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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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スリーピング・フードファイター

 一夜明け、ファルダイフ最大の建築物である二つの塔の内、西塔と呼ばれるドニー・ファルダイフに賊が押し入った事件が、街中で噂となっていた。

 大小の事件が日夜起きるこの街でも、最高級ホテルがセキュリティを突破されて賊の侵入を許したという話は中々の話題となっているようだ。


 この賊というのはまず間違いなく俺のことだが、この時点で噂が広まっているということは、ホテル側が事態の隠蔽に間に合わなかった可能性が高い。

 あれだけの高級ホテルなら、風評被害を恐れて賊の侵入などなかったことにしたいだろうが、夜中に剣でガンガンにやりあっていたのを何もなかったとするのは難しく、従業員か宿泊客のどちらかの口から洩れて住民に知られたわけだ。


 ただ、そんなことがあったというのに衛兵の動きは鈍く、代わりにホテル側が手配したと思しき傭兵か冒険者が捜査を行っているのが少し妙に感じた。

 賊に入られたホテル側には過失がないはずなのだが、行政側には任せずに自ら動こうというのは、何らかの後ろ暗い事情でもあるのだろうか。


 もう一つ耳にした噂では、身元不明の惨殺死体が見つかったというのがあったが、その死体は灰爪のもので間違いない。

 上下に分割された死体に、発見された場所がまさに俺達が戦っていた広場と聞けば、疑う余地もない。


 今のところ、ホテルの襲撃とこの灰爪の死体は関連付けられていないようだが、時間が経てばヒリガシニが雇った暗殺者という点に辿り着ける人間もいなくもない。

 もっとも、そこから俺に捜査の手が伸びることはないはずだ。

 なにせ灰爪と最後に戦ったあの場所は工事を控えていたということもあって、そこにいたと思われる個人を特定するにはあまりにも雑多な情報が散らばりすぎている。


 科学捜査など存在しないこの世界では、碌な痕跡を残していない俺が灰爪の殺害と結びつけられるには、それこそ名探偵が必要になる。

 こんなギャンブルの街にコ〇ン君やホ〇ムズレベルの名探偵がいるはずもないし、いずれここを離れる俺がお縄に着く時はまず来そうにない。


 今回の事件で当事者となるヒリガシニのトップのアルメンも、その後の消息はつかめておらず、当分はそちらの方面から襲撃者が俺とはバレないはず。

 よもや詐欺師が法執行機関に駆け込むとは思えないし、暗闇で俺の顔も見えていなかったであろうアルメンらが、果たしてピンポイントで俺を見つけて告発することができるかは怪しいものだ。


 一応、夜が明けてから駆け込んだ天地会の系列店に報告したら、彼ら独自のネットワークも使ってアルメンらの行方を探すそうで、この街から出ていない限りはその内捕捉はできるとのこと。

 捕まったアルメン達がどうなるのか見てみたいものだが、とはいえ灰爪を倒した今では奴らのことはどうでもいい。

 けじめをつけさせるなら、天地会に任せよう。


 こうして灰爪の殺害とホテル襲撃の件で俺はこの街で罪を犯したことになるわけだが、それで罰せられるかどうかは捜査をする人間次第だ。

 衛兵ではなくホテル側が使う人間が捜査を主にしている現状、上手く逃げれる余地は十分にある。

 最低限、旅に耐えられる程度にパーラが回復したら、さっさとこの街を離れるのが最善だろう。






 専門ではないとはいえ捜査網が敷かれている以上はそれを警戒し、天地会系列の店で少し時間を潰してから愛のサークへと戻ってくれば、朝はとっくに過ぎてもうじき昼という時間となっていた。

 こんな時間に娼館は開いているはずもなく、愛のサークも正面玄関は閉ざされていたため、俺は店の裏口へと向かう。


 娼館で雇われていた時に、この裏口の存在は教えられていた。

 昼でもそこに常駐している店の従業員に挨拶をすると、普通に中へと入れてくれた。

 この時間にここに来るのは初めてだが、厨房への出入りにはここを使っていたため、顔パスレベルで通れたわけだ。


 明りが落とされ、窓も締め切られた館内は薄暗く、娼婦達も今頃は寮の方で眠っていることもあり、特に誰とも出会うことなく目的の部屋の前までやってきた。

 目の前の扉を控えめにノックすると、室内で人が動く気配を感じる。


 ―誰?


