この魔力炉、動くぞっ
休憩を終え、建物の探索を再開した俺達は、まず下へ降りる階段を探すことにした。
この建物が稼働状態であればエレベータのような昇降装置があるとは思うが、今は非常階段のような物を見つけるのが手っ取り早い。
「アンディ、何故下へ降りるのです?こういう建物だと重要なものは大抵高い場所にあるはずでしょう?」
オーゼルの言い分には俺も同意するが、それは後でやるとして、まずは動力源の確保がしたい。
「まあそうでしょうね。けど、まずはここの建物を稼働させることを優先しようかと思ってるんですよ」
稼働するのが何かを知らない2人は首を傾げていたが、スタスタと先を行く俺にそれを問うことはせず黙ってついて来た。
どうやら今いる場所はこの建物のロビーに当たるようで、受付カウンターらしきものを目の前に見つけ、その中に入り色々探ってみるが、さほど収穫は無かった。
カウンター内には書類の類が一切存在しておらず、何かの差込口が何ヵ所か見つかった為、恐らく電子的な管理がされていたのではないかと思う。
カウンターの内側に設けられている引き出しを開けてみると、タブレット端末のような物があった。
ほとんど紙と変わらないくらいに薄くて軽いその見事さから、当時の技術力の高さが窺える。
これぐらいの大きさなら魔力を注入すれば動かせるかもしれないと思い、早速持ち手としての機能も兼ね備えていると思われる僅かに分厚くなっている金属的な部分に手を当てて魔力を放出してみる。
放出された魔力が吸い込まれていくのを感じて、さらに放出量を上げると満タンになったようで、それ以上の吸引はされなくなった。
「アンディ?その変な紙みたいなのってなんなんだ?」
魔力の充填を終えた所を見計らってシペアからタブレットに関する質問がされた。
どうやらオーゼルも気になるようで、シペアと一緒になって俺の手元を覗き込んでいる。
持ち手の中で恐らくスイッチに当たると思われる僅かに窪んでいる部分を長押ししてみると、ポーンという起動音が辺りに響き、覗き込んでいた2人が驚いて仰け反った。
「何だよ今の音?あ!なんか紙に文字が出てきた!」
「あら、本当ですわね。『最初まで待つ』?意味が分かりませんわ」
タブレットの起動に合わせて表示されたパルセア文字を読み上げたオーゼルの言葉から、恐らく起動中の待機を意味する文章が本来の意味なのだろうと推測する。
暫く待つとホーム画面と思われるものへと切り替わった。
流石にアイコンがあるわけがなく、すべて文章の箇条書きのようだが、スワイプやタップといった操作が出来るのは共通している。
言語は俺の読めるものではなく、オーゼルの言葉通りならパルセア語だろう。
「オーゼルさん、この中で設定とか言語の含まれる項目ってありますか?」
指でなぞるだけで文字が画面を流れていくのが面白いようで、シペアとオーゼルの好奇心溢れる目が釘付けになっている所を遮る形なってしまうが、もしかしたらの可能性を信じてオーゼルに読んでもらう。
「え?あ、えーと、これと…これかしら?こっちが『言葉を選ぶ』でこっちが『光の設定』だと思いますわ」
2か所を指さしてそういったオーゼルの言葉を解読すると、『光の設定』は画面の明るさのことだろうから、『言葉を選ぶ』が恐らく使用言語の切り替えに当たると思われる。
早速そこをタップすると、画面にズラリと異なる言語の表が現れた。
見たこともない物ばかりだったが、いくつかはオーゼルが知っている物があったようで、一つ一つ指さして説明してくれた。
