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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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船に揺られて東へ

 スワラッド商国における月下諸氏族連合との国境は、首都サーティカから見て南東の方角にある。

 国境地帯の地形に特段変わったところはなく、せいぜい大きな川が数本ある程度の湿地と丘陵が混ざった土地らしい。

 標高もサーティカよりは低く、亜熱帯のこの地域ならではの植生と気候が広がっており、冷涼な首都から来た者にとっては過ごしやすい土地とは言いにくい。


 そんな土地でも人は逞しく暮らしているもので、開拓村を含めた十以上の村が国境線に沿うようにして存在している。

 そして、これらの国境線の多くはワイディワ侯爵が治める領地の一部で、国防における重要拠点として国境警備軍と侯爵家が独自に組織する軍がこの国の平和を守っていた。


 だがそんな平和もラーノ族の侵入により崩れ去り、少なくない被害を出したワイディワ侯爵領では今、領民は不安に苛まれており、現地では流通と治安に問題がある可能性を、丞相達文官は指摘している。

 そのため、国境警備軍への応援という体の派遣部隊には、十分な物資と装備が与えられることとなり、170名程いる部隊員の全員に騎乗動物が割り当てられるという、中々に剛毅な編成が通達された。


 ただし、これらの物資や人員は全てが首都から出発するわけではない。

 そんなことをすれば民心の混乱や治安の悪化を招く恐れがあるため、船と指揮官は首都から出るが、多くの物資や兵員は、運河の途中にある街や村から少しずつ抽出して合流する手はずとなっている。


 城にて対策会議が開かれた翌日、俺達は朝の内に用意されていた船へと乗り込むと、運河を使って東へと旅立つ。

 サーティカからワイディワ侯爵領までは運河が直通してはおらず、まず東に行けるだけ行ってから馬に乗り換えて南下し、目的地を目指すことになる。


 船で二日、さらに馬で一日ほどと、国の端っこまで行くのには随分早いように思えるが、これは特に船での移動が時間を大幅に短縮してくれるおかげだ。

 もっとも、これはあくまでも移動時間だけの話で、実際は荷物の積み下ろしや人の乗り降りでさらに時間はかかるので、目的地までは三日から四日の日程を見込んでいる。


 騎乗動物や軍事物資を満載した船は全部で三隻に上り、さらに俺達派遣部隊員が乗る船が二隻という、運河の広さを考えると船団と呼んでいい規模での移動は圧巻の一言に尽きる。

 急遽用意されただけあって、人が乗る客船タイプに、積載量を重視した貨物船タイプ、丸太で作った筏のでかいやつなど、バラエティに富んだ構成だ。


 輸送能力と速度の兼ね合いから船による移動が適切ではあろうが、一塊となって動く船の数としては平時にあまり見ることがないせいか、朝もまだ早いというのに多くの人の目を集めていた。

 これだけの規模ともなれば、準備から出発までに関わる人員も多く、俺が船着き場に着いた時にはまるで戦場かと見紛うほどの賑わいだったのだから、運河をゆっくり行くだけで注目されるのも当然だ。


 そんな派遣部隊だが、指揮官はスワラッド商国第二軍から選抜されたニリバワという女性の騎士だ。

 年齢は見た目から三十台前半、いっても四十台といったところか。

 スワラッドの人間らしい褐色の肌に、藍色の髪の毛をシニョンにしている姿は女性らしいものだが、彼女の顔には右目から頬を通って顎にまで届く古い火傷の跡が特徴として目立っている。


 女性なら顔の火傷を隠そうとするものだが、ニリバワは気にした様子はなく、むしろ誇る様ですらある姿には、この傷こそ戦士の勲章と体現しているようだ。

 あれで鎧姿ではなく、革の上衣にでかい帽子でも被っていれば海賊にも見えなくもない。


 乗船の前に一言二言話した感じでは姉御肌の頼りになる女性といった感じだが、船に乗ってからは纏う空気が変わり、一団を率いる指揮官に相応しい威厳ある姿を見せている。


 この部隊の指揮官だけあって、ニリバワが乗るのは先頭の船で、そこには俺とパーラ、ディースラも同乗している。

 ディースラは下にも置けない人物ということでニリバワの傍に置かれ、そして俺とパーラも派遣部隊の中では数が少ない貴重な魔術師なので、護衛と管理のために同じ船での旅となった。


