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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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世にある壁も壊れるのは一瞬

 地面に両手を付け、壁をイメージしながら魔力を流し込んでいく。

 圧縮した土を棒状に地面から伸ばして高さを揃えると、次は横へ手を伸ばすように広げて隣の土の棒同士をつなげて一枚の土壁を形成する。


 そして、村の防壁に空いている穴を埋めるように立ち上がった壁を、今度は無事な部分の壁へと馴染ませながら硬度を上げるために魔力をさらに注ぎ込む。

 時間をかければ、内部にトラス構造やハニカム構造を仕込むこともできるのだが、今は修復を優先して力業で壁を作っていく。


 あっという間に元々の穴は完全に塞がり、この村を守っていた堅牢な防壁が、再びその役割を果たすための姿へと甦った。

 それなりの魔力を消費し、疲労から溜め息を漏らしかけた俺の背後で歓声が上がる。


「おお!すげぇ!壁が生えてきやがったぞ!」


「土ってこんなのになるもんなのか!?」


「す、すげぇ!すごすぎるぜ土魔術師さんよぉ!」


 遠くから見ていた戦いも終わり、次は防壁の修繕かと途方に暮れていた村人達だったが、それも俺が一気に土魔術で終わらせてしまうと安心したらしい。

 ついさっきまでのこちらを訝しむような気配も大分和らぎ、精神的にも物理的にも距離は近づいたように思える。


「…改めて思うが、とんでもないな、君は。だがまぁ、おかげで一息つける。ご苦労だった、アンディ」


 壁の修復を隣で見ていたロイドがうなるように言い、力みが見えていた体を落ち着かせるようにその場に座り込んだ。

 戦いの疲れもあるだろうに、それでも壁を塞いで村の安全が確保されるまではと、張り詰めていた緊張をようやく緩めたらしい。


 弓使いが前衛に立って戦うという疲労とストレスは相当なもので、雪で冷たい地面に腰を下ろすことを躊躇わないほどに消耗したとみえる。


「なんとも立派な。まさかこれほどのものが朝を待たずに作られるとは。まこと、感謝いたしますぞ、アンディ殿」


 そしてそんなロイドの傍には村の長であるハーフリングの老婆がおり、たった今目の前で完成した防壁を驚愕と誇らしさの混ざった目で見つめながら、礼の言葉を口にしていた。

 村長としての責務からか、他の村人と違って最初から彼女だけは俺を遠巻きにはせずに接触してきたのだが、こうして村の守りが元に戻ると一安心といった様子で笑みも浮かべている。


 土魔術で防壁を作るというのには初め懐疑的ではあったが、実際に目の前でそれをやられてしまうと、受け入れるしかないのが人間というもの。

 最初から信を得ていたロイドと違い、飛び入り参加で魔物の討伐に加わった俺には多少なりとも不信感はあったのだが、これでようやくそれが払拭されたといっていいだろう。


「…ところで謝礼についてですが、いかほどご用意すれば?この村も貯えはそれほどは…」


 しかし安堵した様子から一転、沈んだ顔になった村長が申し訳なさそうに謝礼について尋ねてきた。

 応急的にとはいえ、土魔術師に頼んで壁を作らせるとなると決して安い金で頼める仕事ではない。


 この村……名前はトフトというそうだが、ここも冬に備えて多少貯めこんではいるだろうが、見たところ主な産業が農業である以上、決して裕福とはいいがたい。

 一応断りこそ入れたがほとんど勝手に俺が壁を作ったわけだが、その上で払うべきものは払おうというその姿勢は好感を覚える。


「そちらに関しては、金銭ではなく情報で謝礼をいただきたい。村長さんがおっしゃる通りなら、心もとない貯えとともに恨みを貰うのもごめんですから」


「情報、ですか。私達でわかることなら一向に構いませんが、いったいどのようなことを?」


 対価として情報を求められたことに安堵した村長だが、同時に俺が求める情報を自分達が持ち得ているかの不安からか、こちらの顔色をうかがうような態度を見せる。


「メノク・スーロンについてです。実はそれを求めてあちこち出向いてましてね。どこで手に入るのか、それと買うとしたら値段などを。あぁ、それと見た目に関しても教えていただきたい」


「おやまぁ、そのようなものでよろしいので?それぐらいなら話せますが…しかし見た目ですか。最近は手に入ることも随分減ったせいか、実物を知らない人間も増えましたなぁ」


