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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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フルージ到着

 二つの大陸に跨って領土のあるスワラッド商国。

 アシャドル王国やソーマルガ皇国のある大陸側に存在する領土は、元々海を渡ってきたスワラッドの人間が港を整備し、その後紆余曲折あって国土の一部として周辺国家に承認されたという経緯がある。


 こちら側の領土自体は大きくないが、多くの船を受け入れるだけの巨大な港町と、整備された街道による各国へのアクセスの良さにより、経済の規模だけならこの港町一つで小国に届くとか届かないとか。


 同じスワラッド商国ではあるが、広大な海を間に挟んでいる関係上、ほぼ独立した政治を行っており、一応はスワラッドの王族の血を引く、大公に相当する人間が代々行政の長に就いている。


 この行政と商業の中心として栄えるのがフルージという港町で、俺達の乗る船が目指しているのもここだ。

 スワラッドから遥々やって来た船は、交易品もさることながら、スワラッド本国からの書類や情報も運んできており、フルージの港には歓呼の声で迎えられることであろう。






 スワラッド商国を旅立って十九日、ディースラの島から離れて十一日目、俺達の乗る船はようやく目的地としていたフルージの港が見える位置までやってきた。

 陸地自体は二日前から見えてはいたが、目指すべき港をはっきりとした姿で確認できてくるとやはり気持ちは違うのか、船乗り達も仕事の手を止めて前方を眺めている。


 なんだかんだで危険な航海を覚悟していただけに、無事にたどり着いたことに対する安堵感は一入だろう。

 ここまで一度も魔物に襲われることなくここまでこれたのは、間違いなくディースラがくれた餞別のおかげなのは確かだ。


 なにせ、一度船へと巨大な魚影が接近してきた際は、すわ戦闘かと構えたものの、ドラゴンの気配にすぐに気付いたのか、影が急ぐようにして船から離れていったことから、お守りの効果は抜群だと確信できたほどだ。


 船員が誰一人かけることなく、また船体にも損傷なくここまでこれたのは、通常の航海ではありえないことであり、その事実だけでも大成功の航海だったと船長は誇らしげにしている。


「やっと帰ってこれたね……長かったよ、ほんと」


「そうだな。気持ち的にはもう何年かぶりって気がするが、まだ一年も経ってないんだよな」


 波間に滲む港町を眺め、しみじみと呟くパーラの言葉には色々な感情が籠っており、それに共感できる俺もしみじみとした声が漏れた。


 無窮の座に飛ばされてから今日まで、半年弱といった程度の時間の経過なのだが、その間にあった色々が過ぎた時間を濃いものに仕立て上げ、長い流浪の旅に誤認させたと言っていい。

 見知らぬ土地のはずなのに、元の大陸というだけで懐かしさが強くこみあげているのもそのせいだろう。


 実際こうしてやってくると、俺達の元の場所に戻るという目的はもうほとんど達成したも同然だ。

 あの陸地に上がりさえすれば、後はアシャドル王国までは地続きであり、海を渡るよりも確実に前に進める。

 とっととあの巨人との激闘をした地まで赴き、今も俺達を探していると思われるイーリス達に無事な顔を見せたいものだ。


「上陸したら、まずはギルドに行って私らの生存を証明しないとならないんだっけ」


「ああ。こっちのギルドなら、俺達の情報も問題なく照会できるし、一先ずは死んでないってことを報告する。それから、ソーマルガ行きの手段を探す」


「私らの飛空艇がソーマルガにあるから、だね」


「そういうこと」


 船が港に着いたら、まずやるのはギルドへの俺達の生存報告だ。

 あちらの大陸ではギルドカードの照会が不完全だったために出来なかった生存報告も、こちらの大陸に来たことで可能となる。


 精霊の話だとまだ死亡認定は確定していないそうだが、イーリスが諦めずに俺とパーラを探していると聞いたのも、もう何カ月も前のことなので、ひょっとしたら諦められている可能性もゼロではない。

