魔術師なんてこんなもんよ?
バスラン男爵領を朝に出発し、来た時よりも大分ゆっくりと街道を進んで王都を目指す。
グエンを追って来た時はガレタートの町から他へ移られるのを恐れて強行軍的な移動になったが、今俺達の追っているのは拠点が定まっていてある程度の地位にある人物だ。
そう簡単によそへ移ることは無いのでそれほど急ぐ必要が無い。
1日の移動を終え、野営の準備を済ませたところでパーラの希望で剣の練習相手をすることになった。
正直俺は素人剣術の域を出ない程度なので、あくまでも組手形式での相手を務めるにとどめ、基礎訓練にはあまり口出しはしない。
そんなわけで、夕暮れの空の下で剣を持って向き合う俺とパーラによる初めての訓練が始まろうとしていた。
流石に本物の剣を使うのは危険なので、適当な木の棒を見つけて軽く削って体裁を整えたものを2本用意したので深刻な怪我はしないだろう。
特に構えを取らずに片手に持った剣をダランと提げている俺に対し、僅かに腰を落として剣身を右肩に担ぐような体制でこちらを険しい目で見ているパーラという対照的な様子で見合う。
男に比べてどうしても膂力に劣る女の身では全身のバネを使った振り抜きが一番力の乗った攻撃となるため、パーラの構えは実に理に適っていると言える。
だが反面、一度大振りの攻撃を繰り出すと次の動作までの隙が大きく、一撃で仕留められない限りは敵に反撃の機会を与えてしまう危険もある。
そんなことを考えているとパーラが一歩大きく踏み出し、俺の左胴を狙って振り抜く攻撃を繰り出してきた。
傭兵として戦闘経験も積んできただけあって、この歳にしては実に鋭い一撃だが少し腕の立つ人間には恐らく通じない攻撃だろう。
現に踏み出してきたパーラに合わせるようにして俺も一歩踏み出すことで一番力の乗る剣先から内側に入り込むと、大きく勢いの減るパーラの手元にやや強めに剣を叩き付ける。
あっさりと横なぎから下方へと剣の軌道が変えられ、地面を大きく叩くだけに終わる。
あとは俺が剣をパーラの首元に添えるだけで決着となった。
「はい終了。んじゃ今の流れの反省をしようか」
悔しそうな顔をするパーラとその場に座り込み、今の一連の動きについてダメ出しをしていく。
とはいってもこの歳で考えるとパーラの強さはかなりのものだし、俺が勝てたのも強化魔術で動体視力を上げていたからに過ぎない。
普通にやりあったら初撃を防いだあとは防御しながら隙を見て反撃をしていく戦法になると思うが、これが本物の剣を使った戦いなら一撃の重さがある分だけ先手を取ったパーラに有利な戦いになるだろう。
そういう意味ではこの訓練はあまり意味が無いように思えるが、あくまでも戦いの勘を鍛えるのが目的だと俺は思っているのでこれはこれでやる価値はあるはず。
「―とまあ剣を振る腕を内側に折りたたむようにすればすぐに引き戻せるから、そこから防御かカウンターかを選べるようになる」
真剣な顔で聞いていたパーラだったが、話が終わったところで突然地面に棒を当てて何かを書き始めた。
どうやら俺に何かを言いたいようだった。
まだまだぎこちないが簡単な会話ぐらいはできるぐらいに文字を覚えたのは教えた者からすると喜ばしいものだ。
『アンディが本気じゃなかった』
地面にはそう書かれた文字があり、俺の目を見ながらそれを指さすパーラだが、どうやらさきほどの試合で俺が魔術を使わなかったのがお気に召さなかったようで、次は魔術も使った立ち合いがしたいようだった。
「うーん、本気ってなぁ…魔術を使わなくても俺は勝ったんだけど?」
厳密には強化魔術を使っているのでこの言葉は正しくないが、それを言っても恐らくパーラは納得しないし、どうしたもんかと悩んでしまう。
当然俺の言葉は受け入れられず、頬を膨らまして地面の文字を棒で叩くパーラに負けて、魔術ありの試合を行うことになった。
前と同じように対峙した俺達だが、一つ違う点として俺は武器を持っていない状態でのスタートとなる。
そう言われた時のパーラは不満顔だったが、俺が先程の試合をネタにして煽ると、ムッとした顔になって立ち位置へ付いた。
パーラはさっきの試合の時と同じ構え、同じ距離でこちらを見ているが、若干の警戒をしているような雰囲気が感じられるため、これは対魔術師戦闘の経験を積むいい機会になるかもしれない。
ただ残念なことに、実はこの時点で勝負は既に決まっているので、少しパーラが可哀想な気がしている。
パーラはそんな状況となっていることは当然知らず、今度は先ほどの反省を生かして、コンパクトな振りに変えた横なぎを仕掛けてきた。
