冬野菜は伊達じゃない
例年に比べて長かった秋が終わり、ペルケティア教国にも本格的な冬がやってきた。
国土に標高のばらつきが多いこの国は、土地ごとに気候が違うことも珍しくはないが、冬だけは平等に極寒が襲ってくる。
特に北方の山々から吹き降ろす風は冷たく、極端に気温が下がる時には凍死者を量産してしまうほどで、強風の音色とともにやってくる寒気を『命を連れ去る笛』と人々が恐れているほどだ。
聖職者ですらその恐怖に怯えているのだから、たとえ神のご加護があろうと、冬の寒さから逃れることなどできないと、不謹慎にも歌った吟遊詩人がかつてはいたとか。
こうした冬の寒さを凌ぐためにできることはどこの国も同じで、寒さが厳しい時は家から出ずに過ごし、春の訪れを静かに待つのみだ。
ただ、冬眠しない人間はただ引きこもっているにしても多くの食料を必要とするため、雪で物流が滞る中でも経済活動は鈍くとも行われていく。
この時期、市中に出回る食料のほとんどは秋の間に備蓄されたものなのだが、冬であっても手に入る自然の恵みはそれなりにあり、そういったものは季節の風物詩のような扱いで取引され、商人達にとっては冬の間の貴重な稼ぎとなる。
ペルケティア教国ではその風物詩の代表に、『雪伏せ』という葉物野菜が存在する。
見た目はホウレン草や小松菜のような葉物野菜然としたもので、雪の下からカーブを描いて生えてくる特徴ゆえにそう名付けられたそうだ。
日本でも寒い時期に育つ野菜はあるが、こうもしっかりと雪の中から生えてくる葉物となると、この世界ならではと言っていいだろう。
冬においしい旬の野菜などというちゃちなカテゴリーではなく、本当に雪の中に生える冬野菜なのがまた面白い。
雪の中にある畑でも種を播いてから一月半で収穫ができるという、とんでもない成長スピードを誇る野菜で、生食の味はさほどでもないが、火を通せばどんな食材とも相性が良く、冬に手に入る新鮮な野菜として重宝されていた。
かつては雪伏せであくどく稼ぐ商人もいたそうだが、市場の安定を目指した商人ギルドがこの手の品を安定供給するようになったため、今では平民にも手を出しやすい貴重な冬場の栄養として広まっている。
「―ってわけなんだよね」
以上、雪伏せの来歴をパーラの口から語ってもらった。
一国でしか流通していないマイナーな野菜も、元商人だけあって知っていたのは流石だ。
なんでも、ずっと以前に兄が偶然手に入れたものを見たことがあり、その時に色々と教えてもらったのだそうだ。
なお、食べたことはないそうなので味もその時の伝聞のみだ。
ペルケティア教国の主都マルスベーラに雪が降ると同時に出回り始めたこの雪伏せを、なんとなく物珍しさから買ってみたのが事の始まりだ。
飛空艇に戻り、台所で食材を前にどう調理するか悩んでいたところで、パーラが懐かしそうに雪伏せについて教えてくれた。
知ってはいたが食べたことのない食材ということで、興味もあるのか語る唇の端には唾が光っている。
「なるほどな、調理に使いやすい野菜ってのは分かった。しかしそのままじゃ使いにくいってんなら、やっぱ煮込み系か?」
「そうだね、あんまり焼いたりとかはしないと思う。肉と一緒に煮込むのがいいんじゃない?今だとリーキなんかとも合わせやすいかも」
リーキ、いわゆるネギと同類だが、こちらのリーキは日本でなじみのある長ネギとは違ってだいぶ太く、水分も比較的少なく堅いため、煮込み料理の食材としてはわりとポピュラーな野菜だ。
生育はふつうに暖かい内に進むが、収穫だけなら冬に入っても可能であり、これも冬野菜では代表格といってもいい。
肉とリーキ…ネギを煮込むとなると、日本人の舌にはすき焼き以外の選択肢が無くなるのだが、そこに葉物野菜が加わるのはどうなのかと少し悩む。
まったく合わないということはないだろうが、なにせ俺はこの雪伏せの味を知らない。
割り下の味と喧嘩しないのか、ここはひとつ、味見をして調理のリアリティを上げてみよう。
緑色の束になっているものから少し分け、さっと水で洗ったものにまずは一口噛り付く。
「え、生でいくの?おいしくないって話だけど」