 そのために、まずはギルドで俺達の情報を照会して、現状を確認する必要があるのだ。


 その後、俺達はソーマルガを目指す。

 俺達の飛空艇はソーマルガが回収したとのことで、まずはそちらを返してもらいに行く。

 ここまでの旅で痛感したが、飛空艇の利便性はあらゆる移動手段に勝る。

 飛空艇を返却してもらうのは、何よりも優先されるといっても過言ではない。


 今後のことを考えていると、頭上から鐘の音が響いてきた。

 見上げると、マストの一番上の見張り台で、見張りの船員が鐘を激しく叩いている姿があった。


 海の上では魔物を引き寄せかねない鐘の音も、ここまで来ればその心配も薄れ、今は入港を知らせるための合図として何憚ることなく響いている。


 鐘の音は港側にも聞こえたようで、桟橋にいる人影がこちらへ手を振る姿が見えると、甲板でも手を振り返す人が出てきた。

 フルージの港には出航に備えてか多くの船の姿があり、その形には様々な違いが目立つ。


 見える範囲には十隻以上あるが、その大きさも意匠もバラバラで、製造元が国単位で異なるというのが分かってなかなか面白い。

 今も少し離れた所では出航を始めた船の動きが見え、海へと繰り出すその船の向く先は南へと向いていた。


 フルージから北の方にはかなり広い範囲で岩礁地帯が横たわっており、交易品を積んだ大型船ではそこを真っすぐに抜けることができない。

 外洋に大きくはみ出るようにして避けるのも手だが、そうすると強力な魔物に襲われる可能性が格段に上がるため、大抵の船はここからは南へしかないそうだ。


 あの船がどこに行くのかは分からないが、もしもソーマルガへ向かうのなら乗せてもらいたいものだ。

 まぁ出航してしまった以上、どうにもならないが。


 そんな船を見送りながら、俺達の乗る船は完全に帆を畳み、人が歩くのと同じくらいのスピードで接岸に向けて動いていく。

 この辺りでは船と言えばまだまだ小型から中型の船が主流で、港もそれに合わせて整備されている。


 そのため、ブリガンダインクラスの大型船が横付けできる設備は限られており、俺達の乗る船はそういった大型船用の桟橋の一つへと誘導された。


 陸地が見えただけで安堵していた船乗り達も、正式に船が港に着いたことで更に喜びを態度で示しており、あちこちで陸に上がってからすることを同僚と話している姿が見られた。