 実は商人ギルドでメノク・スーロンの話をしたときに、見た目に関してのことを聞き出すのをすっかり忘れていた。

 ルガツェン帝国でしか手に入らないというインパクトに惑わされ、そういった重要な部分をすっ飛ばしてここまで来てしまったのだから、俺もかなりの間抜けだったと今さらながらに後悔している。


 商人ギルドでも少し聞いたが、メノク・スーロンが国外に出回らなくなったのは帝国の鎖国体制もあるが、そもそも流通量が減ったのが大きいらしい。

 クーデターから二十年近く経っていながら、他国との交易が正式に始まらないのは、未だに国内で出回る物資の量が不安定だからだという見方もある。

 それが全ての要因というわけではないが、献上品というブランド性もあって、若い人間には実物を知らないで育つのも少なくないのだろう。


 何か感慨深いものでもあるのか、村長は懐かしそうな目で遠くを見ており、その様子から、メノク・スーロンはしばらく目にしていないと思われる。

 そうなると、現状、ルガツェン帝国国内だからといって簡単に手に入る品ではないのかもしれない。


「…それで、外見についてでしたな。あいにく現物はないので口頭でとなりますと……ラディッキオはご存じですかな?」


「もちろん」


 ラディッキオは、地球にあったものとほぼ同じものがこの世界にも存在している。

 日本だとイタリアンチコリ、またはトレビスと呼ばれるが、葉でかまぼこと梅肉を包むと最強の酒のつまみになる野菜だ。


「ではそれが形としては近いかと。大きさも大体同じぐらいでしょう。ただ、色合いはだいぶ違いまして、鮮やかな青色をしています」


「珍しいですね。ラディッキオは普通、赤黒いでしょうに」


「まぁ形が近いだけで、実際は別の野菜なもので。作り方もかなり特別だと聞きましたな。作れる土地も限られていたのに、そこも反乱軍が荒らしてしまって、もう今では作ることは出来ないそうです」


 それなりに長く続いた戦乱で、国は荒れて人も疲れ果てているのか、村長の嘆く声は聞くのも辛いものがあったが、そこに含まれていた聞き捨てならない言葉が俺の顔を引きつらせる。


「……作れない?メノク・スーロンが?」


「ええ、作り手もだいぶ減っていましたし、見切りをつけて他の農地へ移ったのかもしれません。今の世では、少量の高級品を作るよりも腹を満たせる量を作るのが割に合っていますからな」


「いや、それでも…どこかで細々と作っているという可能性も―」


「ないとは言い切れませんが、まず期待されぬほうがよいでしょうな。メノク・スーロンについては数年前にどこぞから流れた噂が最後…もう目にすることは叶わぬでしょう」


 一縷の望みも村長にやんわりと否定されてしまい、俺はもうすぐにでも座り込みたい。

 まさか遙々やってきて、こんな結果になるとは、あまりのショックで尻が二つに割れそうだ。

 しかし、理解できないことでもない。

 この手の話は日本でもよくあった。


 特定の地域でのみ作られる野菜が、増えすぎた野生動物に食い荒らされて農家が廃業にまで追い込まれたという、近代日本では随分増えていた事例だ。

 もっとも、野生動物が食うために人の生活領域へ入り込んで畑を荒らすのに対し、戦争の一部として畑を荒らすのではまったくの別物と言っていいので、メノク・スーロンを途絶えさせた輩は地獄に落ちるべきだろう。


「ただいまー。村の周りには魔物はもういない…え、なに?アンディどうしたの?なんかあった?」


 ここにはいない農家の敵に怒りを燃やしていると、空気が抜けるような甲高い音とともにパーラが空から降ってきた。

 戦いが終わったあと、村の周りに他の魔物がいないかを確認するため、一度合流したパーラには今まで飛び回ってもらっていたのだ。


 どうやらもう周辺に脅威はないようで、仕事を終えて意気揚々と帰ってきたパーラが見たのが、様子のおかしい俺ということで、戸惑った様子でロイドへ視線で説明を求めた。


「君らが探してるものについてちょっとね。それはそれとして、見回りご苦労さん。安全が確保できたのならなによりだ。村長、このことを村の人達に伝えてくれ。今夜からは安心して眠れるぞ」


「ええ、すぐにでも。ではお三方、ひとまず私はこれで。改めて、この度は誠にありがとうございました。お礼には足りぬとは思いますが、よろしければ今夜は村に泊っていってくだされ。大したことはできませんが、精一杯のご用意をさせていただきます」


