戦争、私の最も嫌いな言葉です。
ルガツェン帝国の領土は、ヨルバルが切り取ってできた中州状の大地がほぼ全てだ。
特に東西が広い国土は、ソーマルガ皇国には及ばずとも、アシャドル王国やペルケティア教国を上回るほど広大で、ルガツェン帝国国民が無謀な挑戦を揶揄する時、しばしば帝国国内の横断に例えるのだとか。
だからといって南北が狭いかといえばそんなことはなく、縦断するにも長い時間がかかるほどで、国土の面積だけなら巨大な国土を持った大国だといえる。
国別の国土面積ではソーマルガ皇国がぶっちぎりでトップだが、その多くが生産活動に向かない砂漠であるのに対し、ルガツェン帝国はほぼ全ての土地で人が暮らせ、農地にも使える肥沃な大地となっており、今は内乱で疲弊しているが、経済的な発展性はまだまだ見込める潜在力は十分にあると思う。
また独自の生態系を作るのに一役買っている、この国の気候も他所と比べると独特だ。
年間を通して気候に変動がない地域を除き、大抵は冬は北が寒く降雪量も多く、南は比較的暖かく降雪も少ないのが普通だ。
ところがルガツェン帝国は北が暖かく降雪が少なく、南は寒く降雪が多いといった具合で、他とは逆の気候となっている。
これが赤道を境にして南半球の話ならわからなくもないが、ほぼ同緯度にあるソーマルガ皇国がそうはなっていないとなると、やはりルガツェン帝国ならではなのだろう。
俺達が帝国へ入って最初に行ったトフト村は、帝国内でも最北端に位置しており、今の季節は確かに雪は積もっていたのだが、それでも豪雪というほどではなかった。
これはトフト村のある帝国北部の年間降水量が少ないのも要因の一つで、気温以前に雪があまり降らないためだ。
ただ、今年は北部でも春先から秋口までは雨が多かったそうで、それがトフト村の防壁の基礎が崩れた原因ともなったわけだ。
今年は南北で積雪は同じ程度と言われており、飛空艇から見下ろす街道を覆う雪は、太陽の光を照り返しながら変わらない景色としてずっと先まで続いている。
まるでこの国を襲った戦乱の傷跡を覆い隠すかのように。
「どこも見せかけだけさ。町も村も、人でさえも戦乱の終結なんて知ったことじゃないってね。反乱軍だろうが帝国だろうが、支配するのがどっちでも構わないって人間はこの国じゃまだまだ多いそうだ」
リビングのソファに腰かけ、この国の状況を語るロイドの顔は物憂げな様子だ。
飛空艇が飛び始めた時はかなりはしゃいでいたのだが、時間も経てば落ち着いたようで、窓から地上を見る目はいっそ冷ややかにも思える。
「生きるためには旗を決めないというのは、立派な処世術だと思いますよ。粗茶ですが」
「む、いただこう」
帝国というより、そこに住む人間を蔑んでいるような物言いのロイドを落ち着かせるため、用意していたハーブティを差し出した。
気分を落ち着かせるなどと気の利いた効果はないが、温かいものを腹に入れるだけで人は穏やかさを取り戻す。
「ふぅ…すまんな、つい愚痴めいたものを聞かせてしまった。焦りは禁物だとはわかっているが、姉さんのことを考えているとどうしてもな」
「お察しします。ソニアさんの行方は何もわかっていませんからね。ただ、焦ろうとも飛空艇の速度は変わりませんよ。先のためにも、今は心を静かにしている方が賢明ですよ」
「言っていることはわかる。それでも…」
ソニアの身を案じるのはわかるが、救出にかかる前から精神的に疲弊するようではこの先やっていけるか心配だ。
ここはひとつ、別の話で気を紛らわせてやった方がいいだろう。
「少し気になっていたんですが、ひょっとするとロイドさんは出身がルガツェン帝国なのでは?」
「…なぜそう思う?」