 船乗りのイメージを裏切らない、酒と女とギャンブルをいかに楽しむかという声が上がる中、俺とパーラは荷物をまとめて船長への下へ向かう。


「船長、もう降りても構いませんか?」


 停泊後の手続きに使うのだろう、いくつかの書類を眺めている船長にそう声をかける。


「あん?…あぁ、もうここまで来たならいつでも降りていいぞ。お前らを運ぶって仕事も、これで完了だしな」


 この船長に任されていたのは、俺とパーラをあちらの大陸からこちらの大陸まで運ぶという一点のみだ。

 こうして港に着いた以上、船から降ろした時点で俺達からの依頼は完遂される。


「それでお前ら、船を降りたらどうするつもりだ?」


 俺達にとっては初めての土地で、しかもたった今海を渡って来たばかりだ。

 この後どうするのかというのを気にする程度には、船長も俺達には仲間意識を持ってくれているようだ。


「まずは、ギルドで色々と手続きですかね。それが終わったら、ソーマルガを目指そうと思ってます」


 俺達の生存を証明するのに合わせて、あちらの大陸では使えなかった口座の確認もしておきたい。

 以前俺が死亡認定を食らった時は、認定を完全に取り消すまでは口座は使えなかったが、行方不明者の扱いだとどうなのかというのは気になるところだ。


「ソーマルガか。あそこもでかい国だ。冒険者やってんなら稼ぐのにもいい土地だろうな」


 俺達の冒険者としてのランクなどは知らない船長にとって、まだ若い俺達はソーマルガで一旗挙げようという具合に見えているのだろう。

 大きく頷きながら、暖かさの籠った目でこちらを見てくる。


 本来の目的である飛空艇やらの話で訂正するのも面倒なので、そう思わせておくとしよう。


「あ、そうだ。ねぇ船長、私らをソーマルガに送ってもらったりとかできない?」


 そんな船長の様子など気にも留めず、パーラがソーマルガまでの足を船長に頼む。

 なるほど、悪くない案だ。

 ここからソーマルガまでどれほど距離があるかは分からないが、船を使えばかなり快適に移動できる。


「無理だな。この船はスワラッド商国が航行を決めてるんだ。予定がない以上、船がソーマルガに行くことはない」


「えー?でもディースラ様の島には寄ってたじゃん。あれって元々の予定になかったんでしょ?」


「あれはディースラ様だからだ。あの方がそうと決めたのなら、俺らに拒否する謂れはない」


 唇を尖らせてディースラを引き合いに出すパーラだが、船長にキッパリ言われてはそれ以上食い下がることも出来ない。

 スワラッドの人間にとって、ディースラの存在が大きいからこその特例だったものが、ただの人間である俺達に適用されるわけがないのだ。


「ま、諦めるしかないな。ソーマルガ行きの手段は俺らで適当に探そうや。ひょっとしたら、ソーマルガまで乗せてくれる船もあるかもしれないし。じゃあ船長、俺らはもう行きます。ここまでお世話になりました」


 若干不貞腐れたようにしているパーラの肩をたたき、船の縁へと体を預ける。

 そこから下を覗き込み、桟橋の位置を確認して、いつでも下船できるように準備する。


「おう、じゃあな。それとな、フルージにはソーマルガに行く船か商隊もあるはずだ。そっちを当たってみろ。ギルドか宿屋でそれらしい集団を探すといい」


「わかった、色々ありがとうね、船長」


 最期に船長から有益な情報を貰い、まずパーラが手を振ってから船の外へとその身を飛び出させる。

 それに一瞬遅れて俺も続き、船縁を蹴るようにして甲板を離れると、眼下の桟橋へと危なげなく降り立つ。

 よく訓練された冒険者であり、魔力で身体強化も出来る俺達には大型船の甲板からのジャンプなど大して危険ではない。


 突然空から降って来た俺とパーラのせいで、桟橋で作業をしていた人達を驚かせてしまったが、それらに対して軽く会釈だけをして俺達は足早にそこを離れる。


 船で来た人間は場合によっては桟橋から出たと同時に身分証の確認をされるそうだが、俺達は正式なスワラッド商国が保有する船から降りてきたため、身元はそこらの商人よりも確かだ。

 その証拠に、港にいる役人の目の前を通り過ぎる俺達を咎められることはない。

 このあたり、スワラッド商国の船でやって来た利点の一つだと思える。


「まずはギルドに行くんだよね?」


「ああ、生存報告とギルドカードの情報の照会を最優先でやらねぇとな」


「ギルドの場所は分かるの?」


「ギルドってのは大抵街の中心付近にあるもんだ。適当に歩いてりゃ見つかるだろ。見つからなかったら、街の住人に聞けばいい」


 たった今入ってきた船のせいか、港には多くの人が集まっており、歩くのに少し窮屈さを覚えつつ、人の流れに逆らって市街地へ入ると、まずは大通りを辿って街の中心へと向かう。


 目に映る街並みは、多くがスワラッド商国で見た建築様式と凡そ同じものだが、時折異なる文化の匂いが感じられる建物が混じっているのは交易が盛んな土地柄からだろう。

 そんな街並みの中にそびえる冒険者ギルドは、どの国、どの大陸でも外見も内部もどこも似通った造りをしており、他所の土地に来てもすぐに見つけられて大変助かる。


 特に迷うこともなく発見できたギルドへ入ると、早速受付へ向かう。

 時間帯的には特に混雑もしていなかったため、空いていた窓口にいるハーフリングの受付嬢にギルドカードを提示し、まずはこちらの事情を説明する。


 ここまでの道中、街を行く人たちの噂話に耳を傾けてみたが、アシャドル王国で巨人が暴れたということ自体は広く知られていても、それ以上の情報についてはあまり詳しくはないようだ。


 とはいえ、市井の人間ですら知るのだから、ギルドの人間が巨人については知らないわけがない。

 無窮の座に飛ばされたと言ったところで頭の健康を疑われそうなので、巨人との戦いでとある無人島に飛ばされ、そこでサバイバルしていたところを船に拾われてここまできた、というストーリーをでっちあげた。


 中々強引な話だとは思うが、俺とパーラの足跡はアシャドルで完全に途絶えており、その後こっちの大陸でギルドカードを使った記録もないはずなので、俺の話を信じるしかない。

