オーゼル、お前もか
湯船のお湯が渦を巻いて、そこに浸かっていたシペアが渦の中心でグルグル回されている絵はなんとも妙なもので、ただただ茫然と見ているしかできない俺とオーゼルの耳にシペアから助けを求める声が飛んでくる。
「アンディー助けてー!」
正気に戻ってすぐに湯船に手を突っ込み、水魔術で水流を操作して渦の勢いを弱めると、一緒に来ていたオーゼルがシペアを湯船から引き上げて地面に寝かせた。
「ふぅ、…何があったんだ?」
荒く息を吐いて寝そべっているシペアに説明を求める。
「…わかんねぇ。お湯に浸かってすげー気持ちよかったから思いっきり足を伸ばしたら急にお湯がグルグル回りだしたんだよ。あっと言う間に流れが強くなったから抜け出せなくてさ」
これはもしかしてそういうことなのか?
横になっているシペアの腕を取り、手を重ねて魔力を放出してみる。
「シペア、これ感じるか?」
「あん?…なんかグイグイ押されてる感じがするな。なんだこれ…」
シペアの腕を戻し、予想が当たっていたことに頷いていた俺に気付いて、オーゼルが声を掛けてきた。
「アンディ?何か心当たりがありますの?」
「さっき話した魔力の活性化が成功していたみたいです。シペアの魔力が暴走した結果が風呂での惨状だと思います」
あくまでも俺の仮説だが、潜在魔力の活性化というからには普段眠っている物が表に出てくるのだから、最初に異物感を覚えて吐いてしまい、時間をおいて体に馴染んだ魔力が時間差で風呂に入っている時に発動してしまったのではないかと考えた。
その流れで考えるとシペアの得意属性は水魔術と言うことになるのだろうか。
「原因が俺の魔力ってことはこれからずっとこんなことが起きるってことなのか?」
不安そうな顔のシペアだが、恐らくその心配はないだろう。
「多分、さっきのは俺の魔力に充てられて暴走状態になった魔力が表に溢れ出てきて起きた現象だと思う。今触れたシペアの手から感じた魔力は安定しているから、もうあんなことにはならないはずだ」
俺の言葉に安堵の息を吐いているシペアに、もう一度風呂に入り直す様に言い、俺とオーゼルはそこを出ていった。
「さて、それでは私にも魔術の指南をしてもらいますわよ」
「…正気ですか?シペアがあんなことになったんですから、危険かもしれないですよ」
居間替わりのスペースに戻ってきて早々、自分に魔力の活性化を行えとオーゼルに言われ、踏みとどまるように説得する。
なにせついさっき俺のやり方の危険性について実証されたのだから、それを見たオーゼルの言葉にしては余りにも浅はかすぎる。
「大丈夫です。今度はシペアに放った魔力の半分ほどでやってみましょう。恐らくそれで十分なはずですわ」
なにやらオーゼルには考えがあるようで、自分の言葉に自信がある様子だ。
「根拠があってのことでしょうが、危険性がある以上はやれませんよ」
「シペアの場合は体が魔力を受け入れるだけの成長が出来ていなかったのが原因なのです。その点、私は充分に成長しきっているので、問題ありませんの。さあ!おやりなさい!」
目を閉じて両手を開き、準備は出来ているとでも言わんばかりのオーゼルの様子に、何故頑なにそこまでやりたがるのか疑問になり、その辺のことを問いただしてみることにした。
するとあっさりと企みを明かし始めた。
どうもシペアだけに魔術の手解きをして、しかも魔力が使えるようになったようにも思え、それなら自分にもやってもらいたいと思ったのだそうだ。
オーゼル自身は魔力の扱いは出来ないのだが、彼女の母親が魔術師であるため、魔術を使うことに幼い頃から憧れていたのだが才能が無く諦めていた。
だが今日、魔術の才能を開花させることのできる可能性を見つけてしまい、子供の頃の情熱が再燃したらしい。
「それでは力を抜いて、楽な姿勢を取って下さい。多分シペアと同じように吐くかもしれませんけど、その時は目の前の穴に出してください」
結局オーゼルの懇願を断ることが出来ず、活性化をしてやることになったが、今度はシペアの時よりも気を付けることになるので多分大丈夫だと思うが、それでもまだまだ手探りな状況には変わりないので、打てるだけの手は打っておく。
その一つが座っているオーゼルの目の前に掘った10リットルは入りそうな小さな穴だ。
気分が悪くなった時に使うエチケット穴とでも言おうか。
目を閉じて深呼吸をしたオーゼルの様子を確認し、シペアの時に比べて放出する魔力を半分ほどに減らしてオーゼルにぶつけた。
俺の隣には風呂から上がったシペアが立っており、興味深そうに見ている。
自分がされたことを客観的に見れるということで、好奇心が刺激されたのだろう。
