秘密は裏返る
「ん…ぁーうん……ん?あれ?」
少し遠くから聞こえてきた眠そうな声に、俺は閉じていた瞼を開けて声の主の方を窺う。
そこではリエットが寝ぼけ眼を擦りながら、周囲の様子に首をかしげている姿があった。
どうやら昨夜一度気を失ったせいで直近の記憶が薄れているのか、自分が普段の寝床以外で起きたことを不思議に思っているらしい。
木々の間から漏れてくる光の具合で、今がまだ朝も明けきらない時間だと分かる。
自然と目が覚めるには少し早いが、リエットにとっては今が普段通りの目覚めの時間なのだろう。
今俺達がいる場所はシペアがサボる時に使っている秘密基地で、俺達以外は誰も知らないという利点から聖女の捜索もここまでは及ばないと判断して、勝手に使わせてもらっている。
気絶したリエットを抱え、ここをキャンプ地とした俺達は、リエットには簡易ではあるが整えた寝床を用意して各々で仮眠をとって朝を迎えていた。
とはいえ、俺の方はリエットの秘密を知ったせいで、ほとんど眠れなかったのだが。
反対にすぐ寝息を立てていたパーラの図太さが羨ましかった。
「おはようございます、リエット様。よくお眠りでしたね」
色々と混乱するかもしれないので、寝起きで動きの鈍いリエットを刺激しないようゆっくりと近付く。
俺が声をかけた瞬間、緊張で身体を固くしたのが分かったが、リエットの顔は強張りつつも落ち着いているように見える。
見覚えのない場所で目覚めたというのに、騒ぐこともなく冷静なのは大したものだ。
「あなたっ…ここはどこですか?」
「ご安心を。マルスベーラからは出ておりませんよ。一応街中ではありますが、あまり人の気が多い場所ではないとだけ言っておきましょう」
別にこのエリアが寂れているわけではないが、所謂繁華街と呼べる場所と比べれば、人の往来も衛兵の見回りも活発とは言い難い。
だからこそ、シペアがサボるためにとこの場所を選んだし、こうして潜伏するのにも向いているわけだ。
「なぜ私をここに?目的は何ですか?」
事態をすっかり目が覚めたリエットは、自分が攫われたこともしっかりと思いだしたようで、俺を見る目は一層鋭さを増している。
この様子だと、どうやら俺を誘拐犯だと思い込んでいるらしい。
確かにこの状況だけならばその通りなのだが、本来は俺が誘拐犯から守ったと言ってもいいぐらいだ。
…いや、こうして攫ってはいるので、完全に否定するのもどうなのか。
実際は当初の予定とは違い、誘拐犯がプラン変更でリエットの命を狙う動きを見せたため、止むを得ず連れ去っただけなのだが、事情を知らなければ心証はいかんともしがたい。
とはいえ、そのあたりのことはリエットにも知る権利はあるし、俺の名誉と保身のためにも誘拐の計画に関しては話しておくべきだろう。
今この場であれば、リエット以外に教会関係者はいないので、いくつかの危惧は考えなくて済む。
「さて、何から話したものやら……まず、こうしてリエット様をお連れしたのは、危険からお守りするためだったとご理解いただきたい」
「不遜な物言いですこと。私の館には、手練れも多く詰めています。それらの守りの外へ出されることの方が危険ではないのですか?」
「平時であれば仰る通り、館の中は安全でしょう。ですが昨夜、賊がリエット様の寝所まで侵入出来た以上、今は万全とは言い難い」
聖女の館だけあって、そこに詰める兵士の練度は決して低くない。
ただ、内側から崩されるのには慣れているとは言えず、昨夜は例の悪徳司教が手を回したことで賊がリエットの寝室まで簡単に辿り着けてしまっていた。
勿論、それを知った意図して館の警備も厳重にはなるだろうが、一度起きたことは二度目もあるというのが世の常だ。
絶対の安全などないのだと、リエットも分かっているだろう。
「…その口ぶり、あなたはことの顛末をよく知っているようですね。まるで、始まりから終わりまでの絵図を自ら描いたかのように」
「絵図を書いたなどと思われるのは心外です。むしろ俺はその絵図を壊すために動いていたというのに。もっとも、こうしてリエット様をお連れすることは計画になかったことではありますが」
