ある日森の中、魔術師に出会った
とある森の中の樹上には、秘かに作った小さな秘密基地がある。
風景に溶け込むために周囲から集めた小枝や葉を材料に使い、人一人が横になって寝られる程度の小さな空間は、天然のカプセルホテルとも呼べる形となっていた。
冷え込む夜でも毛布に身を包んで横になれば焚火などなくとも十分温かく、木の上という環境は多くの外敵からの攻撃から避ける天然のシェルターとしても優秀だ。
難点はトイレがないことか。
流石に他の場所へ移動して用を足すしかないが、それ以外はおおむね満足できる拠点と言っていい。
隣の木には同様に作った基地がもう一つあり、そちらはパーラが使っている。
声を張れば連絡にも困らない距離は、ちょっとした物のやり取りにも便利だ。
とはいえ、秘密基地という体裁上、外に音を漏らさないに越したことはなく、離れた会話にはお手製の伝声管が役立っている。
中空構造の植物と木のコップで作ったそれは、クリアな音声とはいかずとも悪くない出来だ。
数メートルの長さのを作るだけでかかる手間と耐久性を考えると、使うのは今回限りになるだろう。
『アンディ、来たよ』
「ああ、見えてる」
そんな俺達の基地からは、スコープを使えば森の外縁もそこそこ見えており、早速今日、導入訓練のためにやってきた魔術師部隊『バルガラ』の面々も観察することが出来ている。
少し前、ウルディオとの打ち合わせを終えて導入訓練のために先に現地入りしていた俺達だったが、基地の設営と地形の把握を終えてからは森の一部となって今日まで潜んでいた。
意外と快適だったとはいえ、木の上でジッとしているだけの無為な時間は終わりだ。
ここからは依頼された通り、若者達の壁となって立ちはだかる役目を全うする。
「おぅおぅ、どいつも締まらねぇ顔だな。俺達がこれから襲い掛かるとも知らずに」
『魔術師部隊に選ばれるくらいだし、特別な人間だって思いこめばああもなるでしょ。気の緩みも、ここまで馬車で荷物みたいに運ばれてきた反動ってとこじゃない?』
訓練に臨もうという人間にしてはのんびりとしたものだと呆れそうになるが、ダラダラとしていた隊員達が一か所に集まると、遠目にもその空気が一変したのに気付く。
隊員達の背筋が伸び、目付きもマシなものになっている。
「…顔色が変わったな。なにがあった?」
『どうも、キリクさんが叱ったみたいだね。集まるのに時間がかかったーとかで』
避難訓練の校長かよ。
しかし指揮官としての最初の仕事と思えば、その言い分も間違いではないか。
下手をすれば命の危険も有り得る訓練を前にあんなダラけた態度だ、釘を差したくもなる。
誰だってそうする、俺だってそうする。
それにしても、あの光景を見るにキリクは部隊長としてかなり有能だ。
緩く垂れ流されるようだった空気を一瞬で纏め上げるのは、人を率いる立場の者に必須の資質と言える。
隊員達にさほど委縮した様子もないことから、叱りつけたにしても加減が絶妙だったのだろう。
ウルディオの手配で少し前に初顔合わせをしたキリクは、その時点では魔術師としては並以上でも常識の範囲内の実力といった印象だったが、どうやら指揮官としての適性はかなり高かったと見える。
だからこそ部隊長に任命されたわけだが、こうして改めて見ると教会のお偉いさんも見る目が合ったのかと感心してしまう。
キリクの部隊長としてのデビューを眺めていると、次にウルディオが前に出て話を始める。
訓練の目的やら注意事項などを語っているとは思うが、唐突に一人の隊員にその場の全員が注目した。
注目を集めたのは遠めでも分かる、シペアだ。
そのまま何やらウルディオと言葉を交わしたシペアだったが、何かに絶望したかのように顔色を変える。
一体何があったのかという疑問は、伝声管から聞こえたパーラによって解消された。
『アンディ、シペアに私らのことがバレたよ』
「もうか?」
『シペアがなんかに感づいたみたいだね。ウルディオ司祭が普通に教えちゃってる』
この訓練に俺達がいることはシペアにはサプライズのつもりで黙っていたのだが、まさかスタートよりも早くバレてしまうとは。
そういえば、ウルディオには特に口止めはしていなかったな。
どこで俺達のことを嗅ぎつけたのか、勘のいいガキは嫌いだよ。
これではせっかく森の中に仕込んだあれこれも、シペアにはインパクトが大分薄れてしまう。