いきなり雪伏せをそのまま齧った俺を見て、パーラが驚いた顔でそう口にした。
先ほど生食には向かないと言ったばかりでのこの行動だ。
そのリアクションも無理はないが、自分の舌で経験するのがいい時もある。
もしかしたら、こっちの世界の人間ではまずいと思ったものでも、日本人の舌ならまた別の味も……。
「ぶっ!べっ!ゲロ不味っ!」
未知への挑戦で数回咀嚼したところ、俺はたまらず口の中のものを吐き出してしまった。
飲み込むどころか、舌が味を認識した瞬間にこれだ。
これは確かに、生食には向かない。
「ほらー、言ったじゃん。生じゃだめなんだって。ぺっしなさい、ぺっ。…どんな味だった?」
えづく俺を気遣って水の入ったコップを差し出しながら、それはそれとしてたった今吐き出した野菜の味をパーラが尋ねてくる。
食に関しては某美食倶楽部の人間並みに貪欲なこいつには、伝え聞くだけではわからない生の味が気になってしまうらしい。
「んっぶぇ…とにかく青臭い。葉っぱをかんだ瞬間に出てくる汁が、雑草を何倍にも煮詰めたぐらいの臭いだ」
口の中を水で洗い流しながら、たった今俺の舌が捉えた情報をパーラと共有していく。
農家だった前世では野菜を生で食べる機会はそれなりにあったが、ここまで強烈な青臭さのものは初めてだ。
正直、ヨモギをそのまま食べた時以上の衝撃だ。
ただ、不思議と苦さは気にはならず、この臭いさえどうにかなればサラダでもいけそうな気はするが、その臭いがどうしようもないのでは、やはり加熱調理で食べるしかない。
「そんなに?…嗅いだぐらいだとそんな感じはしないけどなぁ」
残っていた葉を持ち上げ、鼻に寄せて嗅いでもなんともないようなパーラの様子から、生で食べたときに攻撃してくるタイプの臭いなのだろう。
犬並みに嗅覚の鋭いパーラが平気そうなのだから、本当に生食がダメだというのが身にしみて分かった。
それでは、今度は熱を加えての味見だ。
葉物野菜の類なら湯がくだけで十分なはずなので、お湯を沸かして軽くくぐらせてみる。
暗い緑色だったものが鮮やかさを増し、張りのあった葉がしんなりしだしたところで、ふと立ち上る湯気に妙な匂いがかすかに混ざっていることに気づく。
極端に薄めたメープルシロップか黒糖、それらに似た香ばしさがほんの少しだけ感じられる甘い匂いだ。
使っている鍋はちゃんと使う前に洗ってあるし、それ以前に砂糖の類を使った料理はここしばらく作っていないため、この甘い匂いは今ゆでた野菜から出たものだということになる。
「パーラ、この匂い分かるか?」
「どれ?…あ、ちょっと甘い感じの匂いがするよ。多分これ、雪伏せから出てるんじゃない?」
「やっぱりそうか。こういう匂いが出るって聞いてたか?」
「うーん、私もずいぶん昔に教えてもらっただけだからね。でも、たまにあるとか言ってたような…」
子供の頃、たまたま兄に少し教えてもらっただけの知識だ。
すべてを完璧に覚えているなどと期待はしていないが、それでもこの言いようでは甘い匂いが何か危険なものの兆候というわけではなさそうだ。
たとえ幼いころに知った知識であっても、命に関わるものをまるっと忘れるほどパーラもバカではない。
そういうことなら、これはこのまま食べてしまっても構わんだろう。
とはいえ、万が一の可能性も考えて、すぐに吐き出して胃を洗浄できるように準備だけはしておく。
早速お湯から引き揚げてみると、なぜか甘い匂いはすぐに薄れていき、数秒経ったところでただの茹で野菜と変わらない匂いになってしまっている。
なんとも奇妙な野菜だと思いつつ、まずは一口含んでみるが、先ほどの衝撃から警戒心が先に立ってしまう。
おっかなびっくりと歯を立てる弱気を自覚しつつ、舌の上へと導くように噛んでいく。
だが今度は警戒していた臭いはやってくることはなく、むしろ爽やかな風味が口の中に広がる。
吐き出すほどだったあの青臭さは鳴りを潜め、感じられるのはほんのかすかに清涼感を感じさせるアクセント程度。
シャクリとした歯ごたえと、切れがよく後を引かない苦みはケールかセロリにも似たさっぱりとしたもので、たった数十秒湯通ししただけでこうも違うのかと、驚きと戸惑いを同時に感じている。