再開してからずっと気にはなっていたが、ここまで聞くタイミングを逃していたロイドの出身地について何気なく振ってみたら、予想外に鋭い視線と声で逆に質問されてしまった。
急にロイドの雰囲気の変わったことから、まさか聞くのがまずい質問だったのかと不安を覚える。
「いやなぜって…関所を通らずに国境を超える方法を知っていて、おまけに帝国内のことを話す時も実感が篭ってるように感じましたもので」
「なるほど……そうだな、我ながら分かりやすかったと今更ながらに気付いたよ。その通り、俺は―俺達姉弟はルガツェン帝国の出だ。といっても、子供の頃に過ごした記憶が多少あるくらいで、物心ついた時にはもう帝国を離れていたが」
「例の反乱が起きる前に、国を出たということですか?」
「さて、何せ子供の記憶だからな。俺が四つで姉さんが十になるかならないかぐらいだったか。帝国で反乱が起きて少ししてから、俺達姉弟だけで国を出たんだと思う」
帝国で反乱が起きたのは今から大体二十年前。
その頃に国を出たとするなら、戦乱から逃れるためという名目が想像できる。
「子供が二人だけで、ですか?両親か保護者といった人間は同行してなかった?」
「確かいなかったはずだ。後から教えられたが、俺達の両親はその時にはもう死んでて、親の知り合いがしばらく面倒を見てくれてた…気がする。国外へ逃げる世話をしてくれたのも、その知り合いだった…ような記憶はあるが、国外に同行まではしなかったな」
物心がつくかどうかの歳では正確に覚えているのも限度がある。
親が死んでいたのなら、恐らくソニアがロイドの面倒を見ていたのだろう。
まだ十かそこらの子供が、親の死に泣き濡れることすらせずに弟の手を引いていたと思うと、なんとも健気なものだ。
面倒を見ていた親の知り合いとやらも、子供二人だけで国外へ送り出すのは薄情にも思えるが、当時の帝国の情勢を考えると一概には責められない。
何かついていけない事情があったのか、あるいは子供二人を国外へ逃がすのが精一杯だった、というのも考えられる。
だとしても、ソニアは弟を抱えて外の世界に放り出されたわけで、生きるために相当な苦労があっただろうに。
「少しだが覚えてるのだと、国を出てからしばらくの間、俺は姉さんに背負われて泣いてたっけ。まだ春先だったから寒かったな。姉さんも震えながら歩いてたが、今思うとあれは寒さと国を離れる心細さ、どっちからのものだったんだろうな」
「…さぞ苦労されたのでしょうね」
「ああ、大変だったそうだ。やれることは何でもやったと、姉さんが言ってたよ。ただ、唯一犯罪だけには手を染めていないってのは、今でも胸を張って誇れるんだそうだ」
子供が二人、親も財産もなく生きていくなどと、この世に存在する苦難の中でも最上級のハードモードだと言っていい。
道徳観念も薄いこの世界で、しかもまだ精神的にも未熟な子供なら安易に犯罪に走るものだが、それでもソニアは悪に染まらず、今日までロイドを育て上げたという事実は、憚ることなく誇るべきだろう。
「帝国の外にはどうやって?ヨルバルに掛かる橋は、その頃には使えなかったはずですよね?」
反乱軍の決起とほぼ同時にヨルバルに掛かる橋のほとんどが落とされたため、国外へ逃げるのも難しかったはずだ。
だがソニアとロイドは無事に国外へ脱出している。
まさかクーデター真っ最中の関所を無難に通過できたとは思えないが。
「それこそ、裏道を使ったのさ。ほら、トフト村で俺が言ったあれだ」
決して安全とは言えないが、橋以外でヨルバルを渡る現状唯一の方法というあれか。
なるほど、子供の頃に使ったのと同じ手段で、今度は二十年後に戻ってきたわけだ。
「二十年前に一度使った手段なんですよね?よくもまぁ覚えてたもんだ」
「いや、正直うろ覚えだった。ただ、一度はできたのだから二度目もあると、必死に記憶を繰り寄せて挑んだんだ。少々危なかったが、なんとか五体満足でたどり着けてよかったよ」
