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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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君の声を聞けば

朝日が昇ってしばらく経ち、晴天の下でシペアの所有する厩舎に併設された馬場で対峙する人影があった。

片方は厩舎の主であるシペア、もう片方はやや険しい顔をしたパーラだ。

両者ともに無手ではあるが、今この状態でもお互いに攻撃の手段を持っているため、油断は禁物だ。


「行くぞパーラ!」

向き合った2人の内、最初に動いたのはシペアだ。

少し離れた場所に置いてあったバケツから水が飛び出してきて、鞭のようにしなりながらパーラに向かっていく。


あれから練習を欠かしていなかったようで、実にスムーズな動きで水の鞭を操る姿は中々さまになっているように思える。

直線的な動きをしない水が迫るのを間近にすると結構なプレッシャーに感じるはずなのだが、流石に俺との訓練で魔術の意外性のある動きに慣れているパーラは焦ることなく迎え撃つつもりのようだ。


水の鞭がパーラの体をからめとるように左側面からまわり込むような動きをした瞬間、見えない壁に当たったかのように水が弾け、その不可視の壁が徐々に水を押し返すのが見え、それがシペアに向かっていくのが飛び散る水滴の動きから分かる。

見えない壁が迫ってくるのに気付き、咄嗟に水の鞭を圧縮させて地面に叩き付けると同時に開放することで体積が膨張するのを利用して、砂煙を巻き起こす。

まだ魔術の扱いに慣れていないパーラは目で見て魔力を操作していたために、一瞬だけでも目標を見失うと混乱してしまい、魔術の発動を中断してシペアの姿を探してしまったが為に勝敗は決した。


少し離れて見ていた俺からはしっかりと見えていたのだが、パーラの頭上に浮遊しながら集まっていた水が直径1メートルぐらいの球になった時に、一気に浮力を失った水球がパーラ目掛けて落下していった。

これだけの大きさの水がそこそこの高さから落下してきた時の衝撃はやはり相当なもので、破裂音に似た音が辺りに響き渡って、砂煙が晴れると地面に倒れたパーラの姿がそこにあった。

シペアはというと、初めの位置から動いておらず、視界を奪ったのならその場から動くはずという先入観を逆手に取るとはやりおるわ。


「はいはいそこまでー。パーラ、大丈夫か?」

手を叩きながら終了を宣言して2人に近付く。

パーラは泥だらけになっているが特に怪我らしい怪我はしていないようで、倒れている姿勢から立ち上がって猫の様に体を振るって水気を飛ばそうとしている。

「ぶわっ!やめろってパーラ!向こうに水場があるからそこで体を洗えって」

「なら俺がお湯を用意するよ。シペア、案内を頼む」

温暖な気候のこの地方ではあるが、冬の朝にはやはり気温は下がるもので、そのままでは風邪をひいてしまうと思い、早速パーラを風呂に入れることにする。


厩舎を抜けた先には上水道に繋がっている井戸が一つあり、使った水はそのまま排水路に流せる便利な作りになっていた。

久しぶりに土で湯船を成形すると、そこに水を並々と注いでお湯を沸かす。

「やっぱアンディの方が魔術の使い方がうまいよな。この量の水を用意するのに俺だともっと時間かかるし」

「その辺は慣れだって言ったろ。魔術ってのは使ってりゃ効率よくなるんだから練習あるのみだ。…うん、丁度いいな」

お湯がちょうどいい温度になったあたりで入浴を勧めて、俺達男はその場をそそくさと立ち去る。

一応着替えとしてシペアが用意してくれた服を置いて来たが、子供の内は男女の体型にそれほど差はないから問題ないだろう。

後で風呂から上がったら汚れた服を洗ってやらないとな。


「随分魔術の使い方が様になったじゃないか」

歩きながら先程の試合に付いて話が弾む。

「だろー?俺も結構練習したんだぜ。まあ一回だけギルドにいた魔術師に助言をもらったんだけどさ」

「へぇー、魔術師を先生にしたってなると金がかかったんじゃないのか?」

ただでさえ数が少ない魔術師が自分の生活の糧である魔術のノウハウを人に教えるのが安い金で済むわけがないと思うが、シペアは苦笑しながら首を振って答えた。

「いや普通なら結構な額なんだろうけど、俺の時は風呂に入れるのが条件だったからな」


その魔術師は女性なのだが、この町に来て風呂の存在を知ると是非にと思ったらしいのだが、丁度お湯の張り替えのタイミングだったらしく、そこへシペアが水を提供することですぐに入れるようにと図ったのが報酬代わりになり、魔術の指南をしてもらったのだそうだ。