もっとも、他の隊員達は特に慌てた様子もなく油断してくれているので、ひとまずそれを良しとするべきか。
いや、何人か困惑した顔の人間もいるが、あれは恐らくディケット学園の出だろう。
近年の学園生には俺のことを知っている人間もいるため、ある程度腕の立つ魔術師として警戒はされているようだ。
ただ、それでもシペアほど腰が引けてはいないようで、これから始まる訓練に対する恐怖心はまだまだ薄いと見える。
あれなら、俺の仕掛けた罠にもいいリアクションを見せてくれるに違いない。
今回は実戦に即した訓練でとウルディオが指定したため、それに沿ったものを用意してある。
森の中にいくつも罠を仕掛け、その罠を突破してきた人間を俺かパーラが魔術で相手をするというシンプルな内容だが、考え無しに突っ走ってもまずクリアできないようなレベルのため、新兵達の阿鼻叫喚の悲鳴が今から楽しみだ。
とはいえ、魔術師ならば創意工夫で何とかなるよう設定にしてあるし、そこのところも期待したい。
本当はフリーフォール体験で隊員達の肝を試したかったのだが、ウルディオから『お前は何を言っているんだ』と真顔で呆れられてしまい、こんな何の変哲もない内容に変わってしまったのだ。
残念。
『お、最初の組が来るみたいだよ。アンディ、私らも準備しよ』
ウルディオの話が終わったタイミングで、五人一組に分けられた小隊が早速森の中へ入って来る。
同時に笛の音が聞こえたが、これはキリクが俺達に伝える訓練開始の合図だ。
主に俺とパーラへ部隊員が出発したことを告げる役割が大きい。
「よし、俺は北側の罠の起動、お前は南側のを頼む」
『了解、じゃあ後でね』
設置してある罠には、訓練時以外で発動しないようセーフティロックを仕掛けてある。
まずはそれを外し、新兵達へ牙をむくための準備を行う。
這うようにして秘密基地から抜け出し、噴射装置を起動させた俺達はそれぞれが反対方向へ飛び出す。
森に入った連中の移動スピードと進行方向から計算し、行動範囲で引っかかってくれそうな罠を頭の中でリストアップしていく。
最初の獲物ということもあるし、小手調べも兼ねて凶悪なタイプのは温存して、単純な罠から仕掛けて見るとしよう。
注意力さえあれば見破れるレベルの罠ばかりだが、果たしてどう挑むのか見ものだな。
―ひゃぁあああ!?
―ぬわぁぁああ!
ほんの数時間前まで、静けさだけを友にしていた森に若者たちの悲壮な声が響き渡る。
弱く差し込む日の光が木々の間を抜ける中、足をロープで絡めとられて宙吊りにされている男女一名ずつ。
重量に反応して作動するタイプの罠にかかった哀れな人間の姿だ。
本来は一つの罠につき一人をターゲットにしているのだが、隣り合わせで設置したものに同時にかかるとは、なんと仲良しな奴らだろうか。
付き合ってる?
「はーい、これで全員戦闘不能だよー」
高みの見物と洒落込んでいた木の上から飛び降り、逆さになった隊員達へ俺とパーラがタッチしていく。
既に身動きが取れない時点で生殺与奪はこちらに委ねられているが、あえて分かりやすいように触れることで終了を通告する。
サバイバルゲームでいうところのナイフアタックルールのようなものだ。
一応、この状態でも反撃か脱出を試みる予兆があれば少し見守ることにしているのだが、残念ながら今のところ罠にかかった時点での混乱から抜け出せた隊員はいない。
仲間を助けようといち早く動く隊員もいることはいるが、大抵は要救助者の近くに隠してある友釣り方式の罠にかかって文字通りのお縄だ。
俺お手製の罠は吊り上げられた衝撃がバンジージャンプの揺り戻しの比ではなく、この二人も気絶していないのは大したものだが、精神的な動揺を抑え込めていないのは致命的だろう。
実戦とは程遠い、たかが訓練。
この程度の罠で呆けていては話にもならん。
「では三隊目、これで全員が戦闘不能と見做す。他の三人も既に森の外に退避しているから、お前達もそちらへ行くように」
逆さづりから解放してやりながら、小隊の全員がこれでリタイアとなったことを告げていく。
先に罠で身動きが取れなくなった仲間を見捨て、二人でここまで突っ走って来たというのに、結局自分達も罠にかかって全滅となったことで、目の前の隊員は悔しそうな顔を見せる。
ここで食って掛かる気骨があるなら分かりやすく叩きのめしてやるところだが、先にそれをやった隊員がどんな目にあったかをリタイア組が他の小隊にも共有しているらしく、不満そうではあるが大人しくその場から立ち去っていく二人組を見送った。