「これはミゼク帝国のもので、700年前に滅んだと言われていますわね。こっちのはガリアス王国、これも500年前には血筋が絶えていますが、別の国に併呑されていたはず。あとは―」
飛び飛びではあるがいくつかの言語は見覚えがあるようだが、正しく解読は出来ないそうで、何となく大凡の文章の流れが分かるだけで精一杯のため、あまり参考にはしないほうがよさそうだ。
オーゼルの解説を聞きながらスクロールしていくと、ある文字の所で手が止まる。
「あら、共通語ですわね。やっぱり一番使われている言葉ですもの、当然ありますわよね」
「そうですね。そして、これでパルセア語に頼った文章から解放されます」
共通語の項をタップすると、なにやらウィンドウが現れた中に文章が書かれていた。
恐らく言語の切り替えの最終確認をしているのだろう。
YESかNOの単語だと思われるものがその文章の下の方にあるため、オーゼルに教えてもらって了承をタップした。
すると突然画面が暗転し、そのままの状態が続いたため故障の可能性を思い浮かべた時、暗転から復帰した画面では先ほどのパルセ文字は全て共通語に置き換わっていた。
「よし、これで「なななんですのこれは!?パルセア語が共通語に変わってますわ!まさか、そんな…」…ええ、これで読みやすくなりましたね」
パルセア語が共通語に変わったことが驚きを通り越した驚きのようで、口を閉じることも忘れたように画面を見ているオーゼルはそのまま放置するとして、まずはこの建物のことを知る必要がある。
タブレットから知りえた情報だと、この建物は管理棟であることは間違いない。
どうやらこの遺跡自体は巨大な工業団地だったようで、ここと同じ管理棟があと1つあり、2棟の管理棟がそれぞれ半分ずつの地区を担当していたようだ。
俺達がいるここは植物関連と縫製関連の施設がまとめられた地区の様で、食料や糸・布の研究開発も行われる場所だったようだ。
「てことは、途中にあった建物に服とかがあったってことか?なら帰りにいくつか持ってこうぜ」
「まあ、帰りに余裕があったらな」
他の施設に関することは書かれていないが、意外と面白いものが見つかるかもしれないから、俺としては服の優先度はあまり高くないが、この遺跡の技術レベルを考えると結構いいのがありそうだから時間があったら探すのも悪くない。
そして本命のこの建物の動力源に関しての項目が見つかった。
やはり俺の推測通りに地下にあるらしく、緊急時の避難経路も兼ねたメンテナンス用の梯子があるようで、その場所から動力室までの道のりが書かれた地図も見つかったため、2人を連れて早速向かうことにした。
「アンディ、その不思議な紙なのですが、よろしければ私に譲っていただけないかしら。それを貰えるなら、この遺跡の中で見つかった物は何もいりませんわ」
移動している最中もずっと何かを考え込むような様子だったオーゼルが突然、俺の方に足早に近寄って来てそんな提案をされる。
大方パルセア語と共通語のすり合わせのできる貴重な資料としての価値の高さからの言葉だと思うが、まだ大した発見もしていない段階で言うには随分と気が早いと思う。
「まあ用が済んだら俺には要らないんで構いませんけど、これは魔力を消費して動いている魔道具の類ですよ。充填できる人がいないと運用は難しいと思いますが」
「ご心配なく。我が国にもその程度のことが出来るぐらいの魔術師はいますわ」
魔力の充填自体はそれほど難しい技術じゃないとは聞いたから、国の抱える魔術師で出来ない奴はいないだろう。
「うーん、まあ俺はいいですけど。…シペアはどうだ?」