 ややあって扉の向こうから返ってきた声は、ガリーのものだった。

 若干緊張した気配があるのは、この時間に娼館の一室へと来る人間を警戒してのものだろう。


「俺だ、アンディだ」


 ―…ちょっと待ってて


 躊躇うように一拍置いてゆっくり扉が開くと、隙間からこちらを覗く目と視線が合う。

 アンディと名乗る偽物の可能性を疑っていたと思しきガリーの目は、俺の姿を確認したことで一気に緊張から安堵へと変わる。


「はぁ~…入って」


 先程の警戒から一転、歓迎するように大きく開かれた扉を潜り、室内へと入る。

 そうしてから気付いたが、ガリーの右手には短めの木の棒が握られており、どうやらいざとなればあれで敵と戦うつもりだったらしい。


 椅子の足か何かから取ったその木の棒は、武器としては心許ない代物だが、それでもパーラのためにそんな武器で侵入者と戦うつもりだったという気概には頭が下がる。


「警戒させたみたいで悪かったな。あんたに頼んでたのはパーラの世話だけのつもりだったんだが」


「ま、一応はね。この子は私の命の恩人なんだ。こんな時には守ってやらなきゃ女が廃るってものよ」


 仮に誰かが敵意を持ってここへ押し入ったとしても、一般人にすぎないガリーがパーラを見捨てたところで非難される筋合いもないだろうに。


「その意気は買うがな。とりあえず、パーラの命を狙いそうな奴はもう死んだから、そう警戒はしなくてもいいと思うぞ」


「それって、あのイカれた男のこと?死んだって、あんたがやったの!?」


 パーラとガリーの命を狙うとすれば灰爪が最も有力候補であるため、ガリーも奴がどう行動するかを恐れていたらしい。

 ガリーに灰爪の死を伝えると、驚愕と共に安堵の感情がその顔に現れた。


「ああ、確実に息の根を止めたよ。もうパーラは勿論、あんたを狙う人間はいないと考えていい。念のため、もう二・三日は身を隠したほうがいいとして、その後は堂々と外を歩けるようになるはずだ」


 灰爪が命を狙っている可能性を考え、ガリーにはパーラの世話という役目を与えた上で、ここに身を潜めさせていたというのもある。

 だがその灰爪も死んだ今、もう隠れ潜む必要もない。


 ただし、今のファルダイフはホテル襲撃事件で少し騒がしいため、少なくとも街がもう少し落ち着くまでは大人しくしておくのが賢明だ。


「そう…なら、私はあんたにお礼を言ったほうがいいのかしらね?」


「別にいいさ。奴を殺すのは俺の目的だったからな。それに、礼なら俺が言いたいぐらいだ。ここしばらくはパーラの世話を任せっきりだったしな」


「何言ってんの。私をここに隠れさせてくれた上に、給金までもらってるんだから」


 確かにガリーをパーラの世話役として金で雇っていたので、仕事だと言われれば俺が礼を言うのはおかしい話だが、それでもさっき見せた姿勢を思えば、給料とは別に礼の言葉の一つでも伝えたいところだ。


「まぁそうなんだが、だとしても……なんだあれ?」


「え?…あぁ、あれね」


 頭の一つでも下げようかと思い、ガリーの方へと向き直った俺の目に、彼女の向こうにある異常な光景が見えてしまった。

 思わず口にした疑問の声に、ガリーは一瞬呆けたような顔を見せたが、俺の視線の先にあるものに気付くと、困ったような笑いを浮かべる。


 部屋に入って見える右奥側にベッドがあり、そこではパーラが眠っているのは分かる。

 前に見た時と変わりはない。

 おかしいのはベッドの周りに置かれた大量の食器だ。

 いずれも食べ終わったものだとわかるが、その数が半端ではない。


 一枚や二枚の皿なら、ガリーが食べた朝食の跡だと納得するが、十枚や二十枚といった数となれば話は別だ。


「なぁガリーさん、なんであんなに空の食器が置かれてるんだ?ひょっとして、あんたが?」


「バカ言わないで。私があんなに食べるわけないでしょ」


 一応、ガリーの食事に関してはエメラに頼んで手配してもらっていたが、まさかフードファイター張りに食べるのかと思い、少し白い目で見てしまったが、嫌そうな顔で否定された。

