異世界ジョーク
「―だから僕は言ってやったのさ。『おい、それはお前の奥さんじゃなくて切り株だぞ』ってね。HAHAHAHAHA」
オーバーアクションで手を広げながら嘘くさい笑い声を上げるエランド。
今はクロウリー対策にアッジ達からスベらない話を求められて翌日、試しにと俺達を前に異世界ジョークのウケ具合を確認しているところだ。
そしてその目の前に座っていた五人の人間が口を開く。
「だっはっはっはっはっは!傑作!」
「三点」
「つまんね」
「奥さんかわいそー」
「オチはそうだろうなって思ってました」
順にヤエルカ、クプル、リーオス、パーラ、俺がそれぞれ評価を出す。
一名を除き、四人がエランドのスタンドアップコメディにグッドを出すことはなかった。
「君ら、辛口すぎない?」
「正当な評価よ」
「つーかそれ、前に聞いたのと一言一句同じだからな。二回聞いてもやっぱりつまんねぇよ」
辛辣な評価に若干涙目のエランドに、クプルとリーオスの冷たい言葉が追い打ちをかける。
仲間に対して随分な言い様にも思えるが、リーオスが言うように二番煎じのネタだとすれば、二人の評価が下がるのは仕方がないかもしれない。
とはいえ、初めて聞いた俺とパーラでもこうなのだから、この場に限っては大多数が低評価を下したと言える。
それよりも、ヤエルカが想像の五倍はゲラなのが意外だった。
今の話の何がそこまで面白いのか、呼吸困難になりそうなぐらいに笑っている。
ヤエルカを基準にすると、この村のお笑いレベルが低いせいでクロウリーを満足させられなかったという可能性はないだろうか。
この様子を見るに、ないとは言い切れないのが怖い。
「面白いかどうかはともかく、切り株に間違えられた奥さんがかわいそうだよ。せめて樽ぐらいにしとかないと」
「いや、これはそういう笑い話だって。あと樽も中々だぞ」
エランドの話は少し皮肉が混ざったタイプのジョークだ。
日頃から妻に頭の上がらない男が考えたと思われるそれは、似た境遇を知る人間ならツボに入るだろうが、俺やパーラみたいなのにはウケはいまいちだ。
かといってシンプルにダジャレを重ねるだけでもいいとは言えず、笑いというものの難しさを改めて教えてくれたとするなら、エランドのこの話は大変ためになったと称賛したい。
「ヤエルカさんにはウケてるみたいだけど、これそのままクロウリーに通じるって見ていいのかな?」
未だ笑いの呪縛から抜け出せていないヤエルカを見て、パーラは難しそうな顔をするが、俺から言わせればヤエルカを基準にするのはやめたほうがいい。
彼は単に笑いの沸点が低いだけだ。
この程度の漫談でクロウリーを退散させられるのなら、今頃この村はとっくに解放されていてもいいはずだ。
ひとまずヤエルカは放っておいて、俺達だけで今後の話を始める。
「五人中四人がダメっつってんだから、期待はしないほうがいいだろうな。…クプルさん達はどうです?なんか面白い話とか、人を笑わせる特技とか持ってないんですか?」
エランドに期待するのが難しいと判断し、すぐ隣にいたクプルに代打を提案してみる。
何も一人でクロウリーを笑わせなければならないというわけでもないのだから、クプル達がやれるのならそっちに任せてもいいだろう。
「どうかしらねぇ。そりゃあ仲間内で馬鹿話ぐらいはするけど、万人を大笑いさせるってのは自信はないわね。リーオスもその辺は同じじゃない?」
「まぁな。俺もさっきはエランドにああ言ったが、代わってやれるほどのネタも持っちゃあいない。…こうなると、クロウリーを正面からやりあって倒した方がいいんじゃねぇかと思えてくるな」
クプルもリーオスもだめか。
かといって俺とパーラも立候補できるほどでもないし、これはまずいな。
戦う人間ではないアッジだからこそ、吸血種としてのクロウリーに対して恐怖し、戦いを避けてエランドに白羽の矢を立てた。
だがそのエランドもこの有様では、正直、直接戦闘でクロウリーを倒してしまったほうがいいと考えるのも分からなくもない。