大きく踏み出すことはせず、一歩目を軽く二歩目を強く踏み込むことで相手に攻撃のタイミングを読まれ辛くするという工夫をしているのは流石だと言えよう。
だが二歩目の踏み込みと同時に俺の目の前からパーラの姿が消える。
別に目に見えないほどの高速移動をしたわけではない。
単純に試合開始前に目の前の地面に落とし穴を作り、薄く土に覆われている穴の上にパーラが強く踏み込んだのでそのまま落下したのだ。
一応深さはそれほどではないが、突然存在していた足場が喪失して即座に対応できる人間はあまりいないだろう。
ポッカリと開いた穴を覗き込むと穴の底にはパーラが座り込んでおり、罠にハメられたと気付いたようで俺と目が合うと不機嫌丸出しといった顔で睨んできた。
一応底の方の土は柔らかくなるように意識したので怪我はないと思うが、壁面に作った階段を上って穴の中から出てきたパーラの足取りはしっかりとしており、問題はなさそうだ。
「どうだ?魔術師相手に無策で突っ込むのは危険だったろ?…そんなに膨れるなって、今のは落とし穴だったけど実際は炎とか風の刃とかが飛んでくるかもしれないんだ。そう考えると魔術師ってのは正面切って立ち向かうのは危険な存在に思えないか?」
落とし穴という搦め手で戦闘終了をさせられたパーラは今の戦闘に納得が出来ないようだったが、俺の言葉を聞くと考え込むような仕草をしだした。
今言われたことを反芻しているパーラはそのままに、食事の準備を始めることにした。
既にべスネー村から持ってきていた米は使い切っていたので、ガレタートで購入した小麦粉と芋を捏ね合わせてニョッキを作る。
それを干し肉と干した果実で作ったスープに入れて一緒に食べるのが今日の夕食だ。
鍋を火にかけて煮込んでいると、俺のそばにパーラが近付いてきて一緒に地面に座って鍋を見守りだした。
この後は手間がかかる部分は無いので時折鍋をかき混ぜるだけの単純作業に移った所でパーラの方を見ると、向こうも俺を見ていたようで目が合う。
パーラが指さした地面には文字が書かれており、『魔術師相手にどう戦うべきか』と尋ねられた。
俺の言ったことを飲み込んだうえで助言を求めてきたパーラの素直さに感心して答えることにする。
「まずは距離を空けないことだ。近付いて攻撃するだけで魔術を使う時の集中力を乱せるから発動を妨害できる」
一般的な魔術師は発動までに集中力を高めるために個人個人でやり方が違うのだが、詠唱や特殊な動きを使って発動へのプロセスを組むと言われている。
俺はこういうのをすっ飛ばして発動させてるが、単純な効果の魔術ならともかく、複雑なものになるとどうしても集中する瞬間というのが出来てしまう。
魔術師というのは近接戦闘を仕掛けられて集中を乱されるのが一番嫌なことだ。
「もう一つは奇襲だ。気づかれる前に倒してしまえばあとは何もできない。魔術師で近接戦闘が得意ってのはそういないからな。あぁ俺は別ね」
基本的に魔術を使った時の狙いをつけるのには目視で行うので、目に入らない内に倒してしまうというのは一番理想的な倒し方だ。
まあこれは魔術師に限らず、どの相手でも同じことなんだが。
ここまでの話を聞いたパーラは、この対処法で俺を倒そうと考えているのだろうが、そもそもこのやり方は一般的な魔術師を相手にした場合のもので、俺には強化魔術や奥の手として雷化などがあるので、まず通用しないだろう。
それに気付くのは恐らく次の試合の機会になるのだろうが、それまではパーラのやる気を削ぐこともないので黙っておこう。
そうしている内に食事が出来上がり、立ち上る匂いに鼻をひくつかせたパーラの姿に癒されながら皿に取り分けていき、夕食の時間となった。
こっちの世界では初めて作ったニョッキだったが、ちゃんとそれらしい出来になっていて味も期待していた通りのものだった。
スープに使った干した果物も程よい甘さと酸味のおかげで干し肉の脂をあっさりとしたものに変えてくれていて、満足のいく出来だ。
笑顔で食べているパーラも味に満足してくれたようで、その後はお替わりを2度平らげていたほどだ。
いつものように土魔術で建てたカマボコ兵舎で風呂に入り、さっぱりしたところで眠りにつく。
最近はパーラも風呂が贅沢な物だという感覚が薄れているようで、今日も何度かお湯を追加で沸かさせられたぐらい俺のやり方に馴染んできている。
これが普通になったら俺と別れたらもう旅は出来ないんじゃないかと心配になってくるな。




