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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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悪い奴は捕まる、当然のことだ

 日頃の行いがいいせいか悪いせいか、ギリギリだった。


 豪華ではないくせに無駄に広い屋敷のせいで、シェイド司教のいる部屋を探すのに手間取り、見つけた時には背中に乗った人影がリエット目がけて剣を振り下ろす寸前という有様だった。

 急いで窓をぶち破ってなんとかリエットを助けたが、これでまだ屋敷の中を駆けずり回っていたら恐らく間に合わなかっただろう。


 屋敷内で使用人や衛兵を排除しつつ一部屋一部屋検める面倒さを嫌い、外に出て窓を見て探すことにしたあの時の俺の決断は最適解だったと言っていい。


「…何者かと思えば、あなたですか。なるほど、手練れというのは確かなよう。ですが、なぜ生きてここに?毒を与えたはずですが?」


 感心したような口調でそう言い、不思議そうに首を傾げるのは、見るからに上物と分かる法衣を纏っている女性だ。

 ここにいる人間の中でもっともこの部屋に馴染んでいる様子と、リエットから聞いていた年齢と外見に当てはまる点から、あれがシェイド司教とやらで間違いなさそうだ。


 司教の執務室で聖女を殺されかけた場面でも平然としていて、殺害未遂の犯人の背に庇われているところは、奇妙ではあるが色々と察するものが出来てきた。


「毒というと、あのお茶のことか?あんなもん、飲むわけがないだろう。逆にあんたのとこの人にぶっかけてやったわ」


 あの時、応接室で出されたお茶に口をつけるふりはしたが、実際は口内に入れずに周囲の人間へ荒目の霧状にして撒きかけてやった。

 案の定、霧状のお茶が目に入った人間は暴れながら苦しみだし、口や鼻から吸い込んだ者はあっという間に気絶した。


 どいつも辛うじて死んではいなかったが、後遺症の不安が確実に残る容態だ。

 あの一杯には、一口でも致死量となる毒が含まれていたのは間違いなく、それを手配したのはこのシェイド司教なのだろう。


 リエットの秘密を知った俺の口封じか、あるいは教会内の醜聞をもみ消すためかと色々考え、やられたらやり返すの精神でシェイド司教の所へ殴り込んだ結果が、今の状況となる。