「ありがとう。お世話になります。……で、なにがあったの?」


 村長が離れていくと、残された俺達のうち、この場の事情を唯一知らないパーラに諸々の説明を始める。


「えぇ!?もうメノク・スーロンって手に入らないの!?」


「村長の見立てだとそうらしい。今でもどこかで作られてると俺は信じたいが」


「その目は薄いって言われたばかりだろう?諦めたほうがいい。しかし、そんなもののためにこの国に飛び込んでくるとは、君達も貪欲だな。…まぁ空を飛べるからこそ、気軽に足を運べるんだろうが。まさか、飛空艇を持っているとは思わなかったな。どういう経緯であんなものを手に入れたんだ?」


「ソーマルガにちょっとした伝手がありまして。あれも借り物ですよ」


 ソーマルガ皇国が独占状態にある飛空艇は、今やどこの国も喉から手が出るほどに求めているもので、それを個人で乗り回している俺達は、こういう奇異の目で見られることにもすっかり慣れた。

 今の世の中だと希少性は群を抜いて高く、どんな手を使ってでも奪い取るという人間も珍しくないため、個人所有ではなく国からのレンタルだと言い張るほうが都合はいい。


「そう簡単に借りられるものでもないと思うが…まぁいい。そう言うとなると、明かせない事情もあるだろうしな」


 飛空艇の所有をソーマルガ皇国が保証しているというのを察し、踏み込んで尋ねることをやめたのは、経験則からだろうか。

 こちらとしても別に後ろ暗さはないものの、一からの説明は面倒なのでこの対応は楽でありがたい。


「こっちのことはもういいよ。そろそろロイドさんの話を聞かせてよ。なんでこの国に?ソニアさんは一緒じゃないの?」


「俺もそれを聞きたかったところですよ。ソニアさんが攫われたって話ですけど、まさかそれを追ってここまで来たと?それに、どうやって国境を越えてきたんですか?」


「え、ソニアさんが攫われたって…どういうこと?あの人を攫うなんて、まさかドラゴンが?」


 俺はロイドに助太刀したときにソニアが攫われたということだけ聞いていたが、それすら知らなかったパーラの驚きは相当なもので、RPGゲームのお姫様みたいにドラゴンが攫ったという推測は、そのままソニアへの戦力評価の表れか。

 ただ、言われてみればパーラのこの推測もあながち的はずれと笑い飛ばすことはできず、案外ドラゴンに攫われたという方が信憑性は高く感じる。


「そんなわけがあるか。君達は姉さんをなんだと思ってるんだ。…気持ちはわからんでもないが」


 流石にドラゴンが関わっているということはないらしく、ロイドが語ったのは普通に人間によって攫われたソニアのストーリーだった。

 持てるコネと金をフル活用して、馬から船まであらゆる手段で道を急いで、二か月という短い時間でここまでやってきたのはひとえに執念の賜物といっていい。


 淡々と話してはいたが、それでもそこには後悔と怒りが隠し切れないほどに込められており、この分だと誘拐犯と顔を合わせたら、いきなり問答無用で射殺する未来がありありと思い描ける。


「なるほど、麻痺毒ですか。使いどころを入念に整えれば、避けるのは難しいでしょう。それならソニアさんが捕まったのも納得できます」


「そこまで準備して捕まえるぐらいなんだから、ソニアさんに何かよっぽどの目当てがあったってことだよね?そのあたりはわかんないの?」


「いや、そこまでは知らなかったようだ。姉さんと俺を捕まえたら、ルガツェン帝国へ連行するってことしか教えられていなかったよ、その女は」


 ソニアが連れていかれた後、ロイドは誘拐犯の仲間である女を捕まえて、痛みを伴う話し合いをした結果、突き止められたのは行き先ぐらいだ。

 他にまともな情報を与えられていなかったのは、その誘拐犯が女を信用していなかったことに加え、おそらく用が済んだら始末する気だったからだ。


 ロイド達姉弟をルガツェン帝国へ運んだあとは、口封じされていたに違いない。

 もっとも、口封じという点ではすでにロイドが手を下しているので、女の命運はどの道変わらなかったが。


「それで単身ルガツェン帝国へ潜り込んだ、と。でもどうやって?私らは飛べるから簡単だったけど、ロイドさんは無理でしょ。まさか律儀に関所を通過してってわけじゃないよね?」