五体満足でたどり着けない可能性のある手段って、怖すぎだろ。
姉を思っての行動とはいえ、身の危険を顧みないにもほどがあるロイドに若干引いてしまう。
それだけ必死だったとは思うが、これは三度目が大失敗に終わるパターンしか思い浮かばない。
その方法とやらには興味はあるが、普通に空を飛べる俺達にはリスクしかないようなので、詳しく聞き出す気も一気に消せた。
『二人とも、ちょっと操縦室まで来て』
なんとなく会話が途切れ、ぬるくなり始めたお茶を舐めるように飲んでいると、開けておいた伝声管からパーラの声が聞こえてきた。
少し緊張したような気配が感じられ、俺達を揃って呼ぶとなると、何かトラブルの匂いを感じてしまう。
ロイドと顔を見合わせ、飲みかけのカップをテーブルに置くと、すぐに操縦室へと向かう。
トフト村を飛び立ってからまだ四時間といったところで、帝都まではまだまだかかる計算だ。
今俺達を呼ぶということは、帝都の防空圏に引っかかったということではないだろう。
「何かあったか?」
操縦席の背もたれに手をかけ、飛空艇の状態を示すモニターを覗き込みながら尋ねる。
見たところ飛行に問題が出るようなトラブルは機体に発生していない。
「あれ見て。左前方、村があるんだけど、どうも襲われてるっぽいのよ」
パーラの指さす先、外を映しているモニターの一点に、木造の家屋が集まっている集落があった。
こっちのはトフト村と違って防壁を備えていないが、代わりに近くを流れる川を引き込んで出来た堀で村は囲われている。
火事でも起きたのか村の一部からは煙が上がっており、堀の外側では人の群れが何やら騒いでいる様子が見えた。
遠目にもわかりやすい、敵に襲われる村という構図はどこの国でも見られる光景だ。
魔物ではなく人間に襲われているのは、冬に入って食うに困った賊が村への略奪を企んだと推測する。
「どれ……確かに襲われてるな。ロイドさん、あそこの村は知ってますか?」
「いや、俺もこの国の地理にはそこまで明るくないからな。地図はあるか?」
「ええ、こっちです」
操縦席のモニターの横に、粗末な紙を繋ぎ合わせた一枚の地図が貼り付けてある。
これは手持ちの地図から帝都までの道を描き写したもので、目印となる地形や町村なども簡単にではあるが描かれているため、飛空艇を飛ばすには大事な指針となっていた。
ロイドとともに地図を覗き込みながら、今襲われているあの村の名前などを探してみるが、困ったことに候補となる村が二つ見つかってしまう。
「…この地図を見る限りだと、あれはドラント村になるのか?」
「いえ、そこの近くに川はないようです。それに俺達の進路からだとだいぶ西に行った先ですよ、ドラント村は」
「ふむ……何かの手違いで進路がズレた、という可能性もあるが」
「あり得ないよ。私はちゃんと南にまっすぐ飛んできたもの。半刻ごとに太陽だって確かめたし、計器だってちゃんと見て飛んでるんだから」
飛空艇の操縦でズレが出たと考えるロイドの言葉に、パーラは不機嫌そうにミスはなかったと訴える。
飛行経験の浅い人間ならともかく、パーラの操縦歴はソーマルガのパイロットに比べてもずっと長い。
太陽と計器での二重のチェックを欠かしていないとなると、パーラの言葉を疑うなどありえない。
「そうなると、地図にない村ということになるか。あの川自体はどうだ?」
「これですね。東西に伸びているって情報だけですが、他にこの辺りで目立つ川はありません」
地図に載っているこの辺りの情報だと、川は一本のみ。
描かれている太い線を指でなぞってみれば、あの村の近くを流れる形とかなり似ている気がする。