「ところで、状況の説明をお願いしてもよろしいですか?シェイド司教は敵と見ていいんですね?」


 正直、窓の外から一瞬室内を見ただけではほとんどわかることなどなく、単にリエットの危機だと思って飛び込んできただけなのだ。

 俺個人を狙っただけならともかく、身内であるはずのリエットが殺されようとしているのをただ見ていただけのシェイド司教は敵に思えてならない。


「え、ええ。私の誘拐から殺害、その企みはシェイド司教のものだと、本人の口から先程聞きました。それと、そこにいる凶手ですが―」


「分かってます。…あんた、昨夜やりあった奴だな?あの後上手く逃げたか」


 死にかけたこととそこから助かったことで動揺はあるようで、声に若干の震えのあるリエットの言葉に、目の前の状況が段々と分かってくる。


 先程、部屋に飛び込んで打ち合った手応えで、目の前の黒づくめがリエットの誘拐の実行犯の一人だとはすぐに気付いた。

 手癖の感覚と体捌きは常人とはかけ離れた練度にあり、人間を殺すための訓練と経験を積んだ者特有の凄味も感じられる。

 なにより、剣戟を合わせたときの手応えはあの夜に遭遇した賊のものとよく似ていた。


 確証をもって問いかけてはみたが、向こうからの反応は特になく、手にしている武器を構えたまま油断のない目で俺を睨みつけるばかりだ。

 肯定も否定もしていないということは、クロであると見られても文句はあるまい。


「だんまりか。敵と語る舌は持たん、ってか?裏稼業の人間だとしたら、大した玄人っぷりだ」


 誘拐犯とも暗殺犯ともとれる黒づくめだが、敵と見定めた人間を前にベラベラと口を開かないあたり、プロとしては大した心構えだ。

 少し前に遭遇した暗殺者など、武力こそ人並外れてはいたが、口が軽くてとてもプロとは思えなかったというのに。


「ヒュッ―」


 俺が話し終わるかどうかというタイミングで、向こうが大きく踏み込んで攻めかかってくる。

 まずいことに、見事に呼吸を読まれてしまった。

 ほんの一瞬だけ出遅れたことで、今度は俺が黒づくめの攻撃を迎え撃つ立場になる。


 奴の手にしている剣が、下から救い上げるように迫ってくるのに合わせ、こちらも刃状に変化させていた可変籠手の爪を振り下ろす。

 時間が引き延ばされた感覚の中で、刃同士が触れ合う瞬間、俺は手首を返して敵の攻撃を逸らしにかかる。


 ジリッという微かな音と共に、俺の顔を目掛けていた黒づくめの剣閃が、すり抜けるように頭上へと逃げていく。


 上手くいなせたと内心で安堵した刹那、俺の頭上でピタリと刃が止まるや否や、今度は脳天を割る勢いで降って来た。

 そのあまりにも早い切り返しに、予想はしていたが予想外という矛盾のままに防御行動へ移る。


 いなし手に使った右の可変籠手は僅かに位置が悪く、盾とするにはタイミングが微妙。

 となると左手の可変籠手をと判断し、五指の先を刃状へ変化させながら迫る剣を掴むつもりで突き出す。


 籠手付きとはいえ、左手を剣撃に当てる勢いで降り上げたのは黒づくめにとっても意外性はあったようで、顔を覆う布からのぞく目が一瞬驚愕で見開かれたが、それで手が止まることはなく二つの刃がぶつかり合う。


 一際大きな金属音を奏で、黒づくめと俺は弾かれるようにしてその場から飛び退る。

 剣戟が食い合った衝撃を利用して一度後退するという目論見は、奇しくも俺と向こうは一致していたらしい。


 突然始まった戦闘は、やはり突然膠着へと入り、互いに警戒しつつ呼吸を整えていく。

 そのついでに黒づくめの強さについて考えてみる。


 シェイド司教が随分高い金を払ったのか、暗殺者としてはともかく、戦士としての質はかなりのものだ。

 直近でやりあった暗殺者として灰爪との比較になってしまうが、剣術で見ると灰爪に軍配はあがるものの、狭所での立ち回り方は確実にこいつが上だ。


 それと、やり合ったからこそわかったが、この黒づくめは恐らく女だと思う。

 そうと見れば細身の体は女性らしさがあり、なにより咄嗟に漏らした呼吸の音が男のものとは大分違っていた。

 意識して偽装しているなら話は違うが、明らかに女性寄りであると分かる程度には特徴があったぐらいだ。


 おまけにこの黒づくめは、俺が魔術を使おうとするタイミングも読んでいる節がある。

 先程の攻防でも、手数を補うために魔術を織り交ぜようとしたのだが、その度に分かりやすいほど動きに変化が現れていた。


 あれで魔眼持ちとは思えんが、魔力探知を訓練で磨いて開花した可能性は無きにしも非ず。

 単に勘が鋭いという線もあり得るが、どちらにせよ楽に勝てる相手ではなさそうだ。


 やりようはあるにはあるが、その前に一つ、確かめておきたい。


「リエット様、一応確認しますが、あのシェイド司教は殺してしまっても?黒づくめを倒すなら、まとめて巻き込んだほうが手っ取り早いのですが」


 魔術の発動に敏感な黒づくめと戦っている最中、高出力の雷魔術による面制圧で敵対者を纏めて潰すというチャンスは何度かあった。

 規模の大きい雷魔術には発動時間もそれなりにかかるが、黒づくめの魔術に対する敏感なリアクションを見越せば、全く目がないわけではない。


 だが、果たして俺の判断でそれをやっていいのか迷ってもいた。

 なにせ俺は以前、ヤゼス教の司教と揉めたことがあるため、また今度も司教と敵対し、あまつさえ殺してしまうとなれば、本格的にヤゼス教を敵に回しかねない。


 やるなら聖女に名分を貰った上で、司教を殺すべきだろう。


「それは…いえ、出来れば殺さずに捕らえてください」


 シェイド司教の殺害を匂わせると、ギクリとした顔をしたリエットだったが、すぐに首を横に振って見せる。


「情ですか?」


 命がかかった戦いで、しかも相手は手を抜いて勝てるほど弱くはない。

 リエットとシェイド司教の関係は知っているが、だからといって俺以外のところで働く同情や配慮に殺されるのはごめんだ。


「ないとは言いません。しかしそれよりも、シェイド司教には今回の件での詮議を受けさせたいという思いの方が大きい。ただ、生け捕りが難しいと判断したら、殺すのも仕方ないでしょう。私の頼みにあなたが命を懸けるまでもありません」