「―各船の報告は以上です。積み込みの際に物資の一部を喪失したことを除き、運航に問題はありません」


「そうか、ではこのまま船を進めろ。次の停泊地はまだ先だが、水の上にいる以上、気を抜くなよ」


 船が出航してからすぐ、各船で指揮を執る隊長格からの報告が上がってきた。


 これらの情報は、通信機などが搭載されていない以上、自然と近い船同士で大声とジェスチャーを使った伝言ゲームで伝えられる。

 それらが甲板に立つニリバワへ報告されるが、その時の様子がなんだか修学旅行で引率する主任教諭のように思えて少しだけ面白い。


「それと各員の様子にも気を配れ。慣れていなければ船旅で具合を悪くする者も出るはずだ。そうなったら、すぐ報告するように」


「は、心得ております」


 報告に来ていた兵士が去っていき、残ったニリバワは一度船の舳先を見ると、すぐに踵を返して俺達のいる方へと歩いてきた。


 甲板上では操船の人員以外にも人がいるのだが、やはり恐れ多いのかディースラとその周りには誰も近寄ってこず、俺とパーラだけがディースラの傍にいる。


「お待たせして申し訳ありません、ディースラ様。これより、護衛の任に戻らせていただきます」


 憮然とした顔で川面を眺めているディースラに、ニリバワは恭しく騎士の礼を取る。

 この一団のトップであると同時に、丞相から直々にディースラの護衛役も任されている彼女としては、最大限の礼を払って対応するのは当然のことではあるが、同時に特大の爆弾を扱うような慎重さも窺い知れる。


「…別に我は護衛などいらんぞ。お主も忙しかろうに、己の仕事に励むがよい」


 不機嫌さを隠そうともせず、ニリバワの方を一瞥すらしないその態度は、乗船前から一貫した意思の表れだろう。

 元々俺に引っ張られる形でこの部隊への随伴を強制されたせいで、今朝会ってからずっとこの調子だ。


 正直、俺の頼みを一つ聞くという約束がなければ、人間同士の争いなど関わりたくもないというのが彼女の本音だ。

 とはいえ、竜候祭での彼女の言動が全ての原因と言っても過言ではないので、ここは自業自得だと言わせてもらおう。


「そうは参りません。私はシャスティナ様からも直々に頼まれております。武辺者のこの身には身の回りのお世話とまではならずとも、せめて御身の傍にいることをお許しください」


 竜候祭以降の今日まで、ディースラの身の回りを世話していたのはシャスティナだったが、今回の旅に彼女は同行していない。

 この国でも最高峰の魔術師というのは伊達ではなく、いざという時の城の守りとされている。


 代わりにニリバワが世話役の役目を与えられたが、戦闘以外はからっきしだということで、細々としたところは俺とパーラがシャスティナから頼まれてこなしていた。

 今もまるで使用人のようにディ―スラの後ろに控えて立ち、二人のやり取りを見ているぐらいだ。


「まぁ、どうせ船に揺られるだけだしの。傍に置くも何もないわ。好きにせい」


「はい、そうさせていただきます」


 すげなくするディースラに、普通なら軽視されたと不満を覚えるところだが、相手は超生物のドラゴンであり、スワラッド商国における超VIPでもあるため、ニリバワも特に思う所はないようだ。


「ではディースラ様、今後の予定をお話ししたく思うのですが、よろしいでしょうか?」


「予定?そんなもの、船と馬を乗り継いでワイディワ侯爵領に行くだけであろう?」


「その通りではありますが、より細かい部分についてです。この隊の長は私ですが、何かあればディースラ様にも指揮権の譲渡はあり得ますので、隊の行動予定は把握していただきたく思います。二人も、ディースラ様のお世話をする以上、予定は頭に入れておいてちょうだい」


「わかりました」


「了解でーす」


 突然こちらに話を振られたため、俺もパーラも居住まいを正しながら返事を返す。

 ニリバワからはあまり固い態度は不要と言われているが、偉い人には変わりないので行儀よく聞くとしよう。


 当初聞いていた通り、俺達が目指すのはワイディワ侯爵領にある国境警備軍の詰める砦だ。

 運河を下る途中で物資と兵員の合流に三度ほど停泊地を経由し、スワラッド商国の領土最東端まで行ったら、今度は騎乗動物に乗り換えて南下してワイディワ侯爵領へと入り、件の砦へと向かってひたすら走る。


