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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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怒りの日

バイクで街道を駆けて少しすると、道の脇に木の破片が散らばっているのが見えた。

普通の人なら見逃すところだが、俺にはそれがヘクター達の馬車の破片だと気付く点がある。

以前バイクで牽いた時の連結先に使ったパーツが一部分であるが、地面に散乱している破片の中に確認できた。


ここで襲撃を受けて、荷台から外した馬にパーラを乗せ、街道の先に逃がした。

ヘクターは賊がパーラを追撃するのを防ぐためにその場で留まり食い止めようとし、その際に賊から放たれた矢がパーラの肩に突き刺さって気絶したが、村への道を覚えていた馬はそのままパーラを乗せたまま走り続けたのだろう。


今この場で確認できる足跡は何人かの靴の跡と、賊が乗っていたと思われる馬の蹄の跡のみで、この場を離れていく馬の足跡は街道から逸れて藪の向こうへと続いている。


血痕が見当たらなかったので、ヘクターにも賊側にも怪我をした者はいないのかと思ったが、よくよく見てみると不自然に土の色が違う場所が見つかり、そこを軽く土を除けるようにして探ってみると血の跡が見つかった。


どうやら襲撃の痕跡を消すために賊が土を被せていったのだと分かり、そこかしこにあるこの隠蔽の跡から、ヘクターはかなりの数の敵を切っているのだと想像できる。

死体が無いのは賊が持ち帰ったか、あるいは目につかない場所に隠していったか。

いずれにしても、ここで得られる情報はこれ以上ないと判断して、馬が走っていったと思われる場所を目指してバイクを走らせた。


足跡を追うように走ること体感で20分ほど。

木や藪の生い茂っていた獣道のような光景から一転して拓けた草原に出た。

木々と小高い丘に囲まれたその場所は人の目を避けて行動する盗賊にはうってつけの場所のように思える。

現に、目の前には使い込まれて古びた布で作られた簡易のテントがちらほらと円を描くように立ち並んでおり、その中央では盗賊と思われる男たちがヘクターを囲んで何やら尋問じみたことをしているようだ。


盗賊にしては装備が統一されているし、馬の数も多いのが妙に思えるが、その中でも一際目立つ男がヘクターの前に立って何かを話している。

周りの者と比べて豪華な装飾が施されたプレートメイルを着ているその男は、160センチ程とこっちの世界では小柄な部類に入る身長と華奢な体つき、青みが強く見える銀髪を後ろに撫でつけ、遠目からでもわかる整った顔立ちから、どこかの貴族と言われてもおかしくないほどだ。


左右に立った男達に腕を後ろ手に掴まれて拘束はされているが、とりあえず生きているヘクターの様子に安心し、バイクから降りて姿勢を低くしながらゆっくりと近付いて行く。

連中はヘクターに集中して俺の存在に気付いていないため、先制攻撃のチャンスはこちらにあるのだが、人質を取られている形になるため、うかつには手が出せない。

交渉でヘクターをこちらに引き渡してもらうのも一つの手だが、その場合は相手にアドバンテージがあるため、いい結果が期待できるとは思わない。


今うてる手で実行可能な作戦は、広範囲に電撃を飛ばし、ヘクターごとその場の全員を行動不能にしたところでヘクターを担いでその場から逃げ出す、2つの意味での電撃作戦だ。

頭の中で段取りを組み立て、いざ実行に移そうとした瞬間、ヘクターとの話を切り上げた男がおもむろに剣を抜くと、両脇を抱えて立たされていたヘクターの胸元にその切っ先を突き立てた。


胸を突き抜けて背中に生えた形に見えるその光景が妙に現実味の無いものに思えて、剣を引き抜かれた反動でユックリと崩れ落ちていくヘクターの姿をただ見ているだけしかできなかった。

