気絶している状態の2人を縛り付け、気が付くまでの間は休憩の時間となった。


監禁部屋とは別の部屋でテーブルを囲んで夜食を頂くことになったのだが、何故かパーラの機嫌がよろしくない。

「…どうかしたのか、パーラ?眉間に皺が寄ってるぞ」

恐る恐るといった感じでパーラに尋ねるが答えは返って来ず、夜食の乗った皿をじっと凝視している。

急に不機嫌になった理由がわからず、困惑しているとパーラが皿を指さして口を開いた。


「これはない。何で携帯食にしたの」

「いや、だって夜食ってそんなに大したもん用意できないだろ。それにパーラはしっかり夕食摂ってたじゃないか」

どうも夜食が味気ない携帯食だというのがお気に召さなかったようで、頬を膨らましているパーラを諭すが、俺が用意する夜食に対する期待がかなり大きかったらしく、中々機嫌が直らない。

結局落ち着いたら何か美味しいものを食べさせるということで何とか気は収まったようだが、こんな時にも食い意地の張ったパーラの胆の太さは相当なものだと感心させられた。


何やかんや文句を言いながら携帯食を食べているパーラと最後の打ち合わせをしていると、気絶していた2人のいる部屋が騒がしくなった。

「どうやら起きたらしいな。んじゃ打ち合わせ通りに」

「わかった。…けどこの仮面ってどうしても付けなきゃダメ?」

苦い顔をして仮面を弄っているパーラは、最初から仮面をつけることに拒否感を示していたが、顔を隠すことの利点を説明するとしっかりと付けてくれていたので、納得してくれていたのだと思っていたが、どうもまだしこりが残っているようだ。


「仮面をつける利点は話したろ?なんでそんなに嫌がるんだよ」

「恥ずかしいから」

ガンとハンマーで頭を殴られたような衝撃に、一瞬自分の足元が揺らいでいるような錯覚に襲われる。

「え、恥ずか…え?嘘…これ、恥ずかしい?格好悪いの?」

コクンと頷くパーラの仕草でさらに心を追撃され、膝をつきそうになるのを何とか気力で堪えている状態だ。

いや、大丈夫だ、きっとこれは男と女の感性の差に過ぎない。


仮面は格好いい…仮面はステータス…3倍速くなる…仮面で私は10キロ痩せました…

よし、なんとか気分は盛り返せた。


もう一度仮面で顔を隠す意義とメリットをパーラに説明し、渋々ではあるが了承させることに成功したところで、監禁部屋へと向かう。

監禁部屋の扉を開けると、既に目を覚まして何やら話していた2人が、俺達の姿を見るなり押し黙ったのを機に声を掛ける。


「お目覚めの様で。気分はいかがでしょう?」

なるべく平坦な調子を心がけて話しかける。

「貴様ら、何者だ。なぜ俺をさらう?」

意外にもゴグルは冷静で、自分たちの不利を知ったうえで強気を保てるのは交渉能力に自信があるからか、それとも単純に自分たちが助かることを確信しているのか。

どちらにせよ、最初に主導権を握るための相手の腹の探り合いは既に始まっている。

商人相手に言葉で勝てるかといわれると難しいので、ここは少し荒っぽくいかせてもらおう。


「何者かと言う問いには少し答えに困りますね…。そう…我々は微妙に怪しいものだと言っておきましょう」

俺の物言いにパーラのツボにはまったようで、後ろから吹き出す音が聞こえ、そちらを睨んで黙らせてからゴグル達の前に移動する。

さあ、尋問を始めるとしよう。

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