オーゼル、大地に立つ
SIDE:アイリーン・オーゼル・マルステル
「そうでしたか。わかりました。調査員の方には私からも申し添えておきましょう」
「ええ、お願いいたしますわね」
私の目の前で思案していた町長から色よい返事が頂けたことで安心して肩の力が抜けていく。
町長には遺跡の大まかな概要と、そこで得られたものの内訳を簡単に説明し、近年でも稀に見る大発見と言えるタブレットと呼ばれる魔導文明の書物にあたるものも見せた。
後は調査員に発見物のいくつかを資料として提供して、調査に私の参加を認めさせる事も出来るでしょう。
タブレットの存在は可能な限り伏せておきたいところですが、あの遺跡の細部にわたって調べられるこの道具の存在無くして遺跡の解明は進まないため、隠しておくのは勿体ない。
なので、所有権は私にあることを認めさせたうえでの貸与を見越して、調査に加わることもできるでしょう。
「それにしても、なぜわざわざこのような回りくどいことを?アイリーン様のお名前を出せば調査員の方も断ることは無いと思うのですが」
「そうかもしれませんわね。ですが、これはあくまでもオーゼルという一個人として成し遂げることに価値があるのです」
町長には私の本当の名前と身分を明かしているので、こういった疑問を持つのも当然のことでしょう。
ですが、私は家の名前に頼らず、自らが為した証が欲しいのです。
アイリーン・オーゼル・マルステル、それが私の本当の名前であり、ソーマルガ皇国のマルステル公爵家末子として貴族の義務を全うするべく育てられてきたのですが、家庭教師から聞かされた冒険譚や歴史の不思議に興味がわき、両親を説き伏せて国を飛び出してきたわけですが、父の出した2年以内に結果が出なかった場合は家に戻り花嫁修業に勤しむという条件が科されているため、色々な物に挑戦してきました。
今回のレースに参加したのもその一環だったのですが、優勝できなかったことが悔やまれた一方で、遺跡の探索という僥倖に恵まれたことを喜ぶべきなのか少々複雑でしたわね。
我が祖国であるソーマルガ皇国では遺跡の探索者を厚く保護しており、新たな発見をした者に与えられる褒賞は他国の比ではない。
過去には古代都市遺跡の発見の褒賞として爵位を与えられた者もいたとか。
ソーマルガでは遺跡から得られた技術や道具を使って発展したものがいくつもある。
我がマルステル公爵家も新技術の開発・研究に多大な出資をしているため、遺跡との関わりも深いと言えるでしょう。
そんなマルステル家の末子である私が異国とはいえ、新規の遺跡の発掘に関わったとなれば、家の誉となるに違いありません。
ですがそれ以上に、私が自らの手で得る栄誉こそが最も価値のある物だと思えるのです。
副産物というには大きすぎますが、アンディのおかげで私も魔術を使えるようになりましたし、このことはまだ伏せておくとして、国に帰った際には師を探してみるのもいいかもしれませんわね。
きっと母は喜んでくれるでしょうけど、婚約先の選定に苦労する父が少々気の毒に思えますが。
「そう言えばあの2人はどちらに?てっきり一緒だと思っていたのですが…」
「もちろん連れてくるつもりだったのですが、門の所で取り逃がしてしまいましたわ」
どうやら町へ帰る途中に2人で私を撒く算段を整えていたようで、門をくぐる時にわざわざ2手に分かれるという撹乱を使ってまで来たくないなんて、どれだけものぐさなんですの?
おまけにしっかりとバイクに繋がれてた荷台を残していく徹底ぶり。
まさか遺跡で見つけたものが大量に積まれた荷台を放置して追いかけるわけにもいかず、おかげでここまで荷台を牽いて来たジェクトはヘトヘトになってしまいましたわ。
あの2人…、見つけたらタダではおきませんわよ?フフフ…。
「あの、アイリーン様?お顔がその…怖いことに…」
あら、どうやら黒い気持ちが顔に出てしまったようで、町長を怯えさせてしまったみたいですわね。
「失礼。どうにも感情を抑えることが難しかったようで。私もまだまだですわね」
心を落ち着けて町長と打ち合わせを続け、調査員が到着した際に改めて私と顔合わせをすることにして、今日の所は宿に戻ることにしました。
まだ疲れが残るジェクトを連れて厩舎まで行き、少し多めにチップを払いジェクトを預け、昼食を摂りに町へと出かけることにしましょう。
お気に入りのいつもの食堂で食べることを決め、通りを歩いて行くと前方に見覚えのある2つの背中が。
思いがけない邂逅にしまっておいたはずの黒い感情が沸き立ち、口が笑みの形になるのが止められませんわね。
ユックリと近付いて行くと、まず気づいたのが左側にいたシペアでした。
偶然横を向いたときに私と目が合ったようで、笑顔から一気に青ざめた顔になっていく様は見ものですわね。
ただ、女性の顔をみてそんなに怯えるなんて、紳士失格でしてよ?