ドチャッという水分を含んだ布が落ちた時のような音が聞こえ、うつ伏せになっているヘクターの周りの地面ににジワリと赤黒い液体が滲んでいく。


「ヘクターッ!!」


強化魔術によって超人的な脚力を発揮して弾丸のように飛び出した俺に気付いた奴らが次々に剣を抜いて進路上に立ち塞がる。

進行方向には4人が俺に向かって剣を突き、振り下ろし、払いと様々な攻撃を放ってくるが、いちいちそれの相手をする瞬間すらも惜しい俺は全員の攻撃を走りながらの避け様に一人一人の顎先を的確に弾いて行く。


一度も立ち止まることなく通り抜けると、後に残された4人の男全員が意識を失って倒れ込む光景は相手に驚愕を与え、一時的にだが時間的な余裕が出来たことで、ヘクターの下に辿り着くことが出来た。


「ヘクター!しっかりしろ!くそっ、なんで血が止まらねぇっ!」


胸と背中に開いた穴に手を当てて水魔術での治癒を開始するが傷が塞がらず、どんどん血が出てくる。

血を操作して血管に戻そうと試みるが、そもそも臓器と臓器の隙間に流れ出ていく血の量が多く、全部を血管内に戻すことが出来ないでいる。

元々この水魔術の治癒は最近考案したものなのだが、初めての実践はパーラの怪我の治療の時というありさまで、まだまだ効率的に使うことが出来ずにいる今の俺にはヘクターの傷は手に負えるものではないのだ。


それでも多少の延命は出来たようで、ヘクターの閉じられていた瞼がうっすらと開くと俺と目が合い、微かに笑みの形を描いた口で何かを言ったようだが、一言だけ掠れた声で漏れただけだった。


「…パ…ラ…」


「パーラは無事だ。ちゃんと村にも着いたし、怪我も治療した。心配ない」


その言葉を聞いただけで満足したかのように力が抜けたヘクターの体からは治癒の力が失われていき、ついには傷口の再生が止まってしまった。


「おい待て…ヘクターっ起きろ!死ぬな!」


俺の編み出した治癒魔術は本人の回復力を補助して細胞の再生を促すやり方を意識しているため、相手の生命力が無いと再生自体が行われないようだ。

つまり、ヘクターという人間の命は今、俺の手の中で零れ落ちていったということになる。


ヘクターの死に頭が真っ白になっていた俺の首元に剣先が添えられて質問がなされる。


「小僧、何者だ?そこで死んでいる商人とは顔見知りのようだが。…いや、そう言えば妹が逃げていったな。あの矢傷ではただでは済まんとは思うが、一応止めを刺しておきたい。よもや貴様、行き先を知っているのか?」


こいつ…、今パーラも殺すって言ったか?