「うん?俺は別に。使い道もよくわかんねーし、姉ちゃんが欲しいってんならいいんじゃね」
この場でこのタブレットの価値を正確に把握できるのはオーゼルだけだろうと思うし、俺もこういったタブレットが1つだけしか存在しないとは思ってないから執着する気も起きない。
「ということなので、この遺跡の探索が終わったらオーゼルさんに譲るということで」
「ありがとうございます。…あぁ、よかった。」
ホッと安堵のため息をついて礼を言うオーゼルに、俺達も頷きで応えて移動を再開する。
タブレットに表示した地図を辿って着いた先は一見するとただの壁にしか見えないが、地図だと確かに梯子があると表示されている場所だった。
ランプの明かりを近づけると、俺の腰の高さ辺りに横一直線に走る線が確認できたので、線に沿って見て行くと、丸いスイッチのような物が見つかる。
それをグッと押し込んでみると何かのロックが外れるような音がして、目の前の壁と地面の間に僅かな隙間が出来ていた。
俺の方に若干飛び出している壁の隙間にナイフを差し込んでてこの原理で持ち上げてみるとあっさりと開いて、地下へと続く梯子が伸びる空間が現れた。
人一人分しかない狭さの空間を梯子を辿って降りていく。
体感としては2階分は降りた頃にようやく地面に降りることが出来た。
横に延びている通路も狭いもので、大人2人が並んで歩けるかどうかの狭い通路を抜けると、そこにあったのは教室ほどの広さの空間だった。
どうやらここが動力室の様だ。
ランプの明かりが届く範囲であるが、室内には機械類がズラっと並んでいるのが分かる。
「ここがアンディの来たかった場所?なんか変なのがいっぱいあるなぁ」
「シペア、あまりあちこちと触らないほうがよさそうですわよ。得体の知れない物を触って取り返しがつかないことになることもありえますし」
オーゼルの忠告を受けて、機械に触ろうとしていたシペアがサッと手を引いて俺達の所に早足で戻って来た。
動力が通っていない今なら弄っても危険はないとは思うが、あえてそのことは伝えずに万が一を考えて大人しくしていてもらおう。
タブレットに入っていた手順書によると、この部屋にあるのは重魔力炉と呼ばれるもので、魔増石と呼ばれる特殊な方法で精製された魔石を使って動かし、1基あればこの遺跡の最低限の機能を保てるだけの出力が出せるらしい。
まずは小型の補助魔力炉から動かす必要があるので、部屋の中を探して燃料の魔増石を見つける事から始める。
魔増石は長さ30センチ、直径5センチの円柱形をしており、補助魔力炉はこれ1本でいいが、重魔力炉は一度に5本必要だ。
これは入り口のそばに保管用の金庫のような物があったので、そこから取り出して3人で運んでいく。
重魔力炉を半放射状に囲んで立っている補助魔力炉の見た目は達磨ストーブのような形だが、大きさがワンボックスカーぐらいあり、正面に立つと丁度今の俺の目の高さに魔増石を挿入する穴があった。
魔増石の先端を穴に宛がい少し押し出すと吸い込まれるように中に入っていき、穴が閉じられた。
安全装置が働いているため、魔増石を入れただけではまだ起動はしない。
穴が閉じられると同時に現れたレバーをいったん引き出し、時計回りに半回転させてからもう一度押し込む。
そうすると補助魔力炉は起動待機状態に入り、他の3基も同様にすると4基が同時に起動する仕組みとなっている。
3基目の補助魔力炉に魔増石を入れた頃には、辺りには重低音が響いており、その音に怯えているシペアがオーゼルの足にしがみ付いて不安そうな顔をしていた。
子供の特権をこんな時に使うとは…。
シペア、色を知る歳か!