完全に姿が見えなくなったところで、思わず俺とパーラの溜め息が重なった。
「ここまで小隊三つ、全員が罠で棄権とはねぇ。アンディ、これって魔術師の訓練としてはどうなのよ?」
「まぁよくはない。魔術師としての戦い方はなにも学べてねぇしな。正直、ここまで罠に引っかかりやすいのも予想外だったが」
今のところ三つの小隊が森に入り込んできたが、いずれも俺達が魔術師として対峙する暇もないほど速攻で罠にかかって退場している。
キリクからは実戦に即した訓練をと要請されてはいても、こうも魔術を使う機会がないと隊員達も何の学びもなく訓練を終えてしまいかねない。
その上でキリクが何かを狙っているというのなら、それも一向に構わんがな。
「しかし、罠を匂わせるぐらいはキリクさんも言ってるだろ?新兵とは言っても、流石に警戒心が薄すぎやしないか?」
「それは私も同感だけど、多少は仕方なくない?自覚がないみたいだけど、アンディの仕掛ける罠ってかなり意地悪だよ」
「そうか?落とし穴に吊り上げなんてよくあるヤツだろ。飛び出し棒は俺の自信作だが、気付ければそう対処には困らんはずだぞ」
落とし穴は土魔術で恐ろしく簡単に量産できるし、吊り上げ罠なんかはロープは外からの持ち込みだがそれ以外の機構は森の中にある材料で調達できるコストパフォーマンスに優れた罠だ。
ちなみにこの森に仕掛けた中でも、ワイヤーを足でひっかけると草むらの中から木の棒が起き上がって得物を突く、俺命名の『藪からスティック』は設置するのが一番楽しかった。
その藪からスティックだが、残念ながら今のところ餌食になった人間はいない。
是非誰かがくらうところをこの目で見たいが、こればかりは獲物の動き次第だ。
「気付ければね。偏執的に仕掛けを隠ぺいしてるから、普通は見抜けるわけないよ」
森の中に仕掛けた罠は、どれも殺傷能力自体は低いため、起動させるスイッチに気付きさえすれば魔術すら使わずとも対処は出来る。
もっとも、パーラの言うように罠も起動スイッチもカモフラージュは完璧なので、よほど注意したとして見抜けるかは才能の域に関わってくることだろう。
「いっそのこと、少しだけでも罠を見つけやすくするか?これじゃあ訓練にならん、とかキリクさんが文句を言ってくればなんか考えるが。けど、今のところそんな気配はないしなぁ」
「実戦に即した訓練でって言われてるんでしょ?だったらこのままでいいとか思ってそうだよ」
「かもな。魔術師の訓練、それも初回の部隊でやるのがこれで本当にいいのかねぇ」
ここまで罠だけで隊員を撃退してきたため、本気でバルガラの訓練の意義を案じ始めるが、それはキリク達指揮官クラスが考えることだとして、今は目を瞑っておこう。
ーピュィィィー…
先程送り出した隊員達が森の外辺へたどり着くまでの時間が少しあるため、水分とカロリーの摂取をしているところに、次の隊員の投入を告げる笛が鳴り響いた。
「ぁぐっん…えー、もう来るの?もうちょっと落ち着いて食べたかったんだけど」
「向こうはこっちの状況は知らないからな。仕方ないさ。ほれ、行くぞ」
固いパンを水で流し込みながら文句を言うパーラを急かし、俺も食べかけを急いで口に放り込んで噴射装置をふかして空へ上がる。
今のところ隊員達は三度ともほぼ同じ場所から森へ入り、その後それぞれの判断でルートを決めて動く。
スタートしたばかりの今なら、おおよその位置も予想は簡単だ。
あたりを付けた場所を目指し、ある程度近づいたと判断したところで噴射装置を止めて手頃な木の枝に着地する。
少し遅れてパーラも俺の隣にやってくると、遠くの方でぼんやりと見える人影の中に見知った顔を見つけて楽しげな声を上げた。
「来た来た……お?あれシペアじゃん!へぇ、次はあいつかぁ」
「残る小隊も二つだし、もう来るかとは思ってたけどな。しかしなんだ?あいつら。こっからでも空気が悪いのがわかるぞ」
今日四番目に森へ入ってきた小隊は、男四人と女一人の小隊だ。
その内の一人としてシペアの姿があった。
他の連中と違い、あいつだけそこそこの大きさの水嚢背負っているのは、使う魔術の媒介を現地調達に依存しないための工夫だろう。
よく備えたと花丸を上げよう。
先にリタイアした小隊の教訓か、周囲を油断なく見回しながら歩く姿は様になっているが、他の隊員、とりわけ先頭を歩いている三人の男女とはあまり良好とはいえない空気がある。