ヘクターを殺しただけでは飽き足らず、その上パーラまで手にかけるつもりか。







…あぁ、ダメだ。







俺は今、こいつを挽肉に変える方法しか考えられない。







「おい、何か言ったらどうだ。グエン様直々の問いだぞ」


どうやらこの貴族風の男はグエンというらしい。

周りの賊の連中もどこか規律の整った軍隊のような雰囲気があるため、もしかしたら本当に貴族なのかもしれない。


だが今はそんなことより、ここにいる奴らをどうやって惨たらしく殺してやろうかと、ただそれだけを考えている。

するとそんな俺の様子に痺れを切らした賊の内の2人がグエンの前へと俺の肩を掴んで立ち上がらせようとしてきた。


「おらっ、立て!グエン様がわざわざ貴様に―…あ?」


両隣に立っていた男のうちの一人が呆けたような声を出して動きを止める。

彼には何が起こったのかわからないだろう。

なにせ、死体の傍に膝をついていた子供の腕が自分の腹に突き刺さっている光景というのは実に現実味のないものに見えるはずだ。


「お前、ヘクターの肩を押さえてた奴だな?…なら苦しんで死んでくれよ」

そう言って腹に突き立てた手刀を握り込み、掴んだ臓物を引きずり出す様にして思いっきり腕を引く。


ブチュチュという音と共に男の内臓が外に飛び出し、辺りに血と糞便の混じった異臭をばらまいた。


「ゲアッガフッ、…お、俺のはらわたがっ…俺の…はら…ぁああ!!…ぁ…」


零れ落ちていく臓物を手で受け止めるようにしていたが、激痛と失血によって絶叫の後に気絶してしまった。

放っておいても死ぬだろうが、少しでも長く苦しんでほしかった俺としては早々に意識を失われると残念な気持ちが湧いてくる。


「…っお下がりください、グエン様!」


周りの者も突然の事態に一瞬呆気にとられ、仲間の一人が血と臓物の池に沈んだ姿を見て正気に戻ると、グエンを守る様に陣形を組んで俺に対峙して武器を向けてくる。

この場にいる全員、およそ14人ほどがこちらに警戒と敵意の眼差しを向けてくるが、それを受けても俺の心は全く怯むことは無く、むしろより一層凪いでいくかのようだった。


「ジェイス、ザムルはグエン様を守れ!この子供はおかしな技を使う。うかつに近付かず弓を使え!」


『承知!』


隊長格と思われる槍を持った黒いフルプレートの男を中心に左右に広がり、半包囲で俺を弓で狙い始めた。


先程の顎を殴られて気絶したのを特殊な魔術かなにかと勘違いした奴らは近付かずに遠距離からの攻撃で俺を倒すことに決めたようだ。

10本近い矢が自分を狙っている光景は、普通の人間なら恐慌状態に陥るのだろうが、今の俺には何故かどの矢にも恐怖を感じられない。

それにさっきから体のあちこちから雷の魔力が迸るような感覚が続いている。

この感覚に従えば危険はないと、直感が囁いているような気がしていた。


「放て!」


隊長格の号令を受けて一斉に俺目掛けて射られた矢が高速で飛来してくる。

上半身から下半身まで満遍なく当てることを意識しているのか、並の人間では逃げ場がないほどの数が襲い掛かってくる。

ドドドドと矢が突き立つ音が響くと、ハリネズミの様に矢が刺さっている俺の姿がそこにあり、それを確認した連中からは歓声じみた声が上がる。


「やったぞ!」


「仲間の仇だ、くそったれ!」


「ふん、所詮ガキか…」


俺が死んだと思い、口々に罵倒や怒りの言葉を吐きかけてくるが、残念ながら俺は死んでいない。

今、俺の体に矢が突き立っているように見える部分は肉体が雷状に変化しており、まったくダメージは無く、雷化している体の部分を操作して矢じりを次々と押し出していき、あっという間に体中に刺さっていたように見えた矢は地面に落ちて乾いた音を立てた。


これは俺が意図して起こした現象ではなく、強烈な感情の発露による魔力の暴走なのか、それとも新たな進化を迎えた魔術の姿なのか俺にはさっぱりわからない。


ただ言えるのは、今の俺の心の状態に非常にマッチした魔術の形であるということだ。


体は雷となったことで物理的な損傷を受けることは無く、周りの状況を察知する感覚もより研ぎ澄まされた感じがする。

何となく電磁波を感じ取っている気もするのだから、鋭くなった感覚に関してはこれが関係しているのかもしれない。


呼吸をするように雷を操ることが出来るおかげで、より複雑な運用も出来そうだ。


その光景を見ていた者達はまたも呆気にとられ、自分たちの目の前の存在に恐怖を覚え始めているようだ。

武器を持つ手が震えている者もおり、戦意を保てている者の方が少数だ。


「あぁ……なんだろうな、これ。変な気分だ。体はバチバチと暴れたがってるのに、頭は冴えてる……いや、いいや。とりあえず、次は俺からいかせてもらうぞ」


静かな怒りとはこんなにも冷たい声を作れるものなのだなと、少々場違いな感心を抱き、腰から抜いた剣の刀身に電気を通していく。


今まで使った時は赤熱化していただけだったのだが、今は空隙のある剣の腹の部分にプラズマ状の膜が出来上がっており、そのプラズマの形を変えたり瞬時に膨張させたりと俺の思い通りに操作が出来るようになっていた。


