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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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盗品は返したか 飛空艇はまだか

 大勢の民衆が見守る処刑台に跪く一人の男。

 その左右に立つ兵士は首を切り落とすための武器を手にしており、正に今、ここで公開処刑が執り行われようとしていた。


 処刑対象はまだ若いと言っていい男で、果たしてどれほどの罪を重ねればこのような景色の中で首を刎ねられるというのか。


 ―あれか。稀代の大盗賊アンディってのは


 ―なんでも厳重な警備のあった宝物庫から、とんでもねぇ財宝を盗んだらしいが…


 ―そりゃあ随分デカいことをしたもんだ


 ザワザワと観衆が挙げる声は非難や怨嗟とは程遠く、罪人に向けるものにしては些か軽い。

 見世物としての側面がある公開処刑とはいえ、恨まれるほどの大罪人という印象は薄く、しかしこうして多くの目にその死にざまが晒されようとしている。

 決して軽い罪でああはなるまいと、誰もが思っていた。


「この者!ソーマルガ皇国の国宝を盗み出した罪により!グバトリア陛下の御名の下にて処刑を執り行う!最後に聞く!盗んだ財宝の内、未だ戻ってきていないものはどこに隠した!?」


 処刑台に立った役人が罪名を読み上げながら、跪く罪人へ財宝の隠し場所を聞く。

 その言いようから、尋問でもまだ全て宝が戻ってきていないとは分かるが、それにも拘らず処刑を実行するとは、よほどこの国の偉い人間から怒りを買ったと見える。


 ここで許しを請う言葉や、あの世まで持っていけない財宝の行方を素直に吐くかと大勢が見守る中、罪人は辺りを睥睨すると不敵に笑いながらその口を開く。


「俺の宝か?欲しけりゃ探してみな。この世の全てを置いてきた」


 彼の死に際に放った一言は、全世界の人々を熱狂に駆り立てた。


 世は大冒険時代を迎える――





「―的なことを想像してたんですがね」


 宰相の執務室でハリムを前に長々と語ってみたが、特に止められることなく最後まで話せたのは、バイク盗難の件で俺がどんな弁明をするのかハリムが楽しみにしていたからだろう。


 エーオシャンからここまで連れてこられ、指示した当人を前にしてみれば、この妄想が多分に混ざった展望は確実にないというのは分かっていた。

 とはいえ俺の仕業に怒っているのは何となく感じ取れているので、ある種の予防線を張るためにも最悪のケースというのを口にしてみた。


「妄想もそこまで行くと芸術的だな。いっそ本でも出したらどうだ」


 ありったけの夢をかきあつめる冒険譚か。

 一億部はいきそうだな。

 知らんけど。


「いやぁ、生憎文才は持ちあわせてないので」


「皮肉だと分かってその答えというのは、あまり反省が見られないように思えるな」


 中々辛辣なハリムの言葉に俺は二の句が出ないまま黙る。

 薄っすらと漏れ出ている怒りに加え、呆れと諦めも混ざっているように思えるあたり、俺達のしでかしたことでかなりの苦労をしたというのが窺い知れる。


「…まぁよい。一先ず、ワシの手配した兵から逃げ出さなかったのはよしとする。バイクを返す意志があったというのも、理解はした」


 一度大きく息を吐いたハリムは、ここまでの事態を整理するように話し始めた。

 俺達がバイクを持ち出してソーマルガを離れてからそこそこの時間も経っているし、何よりつい先日国境を越えた俺達には今のこちらの状況はほとんどわからないので、こういう風に話してもらえるのはありがたい。


「しかしだな、お前達がソーマルガという国を騙して財産をかすめ取ったという事実は変わらん。警護の不備を広めるのも拙い故、事態はワシの方で収めたが、それでもバイク盗難のことを知る者はいる。このことをお前達はどう考えている?」


 穏やかだった語り口調が徐々に険しさを増し、遂には詰問する勢いを得たハリムの言葉に、俺もパーラも思わず背筋を伸ばしてしまう。

 正直、エーオシャンからここまで拘束らしい拘束もないままで連行されたので、意外とあっさりと許されるかとも思っていたのだがそんなことはなく、追及の言葉と共にぶつけられるプレッシャーは流石一国の宰相だけはある。