 どうやら細身に見合わない大食漢というわけではなさそうで、それなら誰があれを平らげたのかとなれば、答えは限られてくる。


「まさか…パーラか?意識が戻ったのか!?」


 一人、この娼館には特別食い意地の張った娼婦が一人いるが、彼女がこの部屋にわざわざやって来て食事をするとは考えられない。

 となれば、あれはパーラの仕業と考えるのが妥当だ。


「そ。今朝方、一度意識を取り戻したのよ。で、開口一番に『血が足りない、食べ物持ってこい』ってね。で、急遽食事の用意をしたってわけ」


 あの時、パーラの治療をした薬師が言うとおりなら、そろそろ意識を取り戻してもおかしくはない。

 だがあれだけの血を失って、意識不明の状態からの寝起きで大量の食事を摂るなど普通は無理だ。

 食欲がどうのという以前に、まず胃が受け付けないはずだ。


 ところがこうして大量の皿だけが残っているとなれば、食事を拒絶する胃袋を気合で屈服させて食物を血肉と変えるべく喰らい尽くしたというわけだ。

 足りない血を補うべく本能がそうさせたのか、眠っているパーラは穏やかな寝息を立てているあたり、今頃はあいつの体内ではせっせと血肉が作り出されていることだろう。


「あれだけの怪我の後に随分食ったもんだ。非常識な奴だな。これだけの食事を用意するのも大変だったろうに。厨房の人達にも迷惑をかけたな」


「あぁ、それなら大丈夫よ。その食事は私が作ったから。料理人の人達には手間をとらせてないわ。食材の使用もエメラさんが許してくれたし」


「…なに?」


 朝早くから大量の料理を作らされた厨房の連中のことを思い、申し訳なく思っていると、ガリーの口から意外な言葉が飛び出した。


「あんたが料理を?一人で?」


「そうよ。…なによ?娼婦が料理を作れちゃ悪いっての?」


 若干疑うような問いかけになってしまい、ガリーが気を悪くしたように口を尖らせる。

 そんなつもりはなかったのだが、確かに今の俺の問いかけは娼婦が料理を作れないというのを決めつける、よくないものだった。


「気を悪くさせたのなら謝るが、普通はそう思うもんだろ。料理ができるなら、なんで娼婦にってな」


 世の中の娼婦は大抵、料理が出来ないものだというのが常識でもある。

 なにせ娼婦になる背景の一つに、他の職業への技能不足が原因として多く挙げられる。

 もし料理が出来るのなら飲食店で働けばいいのだから、娼婦で料理が出来る人間というのは奇妙に思えてしまうのだ。


 勿論、多少料理が出来る娼婦がいてもおかしくはないが、あれだけの量を早朝に手早く作れるとなれば、どこかの食堂で働いたほうが性に合うのではないだろうか。

 一時の稼ぎよりも、心も体もすり減らさずに済む料理人の道の方が何倍も楽なのだから。


「人には人の事情ってのがあるのさ。料理が出来る女でも娼婦の道に踏み入れる奴ぐらい、いてもおかしくないだろ」


「そりゃまぁそうだが」


 あまり触れられて欲しくないのか、どこか突き放すような口調でそう言われてしまった。

 ガリーも言ったように、人にはそれぞれ歩んできた道のりがある。

 誰もが娼婦となる前の何かがあるのは当然で、そこを知らずに生き方をどうこう言うのは浅はかだ。

 本人が語ろうとしないなら、これ以上は聞かないほうがよさそうだ。


「とにかく、自分で食事をしたってことは、パーラは意識を取り戻したんだな。今も眠ってるのは、食事をしてからずっとこうか?」


「そうね。朝に起きて食べて、すぐに『食ったから寝る』ってだけ言ってこうよ」


 ベッドの上で寝息を立てるパーラは、俺が最後に見た姿から大きく変わってはいないが、穏やかな顔に血色は幾分よくなったように思える。

 意識不明の状態から目覚め、たっぷりの食事を口にした人間としてならまだ怪しい顔色だが、それでも担ぎ込まれた時に比べればはるかにましになっている。


 とりあえず眠っているのならそのままにしておき、焦らずにまた自分から目が覚めるのを待つとしよう。


「エメラさんに報告したら、一応薬師の人を呼んでくれるみたい。来るのは夕方ぐらいになるらしいわ」


 薬師からはパーラの容態に変化があったら連絡しろと言われているが、想定よりも若干早く目覚めて寝起きに大量の食事を摂るというのは普通とは言えないので、そのあたりも絡めて診断してもらおうというわけだ。