「当然だ。あんなところ、ただの人間が通れるところじゃない。裏道を使ったのさ」


「裏道…そういうのがあるんですか?」


「ああ、存在自体を知っている人間はそういないがな。あのヨルバルを安全…とは言えんが、橋を使わずに渡れる、今となっては唯一の方法だ」


 そう言ってロイドが顔を歪めたあたり、裏道を使うのはそれなりのリスクがあるのかもしれない。

 ヨルバルを渡る橋はほとんどが先の内乱で破壊されて落ちており、未だに再建される動きもない。

 そのため、帝国内への侵入方法が極端に制限されている中で、ロイドが姉を追うためには多少の危険に目をつむってでもその道を使わざるを得なかったわけだ。


 しかし知る人間の少ないはずの道を通ってきた言うことは、ロイドはこの国に土地勘があるということになる。

 ひょっとすると帝国の出身なのか?

 だとすれば、ソニアが攫われたのもそこに関係がありそうな気がするな。


「じゃあソニアさんもそこを使ったの?」


「いや、姉さんは普通に関所を通ったんだろう。あの男、誘拐の主犯はかなりの上位者からの命令で動いていたふしがある。与えられた権限を行使すれば、姉さんを連れていても関所を通過するのは問題ないはずだ」


「ロイドさん、それが事実だとすると、ソニアさんを攫っていった人間はこの国のかなり深いところにかかわる人間ということになりませんか?もしソニアさんを奪還するとなると、ルガツェン帝国を敵に回すことも…」


「わかっている。もとよりその覚悟はある」


「……そうですか」


 本来鎖国状態の国を出て、たった一人を拐かして戻ってくるのに正規のルートを使える誘拐犯となると、やはりこの国の貴族、それも現状の帝国のトップであるパーシンプス侯爵かそれに近い権力者からの密命で動いていたのだろう。


 誘拐の目的は未だはっきりせずとも、実行犯がどこに属しているかは予想がついたため、ソニアを取り戻すためには帝国を丸ごと相手取るだけの覚悟はいる。

 ロイドにはその心づもりも出来ているようだが、腐っても一国を敵にするとなると一人の人間の手には余る。

 ソニアを知る身としては、できるなら俺も救出を手助けしてやりたいところだが。


「それで、ソニアさんがこの国にいるとして、今どこにいるかは分かってるの?」


「さっぱりだ。実は俺もこの国に入ったのは一昨日のことでな。姉さんの行方を探るのにもまずは人の住む場所をとさまよって、この村に来た。着いてすぐ、村の壁が壊れてて魔物に襲われそうだってんで、迎撃に出てたところをアンディが助けてくれたってわけさ」


「ということは、ロイドさんもこの村には来たばかりということですか。着いて早々魔物と戦うなんて、災難でしたね」


「まったくだ。君達がこなかったら、村の連中に死人が出ていたかもしれん」


「だからって弓使いが前に出て戦うのは無茶だよ。そもそも、なんでここの壁って壊れてたの?まさかさっきの魔物がやったとかじゃないよね?」


「流石にあの程度の魔物に壊せるほど柔な壁じゃないだろ。見たところ、自然に壊れたっぽいぞ」


「アンディの言う通り。夏の大雨で基礎の一部に緩みがあったのが、今日の朝方に決壊したそうだ」


 ここの防壁自体は堅牢で作りも確かだが、その建つ地面に緩みが出てはどうしようもない。

 本来なら異変に気付いた時点で早急に手を打つべきだったが、それだけの大掛かりな工事となると人でも金も相当かかる。

 この村の資金力では、恐らく一年は貯め込んでから直したいところだろう。

 それが今朝方には崩壊してしまったのだから、運が悪かった。


「それってさ、私らがこなかったらどうするつもりだったの?今ここで壁が直せるのってアンディだけでしょ」


「どうにもできんな。急なことで補修の建材もろくに用意できなくて困ってたらしい。この村の大工でも一日二日でどうにかできる仕事じゃないしな。欠けている防壁の左右を崩して無理やり塞ぐって手もあったが、まぁそんなのは最後の手段だ」


 ここの防壁は土を石材で挟んで積み上げた、オーソドックスな造りだ。

 あまりにも大きい穴だと難しいが、この村のケースであれば穴の両端を崩せば簡易的に塞ぐことは可能だ。


 ただ、その場合も崩した後は防壁の高さが変わるため、土壁となった部分に手を加える必要はあるが、どのみち魔物と闘いながらでは難しい作業となっていたはずだ。

 おまけに防壁全体の耐久性にも影響が出かねないし、あくまでも急場しのぎでその後の復旧にもとんでもなく手間と時間がかかるとなれば、本当に後がない、最後の最後に取らざるを得ない手となるだろう。