「どうした、シペア。顔色が悪いぞ。腹でも壊したか?」
「う、うし、うししろに…」
その様子に訝しんだアンディがこちらを向き、目が合うとシペアと同じような反応をしたのですが、なぜそんなに怯えるのでしょうねぇ。
「2人とも、奇遇ですわねぇ。門でのことは苦労しましてよ?慣れない重量物を運んだおかげでジェクトはすっかり疲れてしまって」
「お、オーゼルさん…?とりあえず一旦落ち着きましょう。まずはその右手の炎を消してごらん?ね?」
宥めるような言葉遣いをするアンディに指摘されて初めて火魔術を発動していたことに気付き、右手を目の前まで持ち上げてみると、練習でも見たことも無い綺麗な青の炎で、一瞬見惚れてしまいました。
そう言えば子供の頃、母から聞かされた話では火魔術の使い手は感情の高ぶりを魔力にのせると強力な術に発展すると言われていたとか。
なるほど、これが火魔術の特徴ということでしょうね。
アンディに教えてもらったように、炎に選別した気体を取り込むことで炎の勢いや形状が面白いように変えることが出来るため、しばし炎の制御に集中していたようでした。
それを隙と見なしたようで、アンディが逃げようとしたのを見て、炎を5つに分けてから矢じりの形にして、それをアンディ目掛けて次々と射出していく。
どうせこの程度で死ぬとは思えませんし、丁度通りには人もいないので、建物に引火しないように気をつければそれでいいでしょう。
かなりの速度で飛び出した矢がアンディに直撃するかと思った瞬間、思わぬ行動に出ました。
「シペアバリアーっ!!」
「嘘だろーっ!?ぎゃぁあああ!!」
なんと隣にいたシペアを盾にして炎の矢を防ぎ切ったではありませんか。
とても人の所業とは思えませんわ。
同時に発生した湯気に視界を奪われ、一瞬2人の姿を見失ってしまいました。
アンディならともかく、シペアに当たって無事に済むとは思っていなかったため焦りましたが、地面に立っているシペアの体には分厚い水の膜が張り付いており、それが炎の進入を防いだようでした。
役目を果たした水は力を失ったように地面にバシャンと落ちて石畳を濡らすだけ。
どうやらアンディがシペアの体を盾にする瞬間、水魔術を使って膜を張っていたようですわね。
一応シペアの安全を考えていたようですが、それなら自分の体でやればよろしいでしょうに。
炎の矢が直撃する瞬間、目を閉じていたシペアは体に異常が無いことに気付いて恐る恐る目を開け、自分の体を見回して怪我がないことに安堵の息を吐いていました。
ホッと安心する私とシペアを置き去りに、遠くに駆けていくアンディの背中に罵声が浴びせられる。
「てめぇー!アンディー!俺を盾にしやがったなー!」
シペアの叫びに走るのを止め、こちらを振り向いたアンディ。
「悪いな、シペア!所詮この世は弱肉強食!弱いものが強いものに利用されガフっ!」
「おっと!悪いな坊主。前が見えづらくてよ」
捨て台詞を叫ぶアンディの後頭部を、通りがかった男性が担いでいた木材が直撃し、予想だにしていなかった方向からの衝撃を受けてアンディが地面をのたうち回っている。
罰が当たりましたわね。
ただ、すぐに回復したようで立ち上がると、何故かこちらを一睨みしてからピューっと風のように逃げていきました。
あれは恥ずかしかったんでしょう。
「ちっ、あの野郎、覚えてろよ。絶対に許さん」
「そうですわね。アンディにはその内報いを受けさせるとして、とりあえずシペア、あなたの説教からですわね」
肩に手を置いて逃がさないようにグッと力を込めて拘束しておきましょう。
「え、うん?あ、あれ?いや、俺ってさっき充分怖い目にあったよ?あれでチャラだよな?」
こちらを見上げるシペアの目は恐怖に彩られていて、これから行われるものが何かわからないために怯えが隠せないようですわね。
「いいえ?あれはアンディに向けて放った物なので、シペアには関係ありませんわよ。さあ、ゆっくりとお話をしましょうか。フフフ…」
とりあえず近くの食堂に入りシペアに説教からの罰を与えるとして、アンディは別の手を考える必要があるでしょうけど、その辺りはシペアにも協力させるとしましょう。
アンディ?私から逃げられると思わないほうがよろしくてよ?
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