 とはいえ、目が覚めているなら予後はよいため、まず心配はいらないだろう。


「夕方か。少し時間があるな。ガリーさん、休んだらどうだ?この後のパーラの面倒は俺がみるぞ」


「大丈夫よ。何もずっと気を張ってたわけじゃないもの。それより、あんたの方こそ休んだら?随分と…疲れてるみたいだけど」


 そう言って、俺をてっぺんからつま先まで観察するように見たガリーは、呆れた顔で軽く溜息を吐く。

 ホテルの監視から灰爪との戦いまで、夜通し動き続けた後は軽い休息しかとっていない。

 明らかな疲労をガリーにはバレてしまったようだ。


「このぐらい大したことは…と言いたいところだが、ちょっと強がりを言う気にもならんな。悪いが、休ませてもらう。パーラのこと、もう少しの間頼む」


 一日や二日の徹夜程度ならこうまではならないが、灰爪との戦いは精神と肉体の消耗が激しすぎたため、今すぐにでもベッドに倒れ込みたいのが正直なところだ。


「ええ、任せてちょうだい。そっちに私が使ってる寝床があるから、よかったら使いなさいな。薬師の人が来たら、起こしてあげるわ」


 ガリーが指さす方を見れば、ソファに畳んだ毛布が置かれており、どうやらここで彼女は寝起きしていたらしい。

 毛布は娼館の誰かが手配してくれたのか、そこそこ厚手のいい品だ。

 パーラが使っているベッドほどではないが、このソファも寝るのに不自由はない程度にクッション性はいい。

 これなら仮眠するのにも十分だ。


 誘われるようにフラリとソファの方へと歩いていくと、部屋の扉がノックされた。

 日がある内の娼館の、しかも今は俺が借りているこの部屋に来る人間など限られている。


 ―ちょっといいかい?エメラだけど、アンディはこっちにいるかい?


 誰何の声を待つことなく、そう室内へ問いかける声はエメラのもので、俺を探してここに来たらしい。

 俺の時と違い、相手が既に分かっているだけに警戒することもなく、ガリーは気軽に扉を開けた。


「どうも、エメラさん。アンディならさっき来たところですよ」


 大手の娼館の主だけあって、自然と対応には丁寧になったガリーが室内の俺を視線で示す。

 そのせいで今まさにソファに横になろうとしていた動きを中断され、若干おかしな態勢でエメラと目が合ってしまった。


「…もしかして休むところだったのかい?だったら悪いことしたね。ちょいと私の部屋まで来とくれ」


 言葉にこそしているが、申し訳なさが口ほどにない態度のエメラが、上の階へと顎をしゃくって見せる。

 これから休もうとしている人間を連れ出すのだから、よっぽどの用事なのか。


 疲れているからと断ることは出来るが、ここの部屋を提供してい貰っている身としては心証を大事にしたい。

 疲労を隠すことはできないが、素直にエメラの求めに応じて彼女の部屋へと向かった。


「とりあえずそこ座んな」


「はあ、では…エメラさん、こちらの方は?」


 エメラの部屋に入ると勧められるままにソファへ座った俺の対面に、若い男が先にいるのが気になった。


 歳は二十代そこそこ、いってても三十は超えないと思われる若い男は、身なり自体はこのエメラの部屋にいても違和感がないほどに整っているが、ソーマルガの伝統的な服を何か自分なりのルールがあるのか着崩している感があり、どこかアウトローな匂いを感じさせる。

 身に纏う雰囲気は若さの割に落ち着いたものがあり、チラリとこちらを見る目は堅気とは思えないほどに鋭い。


「そいつがあんたを呼んだ理由さ」


 俺と件の男だけをソファに座らせ、自分は執務机へと着いたエメラが気だるげな様子でそう言う。

 この男と俺を引き合わせるのが目的だったようだが、なにやらその態度からはあまり気乗りはしていないように思える。


「お初にお目にかかりやす、アンディさん。噂はかねがね…。自分、ルハブと申しまして、灯心組(とうしんぐみ)の若頭代理を任されてるもんです」


 ルハブと名乗った男は、俺が最初に感じた印象とは違って穏やかで丁寧な態度だ。

 この街に来てまだ長くなく、表向きは特に目立っていないはずの俺を知っているのは少し気になったが、それも灯心組の人間というのを聞いてなんとなく察した。


 この灯心組というのは、古くからファルダイフにいたマフィアの組織の名前である。

 天地会とも関係が深く、ヒリガシニと最初に揉めていたのもこの灯心組だ。


 元々ファルダイフの港湾を取り仕切っていたのが灯心組で、夜間に緊急的に港へとやってくる船を誘導するランプが名前の由来だとか。

 荒くれ者が集まる港湾の元締めだったこともあり、自然と街の裏の顔へとなった灯心組がヒリガシニに狙われたのは、やはりこの街で最も勢力の大きいマフィアだからだろう。


 後ろ盾に天地会がいるだけに、灰爪を探して動いていた時に俺が天地会へと渡した情報も、灯心組には流れていたのかもしれない。

 マフィアが抗争相手の情報を求めない理由がなく、そこから俺のことも知られたと考えていい。

 だからルハブが噂はかねがねと言ったわけだ。


「灯心組とはうちも付き合いがあってね。今朝私の所にわざわざ来て、あんたに繋ぎをとってほしいって頼まれたのよ。そしたらさっき丁度あんたが来たもんだから、こうして呼んだってわけさ」