「このようなことをしておいて、私の味方だとよく言えたものです。ならばなぜ、そのような怪しい姿で私の前にいるのですか?何を口にしようと、顔を隠している人間の言うことを誰が信じられるでしょうか?」
「……ん?」
冷静に味方であると諭していたつもりだったが、ここで糾弾するようなリエットの言葉に、俺の口から間の抜けた声が出た。
そして、自分の顔に手をやって見ると、指先に硬質な物体が当たった。
その正体は、昨夜リエットの部屋に突入する際に着けていた仮面だ。
なんということか。
リエットを攫ってきた後、精神的な疲労で仮面を外し忘れたまま仮眠を取っていたらしい。
どうりで俺の名前が言われなかったわけだ。
ついさっき目覚めてからここまで、全く違和感を感じずに仮面をつけてリエットと話をしていたと思うと、つい呆れた溜息をこぼしてしまう。
そんなつもりはなかったのだが、まるで正体を隠した悪人のような構図には、リエットも随分と恐怖を覚えたに違いない。
「これは失礼しました。…俺です、アンディですよ」
仮面を外してリエットに素顔を見せれば、一瞬呆けた後、憮然とした顔で俺を睨んできた。
正体に意外性を覚えつつ、失望もしているといった態度だ。
「……あなたでしたか、アンディ。まさか、このようなことをする人間だとは思いませんでした。以前砂糖人参の件で館に来たのも、このための下調べだったということですか?」
「いや、それに関しては本当にスーリアからの頼みで行っただけですよ。今回の件とは関係ありませんよ」
実のところスーリアの策で恩を売りに行っただけなのだが、それを明かせばスーリアも疑われかねないのでこう言っておく。
「誘拐犯の言うことなど、どれほど信じていいのやら」
どうもリエットにとって、俺は誘拐犯ということでイメージが固まってしまっているようで、館の中庭で仲良く話した時とはうって変わり、冷たい視線で俺を見てくる。
もっとも、リエットの認識はさほど間違っていないので、この態度も仕方ないと受け止めるべきだろぅ。
「そのことについて、まずはちゃんと説明させてください。まず、リエット様の誘拐に関しては、俺が主犯というわけではないんですよ」
しかしどこから話したものか。
リエットにとっての身内にあたる司教が企てた誘拐というのもショッキングだろうが、さしあたって俺が誘拐計画の立案と実行をしてはいないという事実を理解してもらうのが先決だ。
「…にわかには信じられませんが、あなた以外にも私の寝所へ忍び込んだ者がいるのも事実ですしね。その司教へと宛てた手紙の現物でも見せてもらえれば、より信用もできたのですが」
一通り話をすると、それまで睨みつけるようだったリエットの視線も和らぎ、今回の顛末での俺への不審は多少ではあるが解消されたとみていい。
ただ、それでも俺の話だけでは今一つ信用は足りないようで、証拠を求められてしまった。
「仰ることは分かりますが、流石に重要な悪事の証拠になりそうな品は持ちだせません。それに、盗んだことがバレて下手に警戒されるより、計画の流れに合わせて迎え撃つ方が対処もしやすいですから」
「あら、迎え撃つという割には、あなたが誘拐犯になってしまっていますけど?」
「それに関しては、向こうが予想外の手に出たせいで止む無く。俺にリエット様を害するつもりはありませんので、悪しからず」
「まだ何か隠しているような気がするのですが…まぁいいでしょう。しかし、何故誘拐犯…アンディの方ではなく、元々の方ですが。その者は誘拐犯から突然、暗殺犯へと変わったのか。手紙をそのまま信じるなら、欲しいのは聖女としての私の身であって死体ではないはずです」
胡乱気な目を一度俺に向けたリエットだったが、それよりも誘拐犯が自分を攻撃してたことに対する疑問が隠せない様子だ。
「さて、それは俺にはわかりかねますが、あの時対峙した賊はかなりの手練ではありました。リエット様を攫うというより、最初から殺すために差し向けたと言われても俺は納得しますがね」
計画に予想外な介入があり、予定を変更してリエットを殺そうとしたというのが俺の見方ではある。
