ム所を出て最初に飲むコーラの美味さは異常
刑務所で提供される食事というのは、バランスが取れた健康的なものだ。
国民の税金で運営される以上は当然のことで、材料費と人件費の観点から吟味した、考え抜かれた結果と言えよう。
よくくさい飯、まずい飯といった例えはされるが、実際に食べてみるとそこまで言われるほどひどいものではない。
クリスマスにはケーキも出るし、正月にはおせちが食事に加わることもあり、最低賃金ギリギリで生活する人間よりよっぽどいい物を食っている。
とはいえ、人間というのは面白い生き物で、健康的なものばかり食べていても心の底から満足はしない。
確かに健康にいい物を摂取するのは正しいことではあるが、しかしそればかりを食べ続けるのが正しいかと言えばそれもまた違う。
糖と油に塗れたものを口にし、脳で得られる多幸感は他に代えがたいものがある。
刑務所の中では、いかにジャンクフードが恋しいかを語る受刑者が絶えることはないのがその証拠だ。
出所したての人間が真っ先にハンバーガーが食いたくなるのも、仕方のないことではある。
特に、娑婆に出て最初に口にするコーラは格別だ。
無論、刑務所でコーラが全く飲めないというわけではない。
時折開かれる特別な集会、特食ではコーラを飲む機会はあるのだが、檻の外で飲むコーラはそれに比べて何倍もうまい。
一息に飲んだコーラの炭酸がゲップに変わって鼻から通る瞬間の爽快感たるや、下手なドラッグよりも脳に効く。
この瞬間のために刑に服していたと言っても過言ではない、それほどにすごいのだ。
生憎こっちではコーラなどはまず手に入らないのだが、ハンバーガーに関しては俺が齎したため、あるところにはある。
アシャドルでは名物と化しただけあって、ハンバーグを模倣したと思われる料理も近頃ではあちこちに見られるようになった。
もっとも、再現度はピンキリながらも未だにハンバーグと認められるクオリティのものには出会ってはいない。
唯一、ソーマルガに一軒だけ名乗るに相応しいものを出している店はあるが、そちらは俺がアドバイスをした結果なので例外とすれば、ハンバーグを名乗るに値する料理を出す店はまだまだ少ない。
ペルケティアにもハンバーグを真似たと思われる料理を飲食店で見かけたが、やはり正しい作り方を知らないせいで流行るとまではいっていないようだ。
以上、釈放後の腹を満たすコーラとハンバーガーを切に願う俺ではあるが、無いものは無いのならば諦めるのが肝要。
この際だ、とにかく何か口にできるのなら贅沢は言うまい。
牢にぶち込まれてから今まで、水の一滴すら口にしていない。
とにかく今、俺は腹が減っているんだ。
陽が落ちてもう随分経ち、夕食時から酒飲みの時間へと移っている街中を一人、空腹を満たすためにさ迷い歩く。
一国の首都ならこの時間でも食堂は開いているものだが、詰め所から適当に選んだ道は生憎酒場だらけとくれば、迷っている暇はない。
適当に目についた酒場の一軒を選んで入ると、外から聞いた喧噪を裏切らない賑わいに襲われる。
宗教国家の首都とは言え、夜の酒場の顔など大差ないと、安心感すら覚えた。
「おや、いらっしゃい。初めての人だね?おすすめはいるかい?今だとガラ酒のいいのがあるよ」
空いているカウンター席へつくと、給仕の女性が声をかけてきた。
すぐに常連ではないと気付いて、メニューを見るよりも早く気を利かせてくれた。
「いや、酒はいいから何か食いたい。とにかく腹が減ってるんで」
「なら黒鳥とねじれ豆の煮込みなんかどうだい?今日のもいい出来さね」
黒鳥の方は初めて耳にするが、ねじれ豆はペルケティアだと割とポピュラーな野菜だ。
その名の通り、鞘ごと豆がねじれるようにして成る、俺から見ると風変わりな豆だが、そら豆と似た風味がいい味を出している。
スープの具にしたのを俺も何度か食べたことがあるので、鳥肉と煮込んだのも美味そうだ。
「じゃあそれを一つ。払いはこれで」