 船での移動で移動時間を節約できるため、物資と騎乗動物の乗船と下船が順調にいけば、四日ほどの道程で目的地へ着く。


「ニリバワさん、その停泊地では俺達も船から降りる時間はありますか?」


 ここで一つ挙手をして、停泊地での自由時間の有無を確認してみる。


「少し上陸するぐらいならできなくもないわ。ただ、搬入する荷物の量にもよるけど、あまり長く停泊することはないでしょう。街の観光でもする気なら、出航に間に合わなくて置いていかれるわよ、きっと」


「まぁそうですよね。今のは聞かなかったことにしてください」


 時間があれば少し観光でもと思ったが、船に置いていかれる危険があるのならやめておくべきか。

 これでも志願してこの部隊に加わったのだし、他のことに現を抜かして迷惑をかけるのは流石にまずい。


「私からも一ついい?」


 俺に続いてパーラも手を挙げた。


「ええ、どうぞ」


「話を聞いてて思ったんだけど、大体船で二日か三日ぐらいかかるって話なら、ディースラ様にお願いしてもっと早く行けるようにしてもらったらどうかな?ほら、私らがサーティカまで来た時みたいに、運河の水を操ってさ」


 パーラは船旅に弱いわけではないが、長々と船に揺られるだけの時間を退屈に思っているのか、ディースラの力で水流を操って船の航行速度を上げることを提案した。

 なるほど、確かに川の流れを遡るのですらかなりのスピードを出していたのだ。

 下りにあれが加われば大分早く目的地へと着けることだろう。


 だがそれに対して、ディースラ本人が否を口にする。


「やめておけ。我の力ならば確かに水の流れを速めて船が進むのを助けることはできよう。だが、流れが速くなれば、それだけ操船が難しくもなる。これだけの数の船が集まって移動しているのだ。操船を誤ってぶつかり、沈没までしては目も当てられんわ」


 今俺達が使っている船はそこそこの大きさで、あまり小回りも効くタイプのものではない。

 それは随伴している他の船も同様で、ただ真っすぐ伸びているわけでもない運河を行くには、川縁や他の船に当たらないよう、常に注意しての操船を強いられている。


 そこにディースラの力で水流を変化させてしまえば、予想外の動きをした船がどこかにぶつかって損傷するというのは容易に想像できる。

 やめておけというディースラの言葉は、全くもって正しい。


「そっか…いい考えだと思ったんだけどなぁ」


「まぁ急ぐに越したことはないけど、あまり急いでも合流地点で兵士と物資の用意が出来てないってのもあるかもしれないしね。それに、彼らが少しでも休める時間もあっていいでしょう?」


 落ち込む様子を見せるパーラに、ニリバワは困ったような笑みでそう言うと、チラリと甲板の一角へ視線を向ける。

 そこには首都から乗り込んだ兵士達の姿があるのだが、彼らも急遽かき集められた人員であるため、召集から乗船までの時間が短く、朝も早かったせいか項垂れて床に座り込んでいる姿もちらほらと見られる。