「地図に情報を提供してくれた商人は、反乱の前までのことしか知らなかったそうなので、恐らく…」
「戦乱の後に新しく作られた村、か」
商人から得た地図の情報は、帝国で反乱が起こる前の古い情報だ。
反乱で国が乱れてから二十年にもなると、滅ぶ村もあれば新たに生まれる村も出てくる。
開拓村でも早ければ一年で村となることもあり得るが、川の流れを利用した堀を備えた立派な村となると、魔術抜きでは十年かかると思っていい。
そう考えると、あれは十年は優に経っている村という見方もできる。
「あの堀が賊の侵入を防いではいるようですが、そのうち丸太でも持ち出されたらすぐに村まで入ってこられますね」
跳ね上げ式とはいかずとも、この手の堀では人力で掛ける橋があるはずなのだが、それが見当たらないのは賊を村に入れないために破壊でもしたのだろう。
その判断は間違ってはいないが、それでも時間稼ぎにしかならない苦肉の策だ。
川の近くには急造の橋ぐらいには耐えられそうな木もいくつかあるため、賊がその気になったら丸太を堀に渡して村に押し入るのも十分にあり得る。
「のんびりしてたら村人が皆殺しにされるな。二人とも、悪いが手を貸してくれ。あの村を守るぞ」
「了解です。見捨てるわけにもいきませんからね。念のため、賊と思しき連中の言い分も聞いてみますか?」
十中八九、村を攻めている賊が悪者だとは思うが、万が一にも村に責めと非がある何かの事情を持つ可能性も否定はできない。
よくある王道ファンタジーと違って、必ずしも馬車を襲う何某かが絶対の悪とは限らないのが現実なのだ。
一応こちらから攻撃する前に、向こうに何か言わんとすることがあるのかは確かめるかどうか、そのあたりも言い出しっぺのロイドには決めてもらおう。
もっとも、返ってくる答えなどわかりきっているが。
「いらんだろう、そんなもの。奴らの前に俺達が立った時、向こうから勝手に攻撃してくるさ。それだけで討つ理由には困らんよ」
予想通りのドライな言葉に、俺も何か思うことはなく、うなずきで同意を示す。
たとえ相手が善良な人間だったとしても、攻撃を仕掛けてきたのなら反撃をするのを躊躇わない。
俺達はそういう世界で生きている。
「なら……パーラ、操縦代われ」
「え?アンディ、ロイドさんと一緒に降りないの?」
訝しむパーラを押しのけるようにして操縦を代わり、飛空艇の船首を村へと向ける。
「そのつもりだったが、今回はお前がやれ。トフト村の時は俺が行ったからな。そろそろひと暴れしたいだろ?」
「…いいの?」
こいつも別段バトルジャンキーというほどではないが、たまには好き放題に暴れさせないと、色々と溜まるものも出てくる。
特に手加減の必要もなく暴れていい相手というのは、ストレス発散にも丁度いいぐらいだ。
突然の提案に少し驚いた顔をしたパーラだったが、すぐにソワソワとしながら、全力で戦う未来を想像して顔がにやけ始めていた。
「ああ。いいですよね?ロイドさん」
「構わんよ。君達のどちらであっても、戦力としては何ら不足はない」
「そういうことならまぁ…やっちゃおうかな。よーし!」
ロイドの太鼓判ももらい、パーラは鼻息を荒くしながら操縦室を出ていく。
足音の遠ざかり方から、恐らく貨物室の武器を取りに行ったようだ。
魔術だけで十分だとは思うが、あの様子だと銃も担いでいくつもりだろう。
「敵は二十人もいないようなので大丈夫だとは思いますが、お気をつけて。やばくなったらすぐに飛空艇に戻ってきてください。一時撤退もすぐにできるので」
「その時は頼むよ。飛空艇は賊らの後方二十メートルぐらいの位置に降ろしてくれ。それだけあれば十分だ」
「わかりました」
まだ俺達の存在は気取られてはいないが、それでも二十メートルという距離に飛空艇がやってくれば気付かないわけがない。