酒はなしにして料理を一品だけなので、そう高くはならないと判断し、大銅貨を一枚女性へと手渡す。
酒場飯の相場を考えれば、これ一枚でお釣りが出るはずだ。
もしもこれ以上の金額となれば、少し困ることになる。
何せ今手持ちは今出した大銅貨一枚と、後は銅貨二枚しかないのだ。
実はさっき詰め所を後にした際、没収されていた装備を返却してもらうのを忘れたせいで、現在の俺は財布を持ち合わせていない。
別に後ろめたいことはないので受け取りに戻ってもよかったのだが、クールに去ってきた手前、すぐまたのこのこと顔を出すのは少し気まずい。
持ち物は日を改めて返却してもらうとして、しかし財布だけは持ってくるべきだったと少し後悔している。
一応、こんなこともあろうかとパンツに縫い込んでいた隠し金が大銅貨一枚と銅貨二枚あったため、今こそとばかりに使うことにした。
「はいよ、お釣りの銅貨一枚ね。じゃあすぐに料理を持ってくるよ。待ってておくれ」
よかった。
どうやら料理の値段は銅貨九枚のようで、支払いに不足がないのは一安心だ。
若干のハラハラを乗り越えてしばらく待った先に運ばれてきたのは、予想していた物よりも具沢山の汁物だった。
深皿に立つ湯気の中では、褐色のスープに浮かぶ鶏肉と野菜が存在を主張しており、酒のつまみにしては食いでがありそうだ。
刺激のある香りを楽しみながら、木匙で一掬いしてみる口へと運ぶ。
鞘ごと使われているねじれ豆は、サクサクとした歯ごたえの鞘から顔を出した豆の甘さが口に広がり、鳥肉の脂と合わさると得も言われぬ味わいに変わる。
ハンバーガーの口になっていた俺だが、この味には十分満足だ。
―おぉ、見た見た。なんだったんだ、あれ
―俺も詳しくは知らねぇ。けど、なんか探してるって感じだったな
ホロホロと口の中で解ける肉とスープのアンサンブルを楽しんでいる俺の耳が、酒場で酒を呷っていた客の会話を拾う。
何となくそちらへ注意を向けて盗み聞きを企ててみれば、どうやら今朝方から街中を駆けずり回っていた衛兵について語っている。
今現在、聖女誘拐の件はまだ市井に広まってはいないため、今日あった衛士達の奇妙な動きは、酒の席での話題に丁度いいのだろう。
―あそこってシェイド司教の館だろ?なにがあったんだ?
―さあな。よっぽどのことだぜ、ありゃあ
―すぐにあの辺りは人払いがされちまったからな。何があったのかまるで分らん
別のテーブルでは、シェイド司教の館に衛士隊が突入したのを見た一般市民が角突き合わせるようにして唸っていた。
他と比べても立派で目立つ建物だけに、館へ衛兵が集まれば当然市民の注目は集まる。
流石に捕物があったことをいつまでも隠せはしないだろうが、それでもあの時にあったリエットの保護やシェイド司教の捕縛に関しては上手く秘匿出来ているようだ。
さらに耳を傾けてみれば、酒場のあちこちで今日のことを噂する声が聞こえてくる。
全員がそうというわけではないが、やはり平時とは違う動きをしていた衛兵に興味や不安を抱く声はそれなりに多い。
リエットの誘拐が市井には伏せられている現状、そういった衛兵らの仕事から事態を推し量ろうとするのは、一般人にとっては娯楽に近いものがあるのかもしれない。
聖女誘拐事件が世間にとってどれだけ浸透しているかが凡そ分かったところで、皿に残っていた分を一気に平らげて酒場を後にする。
もう少し酒場で噂話を集めるのも悪くなかったが、俺も行くところがあるので長居は出来ない。
美味いもので満たされた腹を撫でながら、満足感に包まれて道を歩くことしばし。
目的地であるリエットの館の傍までやってきた俺は、正門付近で何やら騒ぐ二人の影に気付く。
陽がある内は門番が立っている正門前だが、今ぐらいの時間だと門を閉ざして無人となる。
よもや聖女の屋敷の前でバカ騒ぎをする人間などいないと思いたいが、既に一度誘拐犯が潜り込んだ前例がある。