これまで見てきた小隊も必ずしも全員が和気あいあいというわけではなかったが、それでもあそこまでギスギスしてはいなかった。
「なんかあったのかな?」
「さてな。あいつらの人間関係を俺達はよく知らんし。なんとなくの印象で判断するのも本当はよくないが、あの三人が雰囲気を悪くしてそうな気もするな」
シペアの性格を知っている身としては、あいつも好き嫌いははっきりしてはいるものの、これから同僚となる人間を進んで嫌ったりはしないはず。
むしろ先を歩く三人が、シペアともう一人を視界に入れないよう進んでいる感じだ。
あの三人、背や手にある杖があからさまに高価な品とわかるもので、その点から貴族の関係者でまず間違いない。
シペアは言うまでもないが、もう一人の男も杖は決して高級品とは言いがたく、この二人の身分を下に見てあの態度だと思えば決しておかしいものではない。
そういう垣根を乗り越えるための小隊だとは思うが、あの様子だと貴族としての自尊心が大きいままで放置されてきたのかもしれない。
このまま行くと最初の罠までもうすぐだが、身分差に縛られたままで果たして全滅を免れられるとでも思っているのだろうか。
ー止まれ。罠だ
先頭の三人がズンズン進んでいき、あと数歩で罠が起動するというところで、シペアが鋭い声で制止をかけた。
突然背後からかけられた声に驚いたのか、自信満々だった三人の歩みがピタリと止まる。
そして自分達の目の前の空間を睨みつけるように見回すと、鼻で笑うように息を吐いて背後へと顔を向ける。
ー……おい下民、どこに罠があると言うのだ?私の眼にはそれらしきものは見えんぞ
立ち止まった三人のうち、一番偉そうにしている男はシペア達を下民と呼び、それがまさにこの小隊での関係性を俺達に知らしめた。
予想通り口調からして尊大、典型的な差別主義の貴族といった感じで、よくこんなので何の修正も受けずに今日までやってこれたものだと感心すらしてしまう。
さらに同調するように、女が蔑んだ目をしてシペアへ話しかける。
ーそうね、ここはまだ下草も浅いわ。罠を置くにしては見えが良すぎる。下手な仕掛けなら簡単に気付ける。それでもと言うのなら、根拠はなに?
まだ森の外縁に近いこともあり、この辺りの草木は視界の妨げになるレベルのものはほとんどない。
それでも罠を設置するなら、隠蔽の手間と時間がかかりすぎるため、正直効率は悪い。
それよりももっと適した場所が奥へ進んだ場所にはいくらでもあるのだから、こんなところに仕掛けるわけがないと、そう言いたいのだろう。
まぁそれが狙い目ではあるのだが。
ー俺があいつならここに仕掛ける。ほどよく視界もいい、罠を仕掛ける痕跡も見破りやすい、だからこそやる。あいつはそういう男だ
シペアの言葉を聞いて、思わず俺は笑い声を漏らしそうになり、寸でのところで堪えた。
知り合ってそれなりに長くとも一緒にいた時間こそ短いというのに、よく俺のことをわかっている。
実際シペア達の前にある罠は隠蔽率が高めなのを引き換えに、引っかかってもさほどダメージも入らない、いわば嫌がらせ程度のやつだ。
足止めやリタイヤ狙いではなく、罠があることで警戒を促す俺からの親切というわけだ。
「ぷふっ、アンディ、言われてるよ。しっかし、シペアも周りがよく見えるようになったんだねぇ。弟子の成長を見てる気分?」
「あいつとは弟子ってほどじゃねぇだろ。まぁ簡単に見破られたのは意外だったが、学園で揉まれて目が育ったのかもな」
「えー?なにその言い方。素直に喜べばいいじゃん」
「何がだよ。おい、肘で突っつくな。危ねぇだろうが」
なんとなくシペアをそのまま褒めるのが躊躇われ、少しぶっきらぼうな物言いになってしまった俺を、何が面白いのかパーラは肘で小突いてくる。
木の上でそれをやられると落ちそうで怖いからやめろや。
パーラに木から落とされるのを防御していると、眼下ではシペア達が罠を迂回するように動き始めたため、俺達もその行方を見守る姿勢へ移行したのだが、不意にシペアが歩みを止めて杖を大きく振るった。
そして、その視線をさまよわせたかと思うと、俺たちが潜んでいる木へとその目を留める。
ーところで、罠がここにあって俺達がいるとなると、あいつらは多分高見の見物と洒落こんでる可能性が高い。例えば……そことかなぁ!