4基目のレバーを押し込むと重低音が一瞬強まり、それから徐々に静かになっていく。
補助魔力炉を起動させると暗かった部屋に突然明かりが灯り始める。
壁面上部に取り付けられた蛍光灯のようなものが白い光を放っていた。
「うあっ…眩しい。地下なのにこんなに明るくなるもんなのか?昼間みたいだな」
「魔力炉から動力を受けて光に変えてるらしいぞ。これで暗がりの中歩くことは無くなった。安全に探索が出来るな」
「すごいものですわねぇ。やはり古代文明の技術は恐ろしい位に先進的ですのね。魔道具のランプでもここまでのものはありませんわ」
初めて見る機械的な光にシペアはしきりに驚き、オーゼルは驚きよりも関心が大きいようで、魔道具との違いを自分なりに感じているようだ。
これで暗がりの中での作業から解放されて、本題の重魔力炉の起動に入ることが出来る。
こちらは完全に施設と一体化しているため、俺達に見えるのはほんの一部だけだと思われ、よく映画などで見る銀行の巨大な金庫のようなフォルムをしている。
俺の目の前にあった取っ手を引き出して現れた上向きの円筒状のケースに魔増石を1本ずつ入れていき、5本すべてを入れ終えたら取っ手を押して重魔力炉に押し込んだ。
先程の補助魔力炉とは違った吸気音のような甲高い音があちこちからするが、これは恐らく遺跡内の空調を動かしているからなのだろう。
手順書によると、遺跡内の状態のチェックを行い、明かりや空調を整える機構が働き出したら後は放っておいてもいいとのことだ。
「あんな暗かったのがこの部屋みたいに明るくなるのかぁ。大昔って凄かったんだなー」
「そうですわねぇ。何故これほどの文明が遺跡となって埋もれているのか、未だに解明できた者はおりませんのよ」
オーゼルの説明によると、魔導文明終焉で一番有力な説は地殻変動で地中に沈んだというものだそうだ。
見つかっている同時代の遺跡の殆どが地中に埋まる形になっていることと、少ないながら解読されている遺跡内の記録が同時期に記述が途絶えていることからそう判断されているらしい。
そういえば俺達のいるこの遺跡も土に埋もれているし、記録を探せばそういうのも分かるかもしれないな。
地下での用事も済み、再びロビーに戻ってくると、今度は上階の探索を始める。
動力が戻ったおかげで明かりが点くのと同時にエレベータが使えるようになっているが、俺としては長年整備もされずに放置されてきたものに乗るのは中々度胸がいるなぁと思いながら、他に方法がないので意を決して乗り込む。
中に表示されている階層は地下2階と地上が4階となっている。
とりあえず下から順番に各階を探していくが、2階3階とオフィスのような感じになっており、軽く探してみたが、事務机と椅子以外にめぼしい収穫は無かった。
4階に行くとこれまでとは様子が変わり、映画とかでよく見る作戦本部のような四角形に並べられた机があり、その奥には壁一面に外が見える窓があった。
魔力炉を起動したおかげで、あれほど暗かった遺跡内は昼間のような明るさに照らされている。
「おー!すげぇ、こんな高い所から見えるのかぁ。俺、こんな高い所に昇るの初めてだよ」
ガラスに張り付くようにして窓の向こうを見ているシペアは、エレベータでの移動では実感できなかった高さを目にし、感動しているようだ。
「城のテラスから見るのとはまた違った絶景ですわね」
一緒になって景色に感動しているオーゼルにシペアのお守を任せて、適当な机に着いてタブレットの中を探ってみることにした。
建物内の見取り図はあったのだが、それ以外の情報に関しては特に入っておらず、これ以上何もわからなければ諦めて次の場所の探索に行くべきだろう。
今いるテーブルの上には特に何も置かれておらず、何か情報を得られるものは無いかと思ったが、この階にはこの部屋以外は無いため、ここにあるのが全てということになる。
どうしたものかと思っていると、テーブルの上に置いたタブレットの画面が一瞬暗転し、情報の更新中という表示に切り替わった。
「ファッ!?」
「どうしたアンディ!」
「罠ですの!?」
驚いた俺の声に反応して窓を見ていた2人がこちらにすっ飛んできて俺の周りに立って警戒をし始めた。
「いや、なんでもありません、大丈夫です。ちょっと状況の変化が起きたもので」
とりあえず危険はないと説いて、画面が落ち着いたタブレットを持ち上げる。
中を見てみるとデータの更新がされているようで、新しい項目が追加されていた。
タイトルは『カーリピオ新興開発団地運営日誌』となっているが、恐らくカーリピオというのがこの施設の名称なのだろう。
どうやら今ついているテーブルにタブレットを置くことでデータの同期が行われて日誌が追加されたようだ。
ということは、このタブレットの権限はかなり上位のものということになるな。
いや、あるいは他の上位権限を持つ端末がアクティブになっていないから暫定的にこのタブレットの権限認証が優先されたと見るべきか?
予想の域を出ることのない考えはここまでにして、早速日誌に目を通すことにする。
もしかしたら、この施設の最後の瞬間のことまでわかるかもしれない。
そう思い、画面をタップしていった。