「…バイク盗難の件は隠しようがないとして、倉庫の危機管理における今後の課題として兵達に考えさせる機会になったと考えるべきかと―」


「ばっっかもーん!」


『~~ッッ!!』


 何とか上手く誤魔化せないかと、問題の先をすり替えようと試みたが、ハリムにはそんな目論見などお見通しのようで、執務室が震えるほどの怒声を吐き出させてしまった。

 文官にしておくには惜しいほど、圧力を伴うような強烈な声に、俺とパーラは既に伸びていた背筋がさらに伸びるような感覚に襲われる。


 今が夜という時間もあって、人払いもされていた執務室には俺達三人だけだったからよかったものの、これで他の人間がいたら気絶するのが出かねない、そんな迫力のある怒声だ。

 波〇に勝るとも劣らない。


 そこからのハリムの説教がまた長かった。

 ソーマルガの財産を盗んだことへの問題は勿論、その際に利用したダリアのことに対する不義理をこんこんと説かれ、それに対しては反論することができない俺達は行儀よく聞くだけだ。


 バイク盗難犯を前にして説教だけで治まっているのも、俺が今日までソーマルガで積み重ねた信頼と実績のおかげもある。

 これがどこの馬の骨とも分からん怪盗だったら、今頃先の妄想は現実のものになっていただろう。


 まぁ今回の件でその信頼を大きく損なうことにはなったとも言えるし、ハリムの説教はこの身にはよく効く。


 それから十分ほど経ち、なんとも説教の言葉が尽きないものだといっそ感心を覚え始めた頃、ようやくヒートアップしていたハリムの様子も落ち着きが見えてきた。

 この辛い時間も終わりかと期待しつつ、それをおくびにも出さずに神妙な顔をキープする。


 ここで露骨に安堵を見せるのは素人だ。

 プロの叱られストは本当に相手が怒りを鎮めたタイミングを計るため、ギリギリまで反省しています風を装う。

 俺ならそうする。


「…ふぅ。確かにお前達から取り上げた飛空艇のこともあったことで、凶行に駆り立てたという事情は理解できる。その点に関しては酌量の余地はあると認めよう。追って相応の沙汰もしようが、此度の件は不問といたす。だが次はないぞ」


「わかりました。格別のご配慮に感謝いたします、宰相閣下」


 ギロリと凄味のある目で釘を刺すハリムに、俺も普段とは違う言葉遣いで感謝の言葉を口にする。

 長々とした説教だったが、その内容には俺自身一応思う所もあり、反省の意味をこめて真摯な態度を示したい。


 なお、隣に立つパーラはというと、さっきまでハリムの説教を聞きながらも途中から別のことを考えていたのかボケっとしており、それをハリムに気付かれないよう俺が態度を改めたという側面もある。

 俺のカバーに感謝しろよ?


 お説教タイムはこれで終わりと、雰囲気を和らげたハリムによって俺も安堵の息を吐き、肩の力を抜くことができた。


「では、あのバイクはただちに返還します。俺達と一緒に皇都に来てるんで、そのままお納めください。それで、俺達の飛空艇ついてですけど」


 ソーマルガまで来たのなら、もうバイクは返還しても構わない。

 ここに来たのも、飛空艇の組み立てが終わっていると見込んでのことだ。


 ところが俺の言葉の途中で、その先を遮るようにハリムは自らの手を前に出してきた。

 その態度に訝しむが、しかしこちらを見る目に後ろめたさが感じられると嫌な予感がよぎってくる。


「あぁ、うむ、まぁ待て。その飛空艇についてだが…実はまだ組み立てが終わっていない」


 つい先ほどの毅然とした態度で俺達に説教をくれていた人物と同じとは思えないその自信なさげな言葉に、ある種予感はしていたが的中してほしくなかった現実がひたひたと迫ってきている。


「…どういうことでしょうか。あれから随分経っていますし、組み立てはとっくに終わっていてもおかしくはないと思うのですが」


「無論、組み立ては行っていたとも。しかし、問題が起きてな」


「問題とは?」


「お前達の飛空艇に使われていた装置のいくつかは、研究室で解析が行われていたのだが、その過程で重大な破損で喪失したものがあってな……一応聞くが、空調設備と食料を冷蔵する装置のない状態での飛空艇で引き渡しても納得は出来るか?」


「いや出来るわけないでしょう。空調と冷蔵庫は、あの飛空艇で暮らす俺達の生命線ですよ?大袈裟に聞こえるかもしれませんが、飛行機能よりも重視してると言っても過言じゃない」