三人いた誘拐犯に一人腕利きの戦士が混ざっていたのは、不測の事態に備えるのも勿論あるだろうが、同時にリエットの殺害もプランBとして想定されていたのかもしれない。
教義回帰派が動いた理由や動機となる信念に関しては薄っすらとは知ってはいるのだが、こうして見るとどうにもあの誘拐犯の変わり身が奇妙に思えてくる。
仮に誰かの差し金だったとして、ヤゼス教の人間ならリエットを攫うのですら拒否感を示しそうなものを、殺すとなると尚更だ。
そう考えると、あの誘拐犯達はヤゼス教の信者ではなく、誘拐のために雇われた外部の人間という見方ができる。
実行役にヤゼス教信者ではない人間を用意したのは、捨て駒にするためだろう。
「あくまでも私見ですが、今回の誘拐の裏には教義回帰派がいると思われます。手紙にもあったように、リエット様を救い出して教会の体制を是正するという目的からも、彼らの関与が濃厚でしょう」
関与の点で確かな証拠はないが、動機から考えれば教義回帰派はクロに最も近い。
先入観だけで判断するのもまずいのだが、得ている情報では他に考えられない。
「…教義回帰派が?妙ですね」
ここで教義回帰派の名前が出たのが気になったのか、訝しそうな顔でリエットがそう口にした。
「ですから、私見と言いました。しかし、疑わしいのは回帰派であると俺は見ています」
「そうでしょうか?私の見立てでは、教義回帰派こそ怪しくはないと思えてなりませんが。回帰派についてはどれほど知っていますか?」
「さほど多くは。俺は教会内の情勢には明るくないので、知り合いに色々聞いた結果として回帰派に目をつけた程度です」
「であれば、回帰派の人間が殺人を極端に忌避する集団だというのも知らないと言うことですね?」
いつの間にか何かを説くような表情を見せだしたリエットは、俺の推測を打ち消す言葉を吐く。
俺などよりよっぽど教会内部に詳しい人間の言葉だけに、その信憑性は低くない。
「…確かに初耳です。しかし、かなり過激な集団だと聞きましたが?」
「ええ、確かに過激な行動を躊躇わない質を持った人たちではありますね。しかし、それはあくまでも自分達の行動に大儀があると分かっているからです。全てを差し置いて正しきを成すと、高潔さゆえに行き過ぎることもあるでしょう。しかし、教義を守るという信念は、決して人殺しを許容しない高潔さと固く結びついているのです」
教義回帰派を過激であると認めた上で、別の意味では信頼もしているからこその力強さがリエットの言葉には籠っている。
鼻つまみ者とまでは言わずとも、シペアの反応からして組織内では煙たがられていそうな回帰派だが、こうして聞くと不器用にも正しさを貫く集団として評価もされているようだ。
「なるほど。殺人を許容しないという点から、リエット様を殺そうと目的を切り替えたあの誘拐犯は、回帰派の意向で動いていたのはあり得ない。少なくとも、回帰派は今回の誘拐騒動に実行犯側での関与は薄い、というわけですか」
「ええ、間違いないでしょう」
俺はヤゼス教の教義にそれほど詳しくはないが、それでも殺人を推奨するような宗教ではないことぐらいは知っている。
リエットの言葉通りだとすれば、教義回帰派は思想と行動こそ過激ではあるが、人を殺してでも我を通そうとする集団ではないことになる。
それも教会側の人間であるリエットから見た評価であり、実際は殺人をも厭わない激しい一面があるのかもしれないが、一応組織の中で排除されずに堂々と名乗っているだから回帰派は危険視されるほどの存在ではないと見ていい。
「そうなると、回帰派以外でリエット様の誘拐を企てた何者かがいるということになりますが…心当たりなどは?」
「ありませんよ、そんなもの。無論、怪しい人間や派閥はいくつかありますが、誘拐だけならばともかく、連中に私の命を狙うほどの度胸があるとは到底思えません」
腐っても最大宗派の組織だ。
組織内では当然パワーバランスが存在し、派閥同士が掣肘しあう中で聖女の命を狙ったという事実は派閥の存続を危うくさせる。