賊の正確な装備はわからないが、まさか迫撃砲をもっているわけがないので、それくらいの距離なら一方的に攻撃を始められる。
なにせこちらは手練れの弓使いと機動力のある魔術師のセットで出撃だ。
襲われる側は大した時間もかからずに討ち取られるだろう。
飛空艇を飛ばし、着陸予定地点へ最短で降りると、すぐに船体後方のハッチを開放する。
予想通り、突然現れた飛空艇に賊達は驚いているようで、呆気にとられて立っているだけだ。
そんな状態の連中の前にパーラとロイドが姿を見せると、途端に金縛りから解けたように手にしていた武器を振り回しながら走り寄ってくる。
わかりやすい標的にできる人間を見たことで、そのまま攻め入って飛空艇ごと手に入れようという欲が、あれらを動かしているのだろう。
飛空艇に駆け寄る彼らは一体どんな未来を描いているのか、表情が分かるようになると、その顔はお世辞にも善良とは言えず、明らかに暴力と強奪に快楽を見出した人間性が丸出しだ。
これで実は賊側がいい奴らだったというパターンはほぼゼロになった。
何かを叫んでいるのか、口を開けたまま先頭を走っていた一人が、突然壁にぶつかったかのように後ろへと倒れこむ。
もちろん透明な壁があったというわけではなく、そいつが倒れたのは喉に突き刺さった矢のせいだ。
すでに身構えていたロイドが放った矢が、一番近付いていた男を餌食にしただけの話だが、次いでその左右にいた賊にもそれぞれ矢が突き立つ。
当然、そのいずれもが死んでいる。
一度に複数本の矢を正しく敵に撃ち込むロイドの弓の腕は、対集団でも威力を発揮し、ほんのわずかな間に三人が倒された衝撃は、敵の足を止めるのに十分な効果を見せる。
そしてそれに合わせるようにして、パーラの放った銃弾も足を止めた敵に襲い掛かった。
本来弓矢と違って連射性に優れた銃は、敵の集団へ無造作に弾をばらまくだけで十分に高い効果を発揮するのだが、今回は賊の後ろに村があるため、無駄な被害を避けて単発での発射を心掛けているらしい。
わかりやすい弓矢で倒れた仲間に対してはともかく、遠距離から音もなく死体に矢が残らない倒され方をされたことには大きく動揺している賊は、恐怖で身をすくめているところに殺到してきた矢と弾丸で次々に仕留められていく。
二十メートルという距離を射程距離内にできる人間が二人、地上に降り立つとこうまで蹂躙できるのかと、いっそ感動すら覚えるほどの手際の良さに、逃げ出す暇もないままに賊の全てが倒されてしまった。
狙いが外れたのかあるいはあえてなのか、何人かは息をしてはいるが、無傷といえる人間は一人もおらず、これで村への脅威は排除されたと見ていい。
あとは賊の生き残りを縛り上げ、村人に引き渡してから色々と話を聞いてみるとしよう。
この分だと、今日中に帝都へ着くのは無理そうなので、村で一泊して明日の午前に帝都着ぐらいに考えておくか。
その後も出血死で数は減ったものの、最終的に生きたまま捕まえた賊は四人となり、そいつらの身柄を引き渡すためにも、俺が直接村人との交渉へ向かった。
噴射装置で村に入った時はかなり怯えられたが、村を囲んでいた賊がいなくなり、恐る恐るといった様子で顔を見せていた村人達と友好的に話すことはでき、引っ込めていた橋を再び設置したことでロイド達も村へと入ることができた。
飛空艇で現れたのが効いているのか、トフト村でもそうだったが村人の多くはやはり遠巻きに見るのみで、かろうじて賊を引き渡す時だけは力自慢っぽい若者が近付いた以外は、村長だけが俺達と直接会話をすることにしたらしい。
出来てまだ新しい村という見立てに違わず、村長もまだ五十代に入るかどうかという若い男だ。
穏やかに話してはいるが、時折こちらを見る目には他の村人同様、怯えの色が僅かながら現れる時がある。