「一応聞くが、あの直した部分はどれぐらいもつものなんだ?流石に今日明日に壊れるとは思わんが、なにせ元は土だ。ずっと残せるものでもないんだろう?」


「可能な限り頑丈には作りましたから、かなりもつはずですよ。何もなければ一年は余裕ですね」


 大量の魔力を注ぎ込んで丁寧に作ったおかげで、修復した場所は他の部分と比べても耐久力では決して劣っていないと自負している。

 とはいえ、人間が堅実に積み上げた建造物と比べれば、経年劣化への耐性が高いとは言い難い。

 一年二年は大丈夫だとは思うが、五年十年先となると流石に保証はできない。


「それだけもてば十分だろう。どうせちゃんとした建材で直す必要はあるんだ。村長にその旨伝えれば、あとは俺達がどうこうする話じゃない」


 すでに一度、基盤が崩れているのだから、一度本格的な点検を実施すべきと、村長もわかっているはず。

 俺達はこの村に長く留まるわけにはいかないので、ロイドの言う通り、あとは村の住人がどうにかするのだろう。


「さて、この村のことはこれぐらいにして、この後君達はどうするんだ?メノク・スーロンはもう手には入らんのだろう?」


 ここで話題を切り替えるように、声のトーンが変わったロイドが、こちらを試すような目で見てくる。

 なんとなく、言いたいことは予想できるものの、はっきりと本人の口から告げられるのを待つのみだ。


「ええ、まぁ」


「ならば、君達の腕を見込んで一つ頼みたい。姉さんの救出に、君達の力を貸してほしい。できる限りの報酬も出す。だから…このとおりだ」


 そう来るだろうと分かってはいたが、改めて本人の口から伝えられると、そこに込められた悲壮感にこちらがいたたまれなくなる。

 頭まで下げられてはなおさらだ。


 この姉弟と短い間ながらも繋いだ縁は、確実にソニアの身を案じる気持ちを助長しており、その境遇に同情せずにはいられない。


 本音を言えば救出を手伝うのも吝かではないが、何せ今回は国を相手に立ち回ることにもなりかねない。

 俺達はこの帝国で頼れる人間はまずいないし、それはロイドも同じはず。

 ロイドも黄級の冒険者としての縁を頼れば、帝国に来る前なら誰かに助太刀を求めることもできただろうが、その暇も惜しんでまっすぐ帝国へ来てしまったのが仇となっている。


 誘拐犯がわざわざロイドに、国や公的機関を頼らないよう釘を刺したぐらいだ。

 そちらの方にも根回しは済んでいると見て、まともに戦力として数えられるのは俺達三人ぐらいだろう。


 このロイドの頼み、頭では危険性を計算し始めている一方、心の方では助けてやりたいという思いが強く湧いてきている。

 国によって引き裂かれる姉弟、その理由は定かではないにしろ、見過ごすには経緯に非道が多かった。


 権力者の横暴に立ち向かうのは好物である身としては、悪の帝国へ喧嘩を売るのも一興と、日本人としての敢闘精神が奮い立つのもまた事実。


「いいで―」


「そんなの頼まれるまでもないよ!ソニアさんは友達なんだから!絶対助けなきゃ!ね、アンディ!」


「……お、おう、そうだな」


 意を決して是を口にしようとした俺にかぶせるように、鼻息を荒くしたパーラが割り込んできた。

 その言い分はこいつらしいものだが、こういう時、毎度謀ったように俺の決意表明を盗んでいくのは、実は狙ってやっているのではないかと密かに疑っている。


「そうか、恩に着る。ありがとう…本当に、ありがとうっ…!」


 俺達の言葉を聞き、悲痛な顔をしていたロイドの表情も幾分かやわらぎ、涙をこらえるように礼を口にしていく。

 頼れる者がほとんどいないまま、強大な敵を相手取る絶望感は俺にも覚えはある。


 一人で立ち向かう覚悟はあったとしても、たった二人とはいえ助けがあるのは精神的な余裕もかなり大きい。

 今ロイドが嚙み締めている安堵は、きっとこの先ソニアを助けるための活力となるに違いない。


「それじゃあロイドさん、この後の行動の指針を教えてください。ソニアさんを助けるにしても、まず何から始めましょうか」


 このままだとロイドが泣いてしまうかもしれないので、とりあえず俺達の行動の指針を共有しておくとしよう。

 何をするにしても、まずはロイドに決めてもらわなければな。


「ああ。まずは帝都を目指す。姉さんがそこにいれば手っ取り早いが、過度な期待はやめておこう。この国の首都である以上、そこなら情報も集まるはずだ。何らかの手掛かりはつかめるかもしれない」