 俺達にとって飛空艇は移動手段であると同時に暮らすための家でもある。

 むしろ家としての見方の方が大きいくらいだ。

 この世界では段違いに快適な環境を提供してくれている飛空艇だが、その中でもエアコンと冷蔵庫は特に欠かすことのできない必須な機能だ。

 それらを抜きにして飛空艇が戻ってきたとしても、恐らく感動はないだろう。

 むしろ落胆の高低差で耳キーンだわ。


「であろうな。ダリアにもそんなことを言われたわ。幸い、それらの修復はできなくもないそうだし、もう少し時間をかければ元の状態に復元は出来る。もっとも、とにかく飛空艇が必要だというのなら、現状の不完全なものを引き渡すが、どうする?」


 今は完品で渡せないから返還を先延ばしにするか、あるいは不完全な状態で満足するならすぐに手元のに戻ると二択があれば、どちらを取るのかなど考える間でもない。

 ハリムもそれは分かっていながら聞いているのだから意地が悪い。


 一応、向こうの過失で飛空艇の機能が一部喪失したという認識があるため、頑張って直してくれるとは思うが、だとしても今日明日に直るというものでもなかろう。

 俺達の飛空艇がそんな状態にしておいてよくああも叱れたものだと思うが、それはそれとして盗みを叱責するのは被害にあった人間の権利だと言えなくもない。


「…そう言われては、諦めるしかないじゃあないですか。分かりました。では完全な状態で引き渡していただけることを期待して、今は引き下がるとしましょう。しかし、復元がいつまでには終わるのかぐらい、教えていただけるんでしょうね?」


「さて、ワシはそれを明言できるほど、飛空艇の技術には通じておらんのでな。聞くのならダリアにせよ」


 ハリムも宰相という立場から報告を受けることはあっても、魔道具に対する技術的な観点で全てを把握しているわけではない。

 むしろ、無数にある案件の一つとして俺達の飛空艇のことは処理されているはずなので、詳しい事を聞くのならダリアこそが適任だろう。


「わかりました。あぁそう言えば、例の飛空艇で起きていた不具合は解決したんですか?」


「機密も絡む故、軽々には言えぬが…まぁよかろう。まず件の不具合だが、凡その対処法は目途が立っている」


「おや、それは大した進展じゃないですか。となると、もう解決したも同然では?」


 対処法があるのなら、それはもう直せるということでもある。

 簡単かどうかなどの問題はあるだろうが、それでも対処できるというのなら件の不具合を由来とした事故が起きる可能性はかなり低くなりそうだ。


 そんな思いから楽観的なことを口にしたが、それに対してハリムは難しそうな顔で首を振って来た。


「いや、そうとも言えん。確かに完璧とは言えぬが、対処法はある。だがな、そもそもの不具合の発生原因が未だ分からんのだ」


「分からないって…じゃあどうやって対処法を見つけたんですか?」


「偶然だそうだ」


 偶然かぁ。

 まぁ発見というのは往々にして、明確な目的と手段だけで全て明かされているわけでもないし、むしろ偶然見つかったわけのわからんものの方が多いくらいだ。

 原因を知らなくても場当たり的に有効な手が見つかれば、順序を逆にしてでもその対処法に手を出すのもわからんではない。


「今も研究所では不具合が発生する状況を色々と再現しているが、起きる時と起きない時が不明瞭に混ざり合っているらしくてな。これが原因だと断言できるものはまだない。ただ、ある技術者は複合的な要因が混ざって起きている可能性を提示してもいる。いずれにせよ、全てを把握できるには時間がかかるというわけだ」


「となると、完全に事態が収束するのはまだ当分先ですかね?」


「かもしれぬ。しかし、我が国の技術者も無能ではないからな、着々とだが原因解明には近付いているはずだ」


 それは俺も認めるところだが、しかしこれだけ時間が経っているのに根本的な原因が分からないとなると、これはかなり手強い問題になりそうだ。

 既にソーマルガはその体制上では飛空艇を国力に数えて運用している。

 この不具合の解決に時間をかけすぎれば、内外への影響がどれほどでるか、政治家ではない俺には想像するしかないが、きっと……なんかこう…すごいことになるかもしれない。


 そのあたり、どうするかの舵取りはハリムをはじめとしたソーマルガの偉い人達に任せられているので、せめてよき方向へ向かうことを願うとしよう。


 一通りの聞きたいことと話したいことも済み、そろそろハリムの前を去ろうかと思い始めた時、ふと頭をよぎったのはバイクを盗んだ時に迷惑をかけた人達への謝罪についてだ。

 先程のハリムからの説教でもあった通り、俺達がどれほどのことをしたのかと自覚させられた今、やはり謝罪するべき人間というのを考えてしまう。


「ところでハリム様、俺達がバイクを持ち出した件で色んな人に迷惑をかけたと思うんですが、その人達に直接会って謝罪することはできますか?具体的にはダリアさんと、あの時保管庫の警護に着いていた兵士の方達に」