 彼らもこの後の停泊地で色々と仕事があるので、それまでに英気を養おうというのだろう。

 早く着くことの利点も分かるが、予定というのは意味もなく立てられるわけではないと、あれを見ればわかる。


「急がずともよいが…それはそれとして、ニリバワよ。次の停泊地まではどれほどの時間だ?」


「は、昼の少し前になるかと。日の高さを考えると、二刻はかかると見ています。その次は日暮れ前となりますので、こちらも二刻ほどでしょうか」


 こっちの世界での一刻が二時間だとして、時計で見ると十一時ぐらいには最初の停泊地へと着くわけか。

 そこで人と物資を積み込むのに一・二時間はかかるとして、さらに次の停泊地へ着くのに四時間、午後四時から五時あたりだろう。


「であるか。陽が落ちてからはどうなる?」


「停泊地を二つ経由した後は、可能な限り河を下り、陽が落ちましたら船を停めて朝を待つ、といった具合です。夜闇の中で船を動かす危険は避けたいところですから」


 船には食堂や寝るための部屋もあるため、陽が落ちたら船内で夜を明かす。

 ただし、数に限りがある客室を使えるのは隊長格や士官といった者達に限られ、ほとんどの人間は甲板で毛布に包まって眠ることになる。

 この辺りは夜になると気温は冷え込むが、凍死するほどではないので兵士達には我慢してもらうしかない。


 幸いにしてディースラには客室が一つ割り当てられ、そのおこぼれにあずかる形で俺とパーラもそこで寝られるのは実にありがたい。

 その役得のためにも、ディ―スラの身の回りの世話はしっかりとしておこう。


「お話し中失礼します。隊長、確認していただきたいことが…」


 四人で話していると、緊張した様子の兵士が横合いから声をかけてきた。

 妙に背筋が伸びているのは、意識の向く先からディースラを気にしてのもののようだ。

 やはり人の姿をしたドラゴンという認識を持ち、恐れを如実に見せている。


「む、今すぐにか?」


「は、できましたら」


「わかった。ディースラ様、申し訳ありませんが少し外します。話の続きはまた後程ということで」


「構わん。お主はこの団の頭なのだ。我のことなど気にせず、己の職務を優先するがよい」


「ありがとうございます。では……何事だ?」


「は、物資搬入の目録に一部―」


 遠ざかっていくニリバワ達を見送ると、ディースラが軽く溜息を吐いた。

 ずっと不機嫌さを隠しもしなかったことに加え、疲れたようなにも見えるその仕草に、少し心配になって声をかける。


「どうしました?どこか体の具合でも?」


「大事ない。ただ少し、これからのことを考えておっただけだ」


 これからのこと、となれば停泊地のことではないだろうから、ワイディワ侯爵領になにかあるのか?

 苦手な人間がいるとか、因縁の土地だなどと言った具合に。


「ワイディワ侯爵領に何か懸念でも?」


「いや、そっちではなくてだな。…ほれ、予定では船から馬に乗り換えて移動することになっておろう?」


「そうですね。まぁ急に数を揃えることになったので、馬以外の騎乗動物も混ざるらしいですが」


 どこの国であろうと、高速で移動できる騎乗動物の代表である馬は重要な戦略物資に数えられる。

 ある程度は常に用意してはいるが、今回のように急な動員をかけて、一晩で用意できる数などたかが知れている。


 そのため、足りない数を補うために馬以外の騎乗動物が混ざるのはよくあることらしく、事実、俺達の船の後方に着く船には、そういった動物が乗せられていた。


「馬かどうかはこの際どうでもよい。問題はな、我は馬に乗ったことがないのだ。よって、船を降りてからはどうしたものかと悩んでおる」


 衝撃の告白、というほどでもないが、少し意外だったな。

 人間よりもはるかに長く生きているだけに、馬に乗る機会もあったと思うが、よくよく考えたら乗る必要がなかったというのも普通に考えられる。

 本来が水の中で暮らすドラゴンだけに、馬に頼る場面というのはまずないのだろう。


「…なるほど、馬に乗ったことがないと言う人は意外と多いですからね。ディースラ様もその口でしたか」


「そうではない。我とて長い生の中で馬に触れる機会は何度かあったぞ。ただ、いずれの時も我が触れるだけで馬は怯えてしまう。ドラゴンとしての我を、本能的に恐れてしまっていたのであろう。この上鞍に上がってしまうとどうなることやら。気絶で済めばよいが、下手をしたらあまりの恐怖で死んでしまうのではないかと思うと…のぅ」