「それができればいいけど、相手はあのダナンクレアスを名乗ってんのよ?昨日私らが撃退できたのも、奇跡みたいなもんでしょ。あの感じだと、完全に息の根を止めないとまずいんだから。あんた、どう倒すか考えはあるの?」
吸血種自体の強さもさることながら、ダナンクレアスの係累であるという事実がさらに絶望感を上乗せされる。
もしもそれを相手にするというのなら、中途半場に追い払う程度では何の解決にもならない。
昨日は相手に有効な魔術を俺がたまたま使えてなんとかなったが、次に戦うことになったら、俺の魔術に何の対策もしてこないという考えはあまりにも浅はかだ。
今ある戦力だけで、果たしてどう戦うかというクプルの疑問はもっともである。
「それは…エランドが考えるだろ。吸血種について一番知ってんのもこいつだしよ」
ジトリとした目を向けられ、一瞬たじろいだリーオスがその矛先を逸らした先はやはりエランドだった。
この集団の中で一番学があり、また年齢相応に経験も積んでいるエランドは、リーオスですら困ったときに頼りとする存在になっているらしい。
漫談に辛辣な点数をつけられて若干落ち込んでいたエランドだったが、リーオスの言葉を受けてその顔を傭兵本来のものへと変える。
「まったく、なんで誰もかれも僕にそういう振り方をしてくるのかね。で、クロウリーと正面切って戦うって?はっきりいって、無謀だと言う外ないよ」
「そうか?一回追っ払ってんだから、十分に備えれば次はどうにかなりそうじゃあねぇか。こっちは腕っこきの魔術師三人、嫁の貰い手も怪しいぐらいに強ぇ剣士―いって!」
「あんたに嫁の貰い手を心配される筋合いはないよ!」
余計なことを口走ったリーオスの脛に、クプルの蹴りが炸裂する。
まだ若いクプルに対する言葉としては、デリカシーがなさ過ぎた。
それはリーオスも理解したようで、脛を撫でながらクプルを睨むが、特に反論することはせずに話を続けていく。
「っつー…と、とにかく、腕の立つ奴が揃ってるってこった。他の連中も、俺達には及ばねぇが多少はやれる。全員でかかれば吸血種の一人ぐらい、何とかならねぇか?」
「難しいね。昨日僕達が奴を撃退できたのも、アンディがいたってのが大きい。クロウリーが自分から不利な形態をとったからこそだ。たとえこちら側の数を増やして臨んだとして、倒しきれるとは思えない」
現在、商隊に護衛としてついている傭兵は全部で十七名、これは俺とパーラも含めての数だ。
普通に旅をするだけならいいのだが、これら全てでクロウリーに挑むとしたら些か心許ない。
俺とパーラとエランドを除く護衛の人間は魔術など使えず、単純な戦闘能力で見ると到底満足できるものではない。
クプルとリーオスは別格として、それ以外の者はランクを逸脱する強さは持っていない。
魔術師としての俺をフルセットの駆逐艦に例えれば、他の連中はヤバい奴が運転する国産セダンぐらいの攻撃力しか持たない。
人間相手なら十分脅威になる暴走自動車も、相手が人知を超えた存在となればどうしても劣る。
「せめて他から応援でもあれば、また話は違ってくるんだがね…」
そう言ってエランドは表情を曇らせる。
たった今自分の言ったことが、どれほど無意味なものかを噛みしめているようだ。
今朝方、俺達は他所へ助けを呼ぶべく、馬の扱いに長けた者を村の外へ送り出していた。
クロウリーは俺の魔術でダメージを負っていたようだったので、今なら妨害されることなく外部へ助けを呼べるのではないかと思ったが、結局は無駄に終わる。
出発して三十分もしないうちに、送りだした者が恐慌状態の馬と共に戻ってきてしまったからだ。
どうも村から少し離れた時点で巨大な蝙蝠に襲われ、一目散に逃げ返って来たらしい。
蝙蝠と侮るなかれ、なんと翼を広げた大きさが十メートルはあろうかというほどだったそうで、戦いはからっきしだという彼の判断は正しい。
この世界の基準では比較的サイズの大きい蝙蝠だったが、外見的な特徴からこの辺りに生息するタイプではないというのがエランドの見立てだ。
言い伝えによれば、吸血種はコウモリなど特定の動物を魔力で作り出すことも出来たそうで、状況を考えるとそのコウモリもクロウリーによって生み出されたものである可能性が高い。