シペアが声を張り上げた次の瞬間、突き出した杖から飛び出した矢じりの形をした水が散弾のように俺達へと殺到してきた。
「やばっ!?」
「ちぃっ!」
油断していたわけではないが、まさか居場所までは看破されまいという驕りが、ほんの一拍だけ俺の動きを鈍らせる。
水が襲い掛かってきた時点でパーラは噴射装置で後方へ飛び退っていたが、俺の方はつい防御を選んでしまった。
可変籠手で盾を作り、シペアの魔術を受けきった俺は、その衝撃で後ろへ弾き飛ばされ、受け身なくして無傷では済まない高さから落ちていく。
並の人間なら数秒もない落下の間、せいぜい走馬灯を堪能するぐらいしかできないが、俺には十分安全に着地できるだけの余地がある。
すぐさま落下予想地点の地面に土魔術で干渉し、空気をたっぷり含んだ柔らかい土を一気に盛り上げ滑り台の形を作る。
そして体を丸め、背中から落ちていく俺を受け止めるように滑り台をへこませ、そのまま滑り台を後転で転がりながら落下の衝撃を緩やかに分散させていく。
木の上から落とされた時点でシペアからの追撃もなかったのが幸いし、俺は無傷で降りることに成功すると、すぐさま地面を蹴ってその場から離れる。
なぜなら、一瞬前まで俺のいた場所を舐めるようにして水が殺到していたからだ。
水の正体は言うまでもなくシペアの魔術であり、落下時点からシペアは俺を捕まえるための水魔術を準備していたらしく、あのままのんびり着地の余韻に浸っていたら、今頃は水に絡めとられていたことだろう。
シペアによる発見から捕縛までの流れが実にスムーズで、これだけでも今日まで魔術の腕をどれだけ磨いたかが窺い知れるのだが、比較するとシペア以外の隊員達には物足りなさを感じる。
この短い時間で行われた魔術の攻防に目を丸くするのは、気持ちとしてはわかるが、シペアの援護に少しも動けていないのはいただけない。
これでは小隊を組んだ意味がまるでなく、たった一人で奮闘するシペアが哀れになる。
ここまでに見てきた他の小隊に比べ、連携という意味では落第と言う外ない。
なおも俺を追ってくる水の鞭を避けながら、こちらからも一当てするべきか迷っていると、突然シペアの背負っていた水嚢が破裂し、その中に詰まっていた水がそこらに散乱した。
少し遅れて辺りに強い風が吹き起ったため、パーラの風魔術が水嚢を狙ったのだと分かった。
俺から離れた後、シペア達の背後に回り込んだのか、完全に不意を突いたパーラはいい仕事をしたものだ。
一瞬驚いてシペアが硬直した隙に、仕切りなおすべく俺は噴射装置で上空へと飛び上がる。
その際、こちらを睨む勢いで見つめてきたシペアと目が合った。
たった今まで俺を翻弄していたというのに、その顔に油断は全く見られない。
確かに訓練である以上、挑むのはシペア達の方なのだが、それにしては随分と気負っているように思える。
それだけ真剣なのだと言われればそうなのだが、一方で何かを恐れているようにも見えるのは、果たして何に対してのものなのか。
よもや友である俺達を怖がることなどあるまいに、どんな思いがシペアの中にあるのか不思議でならない。
……まぁいい、人の胸の内などわかるものではない。
気にしても仕方ないし、俺は俺の仕事をするだけだ。
ひとまずこの場を離れたら、パーラと合流してこの後の動きを相談しよう。
当初の想定では罠メインで嵌めて訓練を進めるつもりだったが、思ったよりもシペアがやるようなので、こちらも趣向を変えねば無作法というもの。
友のためだ、思い出になるぐらいすごいのを体験させてやりたい。
態度の悪い隊員には矯正の意味もかねて、トラウマギリギリのいい感じの何かを味わわせてやりたいな。
最終的には俺達が魔術で制圧するというプランもあるが、怪我ぐらいは覚悟してもらって死なない程度には相手をしてやろうじゃないか。
そうなると、有用のが一つ思い浮かぶ。
『襲いくる森』という少し面白いネタがあるのだが、それを試してみるか。