ちょっとした感動すら覚えていると、俺を見つめるパーラの目と視線が合う。
目を輝かせてこちらを見るその顔は、たった今俺が食べたものを無言でねだっているかのようだ。
今度は派手に吐き出したりしなかったことで、自分も食べてみたいとアピールし始めた。
別に意地悪をするつもりもないので、パーラへ茹がいたものの残りを渡すと、すぐさま嬉々として口へ放り込んだ。
「んー!いいじゃんこれ。食べやすいよ」
「ああ、そうだな。熱を通すだけでこんなにも違うものか」
「これは野菜の中でも極端な方だと思うけどね。他にこういう風に変わるのって聞いたことないし」
野菜の中には熱を通すことで甘みをましたり風味が変わるものは多いが、ここまで熱処理前後で印象が変わる野菜は初めてだ。
地球のものとほとんど同じ食材が多い中、こういった変わり種は異世界ならではだろう。
実に面白い。
この味なら、確かに煮込みなんかに向いているとは思うが、ここで俺に閃きが浮かぶ。
ちょっと湯に通しただけでこれだけ美味いなら、合わせる食材もあまり火を通さないで食べれる料理にしてみたい。
となると、これを使ったしゃぶしゃぶでいくのが正解か。
雪伏せの爽やかな味と組み合わせるなら、濃厚な肉の脂がベストマッチだろう。
野菜と肉を同時に湯に通し、柑橘を絞った汁と醤油につけて食べる、これに勝る料理があろうかいやない。
ちょうど冷蔵庫には熟成中の肉もあるし、それを使ってしまおう。
さすがにしゃぶしゃぶ用に肉を薄く切り出すのは自分でやらなければならないが、美味い飯のためならばそれも苦にはならない。
問題はどれだけ作るかだが…しゃぶしゃぶは飲み物といっても過言ではないし、パーラはバカみたいに食うから結構な量を用意したほうがよさそうだ。
今から作れば夕飯はしゃぶしゃぶにありつける。
なんとなく夜に食うイメージがあるだけに、ちょうどいいともいえる。
まぁしゃぶしゃぶなんていつ食っても美味いし、なんだったら朝から食ってもいい。
そういえば、和食も随分食ってなかったな。
最近はずっと忙しかったし、食材を買い漁る暇もなかった。
ここらでひとつ、故郷の味を楽しむ時間を過ごし、明日への英気を養うとしよう。
特に英気を消費してはいないけど。
パーラにも手伝ってもらったのだが、結局薄切り肉と出汁の作成に思ったよりも時間がかかってしまい、夕飯には少し遅い時間に料理は完成を迎えた。
ただ、食材のほうはいいとして、しゃぶしゃぶにはカセットコンロが必要だと思い出し、その用意にも手間取ったのも遅くなった理由となる。
実はこんなこともあろうかと、密かに雷魔術で稼働するIHもどきの小型コンロを試作していたことがあったのだが、どこにしまったのか思い出せず、今回は活躍の機会を失ってしまった。
ひょっとしたら唯一の機会だったかもしれないと思うと、やるせない。
代替案として、焼いた石を砂箱の上に敷き、そこに鍋を置いて簡易の卓上コンロとすることで代用したが、これが意外と出来が良く、もうこれでいいとすら思ってしまう。
とにかく、これでしゃぶしゃぶのセットが完成となり、さっそくテーブルを囲んで料理に箸を伸ばす。
肉と雪伏せ、両方を抱き合わせるようにして箸でつかみ、温めてある出汁に浸ける。
こうしてみるとはりはり鍋と似た趣はあるが、しゃぶしゃぶと俺が言ったらそうなのだ。
頃合いを見て引き上げ、自家製ポン酢につけて一気に頬張る。
ほどよく残る肉の脂が雪伏せのさわやかな味わいと混ざり合い、口の中が幸せでいっぱいになってしまう。
「うん、うまい」
思わず漏れた本音は、料理の味はもちろんのことだが、同時にしゃぶしゃぶという日本食を食べられたことによる喜びも表している。
こういった繊細で優しい食事というのはこの世界ではそう出会うことはなく、先日までの森で粗食続きだった日々を思うと泣きそうになるくらいだ。
「んー!お肉なのに結構さっぱりしてるね。このタレもいい。こういうのならもたれにくいし、いくらでも食べられそう」
俺と違ってまだ箸は未熟なパーラは、器用にフォークを二本使って肉を出汁にくぐらせるという、なかなかアグレッシブなスタイルだが、しゃぶしゃぶ自体は楽しんでくれているようだ。