 念押しに尋ねたものへ尚も生かせと返されたらどうしたものかと思ったが、命懸けの意味は流石に理解しているようで、シェイド司教の殺害も言質は取れた。

 これでやりやすくなる。


 今いる部屋は決して狭いというわけではないが、黒づくめが動き回るスピードと雷魔術の広い波及範囲も相まって、全力を出すとシェイド司教へ攻撃が及ぶ可能性は高い。

 無論、なるべく殺さないよう善処するが、あの司教は結構な高齢だ。

 軽い電撃でもショック死しそうな不安はあるため、何が何でも生かして捕まえると頼まれなかったのはありがたい。


「わかりました。…一応聞きますが、あの黒づくめはどうしますか?生かして捕まえますか?」


「誘拐の実行犯程度なら、さして生かす理由はありません。なにより、生きたまま捕縛出来るほどあれも弱くはないのでしょう?」


「仰る通り、司教の捕縛より難しいですよ、奴は」


 予想はしていたが、やはり黒づくめの命に価値はないか。

 誘拐の件はシェイド司教の口から明かされたそうだし、今更実行犯を生かして捕まえることは重要じゃない。

 取り逃がしさえしなければ、殺してしまっても問題はないだろう。

 それに、これほど手練れの裏稼業の人間ともなれば、拷問でも口を割らないと思われるので、殺した方がこの国の衛兵による尋問の手間は省ける。


「では、聖女様の許しも出たことだし、面倒な仕事はさっさと終わらせるとしよう」


 極短い時間での相談を終え、大きく息を吐くと魔力を全身へ漲らせる。

 黒づくめの方もほぼ俺と同じタイミングで呼吸を整えたらしく、こちらの様子に応えるように構えを正した。


 やはりこいつは魔力の変化を敏感に感じ取っているのは間違いなく、この反応からして下手な魔術を打ち込んでも、普通に躱されてこっちの隙を突いてくるだろう。

 俺が魔術師だというのも、とっくに感づいているに違いない。


 試しにと、左手に魔力を集めてみれば、黒づくめの視線はやはり左手へと一瞬向けられ、重心が僅かに前へと動いたのが分かる。

 何らかの魔術の発動を予見して、回避か接近の選択肢に必要なポジショニングをしたらしい。


 俺の魔術が奴に命中するのが先か、黒づくめがこちらに踏み込んで剣を振るのが先か、読みあい状態に入り、僅かな静寂が生まれる。

 しびれを切らして先手を取っても、あるいはカウンターを狙って迎え撃つにしろ、どちらが有利となるのはその時が来れば明らかとなるが故に、先んじて動くことが難しい。


 魔術の発動速度を頼るなら、手持ちの術では土の弾丸が最速なのだが、この場に武器となるだけの量の土は存在していないため期待できない。

 次点で発動の隠匿に向いている水魔術が使い勝手はいいのだが、こちらも同じく手持ちが心許ない。

 消去法的に雷魔術が最適となるも、発動の際の一瞬の溜めは黒づくめにとっていい隙になる。


 なにか上手いこと雷魔術の隙を埋める材料が降って湧いてこないものだろうか。


「いつまでそうして見合っているのです!早くその不信心者達を―」


 戦闘者同士の手の読み合いなど理解していないのか、突如シェイド司教がヒステリックに声を上げる。

 向こうが不信心者と罵る俺とリエットが、刃に晒されて未だに生きているのが我慢ならないようだ。


 聖女を殺せなどと、司教の立場でよく言えたものだ。


 戦闘において外野のヤジなど毒にも薬にもならない駄菓子以下の代物だが、今だけは開戦の狼煙代わりにはなった。

 司教の言葉が終わるより早く、俺は前へと飛び出す。


 左手に集めていた魔力は囮にし、魔術を使うと思わせておいての突進は理想的な形だったと言える。

 ただし、全く同じタイミングで全く同じ動きを敵がしていなかったらの場合に限るが。


「「―ッッ!?」」


 戦闘スタイルは似ているとは思っていたが、こういう時の考え方まで似ているのは嫌になる。

 共に前へ踏み込んだ分、彼我の距離は瞬く間に埋まり、攻撃の手がこれまたほぼ同時に繰り出される。


 剣戟がぶつかり、ほんの一瞬だけ互いの勢いと膂力が拮抗したところで黒づくめへ前蹴りを放つが、向こうはそれをはたく様にして逸らすと、今度は剣を握っているのとは逆の手で掌打を打ち込もうとしてきた。