仮に勝算と展望が見込めて行動に移したとしても、実行したという事実だけで粛清の対象となり得ることを考えれば、まず今回の件には関わろうとはしないはず。
とはいえ、実際に悪徳司教を抱き込んでリエットの誘拐が実行されたのだから、少なくとも絵図を描いた黒幕がいるのは間違いない。
「…それでも、今回のような企てもしそうな人間は一人いますが」
ただでさえ不機嫌そうだった顔をさらに曇らせ、今にも舌打ちをしそうな顔で眉を寄せるリエット。
なにやら今回の件の黒幕に思い当たる人物がいるようだが、あまりい感情を抱く相手ではなさそうだ。
「ほう。誰が、と聞いてもいい立場の人物でしょうか?」
「ええ、別に隠し立てする必要もありませんから。動機がどうのを語るには色々と分からないことは多いですが、謀には必ず関わりのあるとされる方が教会にはいるのです。ボルド司教と言う方なのですが」
「ボルド…確か、かなり古株の司教だと聞いてます。代表として率いる派閥の権勢は、今や枢機卿団に伍するとも」
ペルケティアは政教一致が揺るぎもしない基盤にあり、頂点に立つ教皇を支える枢機卿団はそのまま政治的にも強い影響力を持つ。
権力構造として枢機卿は司教の上に位置しているため、派閥の長である司教が束になっても枢機卿団には勝てないほど権力に開きがある。
しかしこのボルド司教に限っては、率いる派閥が教会内でもかなりの力を持っているそうで、唯一枢機卿団に正面切って文句を言えるほどだという。
教会内の事情にあまり詳しくない俺が知っているぐらいに、ボルド司教の権勢は強く大きい。
「有名人ですからね。流石にアンディも知っていましたか。派閥としての勢力もそうですが、本人の知略も中々のものだと聞いています。良くも悪くも、ペルケティア国内で起きる謀略でボルド司教が関わっていないものは無いとまで言われるほどです」
意外と厳しい口調のリエットの様子を見るに、件の司教は教会内ではフィクサー的な存在感を示しているようで、一癖も二癖もありそうな印象だ。
多くの謀略に関わっていながら、未だ権勢を振るっているのは、政敵を打ち破ってきたかいなしてきたか、いずれにせよそっち方面の手腕が優れているのかもしれない。
教義回帰派が黒幕とミスリードさせたのもボルド司教の策だった、というのは流石に深読みし過ぎだろうか。
「そのボルド司教が今回の黒幕だったとして、動機がわかりませんね。仮にリエット様をさらったとして、一体何が狙いだったのでしょうか?」
謀略を好む質だとして、聖女の身柄を確保する、あるいは殺すなどする本当の狙いが必ずあるわけで、それを知ることで全容を知る第一歩となる。
思い込みで教義回帰派を疑った身としては、せめて自体の発端を知りたいものだ。
「さあ、それは私にもわかりません。普段はあまり接する機会のない方ですし、顔を合わせたのも公的な場でのみの数えるほど。あぁ、でも先日回廊で少し話はしましたね。直近で言葉を交わしたのはそれぐらいでしょうか」
リエットにとっては為人も知れるほど日頃の付き合いも深くなく、今回の件に結びつくほどの動機となる判断材料も乏しいようだ。
教会で高い地位にいる司教といえど、必ずしも聖女と近しくなれるとは限らないというわけだ。
「では考えを少し変えてみるとして、ボルド司教にとってはリエット様を亡き者にすることで得られる利はなにがあるのでしょうか」
ボルド司教の動機は分からないが、逆に考えてリエットを殺すことの意義はどうなのか。
良し悪しはともかく、色々と考えを巡らせることが多い人間はメリットとデメリットを秤にかけずにはいられない。
「私が死ぬことで生まれる利……強引にでも理由をつけるとするなら、やはり聖女の交代を狙ったというぐらいでしょうか。しかし、私が聖女になってからまだそれほど経っていないので、次代の聖女の育成はまだ不十分です。すぐさま次の聖女が就任できるとは思えませんが」
「なるほど、聖女の交代ですか。それをするとなれば、ボルド司教の息がかかった人間を聖女に就任させ、自分達の派閥の影響力を強めたい、といったのが狙いでしょうか?」