しかしいくらでも食べられるというパーラに戦慄を覚える。
こいつの胃袋は宇宙だと思っている身としては、肉はともかく、雪伏せはあまり数は用意していないので、できればパーラには肉で腹いっぱいになってほしい。
俺はこの雪伏せが気に入ったので、こっちをメインにいきたい。
「けど、しゃぶしゃぶ鍋に添えるのがパンってのはどうもな」
次の肉と野菜を泳がせている間に、主食として用意したパンを手にとってはみたものの、鍋料理にパンは違和感を覚えてしまう。
「そう?別にいいんじゃない?」
「まぁパンも悪いとは言わんが、こいつは白米でいきたいんだよな」
もともとパンが主食のパーラにはそうでもないが、鍋は米で食いたい人種の俺は、やはり白米を用意したかったのだ。
だが生憎米の備蓄は切らしており、やむを得ずパンを食卓に上げたわけだが、いっそ無くてもいいと思えるぐらい、このしゃぶしゃぶはどうしようもなく日本食としての完成度が高かった。
いっそ適当な麦に雑穀を混ぜて炊いてしまおうかとも思ったが、それでも出来上がるのは白米には程遠く、したがって今回はパンで我慢するしかない。
なお、米がないということは、シメの雑炊もないということになるのが、ダブルパンチで痛い。
「フーン…じゃあ今度はお米も用意しとこうよ。お米と一緒に食べるのもおいしそうだし」
「そうだな、次の機会にな」
今回は雪伏せがあってこそのこのメニューになったが、次もまた同じものをやるかはその時次第だ。
比較的安定して供給されているとはいえ、冬の食料として欲しがる人は多く、次に十分な量を確実に手に入れることができるとは限らない。
しゃぶしゃぶなら肉だけでやれないことはないが、この味を知ってしまうと物足りなさを耐えきれるかどうか。
次の機会があるとしたら、その時は米もそろえて万全の布陣を敷きたいものだ。
そうして料理に舌鼓を打ちつつ、用意した食材のあらかたがパーラの胃袋へ吸い込まれたころ、鍋はシメの段階へと移る。
当たり前だが異世界に鍋のシメなどという概念はないのだが、パーラはすっかり俺の流儀に染まっているため、特に戸惑うこともない。
米がない以上、シメは麺を使うしかないのだが、あいにく中華めんやうどんといった気の利いたものまでは手が回らず、これもありものの乾燥パスタを使うことにした。
日本では割とポピュラーなスパゲッティは、一定の品質のものを安く手に入れることは難しくない。
だがこの世界で一般人が手に入れられる乾燥パスタの質というのは、お世辞にも上等とは言い難い。
用意できたのは太さも不揃いでやや縮れた、平民が普段口にするあまり質の良くない品だ。
とはいえ、パスタとしては普通に食える品なので、鍋に入れてしまえば汁を吸って十分美味しくなる。
温めなおした出汁にパスタを入れ、普段よりやや長めに茹で時間をとると、肉と野菜のエキスを存分に吸って太ったご馳走パスタの出来上がりだ。
早速皿にとりわけ、すするように口へ導いてやれば、そのあまりの美味さに一瞬宇宙が見えそうになりかけた。
出汁が染み込んでいるのは言うまでもなく、しかしそれ以上に麺の風味が段違いによく感じる。
その理由は、スープとなった雪伏せの風味のせいだ。
あの嫌みのない青臭さがパスタに残る小麦の風味と相まって、上質なパスタを食べているような気分にさせてくる。
本来出会うことのないこの二つの匂いだが、鍋というスモールワールドで一つになると互いに高めあって化けるとは、料理という化学変化の妙にうならされる。
「うまい!こらうまい!おかわりもらうよ!」
じっくり分析するように味わう俺とは反対に、ただ味の暴力を余すことなく食らうパーラはあっという間に自分の皿を平らげると、すぐに次を盛り付けて食べ続ける。
あれだけ肉を食って、腹いっぱいだと言っていたにも拘わらず、シメのパスタまで嵐のようにむさぼる姿は、普段通りといえばそうなのだが、鍋の魅力に取りつかれて狂っているともいえなくもない。
最近はそうではなかったのだが、急にこういう姿を見るとこいつの健康が不安になる。
その内医者に健康診断でもしてもらうべきか?
