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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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槍の出所

SIDE:アレイトス・イア・バスラン



いつものように執務室で陳情書に目を通していると、強めに扉が叩かれ入室を求められる。

「入れ。…何かあったのか?」

入室してきたのは父の代から執事として仕えているザルバだった。

確か今年で70歳になるはずだが、伸びた背筋としっかりとした足取りからその年齢を感じさせない。

短く刈り揃えられた頭髪はやや薄くなっているが、口元に蓄えた髭はそれと反比例するように豊かさを主張している。


やや早足気味に近付いてくるザルバの様子はどこか落ち着きが無く、息こそ乱れていないがかなり急いで私の所へと来たのを察することが出来る。

「お仕事中失礼します、旦那様。先程グエン様が訪ねてまいりまして、応接間にてお待ちです」

「…グエンが?先の収穫祭で一度会っただろうに、なぜまた来ているのだ?」

「それが、なにやら憔悴しているご様子でして、旦那様に合わせろの一点張りで…」

困ったように話すザルバだが、その眼は俺にグエンに会うことを望んでいるように感じられる。


出来の悪い次男を家から放り出して年に1度だけ合うと決めた自分の意見を曲げるのはあまりしたくないのだが、どうもザルバは常ならぬ事態の片鱗を感じたようで、時には信頼する執事の意見を聞くのも領主の責務かと思い、応接間へと足を向けた。

応接間の扉の前に立ち、一度大きく息を吸い込む。

何かがあったからこそ今グエンは私の下を訪ねてきたのだから、ある程度の心構えはしておくべきだろう。

気を引き締めながら応接間の扉を開くと、入ってすぐにあるテーブルをはさんで左右にあるソファの左側にグエンは頭を抱えるようにして座っていた。


「…父上…」

「家に帰っていいのは一年に一度だけのはずだろう。なぜ今日ここにいる」

私の入室と同時に顔を上げてこちらを向いたグエンの顔は目の下に濃い隈が浮かび、無精ひげもそのままにしてここに来たようで、身なりを整える暇もないほどに切羽詰まっているのかと一瞬息を呑む。

動揺を表に出さないようにしてグエンの対面に腰かける。

「その様子では随分追い詰められた状況にいるようだな。で、何があった?」

ポツポツと語りだすグエンの言葉に耳を傾ける。


グエンは家を出てからすぐに仕官の口を探したが中々見つからず、冒険者として活動を始めることを決めたようだ。

だがその頃、以前警備隊にいた頃に知り合った商人に偶然出会い、仕事を頼まれたのだがその最中に強力な魔物に襲われて命からがら逃げだしてきたのだそうだ。

今もその魔物が自分を追っているのではないかと思うと未開の地に潜むことすら出来ず、こうして私の下を訪れたらしい。


正直私は今のグエンの話を信じられないでいる。

というのも、グエンは人間性という点では問題があるのだが、こと剣の腕に関しては領内どころか王国内でもかなりの強者としてみることが出来るほどの物を持っている。

ディランとの立ち合いも何度か見たことがあるが、親のひいき目を抜きにしても王都の騎士団とも劣らないのではないかと期待してしまったほどだ。

それだけにどうして育て方を間違ったのかと今でも思う時がある。

そんなグエンが魔物とはいえ逃げ帰ってくるほどの相手とはいったいどれほどのものなのか。


「…話は大体わかった。そういうことなら暫くはここに滞在するといい。その間に私の方で何とか手を考えておこう」

そういうと安心したのか体から力が抜けて背もたれに大きく身を預けるグエンの姿に、どれだけの恐怖を覚えているのか哀れに思えてならない。

一度は放り出したが、それでも自分の子供であることは変わらないのだ。


その魔物に対する怒りがふつふつと湧き上がってきたところに、ザルバが駆けこんできた。

「旦那様、お話中の所失礼します。パオロ氏が緊急の用件で接見を求めてきております」

パオロとは我がバスラン男爵家のお抱えの武器屋で、警備隊の装備から私の儀礼用の装備までを扱わせている。

直接顔を合わせる機会も多いが、今回の様に事前の連絡も無しに尋ねてくるのは初めてのことだ。

「今すぐにか?…わかった、ここに通せ」

礼をして去っていくザルバの後姿を見送り、グエンを少し離れた椅子に座らせる。

この状態のグエンを見せるのは忍びないし、パオロも私とグエンの両方に気を使わせないほうがいいだろう。


「アレイトス様、突然訪問した無礼をどうかお許しください」

応接間に入ってくるや否や深く頭を下げて詫びるパオロだが、長い付き合いの私達には多少の無礼はさほど気にすることではない程度の関係を築いている。

「構わん、パオロがこういった接見を求めるのは初めてのことだな。緊急の用件と聞いたが?」

「はい、実は本日の夕刻に当店に売却を希望する品を預かりました。その品というのが、シウテスの槍の可能性が高いと判断し、こうして参った所存です」


一瞬パオロの言ったことが理解できず動きが止まってしまったが、徐々に頭の中に浸透していくと思わず声を荒げてしまった。

「バカな、シウテスの槍が!?ありえん!あれは我が家に代々伝えられる家宝だぞ!蔵で厳重に保管していて外に出るはずがないのだ。よく似た品というのは考えられんか?」

ここにいるパオロには以前シウテスの槍の整備を頼んだことがあり、家の者以外では唯一シウテスの槍を直接触ったことのある数少ない人物だ。

「そう思い、現物を持ってきております。こちらへ持ち込むのも憚れたので玄関で預かってもらいましたが」

パオロが話し終わるのと同時にザルバが槍を持って現れ、私の方へと手渡してきた。


シウテスの槍は私の先祖が戦場で武功を上げた褒美に当時の国王より賜ったもので、今でこそ男爵という家柄を名乗っているが、祖父の代まではフィバンティー子爵家に仕える一騎士に過ぎず、この槍も決して表には出さずに秘密のうちに保管していたのだ。