「私を生かして捕らえるより、殺すことで得られるものといえば、それぐらいでしょう」
宗教組織の象徴を手にかけるデメリットはよっぽどのアホでもなければ簡単に想像でき、それを飲み込んでまでリエットを殺す必要が果たしてボルド司教にはあったのだろうか。
確固たる地位を築いている人間が、それを失う危険を犯すには相応の理由がある。
聖女を自分達の派閥の息のかかった人間にすげ替えるため、リエットを表舞台から退場させようと誘拐で身柄を押さえようとしたわけだ。
穏便に連れてこれればそれでよし、無理なら殺してでもとしたのは、ボルド司教はすでに聖女候補となる人材を手中にしているからだろう。
「おはよー、二人共起きてたのねぇ」
神妙な顔で向かい合う俺達など気にした様子もなく、パーラが体をほぐしながら現れた。
今の今まで呑気に寝ていたパーラだったが、流石に朝もそれなりに明けてくると目もさめたらしい。
「あれ?アンディ、仮面取っちゃったの?てっきり正体隠すためにずっとつけてると思ったのに」」
「んなわけねぇだろ。さっきまで外し忘れてただけだ。気付いてたんなら言えよ」
リエットを前に俺が素顔でいるのを不思議そうな顔で見るパーラだが、その言いようから昨夜の時点で仮面をつけっぱなしで眠ったことは気付いていたわけだ。
それで仮面のことを指摘せずにそのままにしたのは、俺になにか考えがあると深読みさせていたというのだからちょっぴり恥ずかしい。
「リエット様は初対面だと思いますが、こいつがパーラです。名前だけは知っていると思いますが」
「そうですか、あなたが…アンディから聞いていますよ。ご存知だとは思いますが、私はリエットと申します。お見知りおきを」
俺がペルケティアまで来た目的を知っているリエットは、ここでパーラを見たことに何か感心したような顔を見せる。
誘拐犯としてみなしている俺の一味とも言えるパーラに対して、丁寧な名乗りをするのは教養の賜物か。
「はじめまして。パーラです」
対してパーラは態度に若干警戒するような色をにじませながら、あっさりとした返しで済ませる。
特別リエットに対して思うところはないはずなのだが、この態度の理由は恐らく、昨夜リエットの着替えを任せたときに見たものが原因だろう。
女だと思っていた人間の股間に、本来あるはずのないパーツが有るのを直に見てしまったショックは決して小さくない。
むしろこの距離感で収まっているのがマシなぐらいだ。
「それで、今何してたの?」
挨拶を済ませ、パーラが俺の隣に腰掛けるとそう尋ねてきた。
リエットとそこそこ長く話していたせいか、今俺達の間に横たわっている微妙に重い空気を敏感に察知したようで、それに臨もうとする姿勢は相棒としては頼もしいものだ。
ここまでの話を頭の中で整理しつつパーラに話して聞かせ、黒幕の疑いが教義回帰派からボルド司教に移ったことも明かす。
元々先入観だけで教義回帰派を疑っていたため、ボルド司教が怪しくなったと知ってもパーラは特に驚きはしていない。
こいつもヤゼス教の司教にはいい印象を抱いていない口なので、この冷めたリアクションも仕方がない。
「…やっぱりヤゼス教の司教って碌なのがいないね。天罰が怖くないのかな」
「確かに教会の人間が誰しも完璧に清廉であるとは言いませんが、司教も真っ当な人間がほとんどです。ボルド司教が別格なだけです」
パーラの辛辣な言い様にも、リエットは怒りを見せずに諭すように答えるのは、本人も体制には思う所があるせいだろう。
もし現役の司教にボルド司教が名を連ねていなければ、パーラの教会批判ももっと強く否定出来ていたに違いない。
「それに、ボルド司教は間違いなく敬虔な信徒です。組織での立ち回りはともかく、信徒に恥じない日頃の振る舞いは立派なものだと聞いていますよ」
悪い人間ほど神の前ではいい子であろうとするという、地球でもマフィアのボスにありがちな精神性がボルド司教にも宿っているらしい。
リエットからすれば謀略に走る質を疎むものの、ヤゼスの信徒としては認めるものがあると言ったところか。