「その気持ちは結構なことだが、やめておけ。ダリアの方は構わんが、兵の方にはお前をどう説明するかが難しい。あの件はワシが内々に手を回して処理したのに、お前がのこのこと顔を見せては意味がなくなる」


 ソーマルガ国内ではあまり広まってはいないが、知る人には知られているバイク盗難事件は、今後の影響を考えてハリムが上手く収めてくれて鎮静化しているようなものだ。

 ここで俺が件の兵士達に直接会って謝罪をするとなると、また問題がぶり返してしまいかねない。


「…となると、詫びの品を贈るとかもまずいですよね?」


「いいとは言えんな。どうしてもというのなら、ワシから慰労の品としてあの兵達へ届けてやるが」


「そうですね、ではお願いできますか?品物は後で持ってくるので」


「よかろう」


 一国の宰相を配達人に使うのは恐縮だが、使える人間はお偉いさんでも使っていくとしよう。






「この度はご迷惑をおかけしまして」


「しましてー」


 へへーと首を垂れ、地面に手を着いてひざを折って座るその姿は、土下座と呼ぶのに紛う型のないものだ。


 あの後ハリムの下を去ってダリアの家へとやってきた俺とパーラは、在宅していた家主の登場に合わせて最大限の謝罪を示すべく、玄関先で土下座をかましている。


「ちょ、やめてくれ、二人とも。なんだい?急にこんなところで」


 久しぶりに会った友との再会に表情を一瞬輝かせたダリアだったが、その友人がいきなり土下座などしたものだから、困惑してしまったようだ。

 だが俺はダリアに会ったら土下座をすると決めていた。

 男が一度決めたことは破れんのだよ。


「例のバイク盗難事件に関しての謝罪です。ダリアさんには特に迷惑をかけたものですから、会ったらまず謝ろうかと思いまして」


「いやまぁ確かにあの後は色々と大変だったが、私自身は怒ってなどいないよ。だからそこまでしなくていいんだよ。さぁさぁ、立って立って。とりあえず中に入ろうじゃあないか。君達、夕食は済ませてるのかい?まだなら、簡単なものになるが用意しよう」


 許された!


 先程ハリムからたっぷり説教されたこともあり、ダリアからも非難されることをは覚悟していたのだが、あれだけの事件だったのにダリアは俺達を叱ることもしないようで、それどころか微かに笑みを浮かべて室内へと誘う始末だ。


 もしやこの女、優しさで半分ができてるのか?


「やった!実は色々あったから、夕食はまだだったんだよねぇ。私、お腹ペコちゃん」


 ちょっとした感動を覚えている俺の空気をぶち壊したのは、跳ねるようにして土下座形態から脱したパーラで、夕食という言葉につられて軽い足取りで家の中へと吸い込まれるように消えていった。

 人の家だろうと食事の機会を逃さないパーラは大した度胸だが、お淑やかさに欠ける言動が多すぎるのは些か問題だ。


「さぁ、君も入りたまえよ。いつまでもそうしていたら体が冷えるだろう」


 そんなパーラの背中を楽し気な顔で見送ったダリアは、俺も室内へ入るよう促す。

 ソーマルガの夜は昼間とはうって変わった極寒の世界となっており、確かに土下座をしている身にはつらい。


「では失礼して」


 ダリアに誘われて室内へと入った俺達は、好意で用意してくれた食事を食べながら、改めてバイクの件で謝った上で、俺達の飛空艇の現状を尋ねる。


「確かにハリム様が言った通り、君達の飛空艇が元の状態に戻るにはもうしばらくの時間がいる。これに関しては私達の過失もあるんだが、とはいえ不完全な飛空艇を引き渡すのはしのびないのでね」