「エメラさんにはちょいと無理を聞いてもらいやした。この埋め合わせはそのうちに」


「期待しとくよ。それよりも、さっさと本題に入ったらどうだい?そこのアンディも今日はお疲れでね」


 チラリと俺を見ながらそう言うエメラだが、そんな気遣いが出来るのなら、日を改めてルハブと面談させるぐらいはして欲しかった。

 もっとも、付き合いのあるマフィアからの頼みとあらば、一介の雇われ人の事情とどちらを優先するかは考えるまでもないが。


「では早速。今回アンディさんを訪ねたのは、噂に聞く頭のキレと腕っぷしを見込んでのことでして、是非うちの組に手を貸してもらえんでしょうか」


「…それは灯心組に入れという勧誘でしょうか?」


 まるでスカウトのようなことを口にしたルハブに、俺はしかめっ面を隠すことなくそう返す。

 完全な堅気とは言い難い冒険者なんぞやっているが、マフィアの一員になるつもりなどなく、正直断りたいところだ。

 だが相手がマフィアとなれば、下手な断り方をすれば怖いことになる。


「そのつもりなら歓迎しますがね、見たところそんな気はなさそうだ」


 俺の顔を見て察してくれたのか、ルハブは困ったような笑みを浮かべる。

 魔術師を抱え込むことのメリットを考えれば、俺に組の人間になってほしいところだが、その気がない人間を引き込む難しさは十分分かっているようだ。


「あくまでも手を貸すというだけで、組のもんになれってことじゃないんですよ。アンディさん、うちの組がヒリガシニと揉めてるのはご存じかと思いますが、連中の背後に誰がいるかを?」


「いえ、そこまでは」


「そうですか。ではそこからお話ししましょう」


 ルハブが語ったところによれば、新興宗教の皮をかぶった詐欺師集団であるヒリガシニには、実はこの街での後ろ盾となっている組織があったらしい。

 遥々よその土地までやってきて、現地のマフィアとことを構えるなどバカかイカれてるかのどっちかと思っていたが、なんらかの組織がバックについているとなれば一つ納得できるものを覚える。


 その後ろ盾となっていたのが、ノバーノ一家という連中で、ファルダイフでは風紋船の発着場を一部仕切っているらしい。

 海と陸の違いはあるが、流通の要となる港を仕切っていることもあり、このノバーノもマフィアとしての側面を持つようになり、今では灯心組と並ぶほどの組織となっている。


 灯心組とノバーノ一家では、天地会がバックについている分だけ灯心組が規模は上だが、直接の武力では武闘派で鳴らすノバーノ一家に軍配が上がる。

 総合的には勢力として拮抗していることもあり、時折小さな揉め事は起きるも特に大きな衝突もなく今日まで過ごせていた。


 ところがこのノバーノがヒリガシニの後ろ盾となり、間接的に灯心組と天地会へ攻撃を仕掛けてきたのが今回の騒動となっている。

 小競り合いこそあれ、本格的な抗争に発展していなかった関係が、ヒリガシニを使ってまで一気に変わったのは最近起きたノバーノ一家の代替わりのせいらしい。


「ノバーノ一家の頭はもう結構な歳なんですが、子供がいないもんで誰が跡目を継ぐかで揉めたそうです。あそこは頭の就任に幹部全員の賛成が必要だとかで、跡目候補の一人がうちの組のシマを傘下にした手柄での頭就任を狙ったようでして」


「それでヒリガシニを利用して灯心組へちょっかいを?なんだか迂遠な手口に思えるんですが」


「ええ、実際大していい結果とはなってなかったようで、うちのシマで向こうに吸収されたのはそこまで多くありませんでした。おまけにヒリガシニも好き勝手に動いたもんだから、ノバーノの連中もあちこちから睨まれて頭を抱えてるようです」