恐らく仕組みとして、条件付きでの発動待機タイプの魔術と思われる。
他所から村に来る場合は発動しないが、一度カーチ村に立ち寄った者が村から離れようとするとどこからか黒い靄が現れ、靄が集まって出来上がる金色の蝙蝠が襲ってくる、という仕組みのようだ。
エランドによれば、使われている魔術は非常に高度ではあるが、魔力の扱いに長けている吸血種ならばそれぐらいは出来てしまうとのこと。
幸いにして伝令に出た人はカーチ村に戻ると件の蝙蝠から追跡されることは無くなったため、この点からクロウリーは俺達を完全にカーチ村への封じ込めは成功していると言っていい。
それを考えれば、ヤエルカの手紙が間接的にでもアッジの下へ届いたのがいかに奇跡的だったかがよくわかる。
魔術で生み出される疑似生物程度なら俺達クラスの魔術師で十分対処できるのだが、質の悪いことにこの手の疑似生物は術者を叩かない限り消えることはない。
巨大コウモリを倒すべく、クロウリーの行方を探そうと村を離れれば、そのコウモリが襲ってくる。
どっちにしろ解除できないのだから、上手いこと考えたものだと敵ながらに感心してしまう。
また仮に強引に突破したとしても、どこまでも追跡してくるタイプだったら対処に困ることは明白であり、やはりカーチ村から外部へ逃げることも助けを求めることも難しいと言わざるを得ない。
「援軍は見込めず、現状の戦力で吸血種を相手取る…無茶な話だ、普通なら」
「エランドのクソつまらない話に期待したアッジの判断も正しかった、としか思えなくなるわね」
「クソつまらなくて悪かったね」
クプルの心無い言葉に不機嫌さを露にするエランドだが、リーオスの提案をあまり強く否定しないのは、やはり漫談での解決にあまり望みがないというのにも気付いているからだろう。
「実際の所、クロウリー…吸血種を倒すとしたらどういう手段を?例の吸血種に有効な毒とかは用意できないんですか?」
俺もクロウリーと戦うことを想定し、具体的な対策をエランド達に尋ねてみる。
昨日戦ってみても分かるが、相手は莫大な魔力を持ち、体を非常識なまでに変質させることができる強力な生物である。
おまけに不死性も兼ね備えているとなれば、すぐに使える有効な手立ての一つでもないと、立ち向かう気すら湧かない。
そこで思いつくのが、エランドから聞かされた伝承に出てきた、人類が吸血種だけを殺すための武器として生み出した毒だ。
伝え聞く通りに人類の不利をひっくり返した毒ならば、クロウリーに対する必殺の切り札になり得る。
しかしエランドは難しそうな顔で首を横に振った。
纏うのもこっちの希望を挫く、嫌な雰囲気だ。
「伝承にあるあれは、実際にどういったものだったかというのは伝わっていないんだ。伝承に毒と記されているだけで、どういう組成でどう作られたのか、色形ですら定かじゃない。必要だからと、今すぐに用意出来る代物じゃあない」
ガーンだな。
伝承に伝わるぐらいだから、優秀な研究者がその実態を明かしていそうなものだが、よくよく考えれば今日まで吸血種は滅んだと思われていたので、件の毒を積極的に作ろうという機運は起きなかったのかもしれない。
「ではそれ以外に吸血種の弱点なんかはないんですか?例えば銀製の武器が効果的だとか、太陽の光に弱いとか、ニンニクが嫌いとか」
地球では伝統的に吸血鬼の弱点としていくつか伝わっているものはあるが、それがこちらの世界でも同じであれば、手持ちの道具でやりくりすれば何とかなりそうな気はする。
「銀?いや、特にそういったのが有効とは聞いたことはないけど…。日光の方は、確かに吸血種でも苦手とするのがいたらしい。ただ、二十華族に名を連ねるほどの吸血種ともなれば、太陽の下でも死ぬことはないはずだよ。力のある吸血種ほど、弱点は克服しているはずだからね。ニンニクが嫌いっていうのはどこから出てきたんだい?」
世界が違えば似たような生物であっても生態は変わる。
俺の知る吸血鬼の弱点の内、最もポピュラーで汎用性の高い銀の武器はまず除外されてしまった。