「それは分かります。俺達が知りたいのは、その復元が終わるまでどれぐらいかかるかということです」


「ふむ、明確にいつとは断言できないんだが、少なくとも十日や二十日そこらで終わる作業ではないな」


 まぁこれは予想できた答えだ。

 古代文明の技術の結晶とも言える飛空艇の中でも、俺達の使っていた機体はかなり異色のものだ。

 それを分解してまた組み立てるというのも相当な技術力がいるのに、いくつか喪失した機能を補う作業も加わるとなれば、それなりに時間もかかろう。


「作業は私が監督してはいないが、取り掛かった日にちを考えると…早くとも春先になるかもしれない」


 世間的には今は冬真っ盛りなので、そこから数えて春となれば二カ月は先だろう。

 しかもこれはあくまでも早ければの話で、もっと遅くなることも十分にあり得る。


「…なるほど、分かりました。こればかりはそちら任せなので、なるべく早くお願いします」


「ああ、善処しよう」


 丁寧な仕事には急かすのは厳禁なのだが、とはいえお願いをするのはタダなので言うだけは言っておく。

 ダリアもそれは心得ているようで、言質を与えない程度の答えを返してきたが、下手に誤魔化されないだけ誠意はあると思おう。


 その後、ソーマルガで発生していた飛空艇の不具合についての話もねだってみたが、ハリムから聞いたものに多少毛が生えた程度の情報しか得られず、やはり全容解明にはまだまだ道のりは険しいらしい。

 俺達の飛空艇を分解して得られた技術情報は貴重で有用だったが、それだけで全てが上手くいくほど世の中も甘くないようだ。


「ほう、では飛空艇が仕上がるまでは皇都を離れると?」


「ええ、ここで待ってるだけってのも暇なんで」


 食事を終え、ダリアが用意してくれた酒を飲みながら色々と話をしていると、俺達の今後のことについて聞かれたので、とりあえずどこかへ行って飛空艇が出来上がるまで暇をつぶそうとパーラと決めた。


「どこへ行くのかは決まっているのかい?」


「とーりあえず、アイリーンさんの所に行こうかなって。私ら、ここに来る途中にエーオシャンに寄ったんだけど、そしたらレジルさんのことを思い出してさ」


 ダリアの問いに答えたのは酒臭い息を吐きながらのパーラで、短い時間にかなりのハイペースで飲んでいるせいでもうすっかり出来上がって上機嫌だ。


 アイリーンの所にももう随分行ってないし、ここ半年ほどは手紙すらも送れていなかった。

 向こうの様子を見るためにも、どうせなら暇なこの期間に向かうことにしたというわけだ。


「そうなると風紋船で向かうことになるんだろう?乗船券は当てがあるのかい?」


「いえ、思いついた時にはもう身動きが取れなかったもので、何も手配はしていません」


 なにせエーオシャンに一歩足を踏み入れた途端にハリムの手先に捕まってしまったからな。

 アイリーンの所に行くことを決めてはいたが、流石にあの時は風紋船のチケットを暢気に買いに行くことなどできなかった。

 ついでに言えば、俺達の飛空艇はもうとっくに直っていると思い込んでいたせいもあり、皇都に行ったら後はなんとかなると思ったからだ。


「だったら風紋船の方は私の方で手配しよう」


「え!いいの!?」


 急に太っ腹なことを言いだしたダリアに、パーラがソファから跳ね上がりそうな勢いで喜びを見せる。

 現状、金にはさほど困ってはいないが、それでも風紋船のチケットは安くはなく、またタイミングによっては入手が難しい時もある。

 ダリアぐらい偉い地位にいる人間のコネなら期待はできる。


「飛空艇のことで君達には世話も迷惑もかけているからな。それぐらいは構わんさ」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」


「ああ、任せてくれ。どうせハリム様に言えばすぐに済む話だ。私にはさした労力ではないよ」


 なんだ、ダリアも結局はハリムに丸投げするつもりだったのか。

 まぁ一国の宰相の手配なら、風紋船のチケットなど鼻くそをほじる手間と変わらないしな。


 しかしこれで風紋船のチケットの問題はどうにかなりそうだし、一先ずダリアに感謝するのは間違いではないか。

 後はチケットに従って風紋船の出発日まで皇都でどう過ごすかだな。


 普段なら街のあちこちをうろつくのもいいが、今の俺達はバイク盗難事件で少し後ろ暗いところがある。

 内密に処理されたとはいえ、心情的にあまり大っぴらに出歩くのが躊躇われるのは日本人的な良心を持ち合わせているせいだろう。


 そう言えば、以前皇都近くの飛空艇施設に行ったときにサンドボードを放置したままにしていたな。

 あれがどうなったのかこの機会に見に行くのもいいかもしれない。

 まぁバイクが戻って来たし、飛空艇も戻ってもくる。


 場合によってはサンドボードは置いていく。

 この先の旅についてこれるとは思えんからな。


 となると、あそこの近くに行くことをダリアに伝えて、許可を取っておこう。

 また前のように近付いて見回りの飛空艇に捕まるのは面倒だ。

 そうと決まったら早速…と思ったが、ダリアは今パーラと楽しそうに話しているので、もう少し待ってから言うべきか。


 久しぶりの再会の酒に、仕事の話は無粋。

 今はこの酔いを楽しむとしよう。

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