 それを俺は上体を逸らすようにして躱すと、先程繰り出したのとは逆の足で回し蹴りを試みる。

 だがこれは剣の腹に防がれてしまう。

 そして次は黒づくめがこちらへ攻撃をしてくる、という繰り返しが始まってしまっている。


 武器の呼吸の音が聞こえるほどの至近距離で、高速での応酬が続いていく。

 時折魔力を操作してフェイントを織り交ぜつつ、一つのミスが命を奪ってくる戦いの中で、集中力の擦り減りを覚え始める。


 体力的にはともかく、このまま攻防を続けてもいずれ精神的に限界がくる。

 それは俺か黒づくめのどちらが先かは分からないが、自分はまだ大丈夫だと思えるほど慢心はしていない。


 …やむを得ない、ここらでしかけるとするか。


 可変籠手の剣を振るいながら、若干防御よりへ動きをシフトさせて黒づくめの動きをよく観察していく。

 攻撃と防御、回避にと忙しなく動く中、動作の中に隙とも言えないほどの僅かな切れ目を見つけた。


 ここをチャンスとし、左手の可変籠手を砲形態へと変える。

 ガチャガチャという音を立てて形を変える可変籠手に、当然黒づくめは気付いて距離をとろうとし、床を蹴るために力の入った奴の足の甲を、俺は逃がさんとばかりに強く踏みつける。