ただ、シペアの顔は若干ニヤついており、オーゼルが自分と同じように吐くのを見届けてやろうという意地の悪い心が透けて見える。
「うぇっ…これは、気分のいいものではありませんわね」
顔色が一気に悪くなり、前かがみになったので吐くかと思われたのだがどうにか耐えたようで、呼吸を整えている間に体調がよくなってきたと思われる。
「姉ちゃん大丈夫か?苦しいなら吐いた方がいいぜ。楽になれるって」
「いえ、大丈夫ですわ。そこまでではありませんの」
「えぇ~本当にぃ?だってすげー気持ち悪いだろ?我慢しないほうがいいって。ほら、ドバーっとさ」
心配する素振りでオーゼルの背中をさすりながらエチケット穴の方へと誘導するシペアの態度に妙なものを感じ、その原因に思い当たって突っ込む。
「シペア…まさかお前、自分が吐いたからってオーゼルさんも道連れにしようとしてるんじゃないだろうな。お前の時と違って魔力は抑えて当てたけど、吐くほど酷くならなくても少しは気分が悪くなるんだから、そっとしておけ」
「なんだよそれ。俺の時は練習台だったってことかよ。ずるいぞアンディ」
「まあまあ、今回はオーゼルさんの助言通りにやってみたんだから仕方ないだろう。ほれ、これで機嫌を直せよ」
自分の受けた苦しみをオーゼルがパスするのが不公平だと思ったようで、むくれるシペアの機嫌を取るためにさっき作っておいた飴をシペアの口に放り込む。
一気に機嫌がよくなったシペアに安堵し、オーゼルの様子を見る。
顔色はかなり良くなってきたし、呼吸も安定している。
これなら問題は無いだろう。
「オーゼルさん、どうです?魔力を感じることは出来ますか?感覚で操作できそうなら体のどこか一点、可能なら手に集めるように意識して下さい」
「体の奥にジワッとした熱のような物を感じますわね。泥の様に重い砂といった感触かしら…、何とかやってみますわ」
目の前で掌を上に手を開き、魔力を集めるように意識し始めたオーゼルから、確かに魔力の移動する感触が伝わって来たため、魔力を操ることが出来ていると判断する。
それだけ分かれば十分だろうと思っていると、オーゼルの手のひらから突然、ライターほどの火が発生した。
「きゃっ、…これは火、ですわね。私の魔術の属性は火と言うことかしら?」
大きくも小さくもならず、そのままの状態を保ったまま赤く揺らめいている火を凝視しているオーゼルの目は感動に輝いているようだ。
「そのようですね。シペアは水でオーゼルさんは火と言うことは、俺の属性は関係なく当人の持つ属性が活性化されると見ていいかもしれません」
俺の持つ土と水と雷以外の属性が確認できたのを見て、危惧していたことが解消された。
シペアが水属性だったので、俺が魔力の活性化をすれば俺の持つ属性以外は発現しないのではという危惧があったのだが、オーゼルが火を使えたことからその心配が消え、少し安心できた。
その後は俺も風呂に入り、上がってくるとシペアとオーゼルが楽しげにお互いの魔術の見せ合いをしていた。
部屋の隅に設けてある竈のスペースに一本だけ立てかけた薪に小さな火を飛ばして当てるオーゼルと、その火が燃え移った時に水鉄砲の様に水を飛ばして消火するシペアという、新しいおもちゃを与えられた2人の不毛な遊びが行われていた。
「あ!アンディ、丁度いい所に。あのさぁ俺達の魔術ってもっと派手に出来ねーの?」
「種火を飛ばすだけなんて地味すぎますわ。何かいい練習法を教えてもらいたいのですけど」
あれだけ魔術が使えるだけで儲けものみたいなことを言っておいて、いざ使えるとなったらもっともっとと欲しがるとは。
まあこうなるとは予想はしていたけどな。
俺が派手に使ったところを見てしまっているだけに、そういった欲が出るのは仕方ない事だろう。
「まあいいですけど、その辺のことは明日にしませんか?魔術を使い始めた頃って、意外と魔力の運用には精神的な疲れが出るんですよ。なので多分気づいてないだけで疲れてると思います」
これは俺も味わったことがあるのだが、この世界で初めて魔術を使った時は興奮状態だったが、その日の夜に食事を終えて少し横になったら気絶するように眠ってしまい、朝まで起きなかったことがあった。
この2人もそうなると思うので、とりあえず今日の所は寝て、明日の朝にでも体調を確認してから俺なりの練習法をやらせてみようと思う。
それを聞いて2人は渋々ながら了解してくれて、この日は就寝となった。
部屋でマントに包まりながら横になり、2人の練習法を考えているだけで瞼が下がっていき、睡魔に身を委ねていった。