火魔術の使い手の指南という属性的には真逆のそれに果たして意味があるのかと疑問に思ったのだが、シペアが教わったのは魔術の応用例と効率的な発動イメージの構築法という至極真っ当なものだった。

聞いてみるとどれも理論立てがしっかりと出来ており、指導者としてならその魔術師は当たりだったのではないか。


今回シペアが使った水の鞭も水魔術の中ではポピュラーな物らしく、その魔術師からの指導をもとに一人で練習を続け、つい先日完成させた水の鞭のデビュー戦がパーラとの試合だったというわけだ。


泥を流すだけの入浴のため、それほど長い時間風呂に入ることはせずに早々に俺達の所に来たパーラから汚れた服を受け取り、水魔術で洗濯してやる。

シペアが貸した簡素な服に身を包みながら、濡れた髪を風を起こして乾かすパーラの風魔術の使い方はもう随分と手慣れているように思える。


昨日、シペアとの話の中で出て来た俺がシペアに魔術を使えるようにしたという所を敏感に聞き取っていたパーラがそのことを問い詰めてきて、特に隠すことでもないのでありのままを話して聞かせた。

最初は驚いていたパーラだが、話を聞き終えると自分にもやってほしいとねだって来たので、シペアとオーゼルにしたように魔力の活性化を行うとしっかりと魔力の操作が出来るようになり、おまけに属性が風というまたしても俺の使えないものに目覚めてしまった。

素直に喜ぶパーラだが、今この場で風魔術の使い方を説明できるものがいないと教えると途端に落ち込んでしまい、その姿に少し心が痛んだ俺は、その日遅くまでパーラの風魔術の使い方を一緒になって考えていた。


なけなしの知識の中から流体力学を引っ張り出してきて、風の発生原理から応用法を考えていくが、手本を見せれないのがやはりネックとなった。

俺から教えられる科学的な根拠による魔術の運用は完全に個人の理解力に頼るところが大きいため、実際に発動させたところに助言を加えていって覚えさせるほかない。

今のところは風の球をぶつけるか空気の流れを作っての防御法ぐらいしか使えないので、応用法はそのうち考えていけばいいだろう。




先程の試合を言い出したのはパーラからで、生まれて初めての魔術にテンションの上がったパーラはすぐにでも試してみたいといった様子だったのだが、いきなり町中で魔術を打ち合うわけにはいかず、シペアにいい場所を尋ねたところ、普段馬を歩かせている馬場を貸してくれて、さらにはパーラの相手も買って出てくれた。

確かに俺よりもいくらか実力の近いシペアの方が得るものはあるかと思いお願いしたのだが、結果は見事にパーラの惨敗。

やはり魔術を覚えて次の日ではこんなものだろう。


場所を変えて3人揃ってシペアの家で朝食を摂りながら反省会を始める。

「今回はパーラが負けたけど、将来的にはまだまだ成長する余地があるんだから気にすんなよ。もちろん、これはシペアにも言えることだけどな」

属性は違えど、同じ流体力学という物理法則が適用される魔術の形態は非常に似通っているため、今後はパーラの魔術のアドバイスは俺がしていくことを考えると、今ある差が縮まるのはそう遠い未来ではないのかもしれない。