 足の骨を粉砕する勢いで叩きつけたことで、決して軟ではないはずの床板が砕ける音と共に、黒づくめの踵が床下へと僅かに沈んだ。


 これは拘束としては不完全。

 床に完全に足が埋まったわけではないので、重心を変えて後ろに下がることはできる。

 事実、黒づくめは即座に態勢を変えようと試みたが、そのせいで一瞬だけ動きが完全に止まってしまう。


 一秒にも満たない時間、普通ならその間に何が出来るのか疑問しかない間ではあるが、俺にはそれで十分。

 未だ砲形態に変化中の可変籠手を、黒づくめの腹部へと押し当てる。

 すると、衣服を噛みこみながら砲形態が完成し、ピタリと吸い付くように離れなくなった。


 それに気付き、黒づくめの目は出会ってから初めて、焦りが窺えた。

 砲形態の機能は恐らく理解はしていないだろうが、密着した状態で可変籠手が押し付けられているという状況には危機感を覚えずにはいられないようだ。


 だが、この状態になっても判断は早い。

 一秒でも早く俺を殺すことが最善と気付いたらしい。

 すぐに手にしている剣を逆手に持ち替え、俺の喉目がけて突き込んできた。

 いい判断だと称賛したいところだが、残念。

 遅かった。


 刃が喉に触れるより早く、砲形態の腕から衝撃波が迸る。

 大型の魔物すら肉片にする一撃は、生身の人間が喰らってはひとたまりもない威力だ。

 そして予想通り、轟音と共に黒づくめの体が血煙となって弾け飛ぶ。


「きゃぁあああっ!?」


 すさまじい轟音に、背後から悲鳴が上がった。

 視線をそちらへ向けてみれば、リエットが耳を押さえて蹲ってしまっていた。

 普通に暮らしていれば耳にすることのないレベルの音だ。

 初めての経験にリエットのこのリアクションは順当なものだと言えるだろう。


 シェイド司教の様子もうかがってみれば、同じく轟音に耳を塞いではいるが、たった今弾け飛んだ黒づくめの末路は見届けていたようで、恐怖に染まった目で俺を見ていた。

 ここまでほぼ互角の戦いを見せていたのが、ほんの一瞬で決着がついたことに驚きながらも、手駒の無残な最期は随分と心理的にダメージを与えているに違いない。


「リエット様、終わりましたよ。もう安心してください」


 耳を押さえて目をつぶるリエットの肩を叩き、手を貸して立ち上がらせると、脅威が去ったことを伝える。

 すると恐る恐ると言った様子で部屋の中を見渡したリエットは、ある一点で視線を止めると小さく悲鳴を上げた。


 どうやら黒づくめの残骸とも言える足首から下の部位を見たようで、そこからどういう殺され方をしたのか想像してしまったらしい。

 普通の感性があれば、正直正視し難い光景ではある。


「黒づくめはもういないので、後は―」


「ぁぁぁああ!信仰のために!死になさい!」


 最大の生涯が排除されたことで、残るは黒幕の拘束だけとなったところで、いつの間にかナイフを手にしていたシェイド司教がリエットへと飛び掛かって来た。

 恐怖に竦んでいたのにここまで一気に動けたのは予想外だったが、僅かに見えた目が狂ったように血走っていたことから、まともな判断は出来ていないように思える。


「おっと、危ない」


「くっ、離…がっ!」


 戦闘経験のない聖職者の凶行を、みすみす見逃すほど俺も暢気してはいない。

 突き出していたナイフを握っていた手を掴み、上へ持ち上げながら足を払うと、呆気なくシェイド司教は倒れてしまう。

 流れでナイフを没収し、起き上がれないように腹を踏みつけるように足で抑え込む。


 くぐもった声を上げなら、完全に身動きが取れなくなったシェイド司教は少しの間抵抗するが、無駄と悟ってそれも止んだ。

 だが、リエットを睨む目は爛々としたままで、届きさえすればリエットに齧りつきそうな凄味がある。


 シェイド司教が襲い掛かって来たことにリエットは怯えを見せたが、動きが止められたことで安堵の溜息を吐いて尻もちをつく。


「申し訳ありません。よもや手はないだろうと油断していました。今度こそ、安心してください」


 安心だと言いながら、最後にもう一つ脅威が迫るのを許したことは済まないと思い、倒れたリエットへ手を差し伸べる。


 これで本当に危険は去ったと、そう思って俺の手をリエットが取ろうとしたその時、部屋の扉が叩き壊されながら武装した人間が何人も雪崩れ込んできた。

 賊の新手かと警戒したが、やってきたのはこの街の正規の衛兵だったことでまずは安心する。


 司教などの私兵ではなく、マルスベーラで働くまっとうな衛兵ならば、正規の指揮系統で動いているはず。


 ただ、室内に入ってきた衛兵がリエットとシェイド司教を見た後、俺をジッと見つめてきたのに気付くと、この状況のまずさに冷や汗が出てきた。

 怯えるように床に座り込んでいる聖女と、その目の前で曲がりなりにも司教である人間を足蹴にしている俺という絵は、この衛兵達がどういう印象を持つかは簡単に想像できる。


 案の定、衛兵の俺に向ける目は見る見るうちに険しくなっていく。

 まるで犯罪者を見咎めるような、そんな目だ。


「聖女様を保護しろ!」


「動くな!」


 そこからの動きは速い。

 衛兵の内数人はリエットとシェイドを保護するべく動き、残りの人間は俺へとアメフト選手並みのタックルをぶちかまして来た。


「ぐへぇっ…」


 不安定な体制でいた俺はそのタックルであっさりと地面に押さえつけられてしまい、完全武装の大人が何人ものしかかってきた重さで身動きが取れなくなった。

 あまりの重量に、俺じゃなきゃ潰されて―汗くっさ。

 この衛兵達、大分動き回っていたか。


「容疑者を確保!」


「本隊に伝令!誘拐犯がいたと!」


「違います!彼は賊では―」


「危険です聖女様!賊に近付かないで!さあこちらへ!」


 衛兵達は俺を誘拐犯と断定し、リエットを保護して部屋を出て行こうとする。

 リエットは俺を庇うが、それを聞き届けるほど衛兵は冷静ではない。

 どうやってここを突き止めたのはかはともかく、誘拐された聖女を保護するべくやって来たようで、俺から引き離そうとする動きは正しいものだ。


 騒々しいままに外へ連れていかれるリエットとシェイド司教を見送るしかない俺だが、あの様子だとリエットの説得が衛兵の耳に入るのはもう少し時間がいりそうだ。

 それに、あれだけ護衛が張り付いていれば、現状のシェイド司教がリエットに危害を加えることは難しい。

 この後にでもリエットがシェイド司教を告発すれば、すぐにでも身柄は押さえられるため、リエットが望んだように裁判の一つでも開かれることだろう。


 色々と分からないことも納得のいかないことも多いが、これで一応、今回の事件は一つの区切りはついたと言える。

 最後の最後に俺の捕縛という予想外のオチはついたが、すぐにリエットが誤解を解いてくれるはずだ。


 前回と違い、監獄に収監されることはないと信じ、今は甘んじてこの状況に身をゆだねるとしよう。

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