手持ちの銀貨を溶かして矢じりを作り、それでクロウリーを射抜くという計画は没だ。
一番期待をしていた日光も、エランドのこの口ぶりではそう劇的な効果を期待できるものではなく、恐らく体調を少し悪化させる程度しか望めない。
ニンニクはほとんどギャグマンガでしか効いたことはないので、あまり期待していない。
こうまで対処方が見つからない吸血種は、この世界でも屈指の完成された生物だといっていい。
なるほど、長い年月が経った今でも恐れられるだけのことはある。
これだけ弱点のない敵となれば、戦うという選択肢はやはり除外すべきかと思えてくるが、ふと思いついたように零したクプルの言葉に、俺は天啓を覚えた気分になる。
「そういえば、吸血種が狼に弱いって話なかった?私、子供の頃にそういうの聞いた気がするんだけど」
「あぁ、狼の咆哮が吸血種の魂を削るというやつだね。それと牙や爪による攻撃が、吸血種の回復能力を妨げるってのもか。確かにそういう説があった」
初めて聞く情報だが、他をぶっちぎりで引き離すほどの強種族と思われた吸血種にも天敵がいるらしい。
それが狼だというのだから、地球での吸血鬼伝説における人狼との相克を彷彿とさせるのが奇妙にして興味深い。
「御伽噺だと、太古の狼の血を強く引く獣人が吸血種を倒したってのがあるでしょ。ほら、マーガルフリクトの」
「マーガル…なんです?」
エランドとクプルの話の中に、新しいな名前が飛び出してきた。
この中で唯一、吸血種に関する御伽噺に疎い俺はそれに食いつかずにはいられない。
「マーガルフリクト、二十華族の一つよ。例の毒以外で、狼の獣人によって滅ぼされた吸血種ってことで有名ね。でしょ?」
俺の疑問に答えたクプルは、自分の言葉が正しいことをエランドに確認するように声をかける。
「ああ、通常の手段では殺すことのできないとされていた吸血種を、その牙と爪だけで殺したと言われているのが、狼の獣人だ。そう考えると、今現れた吸血種に対抗できる可能性があるのは、狼の獣人だけということになるね」
「では、クロウリーにとっても?」
「天敵だろう、恐らくは」
俺の希望を込めての確認に、エランドの肯定が返され、クロウリーへの対抗手段が僅かに見えた気がした。
この世界では狼の獣人というのは、数が多くないのは確かだが、そう希少なものではなく、これを利用しない手はない。
「この村に狼の獣人はいますよね?クロウリーの迎撃で、協力を仰げませんか?」
「残念だが、カーチ村に狼系統の獣人はいないよ。僕達の商隊にもね。仮にいたとしても、実際吸血種に対抗できるかは疑問だが」
「それはどういう…?」
「さっきクプルが言っただろう。狼の血を濃く引く獣人って。これは僕も知り合いの研究者から聞いた話だけど、昔と今じゃ獣人の中でも狼の血は大分薄くなっているらしい。恐らく、吸血種に対抗できる狼の何かを、今の狼の獣人は持ちあわせていないのかもしれない」
どんな生物も世代を経る以上、昔と今ではその姿や性質が全く変化しないというわけにはいかない。
エルフや鬼人族のような長命種ならともかく、獣人族は普人種と寿命はそう変わらないため、積み重ねた変化も相応に多いのだろう。
吸血種に対抗した狼の獣人の何か、因子のようなものも、今でも残っている可能性はなくはないが、しかし伝承にも狼の血を濃く引くというぐらいなのだから、血統の純度は重要だと思える。
「『爪牙なく至る者』というのも、今では何のことやらわからないからね」
「……今、なんと?」
これは望みが薄いかと肩を落としかけた俺の耳に、エランドの何気なくつぶやいた言葉が刺さるように飛び込んできた。
「あぁ、これも知らないのかな。伝承では、件の狼の獣人のことを『爪牙なく至る者』と呼んでいたんだ。それがどういうものなのか、僕達研究者の間でも諸説あって―」
「その爪牙云々ってやつ、パーラもそう呼ばれてましたけど」
そう言ってパーラの方へと視線を向ければ、エランド達も揃って顔を動かす。
一斉に見つめられたパーラは一瞬たじろぐが、その視線の理由は理解できているので、自分がそうだということの意味を込めた頷きを返す。