 人知を超えた力による事故というのは説明も難しいが、誤魔化す余地も多いのが救いだろう。


「…なるほど、お話は分かりました。随分と大変な目にあったようですね。それでは情報の照会をいたしますので、そちらの方でしばらくお待ちください」


 一応俺の話は信じてもらえたようで、すぐにギルドカードを手にした受付嬢はカウンターの奥へ向かった。

 俺達の死亡認定とその差し止めが行われたのはアシャドルであるため、通信の魔道具があるとはいえ情報の照会には時間がかかりそうだ。


 勧められた場所にあったベンチに腰掛けて待っていると、思ったよりも早く受付嬢が戻って来た。


「お待たせしました。アンディ様とパーラ様、お二人の冒険者としての身元が確認できました。確かにアシャドル王国のギルドで、お二人の死亡認定が行われましたが、その後異議があったようで、現在は行方不明者として処理されています」


 精霊から聞いた話だと、巨人との戦いで消息不明となった俺達を死んだものとしてギルドに報告したのはセインだ。

 死亡した人間も少なくない戦いだけに、俺達の生存も絶望的として正しい対応をしたと言っていい。

 ただ、その後にイーリスが俺達の捜索を続けてくれているおかげで、辛うじて行方不明者として扱われていたわけだが、未だ行方不明者の扱いに留まっているのは、イーリスが捜索を続けているからだろうか。


「今回、生存を確認されましたので、その旨をアシャドル王国のギルドへ通達しました。これにより、お二人への行方不明者としての措置は撤回されます。この後はお手数ですが、ご本人が直接アシャドルのギルドへ足を運んでいただいて、最終的な生存を証明していただくことになりますが、よろしいでしょうか?」


「ええ、わかりました」


 過去に俺は死亡認定をされた時の経験があるのだが、どうやら行方不明者が生還した場合も大体の流れは同じようだ。

 やはりアシャドルまで行って、直接本人が手続きをしなくてはならないか。

 まぁこれは予想していた通りだから、一向に構わん。


「ただ…」


 次に口座の確認をしようと思ったのだが、それを言う前に受付嬢が硬い表情で何かを言いかける。


「ただ、なんですか?」


 その雰囲気からあまりいいものを感じられず、多少の不安を覚えながらその先を促す。


「…アンディ様は以前、ソーマルガで死亡認定をされています。今回も撤回されたとはいえ、これで二度目ということもあり、不正や犯罪の可能性がないかと、調査を行う必要があります。つきましては、こちらの職員による聴取を受けていただきます」


 あぁそうか、そういう考えもあるか。

 冒険者は常に死と隣り合わせの職業で、普通は一度確定した死亡認定などそうそう引っ繰り返ることのないものだ。

 勿論、過去には死んだと思われた人間が生きて戻ってきたケースは少なくないが、同じ人間が二度続けてとなれば、犯罪の可能性を考えるのも間違いではない。


 世の中には死を偽装して行う犯罪というのも数多くあるからな。


「は?何それ。アンディが悪いことしてるっての?」


 俺としては取り調べを受けるのも仕方ないと思ったのだが、パーラの方は何かがカチンと来たようだ。

 久しぶりに耳にする怖い声でカウンターに迫るその姿は、破落戸も裸足で逃げ出しそうな迫力だ。

 今にも架空の集金を始めそうな凄味がある。


「そうは申しておりません。ギルドの規定では死亡認定が二度なされた方には、聴取を行うこととなっています。厳密にはアンディ様は二度目の死亡認定は確定ではありませんでしたが、みなし認定と判断し、お話を聞かせていただきます」


