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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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振り下ろされた刃

俺達が応接間で話をしていた間に町の広場では処刑の準備が進められていた。

昼前の時間帯は人の目も集まりやすく、作業をしている場所を遠巻きに見ていた人たちがこれから行われることへの憶測を囁き合ううちに準備が終わり、そこへ武装した警備隊に囲まれたグエンが到着する。


グエンの悪行を知っている町の住民は連れられてきたグエンの姿に一瞬嫌悪の感情を示すが、すぐにグエンの置かれている通常とは異なる状態に気付く。

手に枷がはめられ、口には自害を防ぐために布が噛まされており、どうみてもこれから処刑されるのがグエンだと誰しもが理解した。


広場の中心に敷かれた藁の上に膝立ちの体勢にされ、俯いているグエンの顔は周りにいる人たちには窺い知ることが出来ない。

そうしていると、今度は領主であるアレイトスがやってきて、グエンから僅かに離れた場所に立ち、罪状を読み上げる。

今処刑を受けるグエンのしたことを聞かされた住民は怒りをあらわにし、罵声を浴びせる者が現れ始めた。


数歩下がったアレイトスの横にはパーラが立っており、兄の仇であるグエンの最後を見届けるため鋭い視線を広場に向けている。

俺はというと、実はアレイトスに断りを入れて、先程から広場を囲むやじ馬たちに混じっている。

というのも、グエンをここまで連れてきた2人の騎士のことをアレイトスに聞いたが、原隊に復帰しておらず、所在が分からないため、万が一にもグエンの奪還を目論んだ場合に備えているのだ。

何かあればいつでも飛び出せる状態を維持し、処刑の様子を見守る。


グエンの左右に立った兵士がグエンの肩を掴んで前かがみの体制にすることで、首を差し出す形を作り、その前に分厚い刃の付いた斧を持った処刑人が立った。

「グエン、何か言い残すことはあるか?」

すでに口に当てられていた布は取り外されているので、何か言うことがあれば喋ることはできるのだが、何も言わずにただ首を横に振るだけだ。


喚くことも泣くこともせず、ただ静かに死を待つ姿にアレイトスも息子の覚悟を感じ取ったのか、処刑人に目配せをすると、振り上げられた斧が吸い込まれるようにしてグエンの首へと向かい、胴体から重い水音とともに頭を切り離した。

頭を失った胴体はしばらく痙攣を繰り返したのち、全身の力が抜けてその動きを止めた。

広場に響く野次馬たちの歓声から逃れるようにしてアレイトスが屋敷へと戻っていくのを見送る。

結局グエンを助けようとするものは現れず、想定していた事態は起こらないままに処刑は行われた。


当初はグエンの首を切り落とした後は広場に晒す予定だったのだが、死に際の態度の潔さを見たアレイトスから丁重な埋葬の申し出があり、パーラがそれに同意したので遺体は葬儀へと回された。

最後に広場から運び出される人だった物に一瞥をくれるだけで俺達はアレイトスの後へ続く。

さすがに息子の死に立ち会っては平常心を保つのは難しいようで、応接間に通された俺達と二言三言交わすとアレイトスは一人になるために自室へと下がっていった。

残された俺達はザルバに言って手配してもらったグエンの荷物の中から奪われたヘクターの指輪を探す。

荷物自体はさほど多くないため、すぐに見つかると思っていたのだがいくら探しても出てこない。


「本当に荷物はこれだけですか?」

「はい。グエン様の持ち物の鞄と馬に積まれていたもの、これらが全てでございます」

僅かな希望を込めてザルバに他の荷物の存在を尋ねるが、目の前にある物が全部らしい。

念の為にグエンの着ていた服や遺体を確認してもらったが、指輪はどこにも見つからなかった。


こうなると指輪はもうこの場にはないと考えた方がいい。

恐らくグエンをここまで護衛して来た2人の騎士がウルカルムの所へと持ち去ったのだろう。

「例の行方の分かっていない2人の騎士については何かわかりました?」

「ザムルに関しては既に逃亡先がつかめておりますので、じき捕まりましょう。ですが、ジェイスに関しては足取りが全くつかめておりません」

ザムルはグエンの処刑の場で姿を確認されていたため、目撃者を辿って警備隊が捕縛に向かっているらしい。

ただジェイスはグエンと一緒に門を潜ったという記録も無く、町に入る前に分かれた可能性が高い。

普通に考えるとジェイスが指輪を持ってウルカルムの下へ向かったのだろう。


荷物を全てザルバに返却して俺達は屋敷を後にする。

去り際にザルバの口から後日屋敷をもう一度訪ねて欲しいとアレイトスからの伝言を伝えられた。

宿に戻ると、まずはパーラと話をすることにした。


宿の部屋は2人で一つを借りているので食堂よりも話がしやすいと考え、部屋の中にあるテーブルに向かい合って着いた。

「さて、これでヘクターの直接の仇は討った。指輪の奪還は出来なかったが、それでも当初の目的は果たした。ただウルカルムという黒幕が分かった以上、どう対処するかを決めたい」