 均衡状態を崩そうというのは、意外と敵味方に恨みを買いやすい。

 頭候補の何某が、灯心組だけではなく身内からも非難されるのを嫌って、外からやってきたヒリガシニを利用しようと考えたのは分からなくもない。


 ただ、内ゲバというわけではないが、利用しようとしたのを逆に利用されて、好き勝手に暴れられたのが今のヒリガシニと天地会の対立を作ってしまったと考えられる。


「自分達で引き込んだのに、手綱を握れなくなっては恥以外の何ものでもないでしょう。ヒリガシニが雇った暗殺者も、ノバーノ一家の差し金ですかね?」


「いや、そっちはヒリガシニの独断らしいです。アンディさんが捕まえてくれた連中に、そのあたりを知ってる奴がいましたから」


 そう言えば、天地会に引き渡したヒリガシニのメンバーには灰爪のことを知ってる奴がいたが、そいつからルハブ達も情報を引きだしていたか。

 灰爪と戦った時に言ってたが、奴の口ぶりからして雇い主はヒリガシニの人間だというのは確かだ。


「アルメンが行方をくらまして以降、ヒリガシニも組織としてはまともな活動が出来ていないようです。ノバーノの方も、一先ずは様子見のつもりなのか動きは鈍いそうです」


 泊っているホテルが襲撃され、着の身着のままでアルメンが逃げ出した現状、ヒリガシニはまともに活動できるだけの旗頭を欠いているといっていい。

 天地会もアルメンを捕まえるべく動いているし、この街でヒリガシニはもう終わっているのかもしれない。


「そんなわけで、ノバーノが大人しい今ならと、うちのシマを整理することになりまして。整理と言っても、向こうに取られたシマを手放すのがほとんどなんですがね。ただ、その中にはうちの傘下で続けたいってのもいまして、ノバーノの連中とその辺りを交渉したり…話し合いでは解決しないこともあり得ますが」


「それを俺に手伝えと?」


「ええ、そうです。正直、ノバーノ一家には武闘派で鳴らしたのが揃ってまして、うちのもんだけだといざ何かあった時に少し不安なんですわ。そこで、腕が立つアンディさんを用心棒として雇わせていただきたいんです。勿論、謝礼は弾ませてもらいます。どうかお願いしやす!」


 そう言って頭を下げながら強い目でこちらを見るルハブに、俺は一瞬気圧されそうになったが、それでも頼みを聞くのにはためらいがある。

 ルハブの申し出を受けてしまうと、今日までのヒリガシニや灰爪を相手にしたのとは違い、本当にマフィア同士の抗争にどっぷりと浸かってしまいかねない。


 元々ファルダイフにはバカンスに来ていただけで、パーラのことがなければ今頃はこの街を満喫して次の旅立ちに思いをはせていただろう。

 今更マフィアのいざこざに自分から突っ込んでいくなど、何のメリットがあるというのか。

 パーラの意識が回復したのだから、アイリーンの所に戻って静養するのが最善だと思える。


 ルハブの頼みをどう断ろうかと悩んでいると、エメラが気だるげな動作で俺へと向き直ると、申し訳なさそうに話しだす。


「アンディ、引き受けてやっちゃくれないかい?」


「しかしエメラさん…」


「うちはこんな商売だ。灯心組には荒事で世話になったことも一度や二度じゃない。今私が口を挟むのはどうかと思うけど、悪いけど助けてやっておくれ」


 ルハブに続いてエメラからも頼まれては、断る気が失せてしまう。


 エメラにはパーラのことで決して小さくない恩義がある。

 娼館とは関係が薄いパーラのために部屋を貸してもらったし、薬師の手配までしてくれた。

 謝礼金を払っているとはいえ、薬師を呼ぶのにはエメラのコネを使ったため、そこは感謝してもしきれない。


 そんなエメラにそう言われ、Noと言ってしまえるほど俺は人でなしではない。

 本音を言えばこれ以上マフィアとは関わりたくはないのだが、受けた恩を返さずに面の皮を厚くして生きるにはまだ若いつもりだ。


 こっそりと溜息を吐き、こちらを見つめるルハブと目を合わせ、その頼みを引き受ける旨を伝えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >『血が足りない、食べ物持ってこい』 >『食ったから寝る』 コ〇ン君やホ〇ムズレベルの名探偵は居ないようですが、某怪盗三世っぽいのが居ますね
[一言] >こんなギャンブルの街にコ〇ン君やホ〇ムズレベルの名探偵がいるはずもない 次回よりタイトルを『異世界探偵コニャン』に変更!?
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