村を救われたという感謝はあるものの、たった二人で賊を蹂躙してみせた力が、自分達に向けられる可能性を恐れずにはいられないのだろう。
見たところ村の中で起きていた火は消されているようだが、そのせいでか怪我を負った人間も何人か見られる。
まだあたりに漂う焦げた臭いに、この村を襲った恐怖の一端を察してしまえば、この態度もやむを得ないと納得できる。
「反乱軍?ただの盗賊というわけではないのか?」
「ええ、そのように名乗っていましたな。見た目には盗賊そのものですが、国を憂いてどうのと。食料と金を寄越せと騒ぐものですから、私共も村に籠るしかできず…」
ここに来るまで疑問だった、村が賊に襲われた経緯や理由などをロイドが代表して尋ねてみるも、少し意外な答えが返された。
実際に相手を近くで見ても、単なる賊以外の何物でもないといった風体なのだが、まさかこれで反乱軍を名乗っているとは、驚きを通り越してあきれてしまう。
国に歯向かう反乱軍といえば民衆の味方というのが相場は決まってるが、この国だとただの盗賊が反乱軍に鞍替えしたという見方のほうがしっくりきそうだ。
「しかし反乱軍はずいぶん前にもう解体されたはずだ。仮に残党がいたとして、そんなのがよく村を襲うのか?」
「盗賊が出るのはよくあることですが、村に火矢を撃ち込まれたのは今回が初めてです。連中もかなり飢えているようでして、必死だったのでしょう。夏頃の大雨も長く、今年は作物も出来がよくないものばかりで、この村も自分達で食うのが精いっぱいという有様ですから」
盗賊が村を襲うなら根こそぎ奪うという真似はせず、しかも村人は脅しこそすれなるべく殺して数を減らしたがらない。
自分達が次に食うものを作ってくれる製作者には、生きて頑張ってもらいたいものだからな。
だが今回は村に被害が出ることもいとわず、火矢を使っているところから、なりふり構わずにことを進めようとしたのかもしれない。
もっとも、堀に囲まれた村に対して、選べる手がほとんどなかったというのも火矢を使った理由にはあるだろうが。
「…帝都では少し前に侯爵様が戦乱の終わりを宣言しましたが、だからといってすぐにすべてが元通りになるわけではないのです。帝都周辺では反乱軍のいくらかが帝国軍に吸収されたと聞きますが、そうせずに盗賊へ身をやつした人間も多い。あれらも元はその類だったのかもしれませんな」
死体となった賊はアンデッド対策で一箇所に集められて焼却する。
その前に、村の被害を少しでも補填するべく村人総出で死体の持ち物を回収する作業を見ながら、村長は疲れた顔でそう口にした。
今回、村人に怪我人はいても死人はいなかったのが不幸中の幸いだが、それでもこうしたことは何度もあったのを、嫌な慣れとして自覚しているのかもしれない。
パーシンプス侯爵が宣言したのは、帝国に起きた反乱の終結に過ぎない。
それは一つの大きな流れが変わったと言えるが、民衆、とりわけ帝都から離れた、国の目が届かない場所で暮らす人々にとっては、良くも悪くも変わらない日々が続いていたのだろう。
今のところ、俺が見た帝国は疲弊した国という印象だが、これが内乱の起こる前からこうだったのか、あるいは起きてからこうなったのかは、所詮よそ者に過ぎない俺にはわかりようがない。
反乱軍から盗賊へ鞍替えし、食うために村を襲うというのも帝国ではよくあることなのだろう。
政治機能が真っ当に働いていると思われる帝都周辺ならともかく、少し離れた地方ではいまだにこうだとすれば、まだまだ帝国の平穏は遠いと言わざるを得ない。
『仕方なかった』で始まる戦争はあっても、『助かった』で終わる戦争はない、まさにそれがこの村、ひいては地方の現状を表しているとは思えないだろうか。