 人と物が集まる物流の中心で情報を集める、単純ではあるが今の俺達には他に手はなく、また単純がゆえに一番あてにもできる。

 悪くない手だ。


「帝都ですか。聞いた話だと、反乱の初期の頃に攻められたんですよね?もう復興してるんですか?」


「いや、そもそも攻められたのは皇帝の居城であって、街自体はほとんど被害がなかったらしい。だから争乱の終結が宣言された後も、そのまま政治の中心に使われているって話だ」


 内乱が起きてすぐ、反乱軍と帝国軍が衝突した流れでそのまま帝都は陥落したと思っていたのだが、今も政治の中枢のままということは、反乱軍は街をあまり荒らさなかったと思われる。

 俺も人から聞いた程度だったが、意外に反乱軍は無頼の徒が暴走しただけの集団というわけでもないのか。


「それだとさ、私らが帝都にそのまま行くのもまずくない?ソニアさんを攫った奴ってこの国の偉い人の指図で動いてたんでしょ?政治の中心ってことなら、帝都に黒幕がいそうなものだけど」


「確かにな。だが敵だって、帝都に出入りする人間を完璧に把握できているとは限らない。街に出入りする際の身分確認さえ回避すれば、俺達が潜り込んだと知られず動ける。初めは情報収集に徹し、姉さんの居場所を突き止めたら素早く片を付けるんだ」


「そうなると、門衛に気づかれない侵入方法が必要ですが」


「それに関しては、君達の例の道具に頼らせてもらう。確か二人がかりなら、大人の男も何とか運べるそうだな?」


「噴射装置ですか。なるほど、それも当て込んで俺達に手伝いを頼んだんですね?」


「そういうことだ」


 俺とパーラでロイドを吊り下げて飛べば、首都を守る高い城壁でも飛び越えるのは不可能ではない。

 懸念するなら門を飛ぶ際に見張りに見つからないかだが、それは夜間に決行することでクリアできる。


 噴射装置という、他にない器具を持つ俺達だからこそ可能な方法だが、それにしてもロイドは俺達がいなければどうしていたのだろう。

 まさか城壁をノソノソとよじ登って突破しようなどと、そんな無茶はしないとは思いたいが……いや、姉を追ってとるものも取らず一目散に帝国へ来るほどだ。

 意外と考えなしにそういう手段にも走りそうな危うさはあったかもしれない。


「帝都はこの台地の北寄りの中央にある。ここからなら馬を潰す勢いでも十日ほどだな。飛空艇ならもっと早いはずだが、当てにさせてもらってもいいか?」


「わかりました。上空の風次第にもなりますが、何もなければ全速力で一日かそこら、最悪でも二日はかからないとは思います」


 俺達が飛空艇でルガツェン帝国へ来るまでに通ったルートだと、東南から強い冬の風が吹いていた。

 それがこの時期特有の天候なのかはわからないが、少なくとも飛行速度には影響が出ていたので、帝都までもその風の影響は織り込んで時間は算出させてもらった。


「そんなに早く着けるのか……どこの国も夢中になるわけだ」


「まぁ私らのは特に速いんだけどね。それじゃあ今後の予定も決まったことだし、そろそろ夕食にしようよ。私、ずっと飛び回ってたからもーお腹がペコちゃん」


「なんだその言い方。けど、確かに腹は減ったな。ロイドさん、続きがあるなら食事のあとにでもどうですか?」


「そうだな、もうかなり夜も深いが、戦いの後ってのは腹は減るもんだ。村長の厚意に甘えて、何か食わせてもらおう」


 そう言って村の奥、村長の家と思われるひときわ大きな家を目指して俺達は歩き出す。

 この短時間でいろいろあったが、とにかく疲れと空腹をいやすために、腰を落ち着けたい。


 俺達はこれから国を相手に、ソニア奪還という大それたことをしようというのだ。

 並の人間なら腰の引ける大事だけに、それに臨むための英気を養わねば。

 さしあたり、美味いものを食ってしっかり寝て、明日に備える。


 俺達の戦いはここから始まる……始まってしまったとも言えよう。

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