「呼ばれていたって誰に…いや、それよりも爪牙なく至る者っていったいどういうことなんだい!?」
「ひぇっ」
「ちょっと落ち着きなよ、エランド。話を聞こうってんなら、パーラを脅かしてどうすんのさ」
研究者としての血が騒いだのか、興奮した様子でパーラへ詰め寄るエランド。
その剣幕に押されてパーラがクプルの背中に隠れると、呆れた様子のクプルがエランドを宥める。
それでも興奮状態からは覚める様子のないエランドに、怯えてしまったパーラに変わって俺が説明をする。
無窮の座にいた時、狼の神がパーラをそう呼んでいたことを思い出したわけだが、まさかそれをそのままエランド達に言うわけにはいかず、旅の途中で出会った獣人から聞いたという設定での話だ。
パーラが無理矢理授けられた祝福で狼化したというのは、本人の希望であまり大っぴらにはしたくなかったのだが、爪牙なく至る者が何かを説明するためには欠くことは出来ない要素なので、止むを得ずそこのところは開示した。
「力のある狼からもらった祝福とはまた、なんとも奇縁に恵まれているね、パーラは」
いくつか説明に質問が飛び、それに答えたところでエランドは感嘆の息を吐いてパーラを見つめる。
とっくにクプルの背中から離れたパーラだが、その視線を受けて少し居心地が悪そうにしている。
研究者というのは興味の湧く対象にはどうしてもギラギラとした目を向けるので、そういう視線にパーラは少し敏感になっているのかもしれない。
「でも、それが本当ならパーラは私らの中で唯一、クロウリーに真っ当な対抗ができるってことよね?」
「さて、そう言われているだけで実際はどうなのか、やってみないことにはね」
パーラという新しい対抗手段の可能性が見えたことで、少し表情が明るくなったクプルに対し、エランドは研究者としての慎重さからか冷めた態度だ。
エランドの言う通り、伝承はあくまでも伝承であり、それが本当にその通りになるのかは実際にやるまでは過信するべきではない。
「そうはいっても無策よりはましでしょ。それとも、今からでもあんたが面白い話を思いつくのに期待しろっての?」
「いや、そうは言わないが…」
ここまでの話で、俺達はもうクロウリーと戦うという方針が出来上がりつつある。
相手は吸血種という人類の敵であり、カーチ村の住人にも既に被害が出ているのだ。
犠牲者とその家族や知り合いの無念を思うと、倒すべき敵と見定めるのもまた人の情というもの。
何より、あのたった一度の対峙で感じ取ったクロウリーの邪悪な気配を考えると、たとえ面白い話を聞かせたところで満足して去るという保証もない。
この場の誰もが同じ気持ちを共有しているのは、その目や身に纏う空気で分かる。
エランドもそれは感じており、全員の顔を一度見まわした後、大きく溜息を吐いた。
どうやら腹を括ったようだ。
「…仕方ない。クロウリーとは全面対決する方向で作戦を立てよう。ただし、パーラのその狼化とやらを見てからだ。この目で見て、吸血種との戦いにどれだけ活きるかも僕なりに調べる。それでいいね?」
「ま、いいんじゃないの?パーラはどう?エランドはこう言ってるけど、あなたが嫌だってんならその意思を尊重するわ」
「どうって…でもクロウリーと戦うには私がいるんでしょ?断るのはなんか、さ」
突然当事者に引きずり込まれた形のパーラは戸惑うが、縋るように俺を見てきた視線に、俺は是とも否とも答えることは出来ない。
クプルの言葉通り、ことはパーラを欠くことのできない事態となり得る以上、本人の意思は何よりも優先されるべきだ。
敵はあまりにも強大、しかしこちらの取れる手は多くない。
嫌々なところを強要しても、いい結果は望めない。
こいつが自分で決めなくてはならない。
そのまま悩む様子を見せたパーラだったが、こいつも察しの悪い奴じゃない。
戦うという選択肢が今は最良となることを悟ったようで、エランドへ力強く頷いて見せた。
「…わかった、ではこの後に少し実験というか、確認のための時間をとろう。ただ、その前に色々とやることがある」