「…改めて思うが、冬の食材も美味いものが多いな。この雪伏せ以外だと、他にどんなのを知ってるんだ?」
雪伏せがあまりにも美味かったため、この世界の旬の野菜というものに興味が出てきた。
未知の食材への好奇心は抑えがたく、また調理法でこれだけ化けたのなら、腕の奮い買いもあるというもの。
他にもなにかよさそうなものがあるのなら、ぜひ教えてほしい。
「私もあんまり知らないんだよね。これだってたまたま知ってただけ。他の気になるなら、商人ギルドに聞きに行ったら?」
「商人ギルドか、この手の情報だとそっちがあったな。んじゃ明日行ってみるわ」
確かにこの手の情報なら、ふつうは商人ギルドへ問い合わせるのが普通だが、それに思い至らなかったあたり、俺もしゃぶしゃぶで興奮していたようだ。
「私も一緒に行くよ。こんな美味しいのが他にあるなら、食べないわけにはいかないでしょ!」
ハンッチュとさらに残っていた最後のパスタを一巻き、口へ放り込みながら威勢よくそう言うが、食への欲求だけが前面に出ている姿勢には呆れもする。
元商人なら、これで儲けようという発想は出ないものだろうか?
「……お前の食い意地には頭が下がるよ」
「いやいや、そんなそんな。私なんてまだまだで…」
「褒めとらんが?」
明けて翌日、朝から商人ギルドへやってきた俺達は、窓口で早速その手の情報を求めてみた。
商人ギルドと冒険者ギルドは連携が上手くとれており、冒険者がこうしていきなりやってきても、よほど希少か機密指定でもされていなければ、情報の取得に金銭を要求されたりすることは基本的にない。
応対してくれた受付嬢は、最初こそ冬野菜の情報を求めた俺達に怪訝な顔を見せたが、パーラが情熱的に雪伏せの味について語ったことで、すぐに生温かい目で話を聞いてくれるようになった。
「冬に美味しい食材とはまた……それは我々ギルドが取引しているものの中で、ということでしょうか?」
「いえ、必ずしもそうというわけではなく。あくまでも冬に手に入る食材で、美味であるのなら何でもといった感じです。入手の難易度などは、この際無視していただいて結構ですので」
「左様ですか。そうなると、飛竜の卵を手に入れるというのも選択肢として……冗談です。ふふふ」
レアリティを考慮しないと言ったせいで、飛竜の卵すら食材として勘定されそうになったが、思いっきり渋面がでてしまう。
さすがに冗談だと笑っていたが、その選択肢をサラリと口にするあたり、商人の金稼ぎへの覚悟というものを一瞬感じた。
「少々お待ちを。雪伏せのようなものとなると……あぁ、凍みフラムなどはいかがでしょう?」
どこからか取り出した本のページをめくり、ある場所でその指を止めると、そこから粗末な紙切れを取り出してこちらへ差し出してきた。
思わず受け取ってみてみると、そこには細かい文字と何かの果物の挿絵が書かれていた。
この紙から読み取れるもので判断するに、その凍みフラムとやらはどこかに自生する果物で、冬まで木に残っている実が寒さと乾燥で水分が飛んで作られるらしい。
フラムという果物自体はマンゴーのような見た目だが、出来上がる過程を考えると、干し柿のようなものだと思われる。
面白いことに、資料によれば人間の手で作ることは何故かできず、自然界で偶然見つけるしか今のところ入手法はないとのこと。
「こうして見ると、随分と希少性は高いようですが、味はどうなんです?」
「そうそう!それが肝心だよ!」
俺の頬に額をぺた寄せして一緒に資料を見ていたパーラが、凍みフラムの味を確かめようと受付嬢へ詰め寄るが、その反応を見越していたように綺麗な笑みが返される。
「ええ、大変に美味だと聞いています。天上の果実とはこのことだと、凍みフラムを食べた貴族が語ったという逸話が残っていますから」
「…天上の果実ねぇ」
そうボソリと言うパーラの顔は白けたもので、多分俺も同じ顔をしている。
人間が想像しうる最上級に美味い果物といえば、天上の果実だと誰もが言う。
だがこれは食べたことがないからこそ言える言葉だろう。
なにせ実際に食べた身からすれば、天上の果実にあたるあっちの世界の果物は、ごく普通の味だったのだから。