その為、複製を作るには人の目に触れる機会が少なすぎたため偽物の存在はまず有り得ず、今この場にある槍が本物である可能性の方が大きいだろう。

こうして手に持って少し調べただけで傷や独特の模様などが私の知っている槍の特徴とことごとく一致したため、もう間違いはないだろう。


「…確かにシウテスの槍だ。しかしなぜこれがここに?」

「そのことですが、旦那様。パオロ氏から槍を預かった時にもしやと思い蔵を調べましたが、シウテスの槍の保管箱は空になっていました。となれば槍の真贋はまず間違いないかと」

ザルバから伝えられた言葉に衝撃を覚え、一気に冷たい汗が噴き出してくる。

何故槍の紛失に気付かなかったのか、これでは死して先祖に詫びる言葉すら許されない。


しかし同時に、私以外では保管箱の鍵を開けれる人物は限られることにも気付き、そして持ち出した人物にもすぐに心当たりが付き、目の前で身を縮こまらせているグエンを睨む。

保管箱の鍵は私を含めて家族にしかその在りかは明かされていないため、今現在この地を離れて遠くにいるダレオスに箱を開けるのは不可能。

そうなると残された可能性としてグエンの犯行だけが浮き出てくるのだ。

私の視線を感じたのか、一度大きく肩を震わせて顔を伏せると目を合わせようともしない。

それだけで犯人がグエンであることが私には確信できた。


「グエン、何故槍を無断で持ち出した!心得のない槍を―いや、そうか、ディランか…。お前を送らせた時からディランを見かけていない。その仕事とやらに巻き込んだな?ディランはどこにいる!」

シウテスの槍を十全に扱える人物を割り出すと後は簡単な推理で全てを察することが出来た。

ディランには収穫祭の後にグエンを拠点にしている町まで送らせるついでに身辺の調査を簡単に行うように密命を与えていた。

ついでに長く休みのなかったディランに羽を伸ばさせるために帰還の期日を設けなかったのがまずかったようだ。

そのディランの姿が無く、グエンが一人だけ家に戻って来たということは、さっき聞いた仕事の場に同行させられて魔物にやられたか。


「アレイトス様、恐らくディラン殿は既に―」

「分かっている。少し黙れ」

「…はっ、失礼しました」

パオロが会話に加わってきたが、その予想は私も既にしていたために、少しキツイ言い方になってしまったが先回りをして封じておく。

口にすれば後悔の念が湧いてしまうため、今は最悪の予想を耳にしたくはない。


ジッとグエンを睨み続けるが、一向に話そうとせずにだんまりを決め込む姿から、先程の魔物に襲われた話の真偽も疑い始めていた。

こんな息子でも父親である私にも嘘をついているかどうかぐらいは分かるつもりだったが、こうも見抜けないとは私も老いたというのか。


深くため息を吐き、グエンへの処分を心の中で決めるが、一旦グエンの身柄をどこかに留め置く必要がある。

「もういい、事の真偽が分かるまでお前を拘束する。ザルバ、この馬鹿者を地下の倉庫に放り込め」

「父上!私はただ「グエン様、失礼します」ぐっ、離せザルバ!」

何かを言おうとしたがザルバに拘束され引きずられるようにして応接間を出ていった。


「騒がせたな、パオロよ。折角来てもらったのに見苦しい所ばかりを見せた」

「いえ、そのようなことは」

ソファに腰かけ背もたれに身を預けると体の重さに気付かされる。

どうにも知らずに疲れを覚えていたようだ。

パオロを対面に座らせ、より詳しい話を聞き出す。


「すると、槍の入手先は賊を返り討ちにした戦果ということか」

「そう申しておりました」

売りに来たのが少年だったというのは少々意外だったが、誰かの使いで来たのなら納得できるので、パオロにそう聞くと、どうも普通の少年とは違うような気がしたのだそうだ。


「長年武器などを商っておりますと、自然と相手の強さを見抜く目というものが育ってきます。少年を見た瞬間に感じた圧迫感のような物を信じるなら、恐らく魔術師ではないかと」

「魔術師か…、しかし子供だぞ?ディランの腕を知っている身としては-」

「アレイトス様、あの少年から感じた得体のしれない強さは並みの物ではありません。恐らくディラン殿にも十分に打ち勝てるほどのものだと私は思います」

「むぅそれほどか…」

長い付き合いの分だけパオロの強さを見る目には私も一定の信を置いている。

そのパオロがここまで言うのならばそれは受け入れるべきだろう。


考えてみると魔術師が相手であればディランが倒される可能性はあるが、シウテスの槍を持ったディランを倒すのは魔術だけでは無理だ。

魔術以外の戦闘法にも十分な物を持っていると予想するならば、ただの少年と侮ることはできない。

となれば直接会って事の真相を尋ねてみるのもいいかもしれん。


「パオロよ、一つ頼まれてくれるか?」



SIDE:OUT

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