 対する受付嬢も、仕事柄こんな迫力に晒されるのも慣れっこなのか、パーラのガン飛ばしにも一切ひるむことなく淡々と話を続けている。


「だからって…ギルドってのは、死にかけた人間を疑ってかかるところなわけ?」


「パーラ、もうよせ。規定で決まってるなら、この人に言っても仕方ないだろ」


 イライラを募らせ、吐き出す言葉に棘が強くなってきたパーラの肩に手を乗せ、それ以上言うのを止める。

 俺のことで怒ってくれているのには嬉しさを覚えるが、これ以上受付の人につっかかってもどうしようもない。


「でもさぁ」


「俺達はギルドに所属してるんだ。規定で決まってるなら、従うのが当然だ」


 組織に属するということは、そこで定められるルールに従うということだ。

 多くの利益を享受するのなら、そこには支払うべき代償も存在する。

 今回も、冒険者ギルドという組織が正常な運営を続けるために、俺という不穏分子を見定める必要があるのだろう。


 これからも冒険者を続けていくのなら、ここで逆らってもいいことはない。

 死亡を偽装したつもりもないし、犯罪にも加担していないのだから、堂々と聴取を受けようではないか。


「聴取の件は了解しました。こっちとしては後ろ暗いことはないので、さっさと終わらせましょう。聴取はどこで?」


「ご協力感謝いたします。聴取はあちらの部屋で行われますので、中でお待ちください。すぐに係の者が参ります」


 そう言ってカウンターの板を一部跳ね上げ、奥へと俺を誘う。

 ギルドの建物の造りは大体どこも似通っており、その先にある扉は会議室だとわかる。

 以前、ここではないギルドで使ったことがあるので、まず間違いないだろう。


「お待ちください、パーラ様」


 扉へ向かって歩き出す俺達だったが、受付嬢がパーラの前へ遮るようにして手を差し出した。

 自然と歩くのを止められたパーラは、眉を寄せながら眼前の手の主を見やる。


「…なに?」


「聴取はアンディ様お一人を対象としています。パーラ様の同席はご遠慮下さい」


「はぁ!?なんでよ!別に私が一緒でもいいじゃん!」


「申し訳ありませんが、規則ですので。本件の聴取はアンディ様お一人を対象としたものです。他の方の同席は認められません。アンディ様が終わるまで、どうかお待ちいただくようお願いいたします」


「まーた規則って…あのねぇ」


 受付嬢の淡々とした言いようが気に食わないのか、不機嫌丸出しの顔と声で何か言おうとしたところを、俺が手で制しておく。

 どうもこのままだと、ギルド的によくないことまで口にしそうだ。


「パーラ、いい。どうせちょっと話をするだけなんだから、俺一人で構わんさ。お前は街に行って、今日の宿を探しておいてくれ」


 港からここまで一直線で来たため、今日の宿はまだ決まっていない俺達だ。

 聴取がどれだけ時間がかかるかわからないのなら、今のうちに宿を探しておいてもらおう。


「でもさぁ」


「いいから、な?」


「…わかった」


 唇を尖らせたまま、俺の言葉に渋々と言った様子で従い、外へ向かうパーラを見送ると、会議室へと入る。

 中はやはり会議室然としたもので、テーブルと椅子がある以外、取り立てて変わったところはない。


 受付嬢からはしばらく待てと言われたが、恐らくギルド内でも相応に責任ある立場の人間がやってくるはずなので、軽く身だしなみを整えておく。


 面接でもそうだが、まずは第一印象が大事だ。

 面接官なんて、履歴書と見た目でしか為人を判断できない、節穴付きの肉袋ばかりだ。

 このギルドの人間もそうとは限らないが、基本は同じのはずだ。


 こっちとしては犯罪になど手を出していない清い体なのは確かなので、心象さえしっかりしておけば聴取もすぐに終わることだろう。


 去り際に受付嬢から勧められた椅子に座って待っていると、徐に会議室の扉が開かれた。

 どうやら取調官がやってきたようだ。


 壮年の普人種の男性が二人と、若い獣人種の女性が一人の計三人が室内に入り、テーブルを挟んで俺の目の前にある椅子へと腰を下ろす。

 本当に面接みたいだと思ったのと同時に、男の一人が話しかけてきた。


「さて、アンディ君、ギルド規則四十一条八項、付帯目録八類に則り、話を聞かせてもらおう。といっても、単に形式上のものだから、気を楽にして欲しい。まずは、前回の死亡認定について―」


 特にこちらを見てどうのというリアクションもなく、手元の書類を眺めながら話し続ける男は、いかにも役人といった口調だ。

 個人の感情など交えず、ただ事実だけを確認しようとするその姿勢は、まさに組織の歯車と言える姿だろう。


 質問されることに正直に答えていき、当然ながら犯罪の匂いなど一つとしてない俺は早々に聴取が終わり、あっさりと部屋を後にした。

 取調官が言った通りの形式上の聴取だったのは、ギルドとしても俺のことも本当に疑っていたわけではなく、規則通りの対応をしただけに過ぎず、そのためこうして驚くほど呆気なく解放されたわけだ。