「アッジ達への説明でしょ?それと商隊の連中にも」
「カーチ村の人達にもだ。村が戦場になるかもしれないんだからな。アッジ達には僕から話そう。君達は迎撃の準備に動いてくれ。村人や商隊の連中への説明はクプル…いや、リーオスに頼む」
「ちょっと、なんで私からリーオスに変えたのよ」
「君はこの手の説明が上手くないからだよ。ことは吸血種と構えようという重大ごとだ。大雑把に話すだけ話して終わり、というわけにはいかない。その点リーオスは、口は悪いが要点を伝えるのがそこそこ上手いからね」
ここまでの旅での印象だと、リーオスは態度も口も悪い傭兵といった感じだが、エランドがこうまで言うとなれば意外と交渉事にも向いているらしい。
「ま、クプルみたいな直情女じゃあなぁ」
「誰が直情女だって!?」
「おー怖ぇ、そういうとこだっつーの。んじゃちょっくら行ってくるわ」
クプルにからかいの言葉をかけながら、リーオスは商隊の人間が確実にいそうな馬車の待機場所へと駆けていった。
残された俺達は、クプルの不機嫌そうな雰囲気に怯えつつ、それぞれの役目を決めて動き出す。
エランドは先に言ったようにアッジや村長らといった纏め役への説明と説得、クプルとパーラはこれから想定される戦いに備えた物資の調達、俺は非戦闘員が避難する防空壕的な場所を土魔術で作るという作業が振り分けられた。
クロウリーの襲来が予告された日まではもう二日と少ししか猶予はない。
戦うと決めたのならば準備は必要だが、残された時間は少なく、どれだけ備えられるかは今からの動き次第になる。
そうなると敵は油断できるものではないため、ここはやはり罠を張るべきだろう。
「エランドさん、俺はクロウリー対策で村の中に色々手を加えたいんですが、どうでしょう?」
「村に?…まぁ、敵を考えれば色々と対策するのは悪くないけど、少なくとも落とし穴の類は意味はないよ?」
一戦交えて既に分かっている通り、クロウリーは普通に空を飛ぶので地面に設置するタイプの罠には俺も期待しない。
「ええ、飛べる奴ですからね。なので、少し変わったのを作ろうと思います。できれば、それに何人か手を借りたくて」
「ふむ、具体的にはどういうのを考えてるんだい?」
「そう凝ったものではないんですけど、まず―」
思いついた作戦の概要をエランドに話して聞かせると、最初にその顔に驚きが生まれ、そして次には意地の悪そうな笑みに変わった。
この反応からして、俺の策はどうやらエランドの嗜虐心をくすぐったようで、諸々の作成と設置に人手を回すことを了承してくれた。
事が村の中をいじくるだけに、村長の許可もいるそうだが、それはエランドがなんとか取り付けてくれるらしい。
場所の選定は俺に任されたが、それも既に目星は着けてある。
作業の人手が用意されたら、すぐさま取り掛かるとしよう。
「よし、それじゃあ各員、指示の通りに頼む。まだクロウリーが来るまで幾らかの時間はあるが、十分とは言えない程度の猶予だ。テキパキと動いてくれ」
「それはいいけどさ、エランド。私らよりもまずあっちのあれ、何とかした方がよくない?」
そう言ってクプルの指さす先に全員の視線が向くと、そこには俺達が話している間も変わらずそこにいたヤエルカの姿があった。
流石にもう収まってはいるが、未だに笑いがその身を跳ねさせている姿は、もう一種の狂気を感じてしまう。
まさか俺達が暢気に話している間も、あそこで一人笑いに震えていたとは、呆れと共に若干の恐ろしさも覚える。
どんだけ笑いに弱いんだよ、このおっさんは。
ヤエルカが笑いの呪いから解放され、エランドと共にアッジ達の元へ行くまでまた少しの時間がかかってしまった。
俺達はヤエルカのあまりの笑い耐性の低さに困惑してしまうが、エランドの方は若干嬉しそうだったのは、自分の漫談がこうまでウケたのが気持ちよかったのだろう。
エランドのその満足感はすぐに虚栄だと気付いて落ち込むのは目に見えているが、僅かな時間とはいえ浸ることのできる幸せな時間を邪魔することは俺にはできなかった。
笑いの道は遠く厳しい、そんなことをふと思ってしまった。