 あぁ、馬に乗れない理由にはそういうのもあるか。

 予想よりも斜め上ながら、納得もできる。


 今でこそ普通に会話できているが、俺も最初に会った時は圧倒的な存在感に漏らしかけたほど、ドラゴンというのは驚異の存在だ。

 ふとした瞬間にディースラのドラゴンとしての力を感じると、今でも肌が粟立つことがある。


 馬という賢く、あらゆる感覚が敏感な生き物が、そんなディ―スラを前にすれば、とてつもないストレスに晒されるはずだ。


 近づくだけでも恐ろしいのに、さらに自分の背に乗せようとする馬など、果たしてこの世界にいるものだろうか、いやいない。

 馬以外の動物であろうと、恐らくそれは同じだ。


 ラーノ族が騎馬での戦闘に長けた部族というのは周知の事実で、それらを相手にする可能性が高い派遣部隊では、ディースラの随伴が士気を高める材料となっている。

 最強の生物が自分達と共にいると、それだけで頼もしさを覚えるもので、たとえ共闘が明言されていないにしても、多少の期待を抱くことぐらいは許されてもいい。


 だがそのディースラが馬に乗れないとなれば、随伴も出来なくなり、部隊の士気は著しく低下し、戦闘どころか部隊行動にも支障が出るかもしれない。


「アンディ、これって結構まずくない?」


「ああ、俺もそう思った。だがどうすりゃあいいんだ?生物として恐れられてるのはどうしようもないぞ」


「うーん…いっそディースラ様だけ自分の足で走ってもらうとか?」


 んな無茶なことを。

 とはいえ、意外といい案にも思えてしまう。

 生物として他を圧倒するドラゴンだ。

 体力的には問題なさそうだし、足も相当早いのではないだろうか。


「と言ってますが、いかがでしょう?」


「水場ならばともかく、地上での我は走るのはそう早くないぞ。特に馬と比べてはな」


「ですよねぇ」


 水棲のドラゴンとなれば、その本領は水場にある。

 陸上を走る足が馬に勝るなど、普通に考えればあり得ない話だ。

 どんな生き物も、得意なフィールドを捨てては生きられない。


「馬に関しては俺達にはどうしようもないですね。ニリバワさんに相談してどうにかするしかないでしょう」


「相談してどうにかなると思うか?」


「さて、そればかりは…。ただ、何も言わないわけにはいきませんし」


 行軍にディースラを欠くわけにはいかず、かといって全体の速度を落としてでも彼女に移動を合わせるのも出来ないとなれば、何か手を考えなければなるまい。

 そういうのはこの地の人間であり、部隊のトップであるニリバワに丸投げしよう。


 結局、その後ニリバワが俺達の所に戻ってくることはなく、騎乗動物のことで相談する機会は、停泊地への到着までお預けとなった。





「…暇だねぇ。ねぇアンディ、なぞなぞやろうよ」


 太陽が昇り、日差しで暖かい甲板でのんびり船の旅としゃれこんでいると、船縁にグデンと身を預けていたパーラが唐突にそんなことを言う。


「は?なんだよ急に」


「だから、なぞなぞだって。どうせやることないんだし、暇つぶしだよ、暇つぶし」


 確かに俺達は暇を持て余していたが、だからといってなぞなぞとは、こいつもまだまだ子供だな。


 ちなみにこの世界にもなぞなぞという遊びは普通にある。

 俺の前の転生者が持ち込んだのか、あるいは自然発生したのかはわからないが、子供でも楽しめる娯楽としてメジャーだ。


 ただし、一からなぞなぞを作るのは容易ではないため、誰かから聞いたのを自分が出題するという形となるため、パーラもどこかで知ったのを出してくるつもりだろう。


「じゃあ答えてやるからさっさと出せ」


「よーし、じゃあいくよ…パンはパンでも―」


 おっと、こいつは日本で最も有名ななぞなぞじゃないか?