ゆっくりと諭すようにしてパーラに話しかけると、俺の言いたいことが伝わったようで、表情を引き締めて真剣な顔つきになった。


「恐らくウルカルムは今後パーラの命を狙うことは無い。どうも奴の狙いは指輪の方にあったように思える。ヘクターを殺す様にグエンに依頼したのも指輪への関心を逸らすための目的が大きいような気がした。もちろん、恨みもあっただろうけどな」

今回ウルカルムがグエンに対してした支援は金額にするとかなりの物になるはずだ。

それを人への恨みだけで実行するにはかなり深いものだとおもわれるのだが、それだけの憎悪を抱く相手の死ぬ瞬間に立ち会おうとしないのは少し妙な気がした。


しかし、メインの目的が指輪の方だと考えたらどうだろうか。


仮に襲撃に失敗したとして、ヘクターは狙われたのが命か積荷と考えて指輪への警戒は持たない。

どこかへ隠したり人に預けたりといったことはしないだろう。

そうなると次の襲撃で指輪を手に入れるチャンスは残されるというわけだ。


今回はグエンにディラン、貴族の私兵といった面子を集められたのはウルカルムには幸運だったのだろう。

おまけにグエンは金に困っていたし、自分の本当の目的を隠して実行させるにはうってつけだ。

そこまで固執する指輪にどんな秘密があるのか気になるが、それはともかくとしてパーラを狙う可能性は大きく減ったと俺は判断する。

もちろん、完全になくなったとは考えていないので、警戒はまだ必要だが。


「今ならウルカルムに見つからずに静かに暮らすことは出来る。けど別の見方をすればこっちから一方的に攻撃できる好機でもある。どうするかはパーラ、お前が決めろ」

黒幕であるウルカルムは確かにただでは済まさないという気持ちはあるが、俺としては実行犯の命が失われたことで一応の決着とすることも出来ないことではない。

べスネー村に戻って静かな暮らしを送るか、それとも黒幕まで追い詰めるかを決めるのはパーラにこそ相応しい。


暫く悩む様子だったパーラが顔を上げて目を合わせた時には、その心境は俺に十分伝わった。

「そうか、やっぱりウルカルムをやるか」

頷くパーラの決心は固められているようで、目には力強い光が灯っていた。

なんとなくそうするだろうなと思っていただけに驚きは無く、早速情報を集めてウルカルムを追うことに決まる。

「前はこの領地で商売をしていたらしいから、明日にでもアレイトス様に会う時に何かわからないか聞いてみよう」

同意の頷きを確認して、とりあえず話はこれで終わらせる。


「それじゃあこのまま今日の分の勉強を始めようか」

俺の言葉に露骨に嫌そうな顔をするパーラだが、これもお互いの意思疎通の手段の構築のためには必要なことなので、構わず勉強道具を用意する。

この世界では紙の値段がそこそこするため、大量に使い捨てることは出来ない。

そこで俺が自作した一辺が20センチ、深さ5センチの正方形の木箱に白い砂を敷き詰めたものをノート替わりに使っている。

砂に文字を書いて使い、スペースがなくなったら砂の表面を均すだけで真っ新な状態に戻って何度でも使えるから経済的だ。


パーラは商人ギルドに所属しているせいか計算ならば多少はできるのだが、文字となるとそれほど正確に使えるわけではないため、筆談ができれば楽だと考えた俺はまずは文字を教えることから始めることにし、旅の間にこうして勉強する機会を作っていた。

基本的な文字と簡単な単語を覚え始めてはいるが、ジェスチャーを織り交ぜると何とか言いたいことが分かるようにはなっていた。

パーラ自身、文字を覚えるのは悪い事ではないと分かっているので素直に勉強をしているのだが、やはりどの世界でも勉強が好きな子供というのは余りいないものなのだなと思う今日この頃であった。

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