「お疲れさまでした、アンディ様。こうしてここにいるということは、死亡認定を使っての犯罪の可能性はないと判断されましたね」


 部屋を出たところで、あの受付嬢が待っていた。

 本来の業務もあるだろうに、律義にも俺を出迎えるとは大した責任感だ。


 …いやまぁ、今のギルド内はあまり混んでもいないし、本当に暇なんだろう。


「それはよかった。まぁ元々潔白の身なんで、心配はしてませんでしたよ。…あぁ、そうだ。もう一つ、確認しておきたいことが」


「はい、なんでしょう」


「俺達がギルドに登録してある口座なんですが、すぐに使えますか?いくらか手元に現金が欲しくて」


「申し訳ありません。アシャドル王国のギルドで正式に行方不明者としての登録を解除していただかない限り、口座からお金を引き出すことはできません。これは―」


「規則だから、ですね」


「…左様にございます」


 次に受付嬢が言うであろう言葉を、つい先に言ってしまった。


 もしかしたらという可能性に賭けてみたが、予想していた通りに俺達の口座はまだ使えないようだ。

 前に死亡認定されたときもそうだったが、行方不明者として扱われても同様になるとは、融通が効かないというべきか、あるいはセキュリティがしっかりしていると喜ぶべきか、悩みどころだ。


 一応手持ちの金にはまだまだ余裕はある。

 スワラッドで依頼をこなして手に入れた報酬と、向こうで仕入れた珍品を換金すれば、当分は慎ましく暮らすのに困ることはない。


 とはいえ、口座が使えない不安はさっさと解消したいので、やはりアシャドルに早く向かうべきだな。


 聞くべきことを聞き、用は済んだギルドを後にして俺はこの街で宿が集まっているエリアへと足を向ける。

 宿を探しに行ったパーラが戻ってくるのを待とうかとも考えたが、思ったよりも聴取の時間が短かったので、俺も宿探しに向かうことにした。


 宿屋のあるエリアとはギルドから一本道で繋がっているので、行き違いになるのはまず心配しなくていい。

 というか、パーラの感知能力の高さを考えれば、俺が近付けば向こうから見つけそうなぐらいだ。


 喧噪のある通りを歩き、宿が集まっている場所まで来たところで、良さそうな宿に絞って見ていく。

 俺達が宿を決める時に判断材料としているのは、何よりも清潔であることだ。

 建物自体が古くなっているのはしかたないにしろ、店先から掃除がしっかり行われている宿は快適さも保証できる。

 割れ窓理論ではないが、清掃を怠る宿は他のサービスも質が低くなりがちだ。


 その点から、ここまで見てきた中で利用したいと思う宿は今のところ二軒だけで、今日止まるのはその二つの内のどちらかになるだろう。


 ―んだとてめぇっ!ぶっ殺されてぇのか!


 どちらにしようかと悩んでいる宿の内の一つから、ドスの利いた男の声が聞こえてきた。

 室内で誰かがもめているのか、通りを歩いている人の足を止めてしまうほどの声に、この辺りの治安も知れたものだと少し眉をひそめてしまう。

 すると、揉めている相手だろう声もまた、同じ場所から聞こえてきた。


 ―はん!でかい口叩くんじゃあないよ!私らの中じゃあ、ぶっ殺すなんて言葉は使わないの!なぜならそう頭の中に思い浮かべた時には既に!行動は終わっているんだから!ぶっ殺した、なら使っていいけどね!


 中々威勢のいいことを言うその声は聞き覚えのあるもの、パーラの声だ。

 あいつ、いつからイタリアンマフィアみたいなことを言いだすような奴になっちまったんだ。

 というか、なんで宿を探しに来てもめてんだよ。


 いつもトラブルを持ってくるパーラが、またしても何かしでかしたのかと頭が痛くなってくる。

 新しい土地に来たら一度は騒動を起こさないと気が済まない病か?


 しかし仲間の声を聞いてしまった以上、静観することもできないか。

 俺はテンションが急降下したダルさを抱えながら、パーラの声が聞こえてきた建物へと入っていった。

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