その言葉だけでは凍みフラムへの期待は決して高まることはないが、とはいえ商人ギルドが蓄える情報で味が保証されているとなると、そちらの方向からは味も信用できそうだ。
「ちなみにその凍みフラムはギルドの方で扱ってたりは…」
「しませんね。なにせ見つけるのも運次第なものですから。数が手に入ることもあれば、一つも手に入らないで冬が明けることもありますし」
当たり前の問いに返されるのは、当たり前の答えだ。
自然界で、しかも偶然作られるものとなればそもそも手に入ること自体が稀。
おまけに安定して売りに出せる品ではないとなると、さぞかし値も張ることだろう。
…よし、他のにしよう。
「凍みフラム以外で何かありませんか?できればもう少し手に入りやすいもので」
凍みフラムの情報が載っていた紙切れを返却し、別のものについての情報をお願いした。
正直、そそられはするが手に入らないのなら、求めても仕方がない。
味は多少劣っても、入手難易度が低いものの方が俺は嬉しい。
受付嬢もその気持ちは理解してくれたようで、特に嫌な顔をすることなくまた本をめくり出す。
「そうですねぇ、他のものとなると…メナク・スーロンなどもよろしいかもしれません」
『メナク・スーロン?』
「はい、とある国でのみ作られている野菜なのですが、これも非常に味がよいものだと聞いております。かつては王族にも献上されていたとも」
日本でも皇室御用達というものがあるように、貴人が手に入れる食材はどれも最高級品であることは間違いなく、その味が認められたからこそ献上に値するとされている。
王族に献上するレベルの野菜となると、それはとんでもないことだ。
たかが野菜、されど野菜。
雪伏せを知ってしまうと、期待せずにはいられない。
献上されるまでに味を高めて作られる野菜となると、一体どれだけのコストと情熱が注ぎ込まれたというのか。
元農家としては気になって仕方がない。
これは決まりだな。
俺たちの次の目標は、このメナク・スーロンを手に入れて食すことにしよう。
「そのメノク・スーロンは今手に入りますか?取り扱いがあるのなら是非売って頂きたい」
「残念ながら、現在当ギルドでは取り扱っておりません。恐らく、他の商人ギルドでも扱っているところはないかと」
「…扱っていない?献上品になるほどの品を?」
「ええ。以前はそれなりの量を扱ってはいたのですが、現在では入手経路が途絶えておりまして。ですので、どうしても欲しいというのであれば、直接現地へ行って取引するしかありません。…難しいとは思いますし、お勧めはしませんが」
商売というのは常に供給先が存在するとは限らない。
これまでの仕入れ先が使えなくなったとすれば、新たに入手ルートを開拓するのが商人というものだが、それができていないということは、何か事情があるに違いない。
こういう場合、欲しい人間が直接買い付けに行くのが確かに手っ取り早いが、それを渋るような受付嬢の言葉には何か含むものを感じてしまう。
「お勧めはしないというのは、一体なぜですか?何かよっぽどの事情でもあるのなら、教えてください」
「事情と言いますか……メノク・スーロンはある国でしか作れないと先ほど言いましたが、その国というのが問題なのです」
「問題というと?距離的なものなら俺達は気にはしませんけど」
山だろうが海だろうが一飛びで越えていける飛空艇を持つ俺らには、移動距離のデメリットなどほとんど存在しない。
国境線を飛んで越えていく存在を取り締まれる国があるのなら別だが、基本的にどこに行くのも自由なのが俺たちの強みだ。
「距離―もそうですが、問題はその国自体にあります」
「だからその問題ってなんなのさ。もったいぶらないで言ってよ。そもそも、なんて国?」
だんだん不機嫌さを押し出してきたパーラを見て、受付嬢は諦めたように国の名前を口にした。
「『ルガツェン帝国』…です」
ルガツェン帝国、その名を聞いた時、俺とパーラは揃って何とも言えない表情を浮かべてしまった。
よりにもよって、あの国か、と。
なるほど、これは確かに現地入りをおすすめできないわけだ。
受付嬢の歯切れの悪い物言いも、納得できてしまった。