ただまあ、当然シペアも成長するのだから、そう簡単なことではないとは思うが。


「でも悔しい」

ゴクンと食べ物を飲み込むと、今の心情を端的にパーラが口にする。

するとそれを聞いたシペアがギョッとした顔をして、あまりの驚きに口に含んでいたものが吐き出された。

「ぶふぇーっ!ゲホッゴホッゴホッウホッ…アンディ!今パーラが声出したぞ!」


「聞いてたよ、汚ぇなぁ」

「シペア、汚い」

シペアが食べていたものを急に吐き出したので、俺がテーブルの上の皿をどかし、パーラが水で濡らした布でテーブルを拭く。

そういえばシペアにはパーラが声を出せるようになったと言ってなかったなと思い、それならこの驚きようも仕方なく思うと、あまり強く言うことはできないか。

「いや、お前なんでそんな冷静なんだよ!?パーラが声をっ…え、もしかして知らなかったのって俺だけ?」

「まあ座れよ。その辺のことを話すから」

テーブルの上の片づけを終え、無事な皿を置いて食事を再開しながらパーラの声のことを説明していく。


実は昨夜遅くまでシペアとパーラの魔術のことで話をした後、宿に戻ってからふと思いついたのが、風魔術で声を再現できないかと言うことだ。

音は空気の振動であるというのを説明し、パーラの手を俺の首に当てた状態で声を出すことによって声帯の振動を感じさせ、それを自分の声帯に魔術で補助を行うことで発声を行うという、我ながら面倒くさいやり方だとは思ったが、パーラは声を出せるようになると知ると、寝ることを放棄してまで必死になって習得に励んだ。


途中から音楽講師のように発声練習を指南するという妙な展開もあったが、夜が明けきる前には微かな音ではあるが声を出すことには成功し、パーラが小躍りするのをほほえましい気持ちで見た所で記憶は途切れている。

次に目が覚めると、目の前にどうやら一緒に寝落ちしたらしいパーラの寝顔があった時には今思い返してもおかしなほどに慌ててしまった。


「なんだよ、それなら朝挨拶したときに声かけてくれればよかったのによ」

「ごめん、眠くて」

一応多少は眠れたが、それでもまだ寝たりないパーラを連れてシペアの所に来たため、朝一で会った時はボーっとしたなかでいつもの癖で動きだけで挨拶をして、声を出すまではしなかったのだ。


頬を膨らませていじけるシペアに素直に謝るパーラの声はもうかなり違和感なく、少々掠れた感じになるのは仕方ないが、それでも普通に聞けるのだから充分だろう。

「今のところはあんまり長く声をつなげられないけど、その内この感覚が身に付くと魔術に頼らなくても普通に話せるようになるかもな」

「へぇ、そうなのか。よかったじゃねーかパーラ」

「頑張る」

グッと拳を握って応えるパーラはリハビリには前向きなようで、目に宿る光は力強い。


パーラが今まで声を出せなかったのは肉体的な損傷ではなく、病気によって長い時間に渡って発声をしてこなかったがために声の出し方を体が忘れている状態だったからではないかと推測した。

そのためまずは声帯の使い方を思い出すという目的から、今回の魔術での発声法が生まれたのだ。

今日明日はまだ無理でも、いずれは声帯の動かし方も慣れてきて発声に不自由しなくなる日は必ず来る。


「んじゃアンディたちは明日出発すんのか」

「ああ。別段急ぎの旅ってわけじゃないが、目的の達成を延ばす理由も無いしな」

食事を終えて少しゆっくりとしている時にシペアから出発のことを尋ねられた。

今日1日を準備に費やして、明日からはまた旅の空になる。


「オーゼルさんにはやっぱり会えないか?」

「止めといたほうがいいぜ。あそこは今警備の人員が増えてるから、用も無く近付くと面倒なことになるって」

例の遺跡の周りは今は警備が配置されており、出る人員はともかく、近付くだけでも拘束の対象に成り得るらしい。

それだけ遺跡の価値が高い証拠なのだが、俺としてはあそこにそれほど価値があるとは思えない。

手紙位なら次にオーゼルが町に来た時に渡してくれると言うので、その場で書いてシペアに託すことにした。


準備がある俺達はシペアと別れ、旅の準備に店のある地区へと向かう。

俺はいつも通りなのだが、パーラは声が出せるようになった喜びから、機嫌のよさを隠すことなくスキップしながら歩いている。

「パーラ、あんまりはしゃぐなよ。脇道からだって人は来るんだからな」

そう声を掛けると飛び跳ねるのを止めて俺の方へ駆け寄って来たパーラは、俺のジッと目を見ながら口を開いた。

「アンディ、声を、ありがとう」

パーラが短くそれだけ言うと、満面の笑みを浮かべて、再び跳ねるようにして先を歩いていった。


正面から言われた感謝の言葉は何とも照れくさいもので、止まっていた足はパーラの背中が遠くなったのに気付いた時になってようやく動かすことが出来た。

ヘクターを助けることができなかった無力な俺だが、パーラの苦しみの一つを消せたのだ。

これほど誇らしいものはない。

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