光り輝く剣を持つ子供という絵は中々に彼らの心を挫くのに役立ったようで、俺が一歩前に出るたびに連中は一歩下がるという構図になり、このままでは埒が明かないと判断し、俺から一足飛びに間合いを詰めて集団の中に飛び込んだ。

特に強化魔術を使っていたわけではないのだが、どうもこの雷化した体は身体能力が跳ね上がるようで、隊列を組む連中の真っ只中にまるで瞬間移動の様に現れる。


「消えっ―」


「いつの間に!?」


「化けもんがぁあ!」


「ひっ助け―」


驚く者、剣を振る者、助けを乞いながらその場を逃げようとする者と様々な反応を示したが、それに気を配ることなく次々と肉の塊へと処理していく。


反応できなかった愚図は唐竹に割り、反応出来た者でこちらに攻撃を加えた者はまずその武器を持った腕を切飛ばしてから腹に剣を突き入れ、同時に剣の腹に発生していたプラズマを膨張させる。


すると体内に突然現れた高温のプラズマによって体中の水分が一瞬で蒸発し、ミイラ状態になった体は内側から燃えて炭になった。


武器を落として逃げようとする者を見逃す気は無く、全員例外なく電撃か地面に落ちた武器を磁力で操って飛ばすといったやり方で殺していった。


「子供と思ったが、魔物の類だったか…」


声が聞こえた方向に視線を向けると、隊長格のフルプレートの男がこちらを見ながら槍を構え直して対峙していた。


一通り殺したと思っていたが、どうやら並ではない実力の持ち主の様で、その男の後ろにいる3人ごと俺の攻撃を防いだらしい。

単純に槍の腕前だけで攻撃を防いだならヘスニルのギルドマスター並みの強さだと推測できる。


「ディラン!さっさとそのガキを殺せ!私に刃向かった者を生かして帰すなよ!」


圧倒的な優位にあった先程からほんの僅かな時間で一気に窮地に陥ったことを理解したグエンが恐怖に引きつった顔でそんな言葉を投げつけるが、目の前の男、ディランにはそれに反応する余裕はないようで、俺に目線を固定したまま呼吸を整えている。


俺の剣が届かない範囲にいた敵には電撃か落ちた武器を飛ばしていたのだが、このディランとその後ろにいる3人には火傷どころか服に焦げ一つすらない様子に不気味さと警戒感が増し、防いだ手段を探るために今度は4条の雷の矢をそれぞれに向けて撃ち出す。

これならディラン一人だけが避けては後ろの3人に害が及ぶため、先程の攻撃を防いだその防御方法の正体が明かされるはず。


迫る雷に反応したというよりも、俺の動きから反射的に攻撃を予見し、攻撃の軌道に当たりを付けたのだと思うが、握っていた槍の穂先を揺らす様にして動かしたと思った瞬間、突然雷がその軌道を変えて穂先へと吸い込まれるようにして集まり、穂先でグルグルと渦巻くような形になったかと思うとディランがその状態の槍を地面に突き刺して散らしてしまった。


その光景に驚いているのは俺だけで、他の奴らは当然のように受け止めている様子から、奴らにとってこの結果は分かり切っていたことなのだろう。


今起きたことを俺なりに分析すると、槍が雷を集めていたことから、槍自体の特殊な能力、つまり魔道具としての機能を使った防御法ということになる。

単純に雷だけを集める機能というのはありえない。

雷魔術がメジャーではないこの世界で、雷に備える魔道具を作るのはあまりにも用途が狭すぎる。


「いかに貴様の魔術が得体のしれないものだとしても、魔力の流れを操るこのシウテスの槍にかかれば御するのも容易い」


少し自慢げだが慢心は無いディランの言葉によって槍の能力を知ることが出来たのだが、同時に危機感も生まれた。

槍の能力が魔力を操ると言うなら、雷化している俺に槍の能力で干渉されると一体どうなってしまうのか?

ろくな結果にならないと思うので試そうとは思わないが、魔術での攻撃は意味がないことから剣を使っての肉弾戦になるだろう。


「そうかい、なら別にいいさ。魔術がだめなら剣で戦うまでだ」


リーチの差でこちらの不利だが関係ない、底上げされた身体能力で押し切るだけだ。

剣先を相手に向けると相手も穂先を俺の目線の高さで止め、5メートルほどの間合いでお互いに牽制し合う。


「…名を聞いておこうか」


ディランからの突然の問いに一瞬素直に名乗ってしまいそうになったが、意味のないことに気付いて別の言葉を口にする。


「俺はただ怒りに任せて暴れる復讐者だ。名前に名誉も誇りも無い。名乗りは不要だろう」


それだけを言ってディランの首目掛けて高速で駆けながらの平突きを繰り出す。


ディランも当然全く予想していなかったわけではないので、僅かに左へステップを踏むことで避けるが俺もそれは織り込み済みのため、突きからの薙ぎ払いで首を刈りに行く。

本命は突きではなく、薙ぎ払いの方だったので十分に力の乗った剣は普通ならそのまま首を刎ね飛ばして終わりだがディランはやはり普通ではなく、槍の石突側を自分との間に滑り込ませるようにして盾にすることで防ぐ。


止められた剣にさらに力を込めて押し込もうとすると、その瞬間に槍からフッと力が抜かれ、いなされてしまう。

穂先が下になっているため、柄の半ば辺りを支点にして縦回転するように刃が俺の下半身側から襲い掛かるのを大きく後ろに飛び退って躱す。

魔力を操る槍とういうのならば、あの刃に触れるとまずいことになりそうなので大きく避けることでしか対処はできず、おまけにあの槍の硬さが尋常じゃないため力任せで両断する事が出来なかったのもあって、一度体勢を整えることを選択させた。


向こうの様子を窺うと、僅かに顔を顰めているディランが槍を構える姿に緊張したような強張りが感じられる。

今の攻防によって何かしらのダメージを受けたとは思えないが、俺の見た目にそぐわない膂力による攻撃に攻め方を変えようとしているのではないかと思われる。


今のやり取りのおかげで少し考えるだけの冷静さが戻ったため、俺本来のスタイルで戦うことを思い出した所だ。

目の前の男が先の攻防から読める通り、一級の戦士である以上は俺では勝つのは難しいだろう。

そうなると搦め手を交えての攻撃をするべきか。


そんなことを考えていると、今度はディランから仕掛けてきた。

槍を獲物としているだけあって、剣の届かない間合いの外からの攻撃を繰り出してくる。

近付けない以上は魔術か弓での遠距離攻撃が必要なのだが、槍の能力で魔術は効かないし弓は矢をつがえる間に間合いを潰されるか、よしんば発射できたとしてディランほどの腕前なら躱すか弾くかして防ぐだろう。


何合かぶつかり合うと、ディランの攻撃が突きを主体としたものだと気付く。

間合いが詰められるのを嫌ってのことなのか、明らかに偏った攻撃に何かの誘いかと思ったがその疑問はすぐに解けた。

先程までディランの後ろにいたグエンを含めた3人の姿が見えなくなっている。

視線で辺りを探ってみたがどこにも見当たらず、その俺の様子に気付いたディランがニヤリとした笑みを浮かべた。


「ようやく気付いたようだな。グエン様は既にお逃げになられたのだ。俺が貴様をここで足止めしているだけでグエン様はより安全な場所へと近付ける。無論、貴様を倒す気は微塵も揺らがんぞ」


中々に頭の方も回るようで、確かに俺をここに釘付けにするのならディランが最適だし、護衛も2人程度であれば速度と隠密性に優れる。

多分馬を使って逃げたと思うし、どっちの方向に逃げたにしろもうかなり遠くに逃げてしまっているだろう。


「大した忠義だな。あんな男にそこまでの価値があるか?」


言いながら牽制のつもりで電撃を飛ばすが、当然かき消されてしまう。


「ふん、貴様にはわからんよ。ただの忠誠心では図れないことも世の中にはあると知れ」


ジリジリと横にすり足で移動する俺に合わせてディランも対面を維持してついてくるので、置き去りにして逃げたグエンを追いかけることは出来そうにない。

どうあっても俺を行かせるつもりはないディランは再び嵐のような突きを繰り出してきた。


グエンを追うのを今は諦めるとして、目の前のディランに集中すると、この攻防にもすっかり目が慣れた俺が今度は仕掛けていく。

幾つかの突きを剣で弾いた後で、ディランがより力を込めた突きを放つのは既にパターンとして掴んでいたので、その時を待つ。

何度かの攻防が続いた頃、ついにその瞬間が訪れた。


強化された視力によって、通常の突きよりも僅かにディランの腕が引き戻る距離が伸びたのを確認すると、突きの軌道を読んで俺の顔の前に横に構えた剣の腹に空いている空隙に穂先を通す様にして受ける。

そのままでは顔に槍が突き刺さってしまうので、僅かに首を傾げるようにして躱す。

突きが当たる瞬間に剣の刃を返すようにすることで寸前までディランに俺の狙いを悟らせないようにし、見事に槍を剣の中に通して捕まえることに成功する。


「くっ!貴様っ、これを狙って!?フンっ!」


「させるかっ!」


引き抜こうとする槍の動きに合わせて剣を槍の柄に沿って滑らせるようにして前に駆けることでディランとの間を詰めていく。

組み付かれると判断したディランは即座に槍を手放し、後ろに飛び退って腰に差してあるショートソードを抜いて切りつけようとするが、その愚策には俺もディランもすぐに気付く。


ディランは恐らく槍を使った戦いに慣れてしまっているために、間合いを詰められた場合の咄嗟の行動にすぐに移ってしまったのだろうが、今の俺は雷そのものだと思われており、物理的な攻撃は効果が無いと思い出したようで、顔が顰められるディランとは対照的に、俺は笑みが深まっていく。


思いっきりの振り抜く動作を途中でやめられるわけもなく、ディランの剣は俺の横腹へと吸い込まれていくが、当然実体のない俺の体を捉えることは出来ず、通り抜けていって大きく腕の開いた形で俺の前にその姿を晒す形になってしまったディラン。


雷化の副作用か、完全に体を雷に変えると物を持てなくなるようなのだが、それは今は問題にはならない。

剣を一時的に手放してでも、ディランの一撃は防ぐ価値はあった。


そして、ディランの腹部目掛けて、雷化で尖らせる形で放電を維持した左手の手刀を突き込む。

フルプレートの厚さによって肉体にまで到達は出来なかったが、金属製であるのなら触れているだけで十分だ。

この一瞬、後退する動きを見せたディランよりも、最大出力での放電の方が早かった。


「ぐぉおおおっ!」


手刀の先からバチチという音と共に鎧の内部では電撃が暴れまわっているようで、ディランの絶叫が辺りに響き渡る。

数秒の間、放電によってディランの肉体が痙攣し、肉の焦げるような匂いがし始めた頃に放電を止めると、地面にその巨体が倒れ込んでいった。

電撃によって鎧の穴が拡張され、そこから見える肌が黒焦げになっていることから、生きてはいまいと判断する。

念の為に電撃を横たわっているディランに撃ち込むが、起き上がってくる様子も無い。


強敵と言える相手との戦いに勝てることが出来た喜びはあるが、それ以上にヘクターの死とグエンを逃がしたことが俺の心を穏やかにはしてはくれなかった。


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