いつでも魔術を使えるように警戒しながら近付いていくと、言い合うような声がハッキリと聞こえてきた。
「待ってよパーラちゃん!せめてリエット様が戻ってからでもー」
「大丈夫、騒ぎにはしないよ。ちょっと行ってアンディの様子見てくるだけだってば」
夜の闇で姿こそ見えないが声には覚えがあり、人影の正体がスーリアとパーラだと分かった。
どうもパーラは牢にいる俺に会いに行こうとしているようだが、それをスーリアが止めようとしているあたり、正規のルートでの面会を目論んでいるわけではなさそうだ。
恐らくスーリアに上げられた報告から俺が捕まっていることを知っての行動だとは思うが、こんな時間に牢屋へ行こうとしているあたり冷静とは言い難い。
「気持ちはわかるけど…せめて明日まで待とうよ。もう夜も遅いし」
「だめ!待ってらんない!今頃アンディは泣いてるかもしれないんだよ!?」
失敬な、誰が泣いてるかってんだ。
牢に入るのも二度目で慣れているし、なによりとっくに釈放されている。
それを知らないパーラが色々想像を巡らしての言葉だとしても、俺のメンタルを舐め過ぎだろう。
「アンディ君がそんなことで泣くかなぁ…」
スーリアはパーラの言葉に疑わしそうではあるが、こっちはこっちでもう少し友人の身を心配して欲しいものだ。
普通の人間なら、牢に入るだけでも相当なストレスになるのだから。
「ってなわけで…パーラ、行っきまぁ~すっ!」
聞き耳を立てていたところに、独特な甲高い吸気音が聞こえたため、一気にパーラ達との距離を詰める。
「行くなバカ」
「ぐふっ!?」
その流れで飛びたとうとするパーラの首根っこを掴み、半端に起動した噴射装置の力を利用して背中から地面へと倒れさせる。
急なベクトルの変化に対応しきれなかったパーラは、情けない声を上げて動きを止めた。
「わぁっ!?え、あ、パーラちゃん!?大丈夫!?」
目の前で友人が盛大に引き倒されたのを見て、大きく混乱した様子のスーリアだったが、突然乱入してきた人影の正体に気付いて驚くような声を上げた。
「え―アンディ君!?」
「よう、今戻った」
「戻ったって…もう釈放されたの?」
「ついさっきな。ひとつ言っとくが、俺は牢にぶち込まれたぐらいで泣くたまじゃあないぞ」
「あ、さっきの聞いてたんだ。……いやそうじゃなくって!だめじゃないの!いきなりこんなことして!」
「仕方ないだろ。こうしなきゃこいつ、詰め所まで殴り込む勢いだったぞ」
スーリアと挨拶を躱しながら、先程のパーラによる俺への不名誉な物言いを訂正したところ、その後の俺の行動が彼女にとっては問題だったらしい。
確かに乱暴なやり方だとは思うが、噴射装置で飛び上がりかけた人間を止める手段はあまり多くない。
最善とは言い難いが、有効なやり方だったとは思っている。
「やり方ってものがあるでしょ。んもう…大丈夫?パーラちゃん?」
呆れたような口調でそう言いつつ、地面に横たわるパーラを気遣うスーリアへ、パーラは手ぶりで答える。
衝撃でまだ声は出せないようだが、意識はしっかりしているようだ。
「心配ない。倒される瞬間、パーラはちゃんと受け身を取ってたんだ。それに、あれぐらいの高さなら、致命的な怪我を負わないよう訓練はしてるよ」
噴射装置で飛び回る身である以上、俺達は不意の落下時における行動を無意識下に刷り込むレベルで訓練していた。
特に離着陸時においては、ケツの穴が弾けるぐらいに警戒するべしと、パーラには口を酸っぱくして指導したほどだ。
その甲斐あって、先程パーラは引き倒された際にも全身を効率的に使って地面に落とされた衝撃を大きく減じさせている。
頭部へのダメージは勿論、強かに打ち付けたことによる肉体へのダメージはほとんどないはずだ。
今あいつが倒れたままで呆けているのは、高速で半回転して地面へ落されたことへの混乱によるところが大きい。
あともう何秒か経てば、ショックから立ち直って―
「くぅっ、ちょっとアンディ!」
「お、復活したか」
噛みつくような勢いで詰め寄るパーラは、ほんのついさっきまでの呆けた状態からは完全に脱している。
この様子を見るに、やはり身体的なダメージはほぼないようだ。
「なに暢気に…なんてことしてくれたのさ!危ないでしょ!」
相棒を助けるつもりで飛び立とうとしたところを、当の俺自身の手で引き留められたばかりか、派手にスっ転ばされたのには流石に穏やかではいられないらしい。
俺を思っての行動とは分かっているし、逸ってはいたといえ、パーラに非はないのでここは素直に謝るとしよう。
「悪かったよ。スーリアにも言ったが、急なことだったから手荒になっちまったんだ。とりあえず、怪我はないんだろ?」
「…まぁね。けど、本当にびっくりしたんだから。次からはもっと優しくして」
「次があればな」
故あればまた突っ走ると言わんばかりのパーラに、もう一つ釘をさすべきかとも思ったが、こいつの行動力は時としていい結果にもつながる可能性がなくもないので軽く流しておく。
「それで、アンディ君はなんでここに?捕まってたのって衛士隊のところでしょ?半日ぐらいで出てこれるとは思えないんだけど」
「そうだよ!私、牢で泣いてるアンディのためにさぁ!」
「バカ野郎、誰が泣くか。牢屋は二回目だぞ、こちとら。ちゃんとまっとうな手で出てきたよ。ボルド司教が上手く計らってくれたんだ」
パーラが元気を取り戻したことで一先ず安心したスーリアだったが、今度は俺がここにいることが気になったようだ。
牢屋にいるはずの人間が、平然と歩きながらやってきたとなれば当然だろう。
「ボルド司教が?それほんと?誰が言ったの?」
俺を釈放に尽力した人間がボルド司教だという事実は、スーリアには随分意外だったらしい。
念を押す様に確かめるその声は、疑念が十分に籠っている。
そこそこの地位にいるヤゼス教の人間であれば、ボルド司教の胡散臭さは周知されているため、たかが一平民、それも犯罪者のために骨を折ることが奇妙に思えてしまう。
謀を好むと思われているせいで、一々やることなすことに裏があると疑われるのは自業自得とも言えよう。
スーリアからしても、やはり単なる善意で俺が釈放されたなどとは思えないわけだ。
「誰がも何も、本人が牢屋に来たんだよ。俺に会いにな」
「なんで?アンディ君って、ボルド司教と伝手でもあったの?」
「いや、そんなものはない。誘拐事件の話が聞きたかったんだと。事件の関係者じゃ、リエット様とシェイド司教を除けば、牢屋にいた俺が一番接触しやすかったんだろ」
誘拐を企てた罪人とその被害者という点では、リエットとシェイド司教はどちらも今は厳重な監視下にある。
胡散臭さで知られるボルド司教となれば、重大事件の関係者に会うのにも周りが黙ってはいないはずだ。
それらに比べ、現場で捕縛された人間であれば、司教の地位を振りかざして面会するのは難しくはないという事情もあったのかもしれない。
「それだけでわざわざアンディ君に会いにくるかなぁ……どんなことを話したの?」
「まぁ待て。こっちの話もいいが、そっちのことも教えてくれ。誘拐事件があってからお互い、まだ知らない情報もあるだろ」
パーラを通してこちらの情報は多少得ているとは思うが、別れてから今までのことに関してはまだ共有していない。
外部の俺達よりも、スーリアならリエットの近況やヤゼス教内部の動きも知ってはいるはずなので、お互いに知りたいことをまずは補い合いたい。
「…分かった。まずは何が知りたいの?言っておくけど、あんまり教会の内情に踏み込んだことは言えないよ?」
「そりゃそうだ。なら、さっきも言ってた―「待って」…なんだよ?パーラ」
早速情報のすり合わせを行おうとしたところ、パーラが割り込むようにして制止の声を上げた。
「場所を変えない?ここで立ち話をするってのはちょっと、さ」
そう言われ、俺達が今いる場所を思い出した。
スーリアという関係者はいるものの、陽が落ちて見張りのいない聖女の館前で話し込む人間というのは、いささか不審に思われかねない存在だ。
ただでさえ誘拐事件があったのだから、館の警備を担う兵士も姿こそ見えないが普段よりも厳に警戒はしているはず。
こうして立ち話をしているのは、その兵士達にとっては気にもなるし目障りだ。
話をするなら他所へ移るのは当然の配慮だろう。
「確かに。なら、宿に行くか?流石に俺は館には入れないし」
男子禁制の聖女の館に俺が入るわけにはいかず、それならば俺達が借りている宿にでも行ったほうがよさそうだ。
盗聴対策はまるでできていないが、個室なら人目は気にせずに済む。
「女装すればいけるんじゃない?」
「やめろバカ断固として断るぞ俺は!」
ニヤニヤと俺を揶揄うパーラに鋭く返す。
あれはやむを得ない事情があって取った手段に過ぎず、平時に好んでやるべきものではない。
「うーん、私、ここを離れるのはちょっと無理かな。リエット様が戻るまでは、館で待機してたいんだよね」
じゃれるような俺達に呆れた笑いを零しながら、スーリアは俺の誘いをやんわりと断って来た。
誘拐事件からまだ一日しか経っていないせいか、館の方も色々とあるようで、聖女の側仕えであるスーリアとしてもリエットが帰ってくるまでは勝手に動き回るのは控えたいのだろう。
「だったら日を改めよっか?リエット様がいつ戻ってくるかわからないんだし、落ち着いたらスーリアから連絡ちょうだいよ」
悩ましそうにするスーリアを助けるように、パーラから提案が出る。
情報のすり合わせは大事なことだが、すでに誘拐事件自体は解決しているので、急ぐことでもない。
いっそ日を改めるのは正しい選択だ。
「そうだね、多分明日以降のことになるとおもうけど、暇が出来たら連絡するよ。…アンディ君が女装したくないなら、会うのは館の外になっちゃうけど」
「一向に構わん!もう二度と女装なんかやらん!」
なぜこいつらは俺を女装させたがるのか。
ここできっぱりと断っておくとして、スーリアと会う時間は改めて決めることになる。
誘拐事件の顛末とボルド司教のことが話題になるのは確実だが、その時にはリエット経由でスーリアにも多少は情報が渡っているはずなので、俺に見えていなかった謀も知ることが出来るかもしれない。
長々と引き延ばされたが、ともかくこれで誘拐事件は無事に終息した。
まだこまごまとした問題はあるだろうが、後はヤゼス教の中で解決していくことだ。
裁判でもなんでも、勝手にやればいい。
聖女の誘拐事件などと大それたことに首を突っ込んでしまったが、以後俺がこの件に関わるとすれば精々スーリアとのデブリーフィングぐらいだ。
それもそう面倒にはならないので、これからは気楽に過ごせる。
パーラの怪我も治ったことで憂いも晴れた。
明日からペルケティアの名所見物に繰り出すのも悪くない。
久々にのんびりと過ごす時間を満喫して、悪い思い出しかないこの国での滞在をバラ色に染め上げたいものだ。
「静粛に!ただいまをもって、神前裁判の開廷を宣言する!一同お歴々、主の名の下に不義なく務められよ。異議なくば、沈黙をもって誓いとする」
恐ろしく華美で巨大な広間で、一番高い位置に座る一際派手な法衣を纏った老人が、高らかにそう謳い上げる。
それに応じて、一段下に並んでいたこれまた豪華な法衣を纏った老人達が、主ヤゼスの名と聖句らしき言葉を呟きながらそれぞれ席に着く。
誘拐事件があってから二十日余りたった今日、シェイド司教の裁判が開かれる運びとなったわけだが……妙だな。
なんで俺はその裁判に臨席してるのか?
しかも、陪審員席と思しき場所に座るボルド司教の背後、付き人のような立ち位置でだ。
結果としてこうしてここにいるが、何故を語るには少しばかり長い。
はっきりと覚えている。
そう、あれは二日前…いや、三日前か………五日前だったかな?違う、六日前だな、うん。
ボルド司教の使いと名乗る人物が、俺を尋ねてきた時のことだ。