「その敬虔な信徒が、リエット様の誘拐に関与してるってのは結構まずいと思うけど。あ、でもそれだけ熱心なら、リエット様が男だったってのは我慢できなかったんじゃない?だから自分たちの手で聖女を交代させようなんて考えたのかも」
「……え?」
自分で立てた推測に満足そうな頷きをしているパーラだったが、その口から飛び出した言葉にリエットが間抜けな声で反応した。
聖女の隠された性別という、本来なら普通の人間が知り得ない情報をパーラが口にしたのがあまりにも意表を突いてしまったらしい。
間の抜けた声と呆然とした顔は、大事な何かがこぼれ落ちた人間の姿にも思える。
「え、何言って―誰が男―あ!私の服じゃない!?」
突然第三者の口から明かされた秘密に、一気に混乱した様子を見せるリエットだったが、ここでようやく自分の今着ている服が普段の夜着ではなく、意識のないうちに誰かに着替えさせられたものだと気付いた。
服が変わっているということは、誰かに裸を見られたのだとすぐに思い至り、リエットは体を隠すようにかき抱くと、俺たちを鋭い目で睨みつけてきた。
「……見たのですね?」
脅すような低い声のリエットの様子を見るに、やはりあれは知られてはいけない秘密だったか。
「不本意ながら。決して望んで見たわけではないと、言い訳はさせてください」
「そうそう。アンディが連れてきてた時点で服が濡れてたから、着替えさせただけ。私だってチ○コをいきなり見せられてびっくりしたんですってば。私乙女なのによ!?」
「お前はチ○コを言うのに躊躇がなさすぎる。乙女を自称するならもっと恥じらいを持て。…まぁそういうわけなんで、俺とパーラはリエット様が男だというのは知ってますが、言いふらすつもりはないので心配は―」
「違っ…私は男じゃありませんっ!そりゃあ普通とは一部が違いますが、性別はれっきとした女性です!」
教会の機密と思われる性別に触れる話を長々とする気はないので、追求もせずに話題をフェードアウトさせようとしたのだが、なぜかリエットは必死な表情でそんなことを言い出す。
そうは言われても、俺とパーラはしっかりと男の象徴を目視しているのだから、その言い訳は流石に苦しい。
「いや、でも私達ちゃんと見ちゃったのよ?あれはどう見てもチン―」
「本当に違います!もう一度しっかりと確認してください!さあ!」
そう言ってパーラの手を引き、少し離れたところへ行こうとするリエット。
「さあって…え、私が見るの!?また!?」
「同性の方がまだマシですから!ほら!」
まだ男性の象徴を見せられるのかと渋い顔をするパーラだが、そんなことなどお構いなしにグイグイと引っ張られていき、ついにはリエットの性別チェックを強いられてしまった。
本人が女性を自認しているのなら、男の俺が見ているのはマナー違反かと、一応顔を逸らしておく。
―さあ見て!ほら見て!見て見て見て!
まるで実演販売のレジェンドのような口調のリエットは、姿こそ見えないが積極的にパーラへ性別確認を仕掛けていると思われる。
パーラも微かに唸っているような声を上げ、嫌々そうではあるがちゃんと向き合っているようだ。
微妙に居心地の悪い空気の中待ち続けることしばし。
二人が俺の方へと戻って来ると、リエットの顔は満足げである一方、パーラはどこか腑に落ちないといった顔をしている。
「どうだったんだ?」
「…うん、リエット様は確かに女の体だったよ。でも、なんて言うか、男と女の両方なのよ。どっちもあるの。何を言ってるか分からないと思うけど、私だって分かんないの」
「だから言ったでしょう?私は正真正銘、女です!」
不思議そうなパーラに対し、リエットの自信満々といった態度から、どうやら女性としての体を持っていることは確かなようだ。
恐らくパーラが言いたいのは、あの夜に見た男性器は確かに今も存在しながら、女性器も確認出来たという奇妙な事実への混乱か。
双方どちらも嘘は言っていないと思われる以上、これはひょっとしたら、非常に珍しいケースなのではなかろうか。
リエットは生まれつき、男性と女性両方の特徴を持っているということだ。
即ち、『両性具有者』である。