 食べられないパンは何かというやつ。

 答えはご存じフライパン。


 ただ、こっちの世界にはフライパン自体はあるが、フライパンという名称はないため、どういう答えになるのか興味深い。


「―食べられないパンを作る奴はパン屋失格だ!そんなのを作る奴を私は絶対に許さん!絶対にだ!」


「なぞなぞは?」


 何故か急にパン屋への心情を吐露するパーラに、思わず突っ込んでしまったが、出題されるべきなぞなぞはどこにいったというのか。


「お、船着き場が見えてきたぞ。二人とも、じき停泊だ」


「え、ほんと?」


 アンニュイな様子で川を眺めていたディースラが声を上げると、パーラも身を翻して船の進む先の方へと視線を向けた。

 いやなぞなぞは……もういいか。


 俺もつられて船の舳先を見てみれば、岸からいくつか伸びている桟橋に立つ人影が、こちらへ手を振っているのが分かる。

 多数の船が停められる設備を備えたそこは、かなりの大きさを誇る街の一部のようで、陸地の方には無数の家屋とその周囲を囲む長い壁が確認できた。


 速度を落としてゆっくり船が桟橋へ近づいていくと、そこにいた人影が必死に声を上げていたのだと気付く。

 それに耳を傾けてみれば、どうやら何かのトラブルが起きているようであった。


「どうかそのまま船でお待ちください!しばらく!しばらくお待ちください!」


「ニリバワ・サーラームである!何事か!我らは王直々の任を帯びているのだぞ!」


 桟橋に船が付いたのに、乗員の下船を押し留めようとするのを不審に思ったニリバワが、名乗りを上げて問いただす。

 向こうの様子を見れば、意地悪などでそうしようとしていないとは分かるが、それだけになぜそうするのかがとにかく気になる。


「お話は聞いております!されどいましばらく!こちらの準備が整うまではどうかお許しを!」


 ニリバワの名前を聞いても答えは変わらず、むしろ今すぐにでも土下座しかねないほどの勢いに、俺達は困惑を覚える。

 一体なぜそうまでして乗員の下船を阻止したいのか理解できない。


「…アンディ、あそこ見て。なんか揉めてるっぽいよ」


 そう言ってパーラが指さす先を見ると、ニリバワ達が今揉めている現場から少し離れた所にある、物資が山積みされている場所で、今にも殴り合いが始まりそうな気配を放つ人の群れがあった。

 数十人はいる人垣が二つ、片方は普人種だがもう片方は珍しいことに、ファンタジーものではよく見かける、リザードマンタイプの獣人だ。


 遠目にも分かる灰褐色の肌に全身を覆う鱗とトカゲっぽい顔付きに尻尾と、まさに爬虫類が人の姿を取ったと言っていいのがリズルドという種族だ。

 こちらの世界では、呼び方としてはリズルドでも通じるが、有隣族と呼ぶこともある。


 それがざっと見て二十人近く集まって、普人種が主となる集団と揉めているとなれば、もしかしたら俺達が下船できない理由はあれにあるんじゃないだろうか。


「確かになにか騒いでるな。パーラ、お前の耳で声を拾えないか?」


 音魔術と呼んでいいほどに発達したパーラの魔術なら、姿が見えている場所の音を拾うことは不可能ではない。

 揉めているならその原因ぐらいは知っておきたい。


「ちょっと待って。……なんか儀式とか生贄、村のためにどうとか言ってるね。リズルドが」


「げ」


 多少雑音も混ざるため、拾い上げる単語には苦労したようだが、パーラの口から出た言葉だけで十分だ。

 それを聞いて、俺のテンションは一気に下がる。

 前にもあったが、儀式や生贄というのを口にする現地の人間を相手にするのは非常に面倒なのだ。


 とはいえ、生贄というのには少し思う所もあるので、無視するのも躊躇われる。

 どうしたものかと思っていると、隣にいたディースラが徐に船縁へ足をかけ、不敵な笑みで口を開く。


「生贄とはまた穏やかではないな。どれ、我が少し話を聞いてくるとしよう。アンディにパーラ、お主らも来い!」


 目を爛々と輝かせ、弾けるようにして船から飛び出していくディースラを、俺もパーラもただ見送ってしまう。

 あまりにも急な行動で、止める暇もなかった。


「…アンディ、どうする?」


「どうするってお前…行くしかないだろ」


 ディースラの世話役を任されている上に来いと言われた以上、ここにただ突っ立ってるわけにもいかない。

 俺とパーラもディースラに倣い、船縁に足をかけると、魔力で脚力を強化して飛び出す。

 桟橋の方からこちらを呼び止める声が聞こえたが、聞こえないふりをして先に行った背を追う。


 あの傍若無人っぷりはもう諦めてはいるが、それでももう少し大人しくしてくれても罰は当たらんだろうと思わずにはいられない。

 出来ることなら小さなトラブルであって、さほど苦労せずに解決できてほしいと祈るばかりだ。


 まぁ無理だろうが。

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― 新着の感想 ―
主人公は相変わらず直情的だなぁ 自分達の事を心配して何もわからすに何ヶ月も捜索してくれてる戦友に迷惑と負担をすくなくする為に早く帰るというのが本筋のはすがどれくらいの期間かかるからわからない紛